観光研究の活用、情報収集の方法

五木田 本日はお集まりいただき、どうもありがとうございます。私たち研究機関は普段、政策を立案・実行する中央省庁や地方公共団体と委託・受託という形で関わらせていただいています。
 本日は、政策に関わるお二人と今後10年の観光のあり方について展望するとともに、我々のような観光について研究している研究機関に期待することや、研究と政策の関わり方についてもお話を伺いたいと思います。まず、簡単に自己紹介をお願いいたします。
岡野 私は環境省のレンジャーとしてこれまで阿蘇や石垣島などの国立公園に赴任しており、国立公園の保護と利用に取り組んできました。こうした現場の経験を通じて、地域の自然を生かした地域づくりはとても大切だと思っています。
 阿蘇にいた時には観光地が疲弊しきった状況も目にしており、観光のあり方にはすごく関心を持っています。どういう形がいいのか、今も摸索中ですので、今日はいろいろと議論できればと思っています。
横田 私は平成14(2002)年に文部科学省に入省し、令和2(2020)年7月より現職に着任しました。着任後は文化庁との連携による文化観光やコロナ禍におけるDX推進(オンラインツアーやeコマースの推進)、観光地の多言語解説文の整備推進などに取り組んできました。
 令和3(2021)年度の補正予算成立を受け、持続可能な観光の推進プロジェクトに取り組んでいるところです。
五木田 ありがとうございました。それでは最初に、観光に関する政策と研究の連携の現状について伺いたいと思います。お二人は日々の業務や政策立案の際、研究的な知見や要素をどういった形で取り入れられているのでしょうか。
横田 観光の政策は国土交通省の他部局の政策とも密接不可分の要素が多いので、近年出ている調査報告書などは可能な限り、読むようにしています。既に行なわれている政策かどうかというチェックも含めて、関連するものがあれば他省庁の報告書も含めて、幅広く情報収集しています。
 まずこのような情報収集により現状を把握し、政策を実際に企画立案する段階では、有識者会議等で議論を行っていただく過程で、知見を取り入れています。会議等を設置する前には皆さんのような研究機関の研究報告も参考にしています。
 そして、大学関係者や民間研究機関やシンクタンク、観光協会やDMOなど関係団体、地場産業の皆さんなど現地で観光に取り組んでいる方々でバランスよく構成された委員会を設置し、議論いただく中で政策を練り上げていく形です。
中島 各省庁の報告書は、どういった形で探されていますか。
横田 意外に思われるかもしれませんが、グーグルやヤフーなどでの一般的な検索です。
岡野 自分もやはりグーグル検索していますね。
中島 各省庁連携の共通データベースみたいなもの、あるいは省庁ごとに報告書専用のデータベースなどはあるのでしょうか。
岡野 図書館に入っている報告書ぐらいは検索できますけど、中身までは多分見られないので、やっぱりグーグルで検索した方が他の省庁の報告書は見つかりますね。
中島 それは、各省庁で検索に引っかかるようにしているという感じですかね。
岡野 いや、してないです(笑)。ですから、埋もれている報告書がいっぱいあると思います。そこはすごく大事な課題という気がします。「これは、既にどこかで調べているのでは」と思うものがいっぱいあるのですが、なかなか見つけられないところがあります。
五木田 我々が調査事業などを省庁や地方公共団体などから受託した場合、データで納品していますが、それらがストックされた場所は省庁の中にあるのでしょうか。
岡野 図書館に出すことにはなっています。私が石垣島のサンゴ礁保全に関わっていた時は報告書を全てホームページで見られるようにしていましたが、全部そうなっているといいんでしょうね。
横田 皆さんの方では、調査した成果を多くの方々に見ていただくための工夫は何かされていますか。
