視座
多様化するビジネストラベルの可能性
公益財団法人日本交通公社 観光政策研究部 上席主任研究員 守屋邦彦
はじめに
「観光はこれからの日本にとって有望な成長産業」と言われるが、この文脈においては「観光=〝レジャー〞目的の旅行」と捉えられてしまうことも多い。
しかし重要な事は、日本の様々な都市や地方を訪れる「旅行者」が増え、その訪れた先で様々な消費活動が行われる事であり、この旅行者には〝業務〞目的の人も含まれていることから、〝レジャー〞、〝業務〞の双方の旅行が増加していく事が望ましい。
近年、この〝業務〝目的の旅行を増加させていく事については、「MICE(マイス)(注1)」の誘致・創出の拡大の視点から取り組みが進められてきた。MICEを開催することの効果としては、ビジネス・イノベーションの機会の創造や都市のプレゼンス向上も期待されるが、「消費額の高さ」がレジャー目的の旅行者との比較では注目される。一般的に、MICE参加目的の旅行者はレジャー目的の旅行者よりも消費額が高い傾向にあり、観光庁の調査によれば、日本を訪れたMICE参加外国人1人当たり総消費額は約33・7万円と、日本を訪れた外国人旅行者(インバウンド)全体の1人当たり総消費額(約15・6万円)の倍以上となっている(注2)。
また、MICEは平日開催される事が多く、レジャー目的の旅行者とは都市や地方を訪れるタイミングが異なる。このため開催する都市や地方の立場から見れば、宿泊等の受入容量に余裕がある時期に、レジャー目的の旅行者以上に経済効果の高い旅行者を受入られることとなり、地域全体として稼働を高めていく(地域に対する需要を平準化させていく)ことが可能となる。
近年のインバウンドの増加は、MICE参加目的の旅行者を含めたいわゆるビジネスパーソンの増加にも繋がっているが、その旅行形態は日本人のビジネスパーソンとはやや異なる。それは、世界のビジネスパーソンの場合、家族同伴でMICEに参加したり、前後に休暇を組み合わせることなどが一般的であるということである。これは、筆者もフランスで開催された国際学会に昨年参加し実際に体験したことでもある。参加した国際学会自体は参加者50〜60人と決して規模の大きなものではなかったが、そこには、まだ1〜2歳の小さな娘さんと夫を連れ、2人が見守る前で学会発表をする台湾からの参加者、大学生の娘さんと一緒のスロバキアからの参加者、妻を同伴するハンガリーからの参加者など、複数の家族同伴での参加者と一緒になった。また、学会終了後、そのまま休暇としてヨーロッパを旅する参加者も少なからず存在した。
筆者が体験した国際学会の参加者の多くは大学の教員や研究者であったため、家族同伴での参加は以前から行われていたと思われる。また、一般のビジネスパーソンに比べれば業務の融通が利くことももちろん想像される。しかし、「1.ビジネストラベルの変化と現状(以下、「1.変化と現状」)」で示されたとおり、近年では、欧米においては一般のビジネスパーソンにおいても、業務を目的とした旅行と休暇の組み合わせ=〝ブリージャー(Bleisure)〞が拡大してきている。このブリージャーの動き、更には休暇を目的とした旅行に業務を組み合わせる〝ワーケーション(Workation)〞、更には特定の拠点を持たずに国内外を移動しながら暮らしつつ仕事をするライフスタイルなどが海外において拡大してきているが、日本においても徐々にその動きが始まってきている。
こうした動きは、訪問先である都市や地方にとっては、従来1人の来訪者であったものが家族同伴により2人、3人と増加する、また1泊であったものが休暇を加えて2泊、3泊と長くなるといったビジネスチャンスの拡大を意味する。また、MICEをはじめとした業務目的の旅行そのものだけでなく、こうした各種のビジネストラベルを増やす事で、より受け入れる側にとってビジネスチャンスが拡大することが期待される。しかし一方で、地域や施設の対応が従来のビジネスパーソン向けの対応だけでは十分でなく、新たに対応すべき事項が生じてくる事が想定される。
こうした背景のもと、ビジネストラベルがどのように多様化しているのか、どのような課題や可能性があるのかを示し、今後、どのような対応を図っていくべきなのかの示唆を得る事が本特集の意図である。
規程等の明確化によりブリージャーは拡大
