特集1
図書館を取り巻く動向と観光振興
公益財団法人日本交通公社
観光文化情報センター長 旅の図書館長 吉澤清良
はじめに
当財団は、公益事業の一環で、1978年より「旅の図書館」を運営している。当館では、約6万冊の観光関連資料を体系立てて配架する独自分類の導入や、専門性・稀少性の高い蔵書の公開、書架のある空間で研究交流を行う「たびとしょCafe」の開催など、観光に関する情報や人のネットワーク拠点となる「観光研究プラットフォーム」の構築に向けて、様々な取り組みを行っている。
最近では少しずつ図書館界でも知られるようになり、全国各地の図書館職員の研修等でご利用いただく機会も増えてきた。職員一同、少しでも観光文化の振興のお役に立てればとの想いで業務にあたっている。
今回の特集では、地域(旅行先)における図書館を取り上げて、図書館と観光との連携・融合について考えてみたい。
本特集の背景と目的
近年の図書館(特に公立図書館)は、図書の閲覧・貸出にとどまらず、地域住民の抱える、子育て,教育、就職、年金、健康、介護など様々な課題の解決に役立つ情報の提供、さらには、地域とのつながり・コミュニティの場としての役割も期待されている。昨今では、まちづくりの中核施設として図書館を整備する動きも全国的に見られるなど、図書館は地域の再生・活性化を図る上で欠かせない存在として注目されている。
では、観光地において図書館はどのような存在なのだろうか。
本特集では、特集1で図書館の定義や設置の状況、近年の図書館を取り巻く動向、観光と図書館の連携の現状などを概観していく。特集2では、地域、特に観光地の魅力づくりに図書館が寄与している特徴的な事例を通して、図書館と観光の連携、融合の現状やヒントを探っていく。特集3では、図書館に造詣の深い、嶋田学氏(奈良大学教授/前瀬戸内市民図書館館長)、猪谷千香氏(ジャーナリスト/作家)より、図書館と観光による連携の可能性などについてお伺いしている。これらを踏まえ、視座では、図書館と観光の連携・融合に向けた課題や今後の取り組みの推進に向けたポイントを考察していく。
なお、今回の特集では、原則として「公共図書館」、特に自治体が設置する「公立図書館」を研究対象として取り上げている。
図書館とは
〜図書館の定義、種別等
図書館は、「図書館法第2条」に「図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資することを目的とする施設」と記されている。図書館法は「社会教育法」に基づいているが、同法(第9条)では、「図書館及び博物館は、社会教育のための機関とする」として規定されている。
図書館は、利用者の種別によって、「国立図書館」、「公共図書館」、「大学図書館」、「学校図書館」、「専門図書館」、その他の施設に設置される図書館(点字図書館、病院患者図書館など)に分けられる。「公共図書館」とは、自治体が設置する「公立図書館(都道府県立・市区町村立)」と、法人等が設置する「私立図書館」を総称したものである。
公益社団法人日本図書館協会によると(表1)、2018年の公共図書館の設置数は3296館で、都道府県の設置率は100%、市区の設置率は99%、町村の設置率は57%となっており、図書館数は、微増ながらも一貫して増え続けている。その一方で、専任職員の数は1万46人と長らく減少傾向が続いている。
図書館の歴史
〜観光・まちづくりをめぐる動向
表2はわが国の図書館の歩みと観光の関わりを整理したものであるが、この中でも特徴的な事項について概観しておく。
○閲覧から貸出重視へ
公共図書館の設置を目的とした活動では、日本図書館協会が1963年に「中小都市における公共図書館の運営(中小レポート)」、1970年に「市民の図書館」を発表し、住民のための図書館づくりの重要性を指摘、その後の大きな指針となった。
1965年開始の「日野市立移動図書館ひまわり号」、1973年開館の「日野市立中央図書館」での図書の貸出を重視する取り組みが、全国の市区を中心に広がりを見せるようになる。我が国の公共図書館は、1960年代末から70年代以降、館内での閲覧から貸出が一般的になるという大きな変化を遂げてきた。
○地域課題解決の支援へ
1980年代に入ると国や自治体による行財政改革が進行し、図書館にも運営の効率化やより高度なサービスの提供が求められるようになり、「新しい時代(生涯学習・高度情報化の時代)に向けての公共図書館の在り方について|中間報告」(1988年、社会教育審議会社会教育施設分科会)など、図書館に関する様々な報告が出されるようになる。
1990年代後半からのインターネットの普及拡大を経て、2001年には「公立図書館の設置及び運営上の望ましい基準」(文部科学省)が告示され、2006年には「これからの図書館像|地域を支える情報拠点をめざして|(報告)」(これからの図書館の在り方検討協力者会議)が提言されている。これを受けて、全国の図書館では、従来の閲覧・貸出サービスを維持しつつ、行政支援、学校教育支援、子育て支援、ビジネス支援(地場産業支援)や、医療・健康、法律などに関する情報提供をさらに一層強化していくようになる。
○まちづくりの中核施設へ
