②…❶ 野外レクリエーション(キャンプやトレッキング)〜潜在需要の顕在化
寺崎竜雄(理事・観光地域研究部)
2020年4月から5月の緊急事態宣言下では、国内観光レクリエーション旅行(日帰りを含む)を計画していた人の8割超が旅行を取りやめたと回答している。この比率は6月に65%となり、7月以降は徐々に低下した(JTBF旅行実態調査)。特に県をまたぐ移動の自粛要請が解除された6月下旬になると、感染の不安と、休日・休暇を楽しみたいという意欲のせめぎ合いが、各所でみられるようになった。
こうした中、3密の状況を比較的避けやすいとされた野外レクリエーションの領域をみると、4月下旬に山岳四団体は山岳スポーツ行為の自粛を発表、5月中旬には山梨県と静岡県が富士山登山道の閉鎖を決定、5月下旬には南アルプスの山小屋の営業見合わせが報道された。また、海水浴場の開設中止報道が相次いだ。屋外であっても混雑が想定される場所や、不特定多数が利用する山小屋やビーチのサービス施設などでは十分な感染予防策がとれないこと、事故対応時の懸念が指摘された。
その後、山岳四団体は自粛解除後の山岳スポーツ再開にむけてガイドラインを発表した。また、例えば優れた自然環境でのレクリエーションが魅力の小笠原では、観光協会が部会(宿泊部・ガイド部・飲食部・商事部)ごとにガイドラインを策定して7月の来島自粛要請の解除を迎えた。観光地ごとにウィズコロナの行動指針を示し、不安を抱えながらも野外レクリエーションの再開を待ち望んでいた。
日本を代表する山岳観光地の上高地では、7月半ばの本格開業を目指す宿泊施設が多かったが、豪雨や地震が相次いだため、8月にようやく観光客を迎える機運になったという。8月の来訪者数は例年の4割程度にとどまったものの、9月は5割、10月には8割程度まで戻ってきた。河童橋袂の五千尺ロッジを拠点に、自然散策のガイドツアーを手掛けるネイチャーガイドファイブセンス・ディレクターの山部茜さん(上高地でのガイド歴14年)は、「8月になると待ってましたという感じで動き出した。上高地全体の訪問者数に比べると、ガイドツアーの売り上げはよかった。」という。
立山黒部アルペンルートは、4月の全線開通直後に営業を休止した。6月下旬に再開してから徐々に勢いはでてきたものの、アクセス路の乗車数や宿泊客数を制限したために、例年並みには戻らなかった。ルート中心の室堂(標高2450m)をよく訪れる登山愛好家は、「景色を楽しみに訪れる一般的な観光客、みくりが池周辺を散策するトレッキング客、立山や剱岳などを目指す登山者がいる。今シーズンは登山者の比率が高かった。どうしても山に行きたいという熱意を感じた。」と振り返る。
このように自然の中での野外レクリエーションは、夏休みを機に動き始め、秋季になるとGo Toトラベル事業の後押しも受けてより活発になった。その中でも、キャンプ、散策・トレッキングの動きが目立ったようだ。
中部山岳とその周辺の事例を主にみながら、コロナ禍における野外レクリエーションの動向を概観してみたい。
アウトドアブーム〜ソロキャンプ
2010年頃から続くオートキャンプ場利用者数の増加傾向を第二次アウトドアブーム(第一次はバブル崩壊後の1990年代。この間の登山ブームを第二次とし、これを第三次とする見方もある)と称し、自然志向や健康志向が観光レクリエーションの場でも顕著になったという。こうしたトレンドのもと、不要不急の外出自粛ムードに反発するように野外活動への願望が強まったというのは無理のない仮説だろう。
大手アウトドアスポーツ用品販売会社・石井スポーツで登山学校事務局長を務める東秀訓さんは、「自宅の庭やベランダでアウトドアを楽しむ動きが目立った。例えば登山用のコンロでお湯を沸かしてコーヒーを楽しむというようなこと。4月から6月にかけてこうした商品が良く売れた。」と、当時を振り返る。テレワークにより家庭内に仕事を持ち込み、オンとオフが曖昧になる状況下、非日常を誇示するためのプチ・アウトドア活動である。
また、「8月にかけてキャンプ関連商品の売り上げが伸びた。一人で使える厚みのある鉄板の販売数が増えた。オートキャンプ場併設のサイトで、一人でテントを張り、バーベキューを楽しむというトレンドがある。」とみる。さらに、「4、5年ほど前から登山時のプライベートテントの人気が急騰してきた。テント場で焚き火をし、おいしい料理をつくり、酒を飲むというのがはやった。仲間でというよりソロがキーワード。」と話し、こうした登山者も山に行けないので行きやすい場所でキャンプをしたと分析する。
