視座
観光と図書館
〜地域の観光に図書館はどう寄与できるか〜
公益財団法人日本交通公社 観光文化情報センター長/旅の図書館 館長 吉澤清良
同 副館長 大隅一志

はじめに
今回の特集「観光と図書館〜地域の観光に図書館はどう寄与できるか」は、当財団で「旅の図書館」の運営に係わる職員の多くが、日頃から関心を持っていた研究テーマである。当館は、特集1(図書館を取り巻く動向と観光振興)で述べた通り、「観光研究のプラットフォームでありたい」と、図書の閲覧の他、さまざまな取り組みを行っている。これらは主に旅行者の発地側での取り組みとなるが、地域、特に観光地においても、図書館は〝上質で心豊かな旅づくり〞などの一助になるのではないかとの期待を持っている。
「観光と図書館の連携・融合」については、コラム(38頁)でも示した通り、半世紀以上も前に、和田萬吉氏、南益行氏によって〝観光図書館〞として提唱されているものの、その多くは未だに実現していない。
その後も関連する研究は、観光学、図書館学の双方においてほとんど見ることがなく、2010年に、松本秀人氏が「観光と図書館の融合」を研究テーマとする論文等(※1)を発表し、注目を集めることになる。この中で、同氏は、観光、図書館それぞれにさまざまな分析を行ったうえで、図書館を観光者と地域とを結ぶコミュニケーションの媒介役として捉えた「観光者と地域とのコミュニケーションモデル」を提示している。これらの研究を、私どもも大いに参考にさせていただいている。
松本氏の研究発表以降、特集1で述べたように各種法制度の導入も後押しし、「紫波町図書館」(2012年)、「武雄市図書館」(2013年)など、観光と図書館が連携した特徴的な事例が、各地で見られるようになってきた。特に対談(観光と図書館 連携と活用の可能性をあらためて考える)にもあるように、「武雄市図書館」が民間のデザイン力や企画力を活用し、人々が行きたい・居たいと思う場所を作ったことは注目に値する。図書空間の持つ人を惹きつける魅力を再認識するとともに、図書館の情報発信のあり方についても考える、大きなきっかけとなった。
本稿では、各特集を振り返り、図書館と観光の連携・融合に向けた課題や、今後の取り組み推進に向けたポイントを考察していく。

【特集2】
地域の取り組みを振り返る
特集2では、各図書館の事例をその特徴的な取り組み等により、便宜的に4つのタイプに分類している。表1は特集2で取り上げた事例の主な取り組み・エピソード等と事例より示唆されたポイント等を整理したものであるが、ここではまず各事例の特徴的な取り組みをあらためて振り返っておく。

T y p e A 観光対象・目的となる図書館
事例1…高山市図書館煥章館
同館は建物自体が、明治時代の煥章学校を模した特徴的な造りとなっている。館内には高山に縁の深い近代文学者の足跡等を紹介する近代文学館も併設されている。また、アニメ・実写映画化された「氷菓」にも登場することから聖地巡礼(※2)の対象地ともなっている。

事例2…八戸ブックセンター
同センターはスタイリッシュな館内に、一般書店ではあまり見かけることの少ない分野の書籍を重点的に取り揃え、本との「出会い」を大切にした提案・編集型の陳列がなされている。

T y p e B 観光客の滞在・時間消費の場となる図書館
事例3…恩納村文化情報センター
同センターの「郷土書コーナー」には沖縄の旅の本も集められている。また、村外・県外の方にも本の貸し出しを行っているほか、村内の大型リゾートホテルのミニライブラリーを蔵書の貸し出し、選書のアドバイスなどを通してサポートしている。

事例4…奈良県立図書情報館
同館はホテル日航奈良に、奈良の歴史や文化に関する書籍や写真集など20〜30冊を選書し、各本に簡単なコメントをつけて貸し出している。

T y p e C 地域をつなぐ図書館
事例5…甲州市立勝沼図書館
同館では、地域の基幹産業である「ぶどう・ワイン」の資料収集・提供・保存に取り組み、地域とのつながり・広がりを企図した「ぶどうとワインの資料展」を開催している。また、地元ワイナリーとの連携により趣向を凝らしたワインを楽しむ催しなども開催している。