五木田 我々が受託した調査報告書で、委託元から公開に承諾いただいたものは当財団が運営する「旅の図書館」で閲覧できるようにしています。蔵書は「旅の図書館」サイトでキーワード検索することができます。
 自主事業での調査研究成果は、機関誌「観光文化」や当財団ウェブサイトへの掲載、主催シンポジウムでの発表などを通じて発信しています。
 委託される調査研究のほかに、省庁には競争的資金による研究というものがありますが、そういった資金を使って行う研究はどのように活用されているのでしょうか。委託調査事業との位置付けの違いについて教えていただければと思います。
岡野 我々が委託に出す調査は、基本的には予算要求の段階から「こういう成果を出したい」というのを提起し、その目的達成のために使うということです。
 一方、競争的資金を使った研究は、どういう政策を打つか考えるためのデータが欲しいなど、割と漠然としたテーマを投げることが多いです。なかなか成果は出にくいけど調べておきたいとか、仮説を作るのに政策準備の段階で使ったりします。競争的資金の研究は「いろんなアイデアを出してください」という形で、研究者の裁量にかなり委ねることが多いですね。
五木田 ネット検索以外での情報収集としては、どんな方法を取られているのでしょうか。
横田 すごくアナログな方法ですが、研究者をはじめ関係者の皆さんに率直にご相談することもあります。例えば、ある一人の先生にお聞きして「こういう専門分野だったら、あの先生がいる」など、人づてに必要な情報や人を辿ることは結構あります。
五木田 観光分野で役立つ情報は、どのようなものがありますか。
岡野 観光に関する統計データは、これまでの変化を知るという意味で重要だと思います。また、観光分野では、各地域で「こんな取り組みがありました」という事例調査が多い気がしますが、そうした事例調査はケースバイケースが多く、それを他の地域にどう生かせるのかとよく悩みます。地域の資源はそれぞれ異なりますし、旅行に関する変化もさまざまなので、その事例が他の地域にうまく当てはまるというのは、本当にあるんだろうかと。
 例えば統計データをもとに「こういう取り組みをすると、これから観光客も地域の裨益も増えるのでは」といった仮説や予測を行い、例えば5年間のプロジェクトをやって、その結果として当初の予測通りになったのかというレビューがちゃんとされている研究はあんまり見たことがないな、というのが正直な印象です。
 そういった形の研究は既にされているのでしょうか。もし、そういった研究事例があれば、活用したいなと思います。
菅野 私も携わりましたが、東日本大震災による東北の被災地で環境省が実施した復興エコツーリズム推進モデル事業には、おそらくそういう思想があったのかなと思います。被災3県の6市町において、東北の豊かな自然や文化を活用してコミュニティツーリズムを作り上げようという共通した目的があり、各地域で並行して、フォローアップを含めて延べ4年間かけて事業を行いました。
 定量的な評価はあまりできませんでしたが、当初の目的であるコミュニティツーリズムの構築に向かってモデルとなった各地域が一緒に進んでいき、壮大な実証実験みたいな形で、そういう意味ではおっしゃったような形に近いのかなと思います。最終的にその6市町で得られた知見を抽出して、事例集とガイドラインを作り、環境省のホームページに掲載して、地元の皆さんにも見てもらえるようにしました。
岡野 そのガイドラインは、東北以外の他の地域でも活用されていたりしていますか。
菅野 そこは、ちょっと把握できていません。
岡野 我々のスタンスの問題でもあるんですが、いつもその辺で悩むんですよね。ガイドラインを作っても、使ってくれる人がいるのかなと。地域ごとにケースが違うので、結局ケースバイケースのオーダーメイドになるのではないか、でもそれだったら政策にならないんじゃないかと、そこをすっきりさせたいなと思っています。

