私は、1999年に釧路公立大学に新しく設置された地域経済研究センター長として赴任し、13年間にわたって研究プロジェクトを通じて地域の課題解決に取り組んできた。限られたスタッフ、資金で大学が地方の問題にどのように応えていけばいいのか、悩みながらの活動であった。
赴任した頃の釧路地域は、日本最後の太平洋炭鉱の閉山や日本一の水揚げを続けていた水産業の衰退など、基幹産業の疲弊が大きな課題となっていた。釧路地域には多くの国立公園があり、観光への期待があったが、観光に頼って地域経済の発展を目指していくことへの不安も大きかった。
そこで、観光産業が地域を支えていく自立産業としての可能性があるか、そのための方策を探るために、2000年に研究プロジェクトを立ち上げた。地方の公立大学ですべての研究スタッフをまかなうことは難しい。そこで、幅広い外部の研究者を巻き込む共同研究というスタイルで取り組むことにした。それに呼応して共同研究に参加してくれたのがJTBFであった。
観光が地域の経済活性化にどのように結びつくのか。それを分かりやすく示すことを心がけた。観光は人々の幅広い営みであり、そこから生まれる消費を受けとめる産業の総体が地域の観光産業だ。その正確な実態を探っていった。経済波及分析のために独自の地域産業連関表を作成するなど、JTBFの研究者達と一緒にていねいに2年間かけて調査研究を進めた。
分析の結果、地域内での観光消費が幅広い産業に経済波及している姿が浮かび上がってきた。調査研究の結果はできる限り広く発信することに努めた。すると、地域のなかで少しずつだが変化が出てきた。例えば水産品の購入などによって水産業に経済波及していることが分かると、それまで観光とは無縁だと思っていた地元の漁協が観光イベントなどに参加するようになった。また、食材等の地元での調達率の低さが課題として分かると、生産者と飲食業、宿泊事業者などを結びつけて域内調達の向上を目指す自治体の独自の観光施策がはじまった。イベントやプロモーション主体であった観光政策が変わりはじめたのだ。科学的な研究成果が地域の自主的な行動につながっていく手ごたえを感じる経験であった。
その後も、多くの分野で研究プロジェクトを進めてきたが、限られた公立大学の人材ですべての地域課題に対応することは難しい。地域社会がかかえる問題は、幅広い分野で複雑に関連している。地域の公立大学の役割は、地域のニーズや課題に対応して、的確に必要な情報を分析し、科学的な知見で対処していくために、専門の研究者と地域をつなぐコーディネート機能であろう。医療の世界でいえばプライマリー・ケアーを行なう総合医だ。そこでは、地域の総合的な知見が求められる。実態を科学的に分析し、地域社会の課題にアカデミズムとして向き合うことは難しい挑戦だが、そこに地域の公立大学の役割と醍醐味があるだろう。
地域の総合医
小磯修二
(こいそ・しゅうじ)
公益社団法人北海道観光振興機構会長、北海道大学公共政策大学院客員教授、地域研究工房代表理事。京都大学法学部卒業。旧国土庁、北海道開発庁(現・国土交通省)を経て、1999年に釧路公立大学教授・地域経済研究センター長、2008年から同大学長。2012年に北海道大学公共政策大学院特任教授。地域政策研究の分野において、実践的な研究プロジェクトを数多く実施。中央アジア地域などで国際協力活動にも従事。専門は地域開発政策。公職として国土審議会専門委員、北海道観光審議会会長、北海道史編さん委員長など。主な著書は『地方の論理』(岩波新書)、『地方創生を超えて』(岩波書店)、『地方が輝くために』(柏艪舎)、『コモンズ 地域の再生と創造』(北海道大学出版会)、『地域とともに生きる建設業』(中西出版)など。