観光を学ぶということ
ゼミを通して見る大学の今
第4回 琉球大学 国際地域創造学部・観光社会学研究室
越智正樹(おち・まさき)
琉球大学国際地域創造学部 教授。専門は観光社会学、地域社会学。
京都大学大学院博士後期課程修了後、琉球大学観光産業科学部教授等を経て2018年度より現職。主な著書に『せめぎ合う親密と公共│中間圏というアリーナ』(共著、京都大学学術出版会、2017年)、『フィールドから読み解く観光文化学│「体験」を「研究」にする16章』(共著、ミネルヴァ書房、2019年)などがある。沖縄のグリーンツーリズム、DMO、旅行業、地方創生などに関する委員を歴任している。
観光社会学ゼミ
「観光を通じた地域振興、あるいは地域振興のための観光」がこの研究室・ゼミのテーマ。
「地域貢献がしたいから観光を学ぶ」人たちが見据えるものは何か?
1 学科/プログラムの沿革とゼミ
弊学において「観光科学科」は、2005年度、旧法文学部内の1学科として誕生致しました。これは、国立大学法人では全国初の観光学を専門とする学科でした。2008年度、この学科は同学部経営学専攻と共に「観光産業科学部」として独立し、この学部の2学科のうちの1つとなりました。さらにこの2学科は2018年度、旧法文学部の経済学専攻、地理歴史人類学専攻、国際言語文化学科と合流して「国際地域創造学部」となりました。1学部1学科のこの新学部において、観光科学科は「観光地域デザインプログラム」という1学修プログラムへと生まれ変わっています。
観光科学科として最