単年度主義の限界、事例研究からの展開

横田 役所の場合、予算が単年度主義ですが、観光振興などのプロジェクトは数カ年かけてPDCAを回していかないと、ガイドラインは作れないのではと思います。そういう意味では文化庁は日本遺産は6カ年、文化観光は5カ年計画でビジョンを作り、KPIも設定して目標達成を目指すという取り組みを進めてきました。
 残念ながら、コロナ禍で当初設定した目標どうりの成果が出ていない地域もありますが、岡野さんがおっしゃるように、国としてしっかりしたガイドラインのようなものを示す場合は、個別の優良事例もさることながら、単年度でプロジェクトを終わらせず、数カ年かけてしっかり取り組みを進めていく必要があるのではと思います。特に今、持続可能な観光のプロジェクトを進めていてそう感じているところです。
岡野 観光で難しいのは、実際の地域のプレーヤーは民間事業者で、自分で投資してリスクを自分が負ってやらないといけないことです。そこで政策として、何ができるんだろうとすごく感じます。
横田 私も観光庁に出向した最初の頃に、そう思いました。観光って一般の人からすると楽しいことで、レジャー産業のイメージがあり、「旅行事業者の経験も無い自分、そして国としては何ができるんだろう」と自問していたところがあります。
 ただ実際に携わってみると、観光は楽しさを提供するだけでなく、宿泊業から旅行業、飲食店業、交通業など多くの関連事業を抱え、経済的な効果と雇用を創出する日本の成長戦略の柱であり、日本経済を支える基幹産業という重要な側面を有しているんですね。
 とりわけ人口減少と少子高齢化が進展する中では、やはり国内外からの交流人口と関係人口の拡大、旅行消費によって地域の活力を維持して、社会を発展させていくことが重要です。確かに民間のプレーヤーが中心になるというのはその通りなのですが、日本の国力を維持して、地域コミュニティを守り、地域にある環境や文化を継承していくという地方創生の観点から見て、国としてしっかり取り組むべき重要な事業であると、認識しながら職務にあたっています。
岡野 観光が、特に地方部の大きな支えになっているというのはおっしゃる通りです。ただ、行きたい人が行きたいところに行き、したい体験をするという個人の発意や思いで動いている市場でもあるので、そこに対して政策として何かを行うというのは、ある意味そういう発意や思いを「曲げる」部分もあるんじゃないか、というジレンマ的な思いもあります。
 観光に行きやすくするという意味で、例えば「連休を増やしましょう」とか、ワーケーションを推進するということで「働き方を変えましょう、企業のみなさんも協力してください」みたいなことは、政策としてありだなと思っているんですが、ある地域に対して「こういう観光をしましょう」っていうのは、政策なのかなと思ったり。ジレンマを感じているということです。
 逆に私から皆さんに質問なんですが、地域の観光を活性化しよう、元気にしようというときに、政策に本来求められていることは何なのかを考えた研究ってあるんでしょうか。
菅野 観光による地域活性化を行うときに、政策として効果がある介入の仕方みたいなことですか。
岡野 そうですね。
菅野 よく言われるのは規制緩和みたいな話で、最近では電動キックボードはパーソナルモビリティということで観光地での活用が期待されていますが、既存の法制度の中では免許が必要でナンバーを取らないといけない、方向指示器もつけなきゃいけない、基本的にはヘルメットも要るなど、いろいろ規制があります。既存の枠にはめるとそういうことになるんですが、機動的に動ける良さを生かして、観光地などではもう少し気軽に乗ってもらう必要があるのではという、業界の動きがあります。
 色々ロビー活動などがされている中で、ようやく規制緩和が進んで新たな交通ルールの中で位置づけられる方向に向かいつつあります。それは業界側からサービスを利便性高く、普及させるために働きかけた結果だと思います。こういった形での政策の介入も、方法としてあるのかもしれないと思いました。
中島 交通や中心市街地の活性化など、都市計画の分野での政策研究では、「こういう制度を入れるとどういう効果があるのか」といった研究が、世界中で行われていますが、観光地でという話になると、そこがまさに観光研究が弱いと言われる所以なのかもしれないですが、難しいですね。
菅野 観光の場合、ケーススタディの中から解を見つけて提示する研究方法が比較的多いのが特徴ではないかと思います。集合知というか、普遍的な法則を導き出すことは、行われていないことはないですが、あまり見ない気がします。特に日本では個別の事例研究、ケーススタディ的なものが散見される傾向はあるかもしれません。
岡野 「観光がうまくいっているかどうか」という、その「うまくいく」ということにも、いろんな要素がありますよね。入込人数の問題だけではなく、来た人にお金を使ってもらう、宿泊を延ばす、あるいは一次産業を通じて地域に裨益しているかとか、いろんな見方があるじゃないですか。
 そういった要素がトータルで良くなり、それがしかも持続可能であるみたいな、いろんな複合的な要素が観光にはあって、そこで解を出すのはなかなか難しいかなと、今話をしていて思いました。そういうのを測る指標って、やはり個別に分かれちゃうんでしょうか。トータルな指標みたいなのがないのかなと。
中島 まさにそこは時代によって変わってきていて、これまでは経済面に注目して観光による地域活性化が進められてきましたが、ここ5年の間で、急速に持続可能性が着目される形になってきています。
 そういう中で、もちろん地域における経済は重要ですが、それは一側面であって、それ以外の地域の福祉や、住民の暮らしなどが同列で語られるようになってきたのが近年だと思います。では、そういう複合的な要素を組み合わせたゴールに向かって取り組んだ例があるのかというと、これまではそういう指標軸で語られていなかったので、世界の中でもそんなに多くない状況だと思います。


