[巻頭言]ケルト巡り 文化庁長官 河合隼雄
アイルランドに私が関心を持つようになったのは、昔話を通じてである。日本の昔話は 誰もが知っている『夕鶴』(鶴女房)のお話にあるように、せっかく結ばれた男女が別れ るところで話が終わる。これに対してグリム童話などでは、男女が結ばれるハッピー・エンドで話が終わる。なぜだろうと、世界中の昔話を研究しているうちに、アイルランドの昔話には、たとえば浦島太郎と基本構造では一致するような話があることを知った。調べてみると男女の別れが話の終わりにあるのが割とあることもわかった。
これは、キリスト教が伝来する前は、ヨーロッパ全土をカバーしていたともいえるケルト文明が、キリスト教によってほとんど破壊されたなかで、ローマからは遠いアイルランドには、それがいろいろな形でまだ残っているためであることを知った。
ケルトのことを知りたい。アイルランドへ行ってみたい。私の思いはつのった。私はケルトに関する文献を読みあさった。
幸いにも、私の希望を知ったNHKの方が、私のアイルランド訪問を番組にしようと企 画され、私は1カ月ほどケルト文明を訪ねる旅をすることができた。この成果は、2001年10月31日に「ハイビジョンスペシャル 河合隼雄 ケルト昔話の旅」と題して放映され、また、『ケルト巡り』(NHK出版)として書物も出版された。
「ケルト巡り」という題名は、ケルトの代表的な紋様は渦巻なのだが、それに象徴されるように、私の旅は、内と外、昔と今、生と死、人と自然、男と女、虚と実、さまざまの 対立する世界のあちらにいるかと思うとこちらにいたり、入口かと思うと出口だったり、 実に多彩で多様な体験をしたことを反映している。これがアイルランドの魅力である。
近代ヨーロッパ文明は世界を制覇したとさえいえるが、新しい世紀においてそれを超える努力をするべき現代人が、ヨーロッパの古層の文化に触れてみることは、極めて価値あることである。特に非キリスト教文化圏に属する日本人が、これからの新しい生き方を考える人において、アイルランドの文化を直接に味わってみることは、意味深いことである。
掲載内容
巻頭言
ケルト巡り 文化庁長官 | 河合隼雄 |
特集
特集1 「文明の宝島」アイルランド・・・「西の極み」への旅 | 鶴岡真弓 |
特集2 松江、山陰とアイルランド・・・小泉八雲による文化交流とまちづくり | 小泉 凡 |
特集3 アイルランドと世界の文化の架け橋CCE | 山本拓司 |
特集4 微笑むアイルランド・・・緑溢れるもてなしの島の魅力 | 浅野公宏 |
特集5 明治の親日家 ブリンクリーのダブリン ・・気まま旅が結びつけた百年の子孫たち | 沢木泰昭 |
連載
連載I あの町この町 第14回 花道道中記・・山梨県・南アルプス市櫛形町 | 池内 紀 |
連載II 英国物語16 英国の古い伝統行事 | 長谷川 洋子 |
連載III ホスピタリティの手触り35 ホテル・ルワンダ | 山口由美 |
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