先読み!マーケット 第一話

概要

第一話 家計消費からみた旅行市場の行方

暑中お見舞い申し上げます。観光文化事業部の塩谷英生です。今回からこのページで「先読み!マーケットトレンド」のコーナーを担当することになりました。皆さんと一緒に旅行市場のこれからについて探っていきたいと思いますのでどうぞ宜しくお願いします。

◇ 余暇の”余”は余裕の”余”◇

足元の経済を観ますと、予想以上にサブプライム問題の解決が長引いて、もともと低成長で推移していた日本経済が暗転しています。政府の経済見通しも2.1%から0.3%へと下方修正、就業者数も4ヶ月連続の減少となりました。

低迷する株式市場からの資金流出と、世界経済の過熱を背景にした原油や穀物などの商品市場の高騰が続いたことで、JTBの「夏の旅行動向」の見通しをみても国内、海外ともにマイナスの人出予測が出されるなど、旅行市場への影響が懸念される状況になっています。

次の図を見てください。棒グラフは2000年を100とした家計消費支出総額(名目)、折れ線グラフは家計消費に占める宿泊費(含パック旅行費)のシェアの推移を表しています。

もしも旅行消費への景気動向の影響が他の費目に対して中立的であれば、宿泊費のシェアはほぼ一定になるでしょう。しかし実際には、家計消費支出が伸びる時期にシェアは高まり、下がる時期にシェアが低下しています。イレギュラーな時期もありますが、例えば1999年は、アメリカに端を発したITバブルが当時のニューリッチ層の消費を刺激した時期ですし、2003年はSARS等の影響で旅行市場が大きく下ブレした時期に当たっています。

旅行消費は、全体としては景気動向(GDPや金融・不動産市場)と連動しています。「余」暇消費は「余」裕資金で行われる性格のものなのです。

図1
こうした点から言えば、原油高による光熱水道費の増加や食料費の増加は、家計の余裕資金を奪うことで宿泊費のシェアをより大きく低下させる可能性が高いのです。但し、7月中旬に入って、原油市場は沈静化しつつあります。もし株式市場や不動産市場に原油市場の資金が環流すれば、下期からの景気は快方に向かう可能性もまだ残っています。

もう一つ、後日改めて検証しますが、世帯あたりの人員数が低下を続けています。「核家族化」という言葉すら「今いずこ」で、単身世帯や子育て後の二人世帯が増加しています。こうした世帯単位の縮小は、じわじわと「高コスト家計」構造をもたらし、旅行消費の余力を削ってきているとも考えられます。

ところで、上の図をよくよくみると、実は2004年に比べて05年から07年は、家計消費支出が低下している割に宿泊費のシェアはほぼ一定です。これは何故でしょうか。

◇旅行市場の二極化が進展◇

我々が主催している『旅行動向シンポジウム』でも何度か申し上げてきていますが、私はこれを「旅行する人」「しない人」の二極化が進んでいるからだと推論しています。

下図は当財団が発行している『旅行者動向』の00年と05年のデータですが、00年の宿泊観光旅行市場の51%を、17%の「年間の宿泊観光旅行が4回以上」の人々が占めているのに対して、05年の宿泊観光旅行市場の53%を、14%の「年間の宿泊観光旅行が4回以上」の人々が占めていて、その偏在傾向は中期的に強まって来ているのです。

図2
旅行頻度も旅行消費単価も高い層は、高所得層に比較的多く存在しています。こうした層は、利子・配当・地代収入、株式等のキャピタルゲインなど、収入源が多様です。

これも「家計調査報告」からですが、2007年の有価証券残高は平均269万円と、8.5%の伸びをみせています(二人以上世帯)。07年の日本の株式市場の時価総額はマイナス6.6%と、主要52ヶ国の株式市場の中で、ワースト2位だったわけですが(スタンダード&プアーズによる)、近年は外貨預金や海外株式市場などでの資産運用も増えているため、富裕層マーケットの動向は海外での資産運用状況もみて判断していく必要があります。

さて、従来の旅行動向に関わる消費者調査には、旅行頻度が低い人や、他者に誘われるなど自発的でない旅行者が回答者に多く含まれています。そこで、市場のトレンドを的確に把握していくためには、市場の中核を占めるオピニオンリーダー層に焦点を当てた調査が必要だと考えました。

このコラム欄を書き進める上での基礎データになる「オピニオンリーダーに聞く旅行者モニター調査」は、旅行市場においてオピニオンリーダーの役割を果たしている消費者層を、A.旅行頻度、B.旅行嗜好、C.市場への先行性・情報収集、D.市場への影響力等の条件で得点付けて選抜しています。旅行頻度が高いだけでなく、情報量も影響力もある人々の動向をウォッチングすることで、マーケットトレンドの変化の兆しを掴もうと言うわけです。また、アンケートだけでなく、グループインタビューも併用しながら、今後の観光施策や旅行商品のあり方も考えていこうと考えています。

◇近場化の実態◇

筆者が3月末にモデレートしたオピニオンリーダー層へのグループインタビューでは、旅行価格の変化が旅行頻度や行き先等に影響するのは、「2割」「3割」を超えたら、という声が目立ちました。ガソリン代高騰への対策として、「割引料金になるので早朝に高速道路に乗る」「アクセルのコントロールで低燃費はある程度可能だ」といった自助努力も既に行われていました。そこまでしても「旅行に行きたい」層でもあります。

直近の08年6月末調査時点では、オピニオンリーダー層の今後一年間の旅行意欲は高いものがあり(左下図)、「増える」という声が38.3%なのに対し、「減る」は16.3%です。こうした市場のコア層が志向する観光地や観光事業者については、当面急激な落ち込みは無いでしょう。

図3

次の図をご覧下さい。6月末に実施した全国20代以上の男女3万人を対象としたインターネット調査の結果です。

図4

「旅行に行かなくても近場で十分楽しめると思うようになった」に当てはまる人は、旅行頻度(国内宿泊旅行)が低い人ほど増える傾向にあります。

「年0~1回」の層は回答者数ベースでは約半数を占めますが、旅行市場に占める回数べースのシェアは10%に過ぎませんから、比較的影響は小さいと思われますが、「年2~3回」の層は回数シェアで39%(回答者数シェア34%)を占めています。こうした層を中心に、宿泊旅行の近場化や、日帰り旅行・近場レジャーへのシフトが目立って来るでしょう。

◇次回は「旅行ブームの行方」について書きます◇

前置きがすっかり長くなってしまいました(実際、前置きがほとんどになってしまいました)が、6月末に実施した「オピニオンリーダーに聞く旅行者モニター調査」結果の詳細は次週以降に随時お話ししたいと思います(調査概要はこちら)

次回は「旅行ブームの行方」をテーマに、沖縄ブームや世界遺産ブームなど「旅行ブームへの関心」や、「行ってみたい旅行タイプ」などについて、07年11月調査と08年6月調査の二時点比較を中心にお送りします。

最後に、私どもでは皆様が日頃感じている旅行市場への疑問や関心のあるテーマなどについてお便りを募集しております。今後の調査(11月を予定)の設問テーマなどに取り上げたいと思いますので宜しくお願い致します。ではまた。

< 塩谷 >

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発注者 公益財団法人日本交通公社
プロジェクトメンバー 塩谷英生
実施年度 2008年度