今後10年の観光に必要な視点〜「観光×地域のサステナブル」

五木田 今日、お聞きしたいトピックのもう一つが、少し先の未来である2030年の観光がどのように変化しているか、中期的に考えたときにどんなことに目を向けていくべきなのかということです。研究においても政策においても、求められるものが今後10年でどう変化するのか、政策側と研究側がお互いにどのように変化していかないといけないかといった議論をしたいと思います。
 議論の材料として、今後10年で想定される社会環境の変化について、我々の方でキーワードを6つの軸で整理しました(下図「今後想定される社会環境の変化」を参照)。こちらをご覧になりながら、関心が高いキーワード、今後の政策と関連が深いと考えられるキーワードなどについて教えていただければと思います。
 また、付加価値を生み出す観光とは何かを考えたとき、観光と何が結びつくべきなのか。「観光×○○」という形で、○○にはどんな言葉が当てはまるのか、お考えをお話しいただければと思います。
横田 事前にこの資料をいただいて絞ろうと考えたのですが、どれか一つを選ぶことはできませんでした。なぜかというと観光は日本の基幹産業であって関連産業が多く、地方創生の柱として考え、戦略的に観光振興を図っていくためには、ここに書かれているすべてのことに留意しながら進めていくことが必要だからです。
 ここに書かれていることは、観光庁内では担当課はそれぞれ分かれるものの、意識しながら取り組んでいます。観光に携わる者としては、ここに書かれている社会環境の変化は意識しながら、中長期的なビジョンに立って政策を進めていかなければいけないだろうと思っています。
 そういう中で「観光×○○」で何をお伝えしようかと考え、私は今サステナブルのプロジェクトを担当しているというのもありますが、「観光×地域のサステナブル」という結びつきを一つ提案したいと思います。
 先ほど岡野さんが「観光の成功にはいろんな要素がある」とおっしゃいました。観光客がたくさん来るとか、マクロ的にインバウンドの旅行消費額が上がるとか、観光客の満足度が上がったとか、成功の指標はいろいろあると思いますが、私はやはり地域に着目したアウトカムを見据えながら進めていく必要があると思っています。
 具体的には地域の経済活性化につながるか、地域にきちんと収益が還元されているか、都市部の大手観光事業者だけが儲かる仕組みになっていないかということです。ちゃんと地域に還元されているか。そして、地域社会の活性化につながっているか。地域の人たちの暮らしの満足度だったり、幸福度のアップにつながっているか。そして、地域の文化や自然環境の保全につながっているか。
 様々な政策がありますが、観光庁事業はほとんどが地域提案型で、国は後押しする立場で進めてきています。実際、地域にサステナブルな効果がアウトカムとして出ているかどうかに注目しながら進めていくことが、地方創生として大事な観光の役割ではないかと考えているところです。
中島 「観光×地域のサステナブル」のアウトカムとしてイメージされる単位は、観光地や地域などでしょうか。
横田 周遊エリアをどう考えるかというのは地域によって異なるので、必ずしも行政区域の範囲には限られないと思いますが、住民の声を吸い上げながら地域の暮らしや資源を守ることができる市区町村単位が一つの目安になるのではないかと思います。
 観光は日本経済の原動力だと思いますが、多くの人々が来訪する地域の方々のメリットとして還元されなければ、そもそも文化観光とか、自然の保全保護と活用の好循環というのは成功しないと思っています。地域に着目した経済社会、環境・文化のアウトカムというのを持つ必要があると思います。
中島 私もこの10年弱、持続可能性に関する指標を自主研究のテーマとして追ってきており、状況によって都道府県単位だったり、国単位になることもありますが、一般論としては地域単位、国際的にも市町村レベルをイメージして指標が作られていることが多いです。市町村の指標の積み上げとして出てくる国としての指標は、設定がしにくいところがあると思いますが、そこも何か検討されているのでしょうか。
