「観光」は、日常生活では見ることができない風景や風俗、習慣などを見て回ることから始まり、交通網や移動手段の発達によって、遠出をしながら楽しむために行う旅行にまで発展してきた。そして、先進国・開発途上国問わず、その訪問先が国内だけでなく外国までも広がってきたことは、だれもが知っている当たり前のことである。
しかし、今般の厳しいコロナショックは、観光業および多くの人々に対して非常に大きな打撃を与えている。コロナ禍では、命を守るために自宅から一歩も出ることができず大変な思いをした人々は世界中に多くいた。それは観光客だけではなく、観光関連産業従事者にとっても同様のことであった。
国連世界観光機関(UNWTO)によると、2020年の国際観光客は前年比73.1%減少し、また世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)によると、旅行・観光業が世界のGDPに占めるシェアが約10.4%から5.5%まで減少、そして観光関連産業従事者は約18・5%減少したとされている。
観光立国を目指してきた日本においても同様に、観光関連産業従事者の数やその収入、そして観光施設の収入などが大幅に減少した。コロナパンデミックによって、観光客の楽しみや生きがいが失われたのみならず、国としての経済効果、そして観光業に依存していた人々の生活も脅かされたといえる。一方、観光を主な収入源としている多くの開発途上国の場合、コロナ禍による悪影響は日本や他の先進国よりも極めて厳しいものであったといえる。それらの国々においては観光業界が直接ダメージを受けただけではなく、治療薬を含む保健衛生環境が乏しく、労働集約的活動が多いために、その他の経済活動に与えた悪影響もとても大きなものであった。
観光業における「人」とは、観光をする人だけではなく、彼らの目的を達成するために様々なサービスを提供する人々のことであり、関連のモノづくりや行政サービス分野等も含まれる。コロナパンデミックによって、観光業における「人」の側面がこれまで以上に注目され、観光活動やそのデスティネーションとしての持続可能性と同時に、前述した「人」の生活の維持管理についても慎重に考えるべきだということが教訓として浮き彫りになったといえる。
開発途上国であるスリランカ出身の私は、約2年半ぶりに帰国したばかりである。観光デスティネーションとして人気急上昇中であった以前の状態を思い出すと、コロナ禍以前と比べて今は、国の活気が完全になくなり、観光客だけでなく住民の日常生活にも大変な悪影響が及んでいることがうかがえる。同様な立場の周辺諸国の状況も極めて厳しい。このままの状況が続くと、裕福であるといえる先進国の人々は、開発途上国を訪れることもできない。これまで観光は、SDGsの8番、12番、14番※の目標と深い関係があると議論されてきたが、コロナパンデミックがあったからこそ、観光はSDGsのすべての目標と関係があると明らかになったのではないだろうか。
~先進国と開発途上国~
アーナンダ クマーラ
(スリランカLNBTI学長)
スリランカのケラニヤ大学理学部卒業後、同学部専任講師を経て1983年に日本に留学。東京工業大学大学院で経営工学修士、社会工学博士課程修了後、国際連合地域開発センターの研究員としてアジア諸国の地域開発の研究に携わる。以後、大学の教授として、鈴鹿国際大学教授、学部長、学長補佐や東京工業大学の特任教授、名城大学外国語学部初代学部長などを経て現職。現在、母国スリランカで初となる日系の4年制大学・Lanka Nippon Biztech Institute(LNBTI)の学長。卒業後に日本で活躍できるIT人材をスリランカで養成することを教育モデルとしている。近年、観光活動による持続可能な地域開発などに関する研究にも力を入れている。日本のグローバル人材育成教育学会会長も務める。
※編集部註:SDGsの目標8番、12番、14番は、それぞれ「働きがいも経済成長も」「つくる責任 つかう責任」「海の豊かさを守ろう」についての目標で、国連の持続可能な開発目標進捗報告書の中で観光分野における貢献が期待される目標として位置づけられている。