インタビュー…2021年1月7日
「人材ビジネスの立場からみたパンデミックの影響と今後の展望」
未曾有のパンデミックが、観光産業の収益を低下させ、このことが雇用の安定も脅かしています。旅行需要の冷え込みが続けば雇い止めが増えざるを得ませんが、こうしたリスクの度に人材の入れ替えが起きてはサービスの品質を保つことも難しいでしょう。そうでなくても観光産業は他産業に比べて離職率が高く、優れた人材を継続的に確保する取り組みは重要な課題です。
本稿では、2019年に設立されたばかりの株式会社JWソリューションの内倉広輔取締役より、人材ビジネスを展開する立場からみたパンデミックの影響と観光分野の労働市場の特性を踏まえた展望と課題についてお話を伺いました。
深刻な人材不足を背景に設立
塩谷 新型コロナウイルス感染者の急増を受けて、1月8日から緊急事態宣言が一都三県に再び発出されることになりました。このような難しい時期に取材に対応頂きましてありがとうございます。それでは最初に、会社設立の経緯についてお聞かせ願えますか。
内倉 当社は、福岡市を拠点に人材・教育ビジネスの分野で27年の実績を持つ株式会社ワールドホールディングスと、株式会社JTBとの共同出資によって2019年4月に設立されました。
ご存知のように昨年春までの観光産業は深刻な人手不足で、当社の試算では2019年秋の時点で宿泊産業の適正な雇用者数75万人に対して10万人が不足している状況にありました。こうした中でJTBに対しても、JTB協定旅館ホテル連盟などから外国人も含めた人材不足の解消に協力して欲しいとの要請がありました。一方、ワールドホールディングスは、もともと製造業の人材派遣を得意分野としていますが、成長が見込める接客・ホスピタリティ分野をカバーしていくことと、それによって地方創生の実現に協力していきたいという理念を持っていました。当社では、両社の強みを活かした事業を進めていきたいと考えています。
塩谷 事業の内容としてはどのようなものがありますでしょうか。
内倉 当社の人材供給の形態としては、人材派遣、人材紹介(事業者の直接雇用)、業務請負があります。これに人材育成事業が組み合わされています。
塩谷 事業を展開するに当たって、どのようなビジネスモデルをお持ちでしょう。
内倉 観光業界からのニーズは、主に「フレキシブルな人材供給」「高品質な人材供給」「トータルでの人材コストの低減」の3点です。当社では、これらに対応するソリューションを提供しています。
1点目については、ニーズに即した人材の供給力が重要で、これを独自のビジネススキームである〝コンソーシアムモデル〞(人材会社とのネットワークを活用した代理店型のサービス)により実現していきます。2点目については、JTBが有する教育プログラムを活用した〝ホスピタリティエンジニア集団〞としての高品質な人材育成です。3点目の施設運営の効率化については、JTBが有する定着支援プログラムによる生産性向上と、ワールドホールディングスの知見を活かした施設の一括請負による生産性改善も行っていきます。
現在の顧客の多くは宿泊施設が中心ですが、将来的にはテーマパークやMICE施設など様々な観光施設の人材ソリューションも取り扱っていく予定です。
パンデミックの影響
塩谷 2020年度から事業を拡大しようという矢先に、コロナ禍に見舞われることになってしまいましたね。
内倉 4月から人材の供給を本格化させるはずが、3月に入ってから新型コロナウイルスの影響で旅行市場が本格的に冷え込み、緊急事態宣言の下で自分たちも在宅ワークになってしまうような状況でしたね。このため、当面は東京と大阪の2つの拠点に絞って事業を進めていき、段階的に沖縄、福岡、名古屋などにも拠点を拡げていこうと計画しています。また、全国各地の派遣会社などとのネットワーク作りはこの間も順調に進んでいます。もっとも、現状では自社の登録人材で事業者からのニーズの7割を賄えています。将来的には事業を拡大していく中で提携先人材の比率を5割程度まで高めていければと思っています。
