視座

先進事例から見えてきた特産品活用のポイント

観光経済研究部 主任研究員 外山昌樹

はじめに

本誌233号(2017年4月発行)では、「外国人観光客の消費を地域経済活性化につなげるには」という特集を組んでおり、インバウンドを地域への経済効果に結びつける施策について、全国各地の先進事例を交えて考察している。今回の特集は、いわばその続編である。233号は多様な切り口の施策を紹介していたが、今号では、「特産品の活用」に関連する施策に絞って特集を構成した。
特産品の活用に着目した理由は、以下のようにまとめられる。図1は233号でも紹介したものであるが、インバウンドによる経済効果を高めるためには、「①訪日外国人旅行者を増やす」「②1人当たりの消費単価を上げる」「③域内調達率を高める」の3つの要素が重要となる。そして①、②、③がバランスよく充足されると、これらの相乗効果によって地域の経済効果は飛躍的に向上していく。ここで特産品の活用による効果を考えてみると、まず特産品の生産に関する域内調達率はある程度高いという特徴があるため、③(域内調達率を高める)の充足につながる。次に、特産品は旅行者がお土産として購入することにより、②(1人当たりの消費単価を上げる)の充足にも貢献する。さらに、地域ブランドとして高い知名度や評価を得た特産品は、誘客の源泉として機能することにより、①(訪日外国人旅行者を増やす)の充足にも好ましい影響をもたらす。つまり、特産品の活用は、経済効果を高める3要素すべてに関わってくるものであり、それだけ有望な手法と考えられるのである。
こうした整理の下、今回の特集は、観光消費額を構成する①と②につながるものを中心に、様々なアプローチを紹介している。ここでは、今回の特集を振り返りながら、実際に取り組みを進めるにあたって留意すべき点を考えていきたい。

 

 

特産品を活用した誘客(特集1)

特集1は、香港市場を対象に、特産品を活用しながら外国人旅行者の誘客に取り組む2つの地域の事例を取り上げている。地方観光地への誘客を図るにあたっては、まず地名を覚えてもらうこと、そして、その地域の魅力は何なのかを現地の消費者にしっかり理解してもらうことが求められる。そのための方策の一つとして、筆者は、海外に特産品を流通させることで、現地の消費者の日常に、地名や地域の好ましいイメージを浸透させることがあると考えている。
特集1における岡山県の事例は、白桃とシャインマスカットを現地のスーパーマーケットを中心に広く流通させることに成功し、それが岡山の知名度向上に影響を与え、実際の誘客にもつながっていることを示唆している。熊本県の事例は、多様な関係者と連携しながら、現地に県産食材を活用した和食レストランを開設し、その活用を通じて、誘客への流れが構築されている様子が描かれている。
2つの事例はいずれも、特産品の中でも食品を対象に実施されたものである。訪日外国人が考える日本の魅力として常に「食」が上位にあがってくる点を考慮すると、こうした取り組みと相性が良い品目は、食品であると思われる。
地域の食品を海外に浸透させようとする場合、輸出先候補となる国・地域の特性を理解することがまず必要となるだろう。国・地域によって、市場の大きさ、輸出可能な品目(検疫体制)、物流システム、競合環境、現地の消費者の嗜好は大きく異なってくるからだ。
自地域の特産品と、こうした諸条件との兼ね合いを検討していくことが重要である。ちなみに、市場の大きさ、検疫体制、物流システムの観点からは、特集1で取り上げた香港が最も有望な市場といえるが、その分産地間の競争が激しいという特徴がある点には留意すべきである。
特産品を通じて地域の知名度を向上させ、いざ誘客という段階では、産地への訪問意欲を喚起させるために、産地へ訪問する「理由」を明確化することが必要となるだろう。たとえば、現地と日本での価格差や、産品の流通環境を逆手に取り、産地で消費するコストパフォーマンスや鮮度の良さを訴求したり、岡山県の事例における「桃狩り」のように、産地でしかできない体験を前面に出したりすることが挙げられる。
なお、岡山県における取り組みは、10年ほど前から継続的に行われているものであり、熊本県における取り組みも、2014年から本格化したものである。このように、特産品(食品)の海外展開からインバウンド誘客につなげるための取り組みは長い時間が必要となるものであり、セールスプロモーションのような即効性があるわけではないことは強調しておきたい。

日本滞在中の特産品購買による消費単価向上(特集2・3)