このような動きの背景として『ふたりソロキャンプ(講談社刊。初出は2018年)』などの野外活動の魅力を伝える漫画・アニメの影響を挙げる。インターネット上の動画サイト「You Tube」でもソロキャンプが人気を得ており、諸活動自粛のもとで、メディアからのメッセージがより浸透したともいえるだろう。このムーブメントは30歳代後半から40歳代の女性が先導しているという。
JTBF旅行意識調査(2020年12月実施)によると、「家族や友人・知人と楽しむキャンプ」の経験率は4割超と、意外にも自然環境を楽しむ代表的な旅行の「日本の国立公園を訪れる旅行」より普及している。一方で「ソロキャンプ」の経験は2%に満たず、今後の意向は2割程度にとどまるものの、活動の特性を考えると高い数値だといってよい(5ページ参照)。
性・年代別の参加意向をみると、20歳代から40歳代にかけた層に人気がある点は共通するが、「ソロキャンプ」では特に40歳代男性の4割強がしてみたいと答えたことが興味深い(図8)。また、「ソロキャンプ」経験者に限ると、参加意向は9割近くになり、「家族や友人・知人と楽しむキャンプ」経験者の参加意向の7割強を上回る(図2)。
野外レクリエーションは全般的に経験者の参加意向が未経験者の参加意向を大きく上回る傾向にあるが、そのギャップは「ソロキャンプ」が抜きん出ている。自然に浸る自分の姿の発信を目的にするような利用もあり、早晩に熱は冷めるという見方もあるようだ。しかしアンケートの結果をみる限り、コロナ禍においてさらに拡大した「ソロキャンプ」需要は根強いと思われる。
一方、登山時のテント泊に目を向けると、前出の登山愛好家は「大きなリュックを背負い、キャンプ用のマットをぶら下げている旅行者が多くなった。明らかに荷物が増えた。」と振り返り、剱岳、立山縦走や奥大日岳へ向かう登山者の拠点である雷鳥沢キャンプ場のテントの張り数はこれまでにない数だったという。「山小屋利用者のテントデビューに加え、複数できても人数分のテントを張る。ソロテントブームも重なった。」と言い切る。そうなるとキャンプ場の混雑が気になるところだが、「嫌気をさすかもしれない。それでもテントの中では一人。この気分は忘れられない。」と、ソロ需要の底堅さを展望する。
石井スポーツの東さんも、「山小屋泊りだった人がコロナ禍を機にテント泊をはじめた。新規参入だが山の素人ではない。」とし、登山学校のテント泊初心者向けの講座は募集後すぐ満員になる上、テントや大型ザックの売れ行きが好調だという。
1990年代の中高年層を中心とした「日本百名山ブーム」はテレビ番組がきっかけになった。2000年代後半から「山ガール」という言葉で表現される女性の登山が牽引した登山ブームは、雑誌を始めとするマスコミが種をまいたといわれている。これらが一過性にとどまらず、その後も定着したのは、山小屋の整備、道具の軽量化といった環境整備と、洗練されたファッションによって間口が広がったことによる。そして自然の素晴らしさに魅せられ、やりきった感に浸るといった、野外レクリエーションの本質的な魅力に取りつかれたことにつきる。
オートキャンプ場や里地里山で楽しむ「ソロキャンプ」と、登山やトレッキング拠点でのテント泊では、当初の目的、必要となる技術や経験値、利用層に多少のズレはあるものの、体験によって得られる効用には似たところがある。それは、社会とのつながりをしばし断って、テントを包む自然の音に耳を澄ましながら、一人の時間と空間に心を静めて自身の存在を感じることが時には必要だ、という思いではないだろうか。
自然ガイド付きの自然散策・トレッキング
乗鞍岳の山麓に、ガイド付きツアーへの参加が必須のトレッキングコースが2004年に開業した。この五色ヶ原の森には、カモシカコース、シラビソコース、ゴスワラコースの3つのルートが整備され、それぞれ高低差は300メートルほどだが、約8時間がかりの本格的なトレッキングツアーが販売されている。
この森を管理する高山市環境政策部の山郷三昭さんによると「完全予約制のため、コロナ禍ではお客さんの属性がわかるのがよかった。6月1日にオープンし、3週頃までは岐阜県内客限定で受け入れた。」と、政府要請に応じた運営を語る。上高地と同様に7月の初中旬は集中豪雨による休業のため不調に終わったが、8月以降は徐々に利用者が増加し、シーズンを通した利用者数はこの5年間で最多となった。ガイドらの情報発信のような小さな取り組みの積み重ねが効いたという評価に加え、「感染対策としてガイド1人あたりの人数を少なくした。9月以降は岐阜県民対象の半額ツアーが牽引したほか、県外客も増えた。コロナの影響で山小屋の収容者数が限定されるなど、これまでのように自由に自然散策に訪れることが難しい状況などもあって、五色ヶ原が選ばれたのではないか。」と振り返る。