2020年の人材供給の実績は、四半期ごとで見ても大きな変動がありました。2月頃までは需要過多の状況が続いていて、事業者からの新規の問い合わせに対応するのも大変な状況でした。それが、緊急事態宣言のあった4〜6月期にはパタリと止むことになったわけです。しかし、感染者数も落ち着いた7〜9月期にはGoToキャンペーンの効果もあって求人が回復していきます。それがまた、年末にコロナの第三波が来てしまい、今を迎えているという状況にあります。
塩谷 GoToキャンペーンによる影響は地域でどのように異なったのでしょうか。
内倉 東京は9月までGoToキャンペーンの対象地域外でしたし、大阪なども含めて感染者が多かった大都市部のホテルなどでは雇用の回復が遅れました。しかし、大都市の周辺部、東京圏では例えば箱根、熱海市、房総など、近畿圏では兵庫、和歌山、京都、奈良などでは比較的早期に求人が増えました。
塩谷 コロナ禍の動向によって労働市場が短期間にめまぐるしく変化したわけですが、事業者にとっては良い人材にはできるだけ長く留まって欲しいわけですよね。
内倉 新たに採用した場合の教育期間なども考慮すると、できるだけ人材を継続雇用したい事業者が多かったと思います。厳しい状況にあった4〜6月期でも契約を継続する例が目立ちました。もちろん人材ビジネスの経営という立場からも、契約期間は長い方が良いです。人材派遣や人材紹介ビジネスの利益率は、社会保険料や研修費を除くと、旅行業の手数料率などと比べてもそれほど高くないというのが実態でもあります。契約期間はできれば半年以上が望ましいですし、そのためにも質の高い人材を安定的に供給することを重視しています。
塩谷 登録人材の募集はどのような方法で行っていますか。また、どんな方が応募されるのでしょうか。
内倉 大きくは、広告媒体経由の応募、全国のハローワークを通じた応募、そして関係者からの紹介、の3つが主になります。他産業経験者からの応募は、広告媒体によるものが多いですね。応募の時期も偏りは少ないです。ハローワーク経由の場合、賞与をもらってから退職するケースが多いためか、5〜6月や10〜11月などに応募が多いようです。人づてでの紹介については、観光業界と接点のある方からの紹介が多いですね。急な求人などに対応する場合は、紹介による場合が比較的多いです。
地域の雇用安定へ向けた人材ビジネスの可能性
塩谷 新型コロナウイルスの影響を抜きにしても、観光産業の労働市場には以前から多くの問題があったように思います。ここからは地域において安定的な観光雇用を確保するには、という観点で派遣業・紹介業のお立場から少しご意見を伺っても良いでしょうか。
内倉 わかりました。
塩谷 通年型の著名観光地は別として、多くの観光地ではシーズナリティの問題があって必要な時に必要な労働力をというマッチングが難しい面があるかと思います。紅葉シーズンであるとか、行祭事の時期などに観光客が集中しやすいですね。
内倉 当社と取引が多い宿泊業について言えば、地域や施設タイプでも傾向が違うように思います。都市ホテルなどでは通年型の雇用が中心ですし、比較的長期の安定雇用が多いです。地方の温泉旅館なども比較的恒常的な雇用が多いように思います。一方でリゾートホテルなどでは夏・冬の間だけ大量のアルバイトを雇うといったケースもあります。
塩谷 今後検証が必要だと思っているのですが、オフシーズンには観光以外の仕事をしてもらうような副業、兼業を認める形の方が、従業員にとっては所得増につながり、事業者にとっても質の高い労働力を確保して生産性向上にもつながる可能性がありませんでしょうか。コロナ禍でリモートワークのような労働形態も認められてきていますし、大都市の企業に働きながら地方に住むようなスタイルも増えるかもしれません。また、これはコロナ以前からの動きになりますが、神戸市などで地方公務員の兼業を緩和するような流れも出ています。企業個別の就業規則における兼業規定は別として、観光雇用者の兼業を進めようとした場合、どのような障害が考えられるのでしょうか。
内倉 副業に関する機運は高まっていますが、社会保険の事務処理として主業となる企業と副業先の企業との間で社会保険の分担をしなければならない問題があります。特に派遣という業態の場合は、両方の社会保険事務所からの了解と分担処理が必要になります。
