連載
観光を学ぶということ 第2回
立教大学観光学部交流文化学科舛谷ゼミ
トラベルライティング・アワードというユニークな取組を紹介
観光、ツーリズム、ホスピタリティ――
このいずれかの言葉を冠する学部・学科を有する
日本の大学は44校、大学院が9校(2018年度)あります。
「観光立国」のこれからを支えていくであろう彼らが
何に関心を持ち、
学び、感じ、研究しているのか。
〝ゼミ〞という窓を通して覗いてみたいと思います。
第2回は立教大学〝舛谷ゼミ〞。3つのアワードの実施という、
ユニークな取組を舛谷先生に紹介していただきます。
1 立教大学観光学部交流文化学科の観光文学研究
立教大学の観光文学研究と教育については、『立教大学観光学部紀要』16号(2014)に「観光教育と文学研究―交流文化学科での実践から―」としてまとめたが、本学部は周知の通り日本初の観光学部として2018年度に20周年を迎えた。開設以来の観光学科に交流文化学科を加えた2006年は、奇しくもJTB交流文化賞が、「地域に根ざした持続的な交流の創造と各地域の魅力の創出、地域の活性化に寄与することを目的」として創設された2005年と相前後している。
観光学科が経営系の科目を配すのに対し、交流文化学科は必修に準ずる「学科選択科目1」(2016年度以降入学者カリキュラム。以下同じ)に「交流文化研究」1から4として、「地理学の方法」「文化人類学の方法」「社会学の方法」および「交流文学の方法」と「交流文学論」「旅行経験分析法」「言説分析」、それらに次ぐ「学科選択科目2」には「紀行文学論」「言語と社会」「トラベルジャーナリズム論」「トラベルライティング」等の文学関連科目が含まれている。学科完成年度の2009年度以降の卒業論文、修士論文、博士論文を見ても、観光文学研究と見なされる研究課題は、地域振興要素の強いコンテンツツーリズム研究を除いても少なくない。
2 トラベルライティングとは何か
旅行記や紀行文ということばに加え「トラベルライティング」というカタカナ表記を目にすることがある。いずれも旅をテーマにしたノンフィクションのエッセイを示すが、『ガリバー旅行記』『ロビンソンクルーソー』の例を見るまでもなく、フィクション性を完全に払拭するのは困難だ。もともと〝Travel Writing 〞は英語では一般的な用語で、書店の棚の分類でもある。英語では旅のテキストを表す〝TravelWriting 〞ということばは、狭義には一人称の自伝、回想の一部としてガイドブックなどを含めないが、広義にはガイドブックばかりでなく、旅の行程、旅テーマのフィクション、回想録、場所の記述、自然の描写、行跡地図、旅テーマのフィルムなどなどを含む(窪田憲子
ら編著(2016):旅にとり憑かれたイギリス人―トラヴェルライティングを読む ミネルヴァ書房)。各種辞書に用例掲載もなく、未だ日本語カタカナ語として定着していないが、「ダークツーリズム」流行の例もあり、こうした媒体を問わぬ旅テキストの包括定義は、観光学で使いよい概念装置として広まる可能性を持つ。
3 教育・啓発活動としてのアワード実施
編集の現場では印税の作家、買い切りのライターなどと言われ、トラベルライティングの書き手は作家固有性が高くはないようだが、そうしたトラベルライターの奨励を目的とし、学部教育ゆえ思い切り狭い範囲、日本語の主に機内誌に限定して網羅的に講読し、優れた作品を表彰する活動を、ゼミのプロジェクトとして2006年度より行っている。
学生らは15誌184編(2018年度例)の機内誌1年分のトラベルライティングを約6カ月かけて講読する。
開始当初、収集できる機内誌は限られていて、活動に賛同した航空会社などからの提供もわずかだった。続けるうち認知度が徐々に高まり、2011年度ごろから収集可能な機内誌も増加し、企業側から機内誌提供のご提案をいただくケースもあった。なお、国内最大の機内誌収集館は、我々も毎年使わせていただいているJTB「旅の図書館」であることを特記しておく。
機内誌の講読は、週に一度昼休みの時間を使い、一作品につき、最低でも学生二人が目を通すよう分担している。
優秀作品は全員が講読をするが、評価基準は、観光学部生が興味を持って読めるか、新鮮な驚きがあるか、その土地に行ってみたいと思うか、旅の文章として優れているか、写真やレイアウトが効果的であるかの五つで、一つの基準につき三点満点で計十五点となる。
最初は、講読に時間がかかり、評価も難しく苦戦するが、いくつもの作品を読んでいくとスピードが上がり、一つ一つの作品でトラベルライターが読み手に何を伝えたいのか少しずつわかるようになる。簡潔に伝えたいことを目立たせて書く作品もあれば、文章全体で伝えたいことを表現している作品もある。写真や独特の表現で伝える作品もあり、どの作品もそれぞれ違う面白さに気づく。機内誌の講読を通じ、人によって見えているもの、おもしろいと思える部分が違うことがわかる。どんな学生が読むかによってトラベルライティングの評価も変わってくる。
