ガバナンスという言葉がよく使われるようになって来た。観光が主要な産業の一つになっている地域においても、実際に、例えば、いわゆる「観光まちづくり」などを進める段階で、ガバナンスのあり方が課題となっている。
ガバナンスとは何か?多くの論者が様々な定義を発表しているが、私がいつも使うのは、世界自然保護連合(IUCN)のGrazia Borrini-Feyerabend博士による国立公園などの保護地域におけるガバナンスの説明(1)である。彼女は、IUCNのガイドライン「Governance of Protected Areas」(2013)の主著者だが、彼女によれば、managementとgovernanceは明確に異なったものとして峻別すべきだと言う。「マネジメントは、What do we do?、つまり、実際に何を具体的に行うのかを問う、のに対して、ガバナンスは、Who decides? How?、つまり、マネジメントの内容を、だれが、どのように決めるのかを問う」のだ。
ここで重要なのはガバナンスという概念は、価値中立だということだ。つまり、良いガバナンスもあれば、悪いガバナンスもあるのである。ではどのようなガバナンスが良いのか?実はこれは一言で言うのは難しい。あるガバナンスが良いかどうかは、その社会を成り立たせる規範そのものに関わるからだ。つまり、ある時代、ある地域によって規範は異なるので、どのようなガバナンスが良いかも時代・地域によって異なるのだ。では、われわれの暮らす現代、そして次世代以降の世代のためのこれからの社会ではどうか。そのことを考える際のキーワードは、やはり持続可能性だろう。そして、持続可能性を支える社会の決まりごとの基本は民主主義なのだと思う。
さて、観光である。ご存知のように、観光には様々な業種の主体が関わり、また、地域コミュニティから市町村、都道府県、国まで多くの公的団体が関係し、観光資源としては歴史文化資源、自然資源、そして生活の場である街そのものも資源となる。さらに事を複雑にするのは、地域外からの観光客が大きく観光のあり方に関わることである。従って、例えば、ある観光地で、観光を中心とした、これからの地域での振興方向を検討し、計画を策定しようということになったとする。しかし、考えてみれば、これまでも多くの計画が作られてきたが、そのほとんどは実行に繋がらず、存在自体が忘れられてきたという過去があるに違いない。では、どうしたら良い計画ができ、その計画が地域の様々な主体によって認識され、実行されていき、最終的には地域の振興の実現となっていくのかを考える。そこで、まずは検討しなければならないのがガバナンスなのである。
つまり、どのような範囲の人を集めて、どのような方法で議論をするのか、事務局はどこがやるのかに始まり、議論の運営を経て、結論から実行過程への移行、実行諸主体の動機付け、実行後のモニタリングと進行管理へと繋がる一連の過程を、透明性、公平性などの評価軸も常に意識しつつ、いかに順応的に、そして参加と協働を担保しつつ行っていくかが問われる。
「良いガバナンス」は以上のように概念的には言えるのだが、では実際にどうかと問えば、たいへん多くのことが未検討で残されている。マネジメント視点から発想を転換して、まずはガバナンス的な視点から事象を見ていくことが求められている。