横田 予算事業の話になりますが、私たちは地域で計画を作っていただく時に各地域のKPIの設定をお願いし、地域で測定して国に報告してもらうスキームによって現状把握しています。PDCAのCのところでしっかりアウトカムを出すように組み込むとか、アウトカムをしっかり設定することで、それを意識しながら事業の企画立案や推進をしていただくことが必要ではと思います。国としては、KPIの設定に地域のサステナブルを組み込んでいただけるような取り組みが必要かと思います。
中島 持続可能な発展には、大きく分けて社会、環境、経済という3つの軸がありますが、観光地向けに考えると、社会という定義が広すぎてわかりにくいんですね。観光に関わるプレイヤーとしては観光客もいれば、地元に住む住民もいるのですが、社会という軸にそれらがすべて括られてしまったりするので、持続可能な観光地域づくりについては「観光客、地元住民、環境、経済という4つの軸をしっかり考えましょう」と、地域によく話をしています。
 観光庁では持続可能な観光地マネジメントを行うための観光指標として、2020年に「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS|D)」を策定されましたが、京都市はそれに近いものを設定していたり、我々が受託事業をしている沖縄県でも、そうした視点を取り入れた10年計画を策定しているところです。
 ただ、こうした指標を設定すれば地域の持続可能性が本当に担保されるのか、モニタリングできるのかというのは非常に難しいところがあります。1、2個そういう指標を設定してモニタリングをやれば、住民が本当に幸せに暮らせているとは言い切れないところもあるのですが、それはそれとして、ちゃんと意識するために表だって現れてくる指標をちゃんと入れておきましょう、それで気になるところはもうちょっとちゃんと詳しく深掘りして調査をしましょうという形を、我々としては今進めています。
横田 個人の実感としては、地域ごとに目標を設定するところが肝になっていて、真の意味の地方創生、地域で持続可能性を推進していくためには、地域の人たちが一つの共通目標を持つというところがまず重要だと思います。観光というのは、ちゃんと取り組めば取り組むほど美談だけでは済まない面があり、様々な人々・団体との信頼関係の構築や利害関係の調整など一つ一つ課題を解決していかなければなりません。
 地域の人がまず納得して共通のビジョンを持って、「ここまでを成果として出しましょう」といった目標を共有しながら実施していく、そして観光庁では足りないノウハウなどについては専門家を派遣し助言して支え、初期投資として調査費や補助金により支援を行うということだと思います。
 かつてはインバウンド戦略などから考えると、例えば世界遺産があるなどの主要な観光地からトップダウンで環境整備をしていった方が早いのではと思った時もありますが、持続可能性や地方創生としての観光の側面を考えると、地域が主役になる政策でないといいツーリズムにもならないですし、持続可能性ももたらされない、経済効果や雇用創出にも繋がらないと考えるに至りました。
 地域主役で考えていくからこそ、提案型のプロジェクトに意味があると思っているところです。一方で地域リーダーと言われる方がいないと、なかなかまとまらないという厳しい現状も地域によってはありますよね。
岡野 エコツーリズムでは地域の中での宝探し、まず地域に何があるのかを確認する作業がすごく大事なのですが、その作業を十分にやった上で、関係者の共通ビジョンや目標を作っていくことが大切なプロセスだと思います。
 地域に入って聞き書きなどをした経験がありますが、地域に入っていって、ただ「観光で地域を元気にしましょう」とかけ声をかけるのと、地域のおじいさんやおばあさんがこれまで自然とどう付き合い、楽しんできたかを知った上で議論するのとでは、地域での受けとめ方が全然違います。キーマンは地域には必ずいるはずで、地域での議論の中からその人を見つけ出す作業を行うことが、最初の段階として重要ではと思います。


