③…❻ 芸術文化観光専門職大学
芸術文化×観光×経営によるイノベーション、価値創造、地域貢献
1 はじめに
兵庫県公立大学法人 芸術文化観光専門職大学(Professional College of Arts and Tourism:以下、CAT)は、2021年4月1日に但馬地域豊岡市に開学した新設大学である。CATは但馬地域初の4年制大学であり、「芸術文化」と「観光」の2分野を学べるという独自性がある。また、専門職大学であり、カリキュラムにも様々な特色がある。
CATは開学してまもなく、日々走りながら変化しているが、ここでは、観光を専門とするCAT所属教員の立場から見た今のCAT像についてお話しする。
2 但馬地域の状況
但馬地域は、城崎温泉、湯村温泉、神鍋高原、山陰海岸、蟹などの資源に恵まれた観光地である。訪問客の動向については、平成30年度の但馬地域の日帰り・宿泊別入込客数は9888千人と報告されており、同年度の入込客中の宿泊客の割合は20.2%と県内で最も高い(兵庫県、2019b)。このことから、但馬地域では特に宿泊観光が非常に盛んであることがうかがえる。その一方で、過疎化が進んでいるのもこの地域の現状で、但馬地域の人口減少率は平成22年から平成27年(各年10月時点)の5年間で△5.7%(同期全国平均△0.8%、兵庫県内平均△0.95%)(兵庫県、2019a)である。
芸術文化の面では、CATが位置する豊岡市では、世界から公募で選ばれたアーティストが滞在し創作活動を行う「城崎国際アートセンター」を有し、2020年より日本初のフリンジ型(自主参加型)の国際的な演劇祭である「豊岡演劇祭」が開催されている。また、市内の全ての小中学校で、演劇的手法を取り入れたアクティブラーニングを用いた授業が行われており、演劇を活用したコミュニケーション教育が進められている。
3 CATにおける教育
ここでは、CATのカリキュラムの特徴、目指される育成人材像と地域貢献について述べる。目指される育成人材像と地域貢献に関しては、筆者の専門故、観光の観点からの話が中心になることをご承知おき頂きたい。
3‐1.カリキュラム
CATは芸術文化・観光学部、芸術文化・観光学科をもつ県立専門職大学であり、「地域活性化における芸術文化と観光の果たす役割を理解し、両分野の視点を活かし、芸術文化と観光に関する事業活動を推進することで地域の新たな活力を創出する専門職人を養成する」ことを学部の目的としている。教員陣は「芸術文化」「観光」「経営」「情報」「語学」の分野の学術および実務家教員で構成される。
CATのカリキュラムでは学年を4期に区分するクォーター制を採用している。学生は2年次から芸術文化分野または観光分野のいずれかを主、もう一方を副とする専攻に属すが、両専攻共通の必須科目には両分野の科目が含まれるほか、専攻に分かれた後も、副となる分野の科目を相当数履修する仕組みになっている。
また、現場での実践的な修学の機会を提供する為、卒業要件単位の約1/3を実習により取得することになっている。実習には、アートセンターなどでの芸術文化分野の実習、旅行会社、宿泊業、運輸業、レジャー施設などでの観光分野の実習が含まれる。例えば、先述の豊岡演劇祭での実習は、両分野の専攻共通の必修となっている。
CATでは、執筆時現在、初代1年生80名余りが第1クォーターで学んでおり、マネジメント一般、芸術文化とそのマネジメント、観光事業および観光マネジメントの基礎を学ぶ科目、外国語、情報処理、演劇やダンスのワークショップと理論を通したコミュニケーション能力の滋養のための演習を必修科目として学び、加えて、各自の興味に応じた選択科目を学んでいる。各科目では、反転授業、ワークなどのアクティブラーニングが実施されている。
CATのキャンパスには研究室、講義室、図書館、事務室のある教育研究棟がある。また、教育研究棟と渡り廊下でつながった実習棟には、220席の客室や舞台設備を有する劇場およびスタジオがあり、学生のコミュニケーション力の滋養のための演習などが行われている。また、1年次は原則全寮制となっており、1年生は教育研究棟と実習棟から道一本をはさんだ至近距離にあるシェアハウス方式の個室寮で生活している。
3‐2.目指す教育
