概要
<震災の影響知らず!?3年間で外国人2.2倍の人気急上昇ツアー>
「ショッキングだけど、とてもナイス。ロンドンで初めて日本のウイスキーを飲んだ時はそう思ったよ」
自らが勤める日系企業のミーティングのために来日したイギリス人男性は、グラスを片手に日本のウイスキーとの“衝撃的な出会い”をそう振り返りました。
「確かにウイスキーの本場はスコットランドだという思いはある。でも日本のウイスキーだって昨日や一昨日できたものじゃない。今日この蒸溜所に来て改めて思ったけど、歴史と伝統が創り上げた味だよ」
▲サントリー山崎蒸溜所
2000年に誕生した「山崎ウイスキー館」
のレンガ造りと
白い三角屋根は大正13年開業当時
の面影を現代に伝える
東日本大震災と福島原子力発電所の事故による訪日旅行需要の低下は、日本有数の国際観光地京都にも暗い影を落としました。観光庁の宿泊旅行統計調査によれば、昨年1年間に京都府内に宿泊した外国人旅行者は延べ87.5万人。一昨年のおよそ6割にまで落ち込みました。
しかしそんな中、こうした影響を殆ど受けず、昨年も一昨年とほぼ同規模の外国人を集めた施設が、京都の南西、かの豊臣秀吉が明智光秀を破った合戦で知られる山崎の地にあります。
サントリー山崎蒸溜所。サントリーの創業者である鳥井信治郎が1924年に開設した、日本初のモルトウイスキー蒸溜所です。
2009年、年間800人ほどだった蒸溜所の無料ガイドツアーに参加する外国人の数は、1年後の2010年に1,800人にまで増加。2011年も前年と同じ1,800人を記録しました。
「震災直後は減りましたが、夏前にはほぼ前年並みに回復し、11月、12月は前年比140%増になりました」
急激な人気の高まりに山崎蒸溜所の担当者も驚きを隠せない様子です。
<Whisky ではなく“ウイスキー”に魅せられる外国人>
▲ガイドツアーに参加するイギリス人旅行者
数年前にロンドンで日本のウイスキーに出会
って以来、「日本に行ったら蒸溜所に行こう
と決めていた」
▲ポットスチルと呼ばれる蒸溜用の釜
多彩な個性を持つ原酒をつくるため、形状も
複数ある
大阪府島本町山崎は、古くは万葉の歌にも詠まれた名水の地。千利休が同地の水で茶を立てるために居を構えたことでも知られています。
「日本の風土にあった日本人に愛されるウイスキーをつくろう」
鳥井信治郎が山崎を選んだのは同地の豊かな水と、前後を山に挟まれ目の前に淀川の起点を臨むという独特の地形が作り出す湿潤な気候ゆえだと言われています。
実はあまり知られていませんが、日本はスコットランド、アイルランド、カナダ、アメリカと並ぶウイスキーの5大産地。その日本のウイスキーの原点、言わば“聖地”が、ここ山崎なのです。
山崎蒸溜所では20年以上前から蒸溜所の内部を見学するガイドツアーを行っていますが、数年前までは「外国人が来るようになるとは全く考えられなかった」(担当者)といいます。
外国人が増え始めたきっかけは、同社のシングルモルトウイスキー『山崎12年』が2003年にイギリスで行われた世界的なコンペティション『インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ(ISC)』のウイスキー部門で金賞を受賞したこと。これを契機にウイスキーの本場ヨーロッパでの知名度が高まり、その後もISCをはじめ欧米のコンペティションで立て続けに高い評価を獲得したことで、ウイスキー愛好家だけでなく、一般の消費者にも同社のウイスキーが広く知られるようになりました。ガイドツアーに参加する外国人のおよそ7割が欧米からの旅行者で占められ、「特にヨーロッパからの旅行者の姿が目立つ」(担当者)のはそのためです。
しかし、いくら世界的に高く評価されたと言っても、やはりウイスキーの本場はスコットランド。「本場を知る」ヨーロッパの旅行者が日本滞在中の限られた時間の中で山崎蒸溜所を訪れるのはなぜなのでしょうか。
「形の違うポットスチル、大きさや材質が異なる樽。そこから生まれる何種類もの原酒を混ぜ合わせてあんなに繊細な味を生み出すっていうのは、凄く“日本的”で興味深いね。スコッチウイスキーとは全然違うよ!」
冒頭で紹介したイギリス人旅行者は、ガイドツアー中、ずっと感心しきりでした。
実は同社が山崎蒸溜所でつくるウイスキーは、単にスコッチウイスキーの「追いつき、追い越せ」ではないのです。もちろん、イギリスで賞を受賞したことからも分かるとおり、“質”は本場の折紙付。それでいて、日本だからこそ生み出せる、山崎だからこそ創り出せる味を追求するというのが、創業者の鳥井信治郎以来受け継がれてきた同社のコンセプトです。
「ヨーロッパではウイスキーは食後酒ですが、複雑な風味が生み出す繊細な味が“売り”の日本のウイスキーは食事とも相性がいい。ガイドツアーでもあえてストレートではなく、ハイボールでお出しするのは、そんな日本のウイスキーならではの魅力を知っていただきたいからです」