改めて旅の本質に立ち返る

岡野 2030年の観光のあり方について、ちょっと視点を変えて考えてみたいと思います。観光というのは文化的な行為であると思います。その文化的な意味合いというのは、もちろん社会が変わっていくことで変わっていく面はありますが、その社会を変えているのは一人一人の個人だったり、経済的な動きであり、そこを変えられる力が観光にあるのではないか、ということを考えています。
 そこで、我々は何で観光をするのか、観光という営みにはどういう意味があるのかといったことの問い直しというのも必要ではないかと思います。もちろん我々は政策としては地域づくり、地域おこしなどと言っていますが、一人一人が旅することによる感動だとか意識の変化が社会を変えていくことだってあるはずで、昔はいろんな人たちが異国を見て、その体験や知識を日本に持ち帰ってきて、国を変えたわけじゃないですか。そういった個人の行動とか社会の変容に及ぼす旅本来の役割とか意味合いみたいなもの
も、この機会に考えていく必要があるんじゃないかなと思っています。
 これはまったく個人的意見なんですが、そういった中で今の旅は、ある意味便利すぎる「サービス」になってしまっていて、そこに何か面白くなさ、つまらなさっていうのがあるのではないか、本当に不便であっても歩いていくとか、いろんな人に道を聞いていく旅があってもいいのではと感じます。
 今のデジタル化社会の中では、みんながスマホでグーグルマップを見ながら旅をしているわけです。「それって旅なのか?」という、旅の本質の問い直しは2030年に向けて、あってもいいんじゃないかなと思いました。
 経済社会のあり方が本当に人にとって幸せなのかを、今SDGsが問うているわけですよね。社会を変えようと言われているわけです。普段の暮らしでは見過ごしてしまうものを、視点を変え、異文化に触れ、自然の中に入ることによって、心が動く、心がトランスフォーメーションすることで、社会を変える1人1人になっていく、そんなきっかけを旅は与えてくれるのではないか。そういった発信って必要なんじゃないかと思っています。
五木田 最近私が読んだ記事で、複数名にまち歩きをしてもらった時に、1人には地図を持たせ、1人にはスマホを持たせ、1人には何も持たせず、幸福度を調査したというものがありました。結果は、何も持たなかった人は達成感は大きいけれど不安も大きく、スマホを持っていた人は幸福度は少ないけれど不安なくまち歩きができて、地図を持っていた人は不安が小さく幸福度が高くていいバランスだったという結果でした。
 岡野さんがおっしゃったように、旅をする過程が便利すぎることで、旅の本質が失われているのではと自分も最近感じていたところです。
岡野 今、旅はどうしても「便利に便利に」「安く安く」となっていて、本来の旅のダイナミックな楽しみ方というのは失われているんじゃないか、一つの消費行動にしかなっていないんじゃないかという危惧があります。もっと旅に、文化的な意味合いというのを持たせるっていうことがあってもいいのではと。
 そして「観光が文化である」というテーマの中で、もっと観光ってクリエイティブでワクワクするものであるべきなんじゃないかということが、もっと真っ当に議論されてもいいじゃないかと思っています。
菅野 人はなぜ旅するか、何を求めるかというのは、我々にとっても長年のテーマで、今までも結構議論はしているのですが、そこに明確な答えはまだ出せていないんですね。今の時代に、このテーマをもう一度見つめ直すというのは非常に意義あることで、すごく示唆をいただいたなという気がしています。
横田 そういう意味では本当に観光はいろんなチャンスというか、きっかけづくりになると思います。お話を聞きながら、岡野さんはきっと、すごくいろんな旅行体験があるのではと思いました。
 言われてみれば確かに「観光ってこんなに素晴らしいんだよ、さあみんな旅に出よう」といった根本的でわかりやすい発信というのは、今まであまり行なってないかもしれないと思いました。
岡野 どうしても「○○に行こう」という形になってしまうところはありますよね。難しいかもしれないけど、単なる商品、消費財としての旅ではなく、文化的な部分をもっと研究面でも掘り下げてもらえるとすごくいいなと思います。
横田 観光では人との出会いというのが大事で、その人にまた会いに行きたい、地域の人と交流するために戻ってきたいという思いがあると思います。まず地域の方々と交流の接点を持ち、そこから少しずつ関係を築いていってリピーターとなり、将来的には緩やかなリピーターから関係人口へということで、観光庁では、地域の人とそういった接点を持てる仕掛けを作る「第2のふるさとづくりプロジェクト」という取り組みも今進めているところです。
中島 「第2のふるさとづくりプロジェクト」では、特にどの層に着目しているといったターゲットはあるんでしょうか。
横田 ターゲット層をどこに絞るかは地域によって異なると思いますが、コロナ禍で人々が生活の中で田舎への憧れや自然体験を求めるようになっており、そうしたニーズの変化を捉えていくことも大切です。
 伝統工芸やお祭りなど、日ごろ自分の生活の中では経験できない、地域が培ってきた文化や芸能に触れる体験ができるのは観光ならではと思いますし、そこで初めて見て知って体験して、日本にこういう素晴らしい文化があるんだと興味を持ち、それらを購入することで地場産業を応援したり、ひいては後継者を目指すという方も出てくると思います。人生を変える機会や体験を提供できるというのは観光の素晴らしさだと思います。
岡野 普段暮らしを支えているものにはどんなものがあって、それはどこで作られているとか、「実は日本にはこんな素晴らしい民芸があるのか」など、行ってみて気づくことがいっぱいあるわけです。そこに、僕らが今目指そうとしている持続可能な社会のヒントもあるはずだと思います。
 そうした気づきには、かつてあったものを振り返るという意味もあり、化石燃料が入ってくる前のカーボンニュートラルな社会では、地域で消費されるものを地域で作っていたわけで、それが伝統工芸品やお祭りとなり、人々を楽しませていたわけです。
 そこに化石燃料が入ってきて、グローバル社会になり、全てが平準化してきていることを考えると、今後のカーボンニュートラルな社会のヒントが地方にあるはずで、そういったことを考えると個人の生き方が変わるだけでなく、社会の見方が変わったり、社会のあり方を考える意味も旅にはあるのではと思います。
 そういう意味では、最初に示された「今後想定される社会環境の変化」の表に書かれているような変化をただ受け入れるのではなく、変化を作っていくという力も旅にはあるんじゃないかなとも思います。

