奈良県立図書情報館
持っている資源を観光に活かす
奈良県立図書情報館 図書・公文書課 課長 乾 聰一郎
乾 聰一郎(いぬい・そういちろう)
奈良県立図書情報館 図書・公文書課課長。 1999年から奈良県教育委員会事務局で新県立図書館(現奈良県立図書情報館)の建設準備に携わる。 2005年の開館後は、企画展示・フォーラム・コンサート等のイベント・主催事業や国内外の団体等との連携事業等の情報発信事業に取り組む。2017年4月から現職。
ホテルに本を貸し出すこと
奈良県立図書情報館は、観光地奈良にあって、数多くの観光施設があるなかで、図書館が観光にどのように関わることできるかということは、開館以来の課題のひとつであった。当館は、駅前や観光地に隣接するといった立地ではなく、また、観光地を回るルートに近接しているわけではないので、来県する観光客が直接来館するということはあまりない。そのような条件のなか、図書館のリソースをどのように観光に活かすかのひとつの試みとして、2008年から始めたのが、当館の最寄り駅のひとつJR奈良駅にある、ホテル日航奈良に対する本の特別貸し出しである。現在でも、毎年度末にその年の奈良県内の行事、催事などをキーワードに、また、ホテル側からの要望も聞きながら、20〜30冊の本を選書し、各本に簡単な内容コメントをつけてホテルに貸し出している。ホテルでは、貸し出し文庫「都読‐koyomi‐」と名付け、ブックリストを作成し、全客室に配置している。宿泊客から閲覧希望があれば、職員がその本をフロントから客室まで持っていくことになっている。ホテルのウエブサイトでも、宿泊の各種サービスの貸出備品のページで案内されている。
https://www.nikkonara.jp/stay/service/
ホテルでは、毎月の各書籍の貸出数を記録しており、毎年の集計は当館にも提供され、次年度の選書の参考にもしている。このデータは宿泊される方の情報ニーズや求める本の傾向が見えて興味深い。例えば、観光案内書や歴史書などより写真集を希望する利用者が多いことなど、この文庫を更新していくうえで参考になる点も多い。
連携すること
この取り組みが縁で、2009年〜2011年と2015年に当館で開催された、「自分の仕事を考える3日間フォーラムⅠ〜Ⅲ」とその番外編「ひ
との居場所をつくるひと・フォーラム」(3日間)では、ホテル日航奈良が、このフォーラムの宿泊プラン(フォーラムは有料イベントだったので、宿泊の特別料金を設定し、フォーラム参加チケットを付けるというもの)をつくり、当館との連携イベントとしても開催することができたものである。このフォーラムは、全国から1日300人〜400人が参加するイベントで、宿泊者も多く、近隣のゲストハウスなども若い参加者で賑わったと聞いている。
フォーラム会場では、観光情報の提供(奈良関係本の紹介やパンフレット配置など)や参加者からお店などの口コミ情報の交換ボードの設置なども行った。県外からの参加者の多くが、フォーラムの合間や終了後に観光地を訪れたようである。ホテルとの連携はもとより、地元にも、ささやかながら貢献することができたのではないかと思われる。
また、不定期ではあるが、全国の都道府県立図書館等と連携し、お互いの観光ポスターやパンフレットを交換し、その地域の関係本とあわせて展示する図書館交流展示も開催している。当館ではこれまで、秋田県、宇都宮市、高山市、三重県、福井県、和歌山県、島根県、宮崎県、沖縄県などの図書館との交流展示を行った。双方で、相手の観光アピールを行うとともに、関連本の展示によって、互いの地域情報や関連の知見などを紹介することができる。また、共通のテーマや話題があると、一層興味関心を喚起できる。
例えば、平城遷都1300年関連で平城京造営と飛騨の匠の関係を扱った高山市との展示や古事記1300年を共通テーマにした宮崎県との交流展示などがそれにあたる。ちなみに、当館からは、最新の観光ポスターだけではなく、1954年以来、年に1回、奈良県・奈良市・西日本旅客鉄道(株)・近畿日本鉄道(株)・奈良交通(株)の5者共同で制作される観光客誘致ポスターである奈良大和路仏像ポスター(今年度で98作品となる)をセレクトして相手館で展示しているが、非常に好評である。
「地産地消の観光」という発想が、情報発信の基盤
以上、これまで当館が行ってきた図書館を観光に活かす試みを紹介した。
ホテルへの特別貸し出しは、来館者への資料提供ではないにしても、一時でも奈良に滞在する人々への間接的な図書館利用となっているであろう。また、県外来館者を呼び込むイベント開催は、ホテル、ゲストハウス、飲食店、書店など、地元へのささやかな貢献になっているのではないかと思われる。さらに、交流展示を通じて、双方の地域への関心が高まり、足を運ぶ方々が増えることにもつながるのではないかと思われる。図書館が、様々な切り口で資料や情報を(また人を)再編集し、人々の潜在的な好奇心や関心を触発するために、どうアプローチするのか、観光もまたひとつの切り口であり端緒となるのではないだろうか。
※私見ではあるが、このような図書館からの情報発信は、県外から(あるいは海外から)来県する人々に向けてだけではなく、地元の人々にもアプローチする必要があると思われる。地元の人々がその地域の重層的な歴史や知識を持っているわけではないので、地元の人々向けの地元の観光、地産地消の観光ともいうべき発想は、外への発信の基盤となるのではないか。自らを知り、地元への理解や共感の共有こそが、新たな観光資源や観光のあり方を見つけ出すことへと繋がるのではないだろうか。そして、地元の資料・情報を蓄積している図書館こそが、まさしくその発想を支え、発信する場なのである。
※このことは、大阪を拠点に活動する観光家/コモンズ・デザイナーの陸奥賢氏から多くの示唆を得ている