事例6…小布施町立図書館
同館では、「本とつながる、人とつながる」をコンセプトに、商店や個人宅で所蔵図書をその一角に並べ、訪れる町内外の人が自由に本を手に取り、店主(館長)とのふれ合いを楽しむ仕かけ、「まちじゅう図書館」に取り組んでいる。

事例7…千代田区立千代田図書館
同館の館内には、地域連携を意識した2カ所の展示コーナーが設置されている。また同館の大きな特徴でもある「コンシェルジュ」が企画した、古書店や建築物などを巡る「コンシェルジュと巡る神保町ツアー」を開催している。

T y p e D 地域魅力を発信する図書館
事例8…東近江市立八日市図書館
同館では、「よりよいまちづくりとひとづくりを進める図書館活動の推進」を実現するための手立てのひとつとして、図書館外の人々とともに地域情報誌「そこら」を発行している。

事例9…伊那市立高遠町図書館
同館では、図書館所蔵の古書を活用した「高遠ぶらりプロジェクト」のほか、地域住民と図書館が主催する「高遠ブックフェスティバル」、まちの再発見につながる「高遠文芸賞」などに取り組んでいる。
なお、表1をより丁寧に見てみると、それぞれの図書館が、この他にも意欲的に様々な取り組みを行っていることがわかる。今回取り上げた事例の中には、既に全国的に注目されている図書館も少なくないが、観光という側面から捉えると、新たな気づきやヒントが見えてくる。例えば、地域遺産(歴史的建築物)と知的遺産(図書館)は親和性が高いと思われる。
また、対談やコラム(29頁)でも、各図書館の取り組みの助言ともなる、ご意見が得られている。
・図書館が、歴史や文化のツーリズムで何らかの役割を担うというポテンシャルは大きい。
・図書館は誰でも来られる施設だが、地域のコミュニティに図書館が出ていくことで、新しい人とつながり、いい循環が生まれる。
・旅行先のデジタル情報を出発前にスムーズに見つけられるよう、図書館が「パスファインダー」の役割を果たすことも仕事になる。
・巷にあふれる情報もウェブでは数年先に見ることもできない可能性がある。でも紙媒体ならいつまでも残せる。

【特集2】事例からの示唆
表1で整理した各事例から示唆されたポイント等の「分類」をみると、「位置づけ等」では、「東近江市立八日市図書館」が、図書館はひとづくりを支える教育施設で、その基本的な要件を満たしていることの重要性を指摘している。観光と図書館の連携・融合を考えるうえでも忘れてはならない大切な視点である。
そのうえで、特に観光地に立地する図書館(高山市図書館煥章館、八戸ブックセンター、恩納村文化情報センター、甲州市立勝沼図書館、小布施町立図書館)では、観光客の利用も想定した取り組みも行われている。
しかし観光地に立地する図書館に限らず、少なからず観光を意識することは、地域の良さの再認識などにつながるのではないか。対談でも、観光は、住民が自分の町の良いところに「気づく、見つける、創る」きっかけとなる。
「文化の自己決定能力」を持った地域づくりを支えることが図書館の仕事であるなら、住民の「気づく、見つける、創る」ことができる場所にしていかないと、とある。
各図書館の観光面での「役割・機能」をみると、「高山市図書館煥章館」「恩納村文化情報センター」「奈良県立図書情報館」「小布施町立図書館」では、特に「情報発信」が挙げられている。その中でも、「高山市図書館煥章館」「奈良県立図書情報館」では、地域文化等を住民が知ることの必要性を訴え、その上で図書館は情報発信の「要」「場」となると述べている。
なお、これについては、巻頭言(「うとぅいむち」の心を図書館から)でも同様の主旨が述べられている。
「甲州市立勝沼図書館」「伊那市立高遠町図書館」では、特に「地域資料等の収集・保存・活用」を挙げている。
図書館は資料等が揃っているからこそ、多角的なつながりが持てる場所になれる、図書館をハブとした交流が可能になると言及している。
各地の文化や産業などの情報が集約されれば、図書館は地域らしさが可視化された場所となり、図書館自体が観光資源にもなり得るのではないかと、私どもは考えている。
その他、「八戸ブックセンター」では、特に「周辺施設とも連携した、本を取り巻く人の交流促進の取り組み」が行われている。また、「小布施町立図書館」「千代田区立千代田図書館」では、「地域連携」が強く意識されている。
「効果」をみると、「八戸ブックセンター」では、八戸市民のためのさまざまな取り組みが結果として八戸市の来訪者を増やすことにつながっている。
「恩納村文化情報センター」でも、住民向けの郷土資料の収集等が観光客に向けたサービスの向上にもつながっているとのことだ。また同センターでは、来訪者の増加、周辺施設との相乗効果も得られている。
「小布施町立図書館」では、「まちじゅう図書館」などの取り組みによる新たな交流の創出が、「伊那市立高遠町図書館」では「高遠ブックフェスティバル」などによる関係人口の増加が、効果として挙げられている。
なお、関係人口に関連して対談では、図書館が人と人との関係性を作る場として集めた情報をアウトプットしていくには、図書館員としての矜持、地域に対して何ができるかという「ライブラリアンシップ」が問われると述べられている。なお、現状では、図書館が地域外への情報発信を仕事として意識することは稀で、自治体の観光課も図書館をパートナーであると考えるところは少ないとの指摘もされている。