同社の担当者はそう話します。
ウイスキーという“自分たちの文化”の中に、“日本らしさ”を垣間見る。これこそ本場を知るヨーロッパをはじめ、各国の旅行者が山崎蒸溜所を訪れ続ける秘訣かもしれません。
<「来た人に売る」ではなく「売りたい人に来てもらう」>
▲ファクトリーショップで販売されている
『山崎ベビーセット』
「大きなボトルを一本持って帰るには抵抗が
ある」というウイスキー入門者向けに小さな
ボトルを販売している
実は日本を訪れる外国人旅行者がものづくりの現場を見学するということ自体は、それほど新しいことではありません。いわゆる「工場見学ブーム」も手伝って受け入れる企業側の環境整備が進み、愛知県豊田市のトヨタ自動車などは数万人規模の外国人を受け入れています。しかし、山崎蒸溜所のガイドツアーはこうした工場見学とは一線を画していると担当者は話します。
「地元地域への貢献や『食の安心・安全』への意識という面もありますが、蒸溜所にお出でいただくことの一番の目的は、『ウイスキーを知っていただくこと』なんです。今までウイスキーを飲んだことのなかった方にウイスキーを身近に感じていただく。日本のウイスキーに馴染みのなかった外国のお客様にその魅力を味わっていただく。“マーケティング”の一環ですね」
ガイドツアーの最後に数種類のウイスキーを試飲できるのも、同社からすればそれが「新しい市場の開拓になるから」に他なりません。
「自動車工場を見学したからと言って、そのお客様が帰りがけに新車を買われるかと言えばそれは難しい。その点、山崎蒸溜所のガイドツアーに参加された方は、ひょっとすると『買ってみようかな』となるかもしれない。それは当社にとって非常に重要な“チャンス”なんです」
こうした視点は、同社のガイドツアーへの外国人旅行者の受け入れにも明確に見て取ることができます。
例えば、山崎蒸溜所では、ガイドツアーに参加する外国人向けに英語、中国語、フランス語の音声ガイダンスシステムを導入していますが、これは英語圏、中国語圏、フランス語圏の参加者が多いからではなく、「英語圏、中国語圏、フランス語圏の方に来て欲しいから」(担当者)。一見、当たり前のことのように聞こえますが、実は観光地や観光施設の中には「“とりあえず”英語、中国語、韓国語は対応している」ところが多い現状を踏まえると、実は示唆に富んだ一言。費用対効果にシビアな民間企業であり、観光施設ではないからこそ、受け入れ環境整備一つとってもマーケティングの一環として戦略的に取り組むという姿勢から得られる“気づき“は少なくないはずです。
<「訪れてもらう」意味を考える>
山崎蒸溜所を訪れている外国人旅行者と話をしていて気がつくのは、彼らが同所を訪れた目的が非常に明確だということ。「なぜ山崎蒸溜所に来たのか」を尋ねると、皆一様に日本のウイスキーに対する“熱い思い”を語り始めます。何と2回のガイドツアーで出会った5人の外国人旅行者全員が「日本に来る前から山崎蒸溜所に来ることを決めていた」と口を揃えるのです。
こうした旅行者は現状では言わばニッチ層。旅行者の“数”という意味では、山崎蒸溜所の何倍、何十倍の外国人旅行者を集めている観光地や観光施設は数多くあります。しかし、別の見方をすれば、「ホームページでの告知以外特にプロモーションはしていない」(担当者)中でこれだけの旅行者を惹きつけているというのは、こうした“熱い思い”を持ったニッチ層が「訪れるに値する」と感じるだけの価値を山崎蒸溜所が生み出せているということなのです。
勿論、山崎蒸溜所を訪れる外国人旅行者が増えている背景には、京都から電車で20分というアクセスの良さがあることも事実です。また、民間企業だから、あるいは目に見える商品を扱っているからこそできることも少なくありません。
▲土産を吟味するアメリカ人旅行者
「今日初めて飲んだハイボールを気に入った
ので一本小さなボトルを買っていこうかな」
しかし、「訪れてもらう」ことがあくまで「ウイスキーを買ってもらう」ための一つのプロセスであり、「訪れてもらった後」に本来の目的があるからこそ、余計に「訪れてもらう」ことの意味や価値が考え抜かれ、結果的にそれが旅行者を惹きつけていることも事実です。
ファクトリーショップで出会ったニュージーランド人旅行者はこう言います。
「ウイスキーが好きな人なら“日本”と聞いて先ず思い浮かべるのはウイスキー。それくらい海外では有名だよ」
日本を訪れる外国人旅行者数そのものが落ち込んでいる昨今だからこそ、こうした“熱い思い”に裏付けられた“本当の人気”が顕在化するのかもしれません。
(守屋邦彦、石黒侑介 2012.3.13 UP)
この研究・事業の分類
関連する研究・事業 | |
---|---|
関連するレポート | |
実施年度 | 2012.03.13 |