CATでは学生が身につける基礎能力として、基礎的な知識・技能と対話的コミュニケーション能力を挙げており、実習やアクティブラーニングを積極的に取り入れている。また、こうした基礎能力を持って、「多様なステイクホルダーの考え方や立場を理解した上、対話を通じて合意形成に導く技能」を身につけることをディプロマポリシーとして謳っている。観光は、普段は別々に生きる人と場所の一時的な相互関係であり、訪問客、観光事業者やその他の住民を含む様々なステイクホルダーが様々な目的をもって関わっている。従って、自分とは異なる人々の立場に立ち、彼らと対話する能力は重要だと考えられる。
芸術文化分野専攻の学生の教育においては、芸術文化を創造する力、文化施設の運営、芸術文化資源の発見・活用・発信、芸術文化の視点からの地域社会の課題解決能力などが「芸術文化マネジメント能力」としてディプロマポリシーに示されている。また、地域の課題解決に向けて観光分野に蓄積されている知見を活用することも謳われており、求められる「観光マネジメント能力」として、「観光地域づくりや観光産業、およびそれらを取り巻く状況の理解」と「芸術文化活動を社会に広く発信するための基礎的なマーケティング能力」があげられている。観光においては、地理的・文化的に離れた場所からの、往々にしてその観光地への訪問経験がない潜在的訪問客を誘致することが求められる。芸術文化を観光資源と捉えた場合もそのような、遠隔地や異文化圏からの潜在的鑑賞者層への発信が必要になると考えられる。
観光分野専攻の学生の教育においては、ディプロマポリシーにおいて、マーケティング、経営学の基礎的知識・理論の修得、観光事業の特性の理解、観光地域づくりの理解に基づく地域活性化に取り組む能力などが身に付けるべき「観光マネジメント能力」としてあげられている。また、求められる「芸術文化マネジメント能力」として、舞台芸術を中心とした芸術文化、文化政策、芸術文化を取り巻く状況、文化施設の運営に関する知識を観光に生かし、地域活性化を図ることを謳っている。観光は、往々にして既存の資源(文化財、自然など)を観光資源として活用する営みであるが、資源そのものの生成や創造について学ぶ機会があるのがCATの特徴だと考えられる。
3‐3.CATと地域の連携
CATでは、学生と教員と地域が連携して地域課題を解決することを目的とした「地域リサーチ&イノベーションセンター」(Research&Innovation Center:以下、RIC)が学内に創設され、芸術文化、観光両分野に関するプロジェクトが動き始めている。RICに関しては別欄で詳しく説明するが、RICが携わる企業との最初の実証実験として、城崎温泉を含む豊岡市内で電動キックボードおよび電動アシスト自転車を用いたモビリティ実証実験が開始されている。このモビリティ実証実験は、公共交通機関が少ない但馬地域において、訪問客の回遊性向上をも視野に入れた取り組みとして新聞各紙で取り上げられている。
4 筆者の今後の展望
筆者は、CAT赴任前より、訪問客と観光地環境の関係について、訪問客心理の観点から研究をしている。本稿執筆時点ではコロナ禍は依然収束したとはいえず、現場での調査を行いにくい状況だが、城崎温泉、出石など、人が滞在・居住する町並みを形成している観光地において、観光地における人の存在、歴史的建築物の商業化などの場所の観光地化が、訪問客の心理に及ぼす影響に関心を持っている。コロナ禍を経て、他者に対する訪問客/観光者の意識が変化する可能性が考えられるため、訪問地での訪問客への他者の影響や両者の関係を検証することは、訪問客が満足しつつ、地域社会に受け入れられる観光を考えるために重要だと考えられる。
芸術文化については、筆者にとって新たな領域であり、具体的な研究ビジョンはまだまだこれからなのが正直なところである。ただ、まだ漠然としているが、芸術文化を対象とする観光における訪問客の変化の可能性に対して関心を持っている。佐々木(2000)は、観光にはリラックスなど日常生活で不足する経験を実現させる「補完」、環境を変えることで普段できない社会関係や活動を経験する「転換」、社会や環境についての見方や自分自身に対する態度が改められる「改観」、新しい人生観や世界観が生まれる「創観」の5つの機能があると述べている。一方、CATの学長の平田オリザ氏は、CAT開学にあたってのメッセージで芸術は「人の内面を表出させ」「見慣れた風景を刷新させる」ものだと述べている。今後、理論的な枠組みの中で実証する必要があり、拙速に結論付けることはできないが、芸術文化を対象とする観光と、訪問客の「改観」、「創観」は、何かしらの形で関係する可能性があるのではないかと考えている。