観光と図書館の連携・融合、観光まちづくりに図書館を活かす
各地の事例からもわかるように、図書館は地域文化の根幹を支え、「資料」と「人」そして「地域」をつなぐ重要な役割を担っている。観光との高い親和性を活かし、図書館と観光がより効果的に連携・融合を図ることは、地域の観光振興に大きく寄与するものと思われる。そのためには、観光サイド、図書館の双方が、次のような視点を併せ持っておくことが必要である。

○図書館を観光客も含めて誰もが足を運べるフラットな場所とする〜公共施設で最も住民に利用されている図書館への観光客の来訪は、観光活動の多様化のみならず、住民との交流につながる。
○図書館の集客効果を活かし相乗効果の高い観光振興を図る〜魅力的な建物や蔵書、イベント、付帯機能(飲食等)による図書館の集客効果を活かし観光施設などと連携することで、相乗効果が期待できる。
○地域にしかない魅力に「気づく、見つける、創る」―情報発信の拠点となる〜図書館は地域の知的遺産を「地域の魅力として可視化」していく要の存在。観光客という外の眼を加えることで、より魅力ある地域づくりにつなげることができる。
また、観光まちづくりに図書館を有効活用していくためには、まずは次の事項から検討していきたい。
○観光行政や地域関係者との連携〜行政、図書館、民間団体、住民等が、観光と図書館が連携・融合していくことの意義や課題、方向性を共有しながら、観光に図書館を活かした施策を推進していく。
○観光客が図書館を利用やすい環境づくり〜観光客が図書館を利用しやすい環境づくりが不可欠。そのための利用サービスや仕組みづくりに地域ぐるみで創意工夫していくことが望まれる。
○〝地域を想う〞ライブラリアンシップに溢れた人材の活用と育成〜図書館員は、人と地域をつなぐコンシェルジュともいえる重要な存在。地域の貴重な知的遺産を次代に継承しながら、その魅力を伝える気持ちとスキルを持った人材に活躍いただく。
またそうした人材を育てていく。

 

終わりに
観光と図書館の連携・融合については、先人がその必要性・有効性を唱え、今、あらためて注目が集まりつつある。
知的遺産の宝庫で誰でも利用できる図書館は、その考え方や取り組み方次第で、観光と結びつく可能性は高い。
特集2で、「甲州市立勝沼図書館」は、「地元『勝沼』の根を支える唯一無二の図書館でありたい」と述べられた。地域の観光振興にも取り組む図書館を、当館もその一翼を担う専門図書館として支援していきたい。
(よしざわきよよし/おおすみかずし)

※1…「観光と図書館の融合」(2010年7月1日、松本秀人、北海道大学観光学高等研究センター発行)など
※2…(アニメ)作品のロケ地、またはその作品・作者に関連する土地で、かつファンによってその価値が認められている場所を訪ねること。