連載
わたしの1冊・第15回
『蒼穹の昴』
浅田次郎 著/講談社1996年
一般財団法人日本健康開発財団代表理事理事長
栗原茂夫
本誌への寄稿の依頼を頂いたのは、翌朝に北京への出張を控えた日であった。その影響もあったのだろうが、迷わず本書を選択した。私の1冊は、1996年刊行された浅田次郎著の長編小説『蒼穹の昴』(そうきゅうのすばる)である。
時は清朝末期。貧民の子であった李春雲(春児)は、生きるため、家族のために自ら宦官となり、ほどなく西太后に仕えるようになる。他方、同郷でありながら豊かな郷紳(=高級官僚、地主)の家に生まれた梁文秀は、科挙を首席で合格し、官僚階級としての地位を着々と築いていく。すなわち、幼なじみのふたりは、時を同じくして、河北の寒村から北京に移り住むことになる。
その頃の北京では、西太后を旗印として影響力の維持を狙う后党(伝統を守ろうとする保守派)と、皇帝・光緒帝の親政を進める帝党(制度改革による立て直しを図る革新派・変法派)とが対立していた。ふたりは、互いの選んだ道故に、両党の対立に巻き込まれてしまう。春児は西太后の側近となり、文秀は革新派(変法派)の中心人物となっていく。敵味方に分かれてしまったふたりは、滅びゆく清朝の中で懸命に生きていくのである。
この続編として『珍妃の井戸』、『中原の虹』、『マンチュリアン・リポート』『天子蒙塵』が発刊され、これらを総称して『蒼穹の昴シリーズ』と言う。「この物語を書くために作家になった」と浅田氏に言わしめた作品でもある。
私は元来、中国の歴史時代小説が大好きで、このジャンルの作品をかなり読み込んでいるつもりだ。加えて、『蒼穹の昴』読了以降、文字通り浅田氏の本を読み漁った。だが、どちらも本書以上に感動を覚えた作品には出会わなかった。
本書は本当にフィクションなのかと思うほどリアリティーを感じる小説であり、正に不朽の名作である。中国三大悪女のひとりと一般的には言われている西太后が、何とも魅力のある人間臭い人物として描かれていることや、宦官になるための壮絶な行為のくだり、キャリア官僚登用試験である科挙の状況など非常に興味深く、人の優しさ虚しさが心に響き沁みる。この先どういう展開が待っているのか早く知りたく一気に読み、次は細部にまでこだわって読み、そうやって何度も何度も読み返してきた。
2009年に日中共同制作でテレビドラマ化され、NHKで放送された。主役の1人である西太后には、朝ドラ「おしん」で中国でも有名な女優である田中裕子がキャスティングされ、中国の新聞やネット上でも大いに話題となった。その後は映画「ラストエンペラー」へと繋がっていく。
小説の時代背景や臨場感を味わいたく、紫禁城を幾度も訪ねた。時には専門ガイドをつけて、普段の観光ツアーではいかない場所までも詳しく巡った。
さらに、いつか時間を作って、紫禁城内でゆったりと楽しみながら読み返したいと思っている。
皆さんにお勧めしたい1冊である。 本誌への寄稿の依頼を頂いたのは、翌朝に北京への出張を控えた日であった。その影響もあったのだろうが、迷わず本書を選択した。私の1冊は、1996年刊行された浅田次郎著の長編小説『蒼穹の昴』(そうきゅうのすばる)である。
時は清朝末期。貧民の子であった李春雲(春児)は、生きるため、家族のために自ら宦官となり、ほどなく西太后に仕えるようになる。他方、同郷でありながら豊かな郷紳(=高級官僚、地主)の家に生まれた梁文秀は、科挙を首席で合格し、官僚階級としての地位を着々と築いていく。すなわち、幼なじみのふたりは、時を同じくして、河北の寒村から北京に移り住むことになる。
その頃の北京では、西太后を旗印として影響力の維持を狙う后党(伝統を守ろうとする保守派)と、皇帝・光緒帝の親政を進める帝党(制度改革による立て直しを図る革新派・変法派)とが対立していた。ふたりは、互いの選んだ道故に、両党の対立に巻き込まれてしまう。春児は西太后の側近となり、文秀は革新派(変法派)の中心人物となっていく。敵味方に分かれてしまったふたりは、滅びゆく清朝の中で懸命に生きていくのである。
この続編として『珍妃の井戸』、『中原の虹』、『マンチュリアン・リポート』『天子蒙塵』が発刊され、これらを総称して『蒼穹の昴シリーズ』と言う。「この物語を書くために作家になった」と浅田氏に言わしめた作品でもある。
私は元来、中国の歴史時代小説が大好きで、このジャンルの作品をかなり読み込んでいるつもりだ。加えて、『蒼穹の昴』読了以降、文字通り浅田氏の本を読み漁った。だが、どちらも本書以上に感動を覚えた作品には出会わなかった。
本書は本当にフィクションなのかと思うほどリアリティーを感じる小説であり、正に不朽の名作である。中国三大悪女のひとりと一般的には言われている西太后が、何とも魅力のある人間臭い人物として描かれていることや、宦官になるための壮絶な行為のくだり、キャリア官僚登用試験である科挙の状況など非常に興味深く、人の優しさ虚しさが心に響き沁みる。この先どういう展開が待っているのか早く知りたく一気に読み、次は細部にまでこだわって読み、そうやって何度も何度も読み返してきた。
2009年に日中共同制作でテレビドラマ化され、NHKで放送された。主役の1人である西太后には、朝ドラ「おしん」で中国でも有名な女優である田中裕子がキャスティングされ、中国の新聞やネット上でも大いに話題となった。その後は映画「ラストエンペラー」へと繋がっていく。
小説の時代背景や臨場感を味わいたく、紫禁城を幾度も訪ねた。時には専門ガイドをつけて、普段の観光ツアーではいかない場所までも詳しく巡った。
さらに、いつか時間を作って、紫禁城内でゆったりと楽しみながら読み返したいと思っている。
皆さんにお勧めしたい1冊である。
栗原茂夫(くりはら・しげお)
一般財団法人日本健康開発財団代表理事理事長。1958年東京生まれ。筑波大学比較文化学類卒業。1980年(株)日本交通公社(現(株)JTB)入社。宇都宮支店長、JTB関東常務取締役などを経て、2012年より現職。特定非営利活動法人健康と温泉フォーラム理事、特定非営利活動法人日本ヘルスツーリズム振興機構理事、一般社団法人Medical Excellence JAPAN理事、株式会社長湯ホットタブ取締役、公益財団法人日本修学旅行協会監事、公益財団法人日本交通公社監事、学校法人国際文化アカデミ
ー評議員等を兼職。