塩谷 双方の事務所が比較的近い場合であっても、個別に許可を得るとなると派遣会社にはかなりの負担になりますね。
内倉 例えば特区制度や規制緩和によってこうした事務的な課題が解決することで、副業の導入が促進される環境が整備される可能性はあると思います。
塩谷 先ほど契約期間の話がありましたが、派遣業として地域の短期雇用に対応しようとすると何が問題になりますか。
内倉 労働者派遣法により短期間での人材支援(日々の派遣や30日以内の派遣は原則禁止)に対応できない点があります。
塩谷 そうすると繁忙期に何回かに分けて派遣してもらうといった形で季節変動に対応することは難しいわけですね。
内倉 また、直接雇用者が離職後1年以内に、派遣労働者として元の勤務先に派遣されることもできません。もちろん、本来の主旨は、雇用者の立場から、労働条件の切り下げを抑制するというものです。
塩谷 なるほど。しかし、今回のコロナなど特殊な事情で雇止めとなった社員を、少し状況が良くなったので派遣の形で一定期間再雇用しよう、といったケースでは足かせになるかもしれません。
内倉 地域の雇用促進の課題としては、現状でマルチタスク化(契約部署以外での業務対応)に対応できない点も挙げられると思います。
塩谷 具体的にはどんな制約があるのでしょうか。
内倉 例えばホテルの業務は幾つかに分類されていてそれに基づいた契約が行われるのですが、フロントの受付として宿泊部と契約して派遣すると、部署の違う料飲部の管轄下であるレストラン等での接客はできないといったケースがあります。法の主旨である雇用者保護という考え方は維持しつつも、実情に合わせた規制緩和が観光分野での雇用を確保するためには重要かと思います。
塩谷 宿泊施設に限らず地方の小規模な事業者では一人が何役もこなさないといけませんので、派遣会社を通じてというのが法的に難しいわけですね。逆に言えば、法制度によっても雇用環境を改善できる可能性があることがわかりました。その他に観光業界全体としての課題などをどうみていますか。
内倉 業界経験者の採用を求める傾向が他業界と比べて強いように感じています。結果として他業界から観光業界へ就業する機会を喪失しているかもしれません。当社の営業先に関して言えば、商談や提案を通じてマッチングがある程度できていると思っていますが、カバーできていないエリアの企業様・施設様の中で採用の機会を逸しているかもしれません。
塩谷 同じ業界の中で動いているだけでは労働市場は先細りになりますね。
内倉 何らかの事情で観光業界の企業を退職し、求職される方の中で、再度観光業界を希望する方が年々減少しています。他業界からの人材流入を積極的に受け入れ、教育などにより戦力化する取り組みを実施しなければ、就業人材の先細りにより観光業界全体の復興にも影響が出てくると思われます。
塩谷 異業種からの参入という点でも、人材育成の機能が重要になりますね。最後に、今後注力していきたい業務などありますか。
内倉「紹介予定派遣」という制度があり、少しずつ実績を積んできています。人材紹介の形態の一つですが、派遣の契約期間が終了した時点で労働者と派遣先とで合意すれば直接雇用へと移行できるというものです。
塩谷 一種のインターンシップですね。
内倉 そうですね。若い方などで観光産業に飛び込むことに躊躇するケースも多いと思いますが、一度働いてから納得して就業してもらうことが安定的な雇用につながる可能性があると思っています。
塩谷 観光産業の離職率は他業種に比べて高止まりしています。これを抑制するという点でも、また質の高い人材を確保するという点でも効果がある仕組みのように思います。
本日はありがとうございました。
(しおや・ひでお)
内倉広輔(うちくら・こうすけ)
株式会社JWソリューション取締役。大手人材会社の営業部長、グループ会社代表取締役等を経て株式会社ジェイティービーモチベーションズ(現JTBコミュニケーションデザイン)へ。ホスピタリティ・マネジメント事業、ホスピタリティ・アウトソーシング事業の開発等を担当。2019年4月より現職。
聞き手:公益財団法人日本交通公社 理事
塩谷英生