「2.ブリージャーマーケットの現状と可能性(以下、「2.ブリージャー」」で指摘されたとおり、日本における2018年度のブリージャーの実施割合は約40%であった。年度の違い、調査手法の違いなどから単純な比較は出来ないが、海外5ヶ国(アメリカ、イギリス、ドイツ、インド、中国)における実施割合の60%と比較すると、日本においても比較的ブリージャーが実施されていると捉ることもできるだろう。
また、ブリージャーの実施可否に大きく影響すると思われる、所属している会社・団体等での規程等の状況については、「規程等で明確に認められている」は約21%であった。一方、約42%は「明確に認められている訳ではないが出来る」という状況であったが、制度として明確化されていない場合、同僚や上司からどう思われるかといった気持ちになり、ブリージャーの取得を躊躇するケースも想定される。これは、「2.ブリージャー」で示された、会社の規程で明確に認められている人の方がブリージャーを実施している割合が高い、という結果からも窺える。また、「4.座談会:家族を伴うビジネストラベルマーケットの実態と可能性(以下、「4.座談会」)」において長縄氏からも、「単身赴任している人が、地元の近くの会議に参加する場合、出張ついでに帰省するパターンはあり、会社も禁止していない。しかし、若い人の場合、立場的に出張と帰省を兼ねるといったことが難しいのが実情だと思う」と指摘されている。ブリージャーを会社・団体等の制度として規程等において明確化することにより、こうした心理的なハードルが軽減され、ブリージャーの実施割合が高まっていくことが想定される。
日本の企業でもブリージャー導入は推進
大手旅行会社JTBグループの労働組合では、2019年4月の春闘においてJTBグループ各社にブリージャー制度の導入を要求しており、会社側からは導入に向けた検討を進める等の回答がなされている。また、日本航空株式会社においても2019年5月からブリージャー制度が導入(「3.ワーケーションが生み出す可能性(以下、「3.ワーケーション」」参照)されているなど、日本の企業においても導入がなされ始めている。「4.座談会」での長縄氏によれば、ブリージャー導入の大きな目的は2つあり、1つ目は、休暇取得の促進、更には観光産業全体の需要喚起に繋がること、2つ目は「企業文化の改革」とのことであった。1つ目の目的については旅行会社ならでは、という面もあるが、2つ目の目的は日本企業全体に当てはまるものと考えられる。ブリージャーを行う事が今後の業務の発展につながり、さらに家族サービスにもつながるという、「余暇の充実や個々人の体験を尊重する企業文化を構築するきっかけづくり」としてブリージャー導入をしていく流れが、今後更に推進される事を期待したい。
休暇を促進するためのワーケーション
ワーケーションについて統計的な現状は把握できていないが、日本においても確実に広がりをみせている。その代表的な動きが、実施する企業側では「3.ワーケーション」で寄稿をいただいた日本航空株式会社、受け入れる地域側では「5.新たなマーケットへの対応と展望(以下、「5.新たなマーケット」)」でお話を伺った和歌山県である。
ワーケーションは、企業側の立場からすれば、予定した休暇の間に入ってしまった急な会議などのために予定を変えなくても済むように、といった「休暇取得の促進」を大きな目標としてスタートしている。ブリージャーも休暇取得の促進という意味で同様ではあるが、ワーケーションの場合、個人による休暇取得の促進だけでなく、複数の社員が遠隔地で集中的に業務を行うことで何かしらの業務的な付加価値を生み出す、といった実施の仕方もあることが違いとして指摘できる。また、ブリージャーの場合は出張の機会があることが実施の大前提となるが、ワーケーションの場合には、例えば、普段出張する機会がない社員・職員が社内のあるプロジェクトチームのメンバーとなり、そのチームでの議論のために和歌山県等へワーケーションとして訪れるなど、普段の出張機会の有無によらず実施可能な事も違いとして挙げられる。
ワーケーションによる関係人口の創出