次世代が求める観光のリアル

中島 今おっしゃった、社会の見方を変えたり変革するといった意味では、ミレニアル世代に代表される若い人たちの意識がかなり変わってきており、旅行もするようになってきています。そういう人達に改めて、今お話に出たような旅のあり方などをインストールできると、その後の社会がガラッと変わるのではと非常に可能性を感じます。
五木田 我々は委託調査以外にさまざまな自主研究も行なっていますが、その中のテーマの一つが、今話題に上がったミレニアル世代とZ世代に対応する観光及び観光地の研究です。ここで少し、どんな自主研究を行なっているかをご紹介したいと思います。
菅野 ミレニアル世代とZ世代についての調査研究は私が担当しているのですが、この世代の一番の特徴はデジタルネイティブということで、生まれた時からインターネットやスマホがあることです。
 消費や体験行動としては、どちらの世代もモノよりコト、体験を重視する傾向が強く、自分だけの価値を見出し、自分にとって意味があるものにお金を投じたい、旅行についても自分の中で意味をもって旅をしたいという意識が強いです。またこれらの世代は「運転しない世代」と言われていて、年代が下がると免許取得率も下がり、車も持たず運転もしないので、旅行には基本的には公共交通を使いたいという志向が強いです。
 こういう人たちに対応し得る観光地はどういう形があるのか、この世代の旅行に対する価値観として地域貢献、環境保全などの社会意識が高いこともわかっており、観光や観光産業がそういったことにも対応していることを理解してもらい、共感してもらうことが大事ではないかと思っています。
中島 先ほど、横田さんから「観光地域づくりでは地域が主役」というお話がありました。これまでは地域のステークホルダーというと、いわゆる地域のリーダーやその周りのサポーター、行政や民間事業者を指しましたが、私はステークホルダーの範囲をもっと広げて考え、今まで観光や地域には関係ないと思っていた市民も取り込んでいくことができるんじゃないかということで研究をしています。
 観光客が旅先で学び、意識を変えて帰ってもらうのも旅の効用ですが、今の若者はそこから一歩進んで、同じ価値観を持った地域に対してアクションできる人たちなんじゃないかと考えています。市民も観光客も観光地側も、インフラをよくしていくことができるのではないか、そういう目標を掲げて研究に取り組んでいるところがあります。
 特に脱炭素についてはこの5年が勝負どころなので、そこで観光地としてどう関わるのか。取り組みやステータスの見える化、利用者の参加などについて研究しています。
菅野 もう一つ、私が行なっているのが多様性の研究で、特にLGBTQと呼ばれる性的マイノリティ層、慢性疾患などで健康不安を抱える層に注目しています。LGBTQは社会の約10%程度ということで、市場という言い方がいいのかわからないですが一定のボリュームがあり、慢性疾患を持つ患者数も年々増加しています。いずれも何かしら、内面的に見えにくいところに属性があり、旅行しにくい要因があるなら、できるだけそれをなくして旅行しやすい環境を作ることを問題意識の出発点にしています。
横田 教育現場での性的マイノリティ層への対応についてはずいぶん前から取りあげられていましたが、観光の現場で性的マイノリティ層や慢性疾患に着目した研究というのはこれまで聞いたことがなく、対応や配慮を行なっている観光地や事業者にはどんな事例があるのか、興味関心を持ちました。
菅野 いくつか事業者や観光地単位で取り組みを始めているところはありますが、事例としてはまだ多くないと思います。一番取り組みが進んでいると思うのは沖縄県で、県として多様性を認めるという宣言を出しており、もともと多様性を内包している地域性があるとも言えます。そういった方々が利用しやすい環境づくりをしているホテルなどの事業者も複数あります。
岡野 デジタルネイティブと言われる世代が体験を求めるというお話ですが、その背景には何があるのか、これは僕の願望も含めた仮説ですが、デジタルに初めて触った人はデジタルが目的化するけれど、最初から身の回りにある人は手段になるので、デジタルを使っていかにリアルな体験を求めるかというような方向に行っているのではと思います。
 最初、バーチャルリアリティと言われたときも、「都市にいて自然を体験したい」「観光地に行かなくても観光できますよ」みたいな方向にデジタルが発展したけれど、今は「デジタルを使って観光地で仕事しましょう」という方向になっていますよね。ワーケーションとか。
 仮想体験ではなく、リアルな体験をするためにデジタルを使う。デジタルの先にあるリアル、みたいな。そういったことになったときにまた、旅って変わってくるのかなと思ったりしています。
菅野 私も最新の技術が導入されていることが、旅の目的になるのかなと思ったりもしたのですが、そういう感じでもないですね。ミレニアル世代やZ世代にとっては、技術というのは生まれた時から当たり前にあるもので、使い慣れている世代なので。
岡野 だからこそデジタルがないところに行く、そういうときに、国立公園が目的地になるのではと(笑)。本当にデジタルがない世界、デジタルでは体験できない本当の感動、自然の中の体験を求めるのではないかと。本物の空間に身をおくことで人生を変えるような体験が提供できるような利用を、国立公園としても目指していきたいと思います。
菅野 デジタルをツールとして使いこなし、便利に効率よく行くためなど、体験をよりよくする手段としては使うけれども、最終的に行き着くところは実体験ということですね。
岡野 そうです。旅って実体験するために行くじゃないですか。もちろん、手段として交通機関でMaaSなどデジタルの力は借りますけど。
菅野 重要な示唆をいただいたと思います。ありがとうございます。


