観光を学ぶということ・第3回
ゼミを通して見る大学の今
山梨大学観光政策科学特別コース 田中 敦ゼミ
「観光を素材にビジネスを学ぶ、プロデュースする」をモットーにするゼミがあります。
クラウドファンディングあり、地域の大学としての悩みあり、冊子づくりあり、アニメ・イベントの開催あり。
さまざまな要素と思いを絡ませながら、ゼミ生たちが〝ビジネスの場〞で奮闘する姿を覗いてみます。
1 観光政策科学特別コースの概要
山梨大学の観光政策科学特別コース(以下、観光コース)は、2016年4月に誕生し、定員各学年13名。この4月にようやく4学年が揃った、まだまだ新しいコースです。観光コースは地域社会システム学科の中に設置されており、経営、経済、法律、政治、行政、国際関係といった多様な専門科目や、必修科目の数学、統計学など幅広く学んだ上で観光について学べるという特色がある一方、観光系の専門科目の授業数がまだ十分とはいえず、これらを補完する意味でも3年次から配属される2年間のゼミでの活動が学生の専門性を高める実践の場として重要な役割を担っています。
2 ゼミ活動の狙い
私は前職では旅行会社に勤務し、主に事業開発と人材育成に関わる仕事に携わってきました。特に事業開発部門では社内公募制度を活用した社内ベンチャー企業の起業、経営や地域の観光事業をプロデュースすることができる「観光開発プロデューサー」の育成や地域における事業化支援などの仕事に関わりました。
こうした経験から、私のゼミ生には社会人基礎力を高めるとともに、ビジネス環境が変化していく中で好奇心を持って学び続け、自律的に仕事をするためのベース造りとが大切であると考え、「観光を素材にビジネス( ≒経営学)を学ぶこと」と「自ら事業を構想し実現できる『プロデュース力』を高めること」に主眼を置き、4年生6名、3年生5名の11名でゼミ活動を行っています。
3 Problem-Based Learning型のPBLで「観光×ビジネス」を学ぶ
「観光を素材にビジネスを学ぶ」具体的な活動としては、ビジネススクールのテキストを使ったケーススタディーやProblem-Based Learning型のPBLを行い、経営学の基礎的な理論やフレームワーク等について事例を通じて学んでいます。また、日経STOCKリーグに参加し実際に企業の株式を擬似的に購入し企業分析やポートフォリオの作成も経験します。
さらに教室の外でのフィールドワークも年に数回行い、実際に旅館や観光施設、観光系の企業やDMO等を訪問し責任者の方にインタビューを実施します。山梨大学は徒歩圏内の湯村温泉をはじめ、1時間程度で峡東、富士山麓、八ヶ岳、身延といった多様な観光地に行けるとともに、都内の企業訪問も容易な立地となっています。
4 Project-Based Learning型でリアルビジネスを体感する
また「自ら事業を構想し実現できる『プロデュース力』を高める」については、田中ゼミの大きな特徴となっているPBL活動を中心に行っています。
このPBLのスタイルは「実世界に関する解決すべき複雑な問題や問い,仮説を,プロジェクトとして解決・検証していく学習」(溝口2016)で、この活動を通じて多くの壁にぶつかり、チームで知恵を絞り協力し合いながら試行錯誤を続けていく中で実際に社会に出てから経験するようなさまざまな仮説検証、課題解決の方法を身に付けることができます。
例えば、昨年ゼミで参加した「日経PBLプログラム(日経BP社主催)」では、コントラクトフードサービスを中心に国内外で展開するグリーンハウスグループとコラボし、同社からの課題である、「訪日外国人観光客向けのビジネスプランニング」に挑戦。
実際に外国人観光客で賑わうエリアでのフィールドワークや世界のフードビジネスのトレンド調査を行い、1か月間にわたり何度も何度も企画を出し合ってはボツにするプロセスを繰り返してプランを作成。メンバー間での本気のぶつかり合いと妥協を重ね提案内容を練り上げ、最終的に同社役員等にプレゼンを行い、高い評価を得ることができました。これまで経験したことのない、ビジネスの最前線の緊迫感、授業などでの「発表」とビジネスプレゼンテーションの違いに対する気づきと大きな自信を得ることができました。
5 PBL活動の実際
以下、2018年度にゼミで取り組んだ2つのPBL活動について、ゼミ生からのレポートとともに紹介します。
クラウドファンディングを活用したキャリアインタビュー冊子
『SAILORS』作成プロジェクト
【プロジェクトの概要】
田中ゼミの現4年生は山梨県内出身者4名、県外出身者2名の計6名だが県内出身者は子供の頃から「地元の大学を卒業して地元で就職する」ということが暗黙のうちに既定路線となっている、と感じている学生が多いという。
大学入学後さまざまな世界を知り、またゼミ活動を通じて、現場の最前線でイキイキと仕事をしている多くの社会人と接するうちに、本当にこのまま県内で就職することが良いのか、就活の時期が近づいてくるにつれ疑問や不安が膨らむが…でも、実際に企業のHPや就活情報サイトをみても「良いこと」しか書かれていないし、県内就職と県外就職を比較した生の声をほとんど聞くことができない…このような切実な悩みを抱える学生たちが「同様の悩みを持つ人は他にもたくさんいるはず!」と始めたプロジェクト。冊子の作成やワークショップ開催にかかる費用はクラウドファンディングで学生が全額自分たちで集めた。