上高地の山部さんは、早くからコロナ禍での対応策に着手し、6月から7月にかけて動画配信(バーチャルツアールツアー)を実施した。その後「8月になると動画配信系がふるわなくなった。現地に行きたいという気持ちが爆発した。お客さんの中には、上高地を応援したい、という人もいた。」と、バーチャルが実体験を誘発したことをほのめかす。また、「プライベートコースを割引した。例年は全体の1割程度。割引きしても通常コースより高いが、半数近くはプライベートコースへの参加だった。9月中旬からインカムによる解説を始めた。頑張ってガイドについていかなくても解説が聞こえるからありがたいという声と、逆に感染対策だから仕方がないという声があった。」と、他者との接触に配慮した丁寧な対応が受け入れられたことを話す。
さらに「10月は地域共通クーポンの利用が増え、飛び入り参加が増えた。宿泊の翌日にクーポンを使い切るために、値段の高いガイドツアーがマッチした。普段は高いからガイドは使わないが、今回は安かったので参加したという声があった。」と語る。五色ヶ原の山郷さんも、ショートコースを増やして所要時間やツアー費を下げたことが実績につながったと分析する。山部さんの「ガイドツアーの存在は知られていないと思っていたが、地域クーポンを使うために、少し調べればたどり着くところにガイドがいた」という感想に、自然の中を巡るガイドツアーの現在の立ち位置が簡潔に示されている。
このような本格的なガイドツアーの魅力は、安心・安全に自然環境を楽しむことができること、ガイドの働きかけによって思わぬ気づきや発見があること、解説を通して知的好奇心が刺激されることなどである。日本では1990年代前半からみられるようになった。2000年代中頃からガイドツアーを核にしたエコツーリズムの普及と定着の取り組みが加速するが、取り組み地域の拡大に意識が偏りがちで、需要の実状には目が向けられてこなかった。今般、はからずもコロナ禍が社会実験の役割を果たしたようだ。その結果、アウトドアブームや登山ブームの陰に隠れつつも、ガイドツアーは着実に市場に浸透してきたことが示されたといってよいだろう。
ロングトレイル
長野県と新潟県の県境に連なる全長80kmの信越トレイルは、里山の豊かな自然を楽しむルートである。1日の歩行距離に適した6つのセクションに区切られており、セクションごとに分けて歩いたり、サブルートを利用した周回コースや、各セクションの見どころを往復する楽しみ方もある。とはいえロングトレイルの醍醐味は一度に全行程を歩き切るスルーハイクで、この場合はテント泊をしながら4泊5日で歩くのが一般的である。
NPO法人信越トレイルクラブ事務局長の大西宏志さんは、「6月末まで自粛要請を出していたので、実質的には7月から利用が始まった。9月になると例年にないほど利用者が増えてきた。」と、夏以降は好調である。さらに「ソロまたは少人数で歩く個人のハイカーが目立った。スルーハイカーが多く、トレイルのテントサイトがにぎわった。歩き終えた人の多くはJR飯山線の森宮野原駅を利用するが、駅周辺の人からは、今年はザックを背負っている人を多く見かけたと聞く。」と、ここでもソロテントが増えている。
山小屋利用を避けて信越トレイルが選ばれたこと、さらに「これまで長期休暇を取ることができる人は海外やアルプスなどの縦走に行っていた。そうした人が今シーズン訪れたのではないかと思う。また、長期の休暇取得が難しい職場なので信越トレイルをあきらめていたが、年次有給休暇5日間取得の義務化と職場の協力によって来ることができた。」という声があったという。いつかはスルーハイクに挑戦しようと考えていた潜在需要を、コロナ禍が顕在化させたと振り返る。こうした需要はコロナ禍の落ち着きとともに減少すると懸念するものの、「スルーハイクではハイカー同士がキャンプ場で出会いコミュニケーションがうまれる。これまで信越トレイルが目指してきた姿を見ることができるようになった」と感慨深く語り、更なるロングトレイル特有の楽しみの浸透と普及に期待を寄せる。
コロナ禍による在宅時間の増大、三密が想定される環境の回避、海外旅行の実質的な制限、観光需要誘発のための支援策、受け入れ事業者らの創意工夫などにより、各ブームが加速した。加えて潜在していた需要が顕在化し、野外レクリエーションの本質的な楽しさが市場に浸透している状況が見られた。きっかけはともあれ、観光振興を支える側には、こうして顕在化した需要に、実施機会を提供し続ける工夫が必要になる。ウィズコロナ・ポストコロナのもと、体験に伴う諸環境の整備・充実は必須だろう。自然の中での活動のきっかけや魅力の本質も考慮すべきである。観光需要は、意識と、お金と時間という制約とのせめぎあいにより形になると考える。働き方の多様化による時間の自由度の高まりにも期待したい。
(てらさき たつお)