求められるフランクな意見交換の場

五木田 そろそろ終わりの時間に近づいてきました。再び最初のトピックに戻るようですが、改めて研究側と政策側の関係について、今後一緒にできることとしてはどんな形が考えられるでしょうか。
岡野 貴財団が事務局を務められている自然公園研究会のように、いろんな研究者と行政側がフラットに、その時々のテーマで議論することはすごく大事だと思っています。今の状況とか悩みなどいろいろ話をして、議論するのはすごく意味があると思います。学会みたいなものもそうですが、オフィシャルじゃない場で話し合えるというのはとても重要な機会だと思います。
横田 本当におっしゃる通りで、公式な場だけではなく、研究者の皆さんと私たちが本音で語り合い、意見交換できる場というのは非常に大事だと思います。これまでは公式な場の後に行われる懇親会などで信頼関係を作ったり、重要な情報交換が行われたりしていましたが、コロナ禍で会うことすら制限されている中では、なおさら意識的に非公式な場を作っていただき、フランクに意見交換する場があると良いと思います。
 通常業務においては幅広な情報収集に陥りがちなので、一つのテーマに時間をかけて深く研究されている皆さんのご意見やご提案は、皆さんが思っている以上に貴重です。
 観光庁もSNSでの発信を始めたりしていますが、やはり、国が発信するチャネルは極めて限られていてまだ十分ではない部分があり、観光という重要な政策を発信するという意味でも、住民の皆さんをはじめ様々な方が地域のために参加できる身近な機会として、皆さんのような機関と一緒にワークショップやシンポジウムなどができると良いのではないかと思います。
菅野 我々もいくつか研究会の事務局を務めており、関係する観光産業の方や研究者などで意見交換して進めるという形を多くとっていますので、今後そういったところにもご参画いただければと。アンオフィシャルな勉強会などでも、意見交換させていただければと思います。
横田 このような機会を本日いただき、観光というテーマの中で様々な研究が行われているのを知ることができて、勉強になりました。研究をしている皆さんと積極的に、建設的な意見交換をさらに進めていければと思います。
岡野 研究と政策は近いようで、うまく絡めてない部分もいっぱいあると思いましたし、こうしたディスカッションが今後も続けられたらいいと思いました。僕はひねくれものなので、もっと不便な観光について考えたいなとか、苦労した方が成長するのではと思ったりしています。
 「便利で安く」というだけではないベクトルについて議論することが、多様な観光のあり方に繋がるし、文化としての観光にも繋がるのではと思いました。
五木田 引き続き、中長期的な観光のあり方やそのなかでの研究の役割について真摯に考え、取り組んでいきたいと思います。それにあたり、今後も様々な形で意見交換させていただければと思います。本日はありがとうございました。

出席者

岡野隆宏(おかの・たかひろ)
環境省自然環境局国立公園課国立公園保護利用推進室長。1997年に環境庁(現環境省)入庁。主に国立公園、世界自然遺産の保全管理を担当。国立公園のレンジャーとして阿蘇くじゅう国立公園、西表国立公園で現地勤務を経験。2010年10月から2014年3月まで鹿児島大学特任准教授として、「自然環境の保全と活用による地域づくり」をテーマに調査・研究。2021年7月より現職。国立公園の保護と利用の好循環により、優れた自然を守り地域活性化を図る「国立公園満喫プロジェクト」を担当。著書に『国立公園と風景の政治学:近現代日本の自然風景の権威付けはどのように行われてきたのか』(共著、京都大学出版会、2021年)、『自然保護と利用のアンケート調査:公園管理・野生動物・観光のための社会調査ハンドブック』(分担執筆、筑摩書館、2016年)。博士(環境学)。

横田 愛(よこた・あい)
観光庁観光地域振興部観光資源課地域資源活用推進室長。東京大学大学院法学政治学研究科修了。2002年文部科学省入省。幼児期の教育から初等中等教育、高等教育段階まで幅広に教育行政等に携わる。高等教育局私学部参事官私学経営支援企画室長を経て2020年から現職。デジタル技術を複合的に活用したオンライン空間上での観光地の情報収集や消費機会の提供(オンラインツアー)をはじめとした観光におけるDXの推進、文化観光の推進、地域の文化資源の磨き上げや多言語解説文の作成によるインバウンドの受入環境整備に取り組んでいる。今後は、持続可能な観光の推進による地域社会・経済の活性化に取り組む。

菅野正洋(かんの・まさひろ)
公益財団法人日本交通公社 観光政策研究部
社会マネジメント室長/上席主任研究員

五木田玲子(ごきた・れいこ)
同 観光文化振興部 企画室長/上席主任研究員

中島 泰(なかじま・ゆたか)
同 観光地域研究部 環境計画室長/上席主任研究員

構成・文 ○ 井上理江
カメラ ○ 村岡栄治