1999年の「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律(PFI法)」の制定や、2003年の地方自治法の一部改正による「指定管理者制度」の導入、また、2006年の「まちづくり三法」の改正以降、特に国土交通省が取り組む、都市の中心部に行政、商業、住宅など様々な都市機能を集中させる「コンパクトシティ」の政策は、全国の図書館に大きな影響を与えたと言われている。
また、2014年に総務省が全国の自治体に要請した、全ての公共施設を対象に総合的かつ計画的な管理を推進するための「公共施設等総合管理計画」の策定は、中心市街地への図書館を含めた複合施設の
整備を後押ししたものと推察される。
これらの法制度の導入により、特に2010年代に入って、開放的なオープンテラス席や飲食が可能なラウンジを設けた図書館、カフェを併設した図書館、中心市街地の複合施設内に整備された図書館など、様々な図書館が登場してくることになる。
2012年、岩手県紫波町に「紫波中央駅前開発(オガールプロジェクト)」の中核施設として公民連携(PFI)により整備された「紫波町図書館」は、地方創生のモデルとしても注目を集めている。
また、2013年に佐賀県武雄市にリニューアルオープンした「武雄市図書館」では、「TSUTAYA」を運営するカルチュア・コンビニエンス・クラ
ブ(CCC)が指定管理者となり、年中無休、開館時間の延長(9時〜21時)、カフェの併設などに取り組み、現在でも地域内外から多くの来館者を集めている。
図書館への民間事業者の関与は、その創意工夫により住民サービスの向上や経費の削減が期待される一方で、図書の選択や施設運営の継続性、安定性などの面で不安視する見方も依然として根強いが、今後も「交流」、「賑わい」、「まちづくり」などが期待される図書館の整備は増えてくるものと思われる。
観光と図書館の連携の現状
公共図書館はそもそも社会教育施設であるため、主たる利用対象は地域住民であり、多くの地域では観光客は利用者として想定されていない。
当財団が今回の特集にあたり全国の自治体の観光部署を対象に7月に実施した「観光と図書館に関するアンケート調査( 81団体回答)」(表3)でも、観光客の利用を「想定している」との回答は14・8%にとどまっており、「想定していない」が64・2%を占めている。現在の観光部署と図書館の連携も「行っていない」が72・8%、今後の連携についても「予定はない」が67・9%と圧倒的に多かった。
2019年3月、「地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律案」の閣議決定により、「社会教育のさらなる振興はもとより、文化・観光振興や地域コミュニティの持続的発展等に資する」として、図書館、博物館、公民館等の公立社会教育施設を、自治体の判断により教育委員会から首長部局へ移管することが可能になった。しかし、この移管についても「検討する予定はない」との回答が90・1%を占めている。
現状では観光行政において図書館が施策の中で意識されることは少なく、図書館が地域の観光とほとんど結びついていないのが実情である。
近年、図書館の中には、地域住民だけでなく、地域外からの通勤・通学者にも広く門戸を開き積極的な利用サービスを提供することで、図書館の利用者が大幅に増え、地域住民の図書館に対する価値の再認識にもつながっているところも少なくない。この点からすれば、多くの観光客の来訪によって成り立っている観光地においては、多様な観光客(立寄客や宿泊客)が、地域住民と同様に、重要な利用対象
として意識されてもよいのではないか。図書館が有する地域の知的財産は、観光地としての魅力の深掘りやその地ならではのツーリズムの展開、観光産業の振興等、様々な形で地域の観光の魅力づくりや活性化に寄与できる余地が大きいと考える。
おわりに
観光と図書館の連携・融合については、1918年、雑誌『ツーリスト』(ジャパン・ツーリスト・ビューロー)に、日本文庫協会(現在の日本図書館協会)の設立に尽力され、東京帝国大学図書館長を務めた和田萬吉氏が、「旅客の為めに図書館」を、1954年には、南益行氏が『図書館界』(日本図書館研究会)に「観光図書館論」を寄稿している( 38頁コラム参照)。観光と図書館の連携・融合は、有識者により古くから指摘されている、古くて新しい課題であるとも言える。
前述のアンケート調査では、図書館の観光への寄与については「非常に思う(4・9 %)」「思う( 54・3%)」で約6割に上るなど、その可能性への期待を垣間見ることができた。本特集を、観光と図書館の連携・融合への意識の高まり、具体的な取り組みを誘導する一歩としたい。
(よしざわ・きよよし)
【参考資料】
・「観光と図書館の融合」(2010年7月1日、松本秀人、北海
道大学観光学高等研究センター発行)
・「図書館概論 五訂版」(2018年12月20日、公益社団法人日本図書館協会発行)
・公益社団法人日本図書館協会ウェブサイト
・「現代思想12月号」(2018年12月1日、青土社発行)
・「専門図書館296号」(2019年7月、専門図書館協議会発行)
・「Consultant275号」(2017年4月15日、一般社団法人建設コンサルタンツ協会発行)