受け入れる地域側の立場としては、ワーケーションによる「関係」人口の創出が大きな目標となる。「定住」人口の増加を目指し、いわゆる工場誘致、企業誘致が進められた時代もあったが、現在では、企業の生産拠点の海外へのシフトなどから、こうした手法は厳しい状況となっている。しかし、ワーケーションについては、企業側は工場立地ほどには大きな投資は必要なく、また地域側は、既存の宿泊施設等の施設も活用可能で広い用地を確保する必要はないなど、取り組みへのハードルはそれほど高いものではない。
こう考えると、企業側のワーケーション制度導入が進めば、このマーケットは拡大していくようにも思われる。しかし、地域側の立場からすれば、企業誘致であれば一度自分達の地域への立地を決めてもらえればそう簡単には離れていかなかったが、ワーケーションは企業側にとっても身軽であることから、今後ワーケーションが進むにつれ地域間競争が激しくなってくることも想定される。このため、ワーケーションを実施できる施設や旅館等の設備面はもちろんであるが、「5.新たなマーケット」において天野氏が指摘しているように、ヒトやコトでの魅力づくりやワーケーションの人と地元の人が一緒に地域の価値をつくっていくなどの「差別化」に向けた取り組みが進み、そもそもその地に訪問・滞在する魅力を高める事が今後重要となるだろう。
家族同伴でのビジネストラベルの課題
働き方の多様化が推進されることにより、ブリージャーやワーケーション、更には家族同伴でのビジネストラベルが拡大していく事も想定される。「4.座談会」においてはこうした面からお話を伺ったが、今後の拡大に向けて大きくは2つの課題が指摘された。
第1には「施設、仕組みの充実」という点である。家族同伴、特に子どもがいる場合には、一時預かり所や子どもが参加可能な体験プログラムなど、安全に預かってもらえたり参加できたりすることが重要となる。また、大人の同伴者についても、旅慣れていない場合、パートナーが仕事をしている間に何をしていれば良いかわからない場合もあるため、そうした人たちを想定したサービスやプログラム等を充実させていく事も重要となる。
第2には「情報の集約と発信」という点である。鯨本氏より実体験からのお話があったが、第1に指摘された点について整備がなされている状況であっても、現状においてはそれらの情報が十分にまとめられ、発信されているとは言えない状況である。
また宿泊施設等においても、例えば和室対応が可能か、キッチンなどの使用が可能かなどの各種条件について少なくとも「要相談」などの表示することで、子ども同伴での宿泊がしやすいかどうかがわかるようになっている事も重要となる。
ゲストハウスの多様化
いわゆるゲストハウスはインバウンドの増加を背景に増加しているが、働き方の多様化を背景に、2拠点居住や働く場所を限定しないスタイルが増加していることに伴い、ゲストハウス自体も変化、多様化してきている。その代表的な例が「5.新たなマーケット」にてお話を伺った柚木氏が経営するLittle Japanである。もちろん宿泊費を安く抑えたい、という観光客も多いが、セカンドハウスやオフィス、アトリエのように利用する人も増えており、また、金銭的余裕があってもあえて泊まりにくる人たちもいるとのことであった。
また、柚木氏が指摘しているように、ゲストハウスの経営者が多様化してきていることも大きなポイントである。以前のゲストハウス経営者は、元々バックパッカーで宿が好きという人が多かったが、現在では、特に地方部ではコミュニケーションを取ることが好きで、自分達の地域を知ってもらいたい、という思いの経営者が増えているという。こうした流れからは、ビジネストラベルの多様化が、ゲストハウスや前述のワーケーションを通じて「人と地域をつなぐ」機会を増加させていく可能性があると考えられる。
ビジネストラベルが拡大するために
ここまで、ビジネストラベルがどのような現状にあり、どのような課題や可能性があるかについて述べたが、最後に、多様化しているビジネストラベルが更に拡大していくためのポイントを整理したい。
❶企業・団体や国による制度等の整備
ビジネストラベルが更に拡大していくためには、企業・団体において規程等を整理し、制度として明確に実施可能とする事が必要となる。また、長縄氏が指摘しているとおり、家族同伴、特に小学生以上の就学児の場合は、学校を休ませる事が出来るかという問題に直面することから、現在、国において進められているキッズウィークの導入などの環境整備も重要である。
❷都市や地方における取り組みの充実