取材企業の選定、インタビューのアポ取りと取材、限られた誌面での記事の執筆、予算の関係から外注ができずにDTPソフトの使い方を1から覚えての編集作業…こうした数々の困難を乗り越えた取組みは地元メディアの若手記者にも共感を呼び、学生の地元高校への訪問やワークショップ等の一連の活動は新聞やテレビでも大きく取り上げられた。
学生レポート
〝お金をいただくことの辛さの先にあった、たくさんの大人からのあたたかいことば〞
『SAILORS』制作栗田寧桜(4年)
ゼミでは一昨年からクラウドファンディングを活用して資金面で支援をいただきながら、学生が主体的に事業活動を行うことに取り組んでいます。
私たち田中ゼミ2期生は、「山梨で活躍している人の生き方をまとめた冊子『SAILORS』を作り、県内の学生に広める」という事業にチャレンジしました。この冊子をつくる目的は、山梨でも活躍できることを知ったうえで、自身の将来について考えるきっかけとしてもらうこと、学生の立場から学生に伝えたい情報や想いが詰まった冊子をつくることです。
当初、活動は思っていた以上にうまく進みませんでした。FAAVOというクラウドファンディングのサービスを利用して支援を募るHPを開設したものの、全く支援金が集まりません。そこで、地域の経営者の集まりや、学生の主体的な活動を支援して下さる地元の方々の会合にどんどん参加させていただき、直接私たち自身の想いをぶつけました。しかし、行った先々で「素敵だね」「頑張ってね」といった共感はもらえても、それが直接の支援につながらない状況が続きました。
心が折れそうになりながらも試行錯誤を重ね、奔走したことで、最終的に目標金額を上回るご支援をいただけた。
その時は、とても嬉しかったです。
冊子作りも一筋縄では行きませんでした。メンバー6人が各々でインタビュー・原稿執筆を行ったため、いざ文章にしてみるとインタビューの質問項目やお話いただいたトーンがバラバラで不足している情報もあり、忙しい中再度インタビューにご協力いただくことも少なくありませんでした。また、インタビュー先だけでなく、写真部の学生が写真を提供してくれたり、編集ソフトに詳しい同級生が編集を全面的にサポートしてくれたりと、多くの仲間にも助けられました。
ようやく完成した冊子ですが、活動はここで終わりではありません。プロジェクトの最後には、「働くことについて考える」をテーマとしたワークショップの開催がありました。そこでは支援してくださった方々や、今まさに「働くこと」に直面している学生に参加してもらい、今回の冊子に登場した方をゲストスピーカーとしてお招きし講話をいただいたり、ゼミ生がファシリテーターとなって参加者とディスカッションをしたりしました。自分たちの冊子を手にとった方々の反応がダイレクトに返ってくる場でもあり、そこでいただいたあたたかい言葉は私たちの宝物です。
この活動では初めての経験だらけで、うまくいかないことがたくさんありました。活動が長期に渡り、挫折しかけたこともありましたが、色々な方からいただいた言葉や、得た経験はどれも確実に私たちの糧となっています。
山梨が舞台のアニメ
「ゆるキャン△」に関する産学官連携プロジェクト
【プロジェクトの概要】
「ゆるキャン△」は、山梨県を舞台に女子高校生たちがキャンプをしたり日常生活を送ったりする様子をゆるやかに描いた、アウトドア系ガールズストーリーの人気アニメーション。
アニメの主人公達が通う高校が山梨県身延町にある旧下部小・中学校をモデルとしていることから身延町周辺が突如アニメの「聖地」となり、作中で紹介される身延駅周辺や本栖湖や四尾連湖などに大勢のファンが集まるようになっていった。
山梨県観光部、やまなし観光推進機構はこれまで苦労していた観光客の集客の機会にしようと考えたものの、自分たちは黒子となり、全面的に支援するという立ち位置をとり続け、地元で設立された協議会のサポートに徹した。
また600名を集めたイベントでは学生も企画段階から運営に参加。1つの企画の実施を全て任され、イベントの高評価に大きく貢献した。
また、こうした「突然地元が聖地になる」という現象は全国各地で起こりうることである。
その場合、どのようなことが実際に地域で起き、こうした機会を活かしていくのか、来訪者に寄り添った受入れ体制はどのように構築し、現実にどのようなメリットや課題が生じるのかなど、地域の人々に与える影響について初期の段階からの定量、定性の両面からの調査は、これまでほとんど行われていなかった。
そこで山梨中銀経営コンサルティング(株)と山梨大学との共同で調査研究を行った。
この調査結果についての山梨県庁での記者発表は反響を呼び、地域の主要メディアで取り上げられた他、Twitterの「勢い順」ランキングで国内全体の10位、検索ワードランキングで「山梨大学」が58位となるなど、注目を集めることとなった。
学生レポート