4 ライターアワード
ライターアワードでは、前記の通り、およそすべての日本語機内誌一年分に目を通し、優秀作品を選んでいる。形式要件は署名原稿であること、複数ページにわたりおおむね2000字以上であることだ。基準や選考は3の通りだが、これまで2 0 0 7 年度から2018年度まで計12回の表彰を行っている。活動初期は優秀作品の作者へトロフィーと賞状の送付のみを行っていたが、トラベルライターの奨励という目的を果たすため、一般への認知度を上げる必要があると考え、2013年度から表彰式を立教大学新座キャンパスで開催している。その結果、旅行新聞新社や交通新聞社はじめ、毎年観光メディアの取材対象になるなど、活動規模が徐々に大きくなってきた。
5 学生奨励賞
長らくトラベルライターの作品のみを対象にしてきたが、読むだけでなく、自分たちも書いてみたいという声は以前からあった。2016年度より学生の紀行文を表彰する「学生奨励賞」が新設された。プロのライターのトラベルライティングを読むだけでなく、学生自らの体験を文章化し共有する「アウトプット」の機会も重要であるという、学生らの思いに応えた取り組みだ。
学生奨励賞は1600字程度の旅のテキストを正課「トラベルライティング」講義中に募り、優秀な作品を表彰している。選定基準は、場所や土地の特徴が理解できているか、タイトルやリードが本文と合っているか、筆者ならではのメッセージやストーリーが読者に伝わるかどうか、などだが、学生らのオリジナリティー溢れる作品が集まるのが魅力だ。選考の大まかな流れは、科目担当者によって10編程度のロングリストが選ばれ、次にロングリストの中から、プロジェクトメンバーの合議で5編程度のショートリストを選ぶ。最後に旅の図書館や出版社、過去のアワード受賞ライター、教員からの選考委員会が1編を最優秀賞、2編を優秀賞に選出する。ライターアワードと同時開催の表彰式では、学生が選考委員から貴重な講評を頂ける機会でもあり、賞の授与だけに留まらない有意義な時間を過ごせたと感じる学生も少なくない。多くの作品を読むだけではなく、自ら旅の文章を書く機会が創出されたことは、同世代の若者が何を感じ、どう表現するか垣間見ることができる好機でもある。
6 トラベルライティングアワード新座賞
ライター賞、奨励賞に加え、2017年度から観光学部キャンパスのある新座についてのトラベルライティングを募る新座賞が始まった。初年度は前記「トラベルライティング」科目で新座市役所職員OBによる観光政策についてのゲスト講義を聞いたのち、作品を集めた。2018年度には新座三大学(跡見学園女子大学、十文字学園女子大学)の学生による作品を含め範囲を広げた。
「わたしの好きな新座」をテーマとして、市内大学生をシティプロモーションのサブターゲットとする新座市との地域連携であるのが特徴だ。表彰式は他のアワードと別に新座市役所で行われ、市長、教育長、産業観光協会長、新座三大学教員ら選考委員をはじめとする多くの来場者があり、ケーブルテレビで放映された。なお、2019年度からは
本学だけでなく、新座三大学合同で運営を行う予定で、大学間交流の側面も見逃せない。
新座賞は、作品を募ることで学生らが地元新座の魅力を考え、探し歩くきっかけとなる。選出された作品を公表することで若者目線から新座市の魅力をアピールすることができ、地域連携として利にかなった活動だ。選考では複数の学生が分担して下読みし、10編以内に絞った上で新座市関係者中心の選考委員会が最優秀作品、優秀作品などを選考している。表彰された作品の書き手の学生には賞状と新座市に関連する賞品が授与された。新座賞はまだ始動からわずかだが、今後は新座三大学の学生によって運営され、ますます大きなイベントとなることが期待できる。応募数が多くなればなるほど、全体の作品の質が向上し新座賞の価値や発見は高まるだろう。学生と自治体が直接連携して行う数少ないイベントでもあり、今後が期待される。
本稿をまとめるに当たり、現役のトラベルライティングアワードプロジェクトメンバーの他、元リーダーで初代学生奨励賞受賞者でもある中島加奈恵(JTB web販売部)氏の協力を得た。
舛谷 鋭(ますたに・さとし)
立教大学 観光学部交流文化学科教授。 早稲田大学卒業後、日本学術振興会特別研究
員、早稲田大学助手を経て、1998年より本学勤務。 2005〜2006年マラヤ大学客員研究員、2014〜2015年南洋理工大学客員教授。 主な研究テーマは、東南アジアの島嶼部についての地域研究、アジアのポストコロニアル文学研究、広義のトラベルライティングについての観光文学研究など。 主な著書に『日本占領下の英領マラヤ・シンガポール』『東南アジア文学への招待』『シンガポールを知るための65章』「観光研究としての文学散歩」「トラベルライティングを考える」などがある。