インバウンドの増加により、家族同伴の業務目的の旅行者も今後増加していくことが想定されるため、こうした旅行者への対応がまず求められる。更に、いずれのビジネストラベルにおいても、前提となるのは「その場所に行く事、またその場所で過ごすことが魅力的かどうか」となるため、地域の魅力を高めていく取り組みは欠かせない。
また、各地域の特性に応じたビジネストラベルにおけるターゲット設定も重要である。例えば、ブリージャーはそもそもの旅行のベースが「業務」であることから、どうしても企業等のオフィスが存在する都市部が目的地になることが多くなる。そして、「2.ブリージャー」で示されたとおり、ブリージャーは出張での主な訪問地と同じところに滞在する傾向が強い。一方でワーケーションは、そもそもの旅行のベースが「休暇」であることから、訪問地は都市部に限らず、むしろ避暑地やリゾート地といった地方部が目的地になることも多くなる。
また、会議等のMICEの視点からみれば、ブリージャーの場合は、日本更には世界各地から人が集まるような会議において、いかにその前後に休暇をつけ、滞在・観光したくなるような魅力的な素材を提供できるかが重要になる。一方でワーケーションの場合は、社員間や地域との交流の促進や合宿型での集中業務など、会議そのものをどう設定するかも重要になる。受け入れる地域側としては、こうした特性を見定めて対応する事が重要となるだろう。
❸情報発信による社会的な気運醸成
実施する企業側や受け入れる地域側の取り組みが進んだとしても、こうしたビジネスとレジャーが融合するような動きが認知されていかなければ、社会的な広がりは難しいだろう。「4.座談会」において趙氏が指摘しているが、お隣の韓国においても、ブリージャーなどの実施については、実際に経験のある人は多いものの、会社で自分がブリージャーをしたと人に話すのはまだまだ難しい状況とのことである。一方で、労働時間の削減を目的とした労働基準法の改正や、大企業におけるブリージャー制度の導入、家族と一緒に過ごすことを推進する企業を認証・支援する事業の実施など、日本での動きと同様の傾向がうかがえる。韓国、更には世界の動きとしてビジネストラベルの多様化や働き方の多様化が進んできている事を発信していく事で、ビジネスとレジャーを融合させていく社会的な気運が醸成されていく事も必要となるだろう。
おわりに
特定の拠点を持たずに国内外を移動しながら暮らしつつ仕事をするライフスタイルはもとより、ブリージャー、ワーケーションも含め、こうしたビジネストラベルの多様化の根底には、これまでの画一的な働き方から、1人1人のライフスタイルや属する企業・団体等において求められる役割に応じた「多様な働き方」を推進していく流れがある。こうした多様な働き方が、社員・職員のモチベーションの向上に繋がる可能性が高いことも示されている事から、今後、企業・団体等、更には国も含めた日本全体で働き方の多様化が
推進されていくことを期待したい。そして働き方の多様化を背景として、ビジネストラベルもまた多様化していくことは、旅行者自身及び企業にとってもプラスであるとともに、来訪者の増加、更には関係人口の増加等、地域への活性化にも繋がっていく可能性が高いことも確認できた。ビジネストラベルが旅行者と地域を「つなぐ」ものとして、また、巻頭言における山本氏の言葉のように、日本がビジネスとレジャーを「つなぐ」デスティネーションとなるよう、我々もこの分野に関する知見を更に蓄積し貢献していきたい。
(もりや くにひこ)
(注1)MICEとは、企業等の会議(Meeting)、企業等が行う報奨・研修旅行(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う会議(Convention)、展示会・見本市/イベント(Exhibition/Event)の頭文字をとったもので、一度に多くの人が集まるビジネスイベントの総称。MICEの語源は1990年代のオーストラリアが発祥と言われているが定かではなく、主にアジアで用いられている。アメリカやヨーロッパにおいては、「(ビジネス)ミーティング」や「(ビジネス)イベント」が一般的に用いられている。
(注2)観光庁(2018年)、『Press Release 我が国の国際MICE全体による経済波及効果は約1兆円!』