〝「中途半端にはできない!」その覚悟と真剣さが信頼と連帯感への第一歩に〞
「ゆるキャン△」イベント担当今井ちひろ(4年)
私たちは今回、山梨県を舞台にした人気アニメ「ゆるキャン△」を活用した地域振興の活動に関わらせていただきました。
特に、アニメの舞台となった身延町の旧下部小・中学校にて11 月3日に開催された「ブランケット音楽祭」というアニメファンが集うイベントにおいて、ゼミでの独自企画を実施させていただいたことは、大変貴重な経験となりました。
「大好きな『ゆるキャン△』に関わることができる!」そんな軽い気持ちで最初の打ち合わせに参加した私たちは、そこで初めてコトの重大さに気が付きました。「ゆるキャン△」によるアニメツーリズムの初めての大きなイベント、参加者は作品のファン600名、「絶対に成功させる!」という実行委員会の方々の熱い思いを目の当たりにし、「中途半端なクオリティのものはできない」という責任感と緊張感が生まれました。とはいえ、これまでこのような大きなイベントに関わったことも、本格的な企画をした経験もありません。なにから始めたらいいのかわからない中、先生からは「受け身の姿勢じゃだめだ。企画を30個くらい作って持っていく勢いでやりなさい」といわれたものの、会議では実行委員会の方々は我々学生にそこまで関心がなさそうな空気感が…。
しかし「やるからには全力でやろう」とゼミのメンバーと話し合って決め、信頼を得られるよう真剣に活動に参加しました。
まず、アニメの関連イベントを行った他の地域の成功事例を調べ、実行委員会の方々の目指すイベントの姿、大事にするものを理解するため、毎回の会議に参加しながら、学生が関わることの付加価値とは一体なにか? といった視点から、情報を集めました。最終的に15件の企画を会議で提案。委員の方から現実的な視点でアドバイスや意見をいただき、1つの企画に決定、企画を進めました。
イベント当日に至るまでの準備期間も気を抜けません。入念なリハーサルやシミュレーションを行い、より完成度の高い企画を目指し、幾度となく話し合いを重ねてきました。その甲斐あって、当日は多くの方に参加していただき、ファンの方から、「楽しかったよ」と直接声をかけていただくなど、地元の方もファンの方と一緒にイベントを楽しんでおられる様子を肌で感じ、作品やそのファンの方がしっかりと地元の方にも受け入れられていることを実感しました。
さらに一連の活動やその効果について、1学年先輩のゼミ生が卒業論文のテーマとし、地元のコンサルティング会社と共同でアンケート調査、ヒアリング等に加わりました。この調査で「ゆるキャン△」関連の各種イベント開催による来訪者の増加や消費額の増加、また地域の方々が以前に比べ地元に自信を持つことができたことなどが明らかになりました。さらに、この調査結果をもとに、特に経済面以外の効果や地域での受け入れのプロセス等について関係者の講演や調査報告を行い、120名を超える自治体や地域の方々に参加していただき、私たちも学生の取り組みについて、パネラーとして自身の体験や感じたことをお話する機会をいただきました。
今回、実社会で活躍する方々と一緒に活動させていただくことで、実践に向けた知識や思考が身に付き、それ以降の活動にも活かすことができました。
今後も引き続きプロジェクトに関わらせていただきたいと思っています。
6 まとめにかえて
PBLは社会人基礎力の3領域(シンキング、アクション、チームワーク)のいずれにも一定の効果が認められるとされていますが、今回の学生のレポートの最後の「ゆるキャン△」のようなケースは、年齢、職業、生活する地域等が異なる大人のメンバーと協働して事業をやり切る、というリアルなチームワーク体験が、特に大きな成長につながると感じています。観光関連事業のように観光事業者、行政、地域と住民などがそれぞれの事情や短期的な利害を乗り越えながら目標に向かって進めていく仕事では、多様なメンバー間でのコラボレーションが不可欠です。将来、観光の仕事もそれ以外でも活躍できる、協働力が高く、かつ自律的な人材を「観光を学ぶことを通じて」育てていくことが、今後の私の大きなチャレンジです。
※ご希望の方に学生が作成したキャリアインタビューをまとめた冊子
「SAILORS」をPDF形式のデータで提供可能です。
atanaka@yamanashi.ac.jpまで
ご連絡ください。
田中 敦(たなか・あつし)山梨大学生命環境学部地域社会システム学科 教授。専門は観光学、人材育成、経営学。JTB、JTBベネフィット(創業取締役)、本社事業創造本部事業開発室長、J T B 総合研究所等を経て2016年から現職。主な研究論に”Project
Based Learning in Community Design Contests andStudents’ Attachment to the Targeted Communities” SECSA 、2015年、「地域ワインイベントにおける参加者の消費行動と経済波及効果〜「ワインツーリズムやまなし2017」を事例に〜」日本国際観光学会、2018年、「ディベートを活用した観光政策学習の試み」日本観光ホスピタリティ教育学会、2019年など。