特集2と特集3は、いずれも、外国人旅行者が日本に滞在している時に特産品を消費してもらうことで、1人当たり消費単価を高めるというアプローチの施策に関わるものである。特集2では、特産品の販売拠点の一つである、自治体アンテナショップ(以下、アンテナショップ)のインバウンド対応について整理されている。アンテナショップが集積する東京都心部はすでに多くの訪日外国人旅行者が訪れており、実店舗において特産品の販売を促進させるには何をすべきかについて考える上で、アンテナショップは先進的な事例になると思われる。
「自治体アンテナショップ実態調査」の結果を見ると、2013年度以降、インバウンド対応を行うアンテナショップの数は年々増加し、取り組み項目も多様化していることがわかる。具体的な内容としては、外国語の案内パンフレット、ホームページの多言語化、店内の多言語対応といったように、従来からインバウンドの受入環境整備にあたって必要とされてきた項目が並んでいるが、それらを実現するためには様々な工夫が行われている。たとえば、共同でのパンフレット作成に代表される複数組織との連携や、店内の多言語対応におけるIT技術の活用などである。こうした工夫は、実際に取り組みを進めるにあたり参考になるだろう。
また、特集2からは、ネットショップでは得られないアンテナショップという「場」の魅力を高めることも重要であることが示唆される。その地域を体感できるような空間づくりと、従業員による細やかなコミュニケーションが相まって、特産品の販売にとどまらず、その地域への誘客にも貢献することが期待できる。
特集3は、インバウンド市場において一定の存在感を占めている、クルーズ客による特産品購買という課題を取り上げている。クルーズ客は一度に数百人〜数千人というまとまった規模で来訪するため、寄港地域にとっては経済効果を得る大きなチャンスとなる。
特集3では、「消費税免税度を活用した臨時免税店の開設」、「商店街における買い物支援」、「多様な関係者の取り組み機運醸成」という3つの施策を紹介している。このうち前者2つについては、クルーズ客の行動パターンに合わせて使い分けていくことが望ましいといえる。クルーズ客の現地滞在プランについては、船会社にコントロール権がある場合も多く、地域側が関与できる余地が小さい面もあるが、このような現状を踏まえた上での対応が求められるところである。3つ目については、特集2でも示されていたような、複数組織による連携の重要性を改めて感じることができる。

帰国後の特産品購買による消費単価向上(特集4・5)

特集4と特集5は、訪日外国人旅行者の帰国後に、日本滞在中に購入した特産品を越境ECにより再度購入(リピート購買)してもらうことで、1人当たり消費単価を高めるというアプローチの施策に関わるものである。特集4では、(特産品を含めた)観光土産の消費行動について、「連鎖消費」という新たな概念モデルが提示されている。これは、観光土産は自分のために購入する場合と、第三者に贈与する場合があることを踏まえ、観光土産を贈与された受け手がその商品を気に入った場合、自らも購入するだけでなく、第三者へ贈与する行動が生じ、消費が連鎖的に拡大することを想定したモデルとなっている。そして、こうした連鎖消費の存在については、中国人を対象としたアンケート調査により実証的に確認されている。以上より、旅行後のリピート購買は、旅行者自身だけでなく、周りの人の消費にも影響を与えることで、大きな経済効果を生むポテンシャルを秘めていることがわかる。
また、観光土産の買い手だけでなく、受け手を意識しながら取り組みを進めることの重要性についても確認できるだろう。
さらに特集4では、特産品のリピート購買に対する関心が高い顧客セグメントとして、訪日リピーターがあることが示されている。それを踏まえて、訪日経験の程度に対応したマーケティング・コミュニケーションのプロセスについて整理されている。このように、消費拡大が期待される顧客セグメントを特定したり、各セグメント別に施策を検討したりすることは、リピート購買に限らず、インバウンドによる地域経済活性化に寄与すると思われる施策を展開していく上できわめて重要である。
特集5からは、リピート購買を促進させる基盤整備を行う上での有効な手法として、消費者と特産品販売者をつなぐプラットフォーム(RakutenGlobal MarketやeBayなど)の活用があることが示唆される。特集5でも述べられているように、現状では事業者単独で海外向けビジネスを展開するには困難な部分も多いと思われる。その際に、上記のようなプラットフォームを戦略的に活用するだけでなく、プラットフォームへの出店サポートを行う代理店、行政機関、商工会議所など多様な関係者との連携を図りながら取り組みを進めることが打開策になるだろう。なお、プラットフォームと特産品販売者を仲介する代理店の存在は、これまで他の記事や論文で言及されることが少なかったものの、今回事例調査を進める中で、リピート購買促進の基盤整備に重要な役割を果たすことを確認できた次第である。

おわりに

ここ数年、インバウンド消費の主役は、「モノ消費」から「コト消費」に変化しつつあるといわれてきた。しかしながら、インバウンドを地域経済活性化に結びつけるという観点からは、特産品という「モノ」の消費にも、まだまだ注目すべき点は多くあるのではないだろうか。
今回の特集が、インバウンドによる経済効果を高めるための、新たな着想を得る一助となれば幸いである。