筆者のCATでの研究教育活動は始まったばかりであるが、芸術文化、観光両分野の知見を吸収しながら、CATが目指す新たな価値の創造と地域貢献の一助となるよう、研究教育を続けたいと考えている。
地域リサーチ&イノベーションセンター(RIC:リック)について
芸術文化観光専門職大学では、地域と大学を結びつける拠点として「地域リサーチ&イノベーションセンター(以下、RIC)」を開学と同時に設置した。地域と大学が点と点で結ばれるのではなく、地域と地続きの関係性をつくる上で、CATの心臓部となる組織であり、設置検討の段階から地域内の地方自治体も議論に参加し、開設後も自治体と密に連絡を取り、運営を行っている。
RICは、CATが持つ教育・研究の知識や成果を社会へ実装し、地域活性化に貢献するために、地域ニーズと研究シーズをマッチングするコーディネートの役割と、マッチングにより成立したプロジェクトのマネジメントの役割を担っている。
地域の現実を取り込み、地域課題の解決を通じイノベーションを促進することで「地域創生」と「教育・研究」の両方の発展に貢献することをめざし、RICでは「地域」、「大学」へ向けたミッションを掲げている。
地域へのミッション
「芸術文化×観光×経営の視点により、イノベーションで地域課題を解決し地域の活性化に貢献する」
CATが研究シーズとして持つ、芸術文化、観光及び経営分野の視点から新たな価値創造のもと、イノベーションで地域課題の解決に資する。RICが地域課題の解決に向けてコーディネートやマネジメントすることで、学問分野の枠を超え、多様な分野に対してポジティブな相乗効果を及ぼし、新たな経済的価値、社会的価値、公共的価値を創出し、地域活性化に貢献する。
大学へのミッション
「地域での実践から得られる地域の課題・成果を生かしCATの教育・研究を充実させる」
RICは、地域ニーズの調査やPBL、アクションリサーチ等を通じて、地域の現実の課題を得ることができ、地域の課題解決に向けたプロセスや解決策といった成果を得ることができる。教員がそれらに基づいた教育・研究を行い、常に現場の課題・成果を生かすことで、CATの教育・研究の充実に資する。
① 実施中のプロジェクト
「noslisu(ノスリス)実証実験プロジェクト」
noslisuは「川崎重工業株式会社」が開発した新たな電動三輪モビリティで、移動サービスに関する社会課題を解決するため、移動データをもとに観光地等での利用の可能性を探ることとしている。
写真:noslis
引き渡しの様子
② 高校コミュニケーションワークショップ
CATの教員が但馬地域内のすべての高等学校へ出向き、CATの教育の柱の一つである演劇的手法を用いたコミュニケーションワークショップを実施している。こうした取り組みにより、地域全体のコミュニケーション能力を高めるとともに、現場での実践をCATの教育・研究に還元することを目指している。
直井岳人(なおい・たけと)
兵庫県公立大学法人 芸術文化観光専門職大学芸術文化・観光学部教授。1994年大阪大学人間科学部卒。The University of Surrey(英国)にて2000年に修士(観光経営)、2006年に博士(学術)、2016年に東京工業大学大学院情報理工学研究科にて博士(工学)の学位を取得。2001年度から岡山商科大学、首都大学東京(2020年度より東京都立大学)大学院都市環境科学研究科准教授等を経て2021年度より現職。
〈引用文献〉
兵庫県(2019a)兵庫県統計書平成30年(2018)
https://web.pref.hyogo.lg.jp/kk11/oshirase-sougoude-ta/toukeisho30.html
(閲覧日時:2021年6月22日)
兵庫県(2019b)平成30年度兵庫県観光客動態調査報告書
https://web.pref.hyogo.lg.jp/sr16/documents/30.pdf
(閲覧日時:2021年6月22日)
Kock, F., Nørfeltb, A., Josiassena,A., Assafc, A. G. Mike, G. T. (2020).
Understanding the COVID-19 tourist psyche:The Evolutionary Tourism Paradigm.
Annals of Tourism Research, 85(November), 13 pages.
佐々木土師二(2000)旅行者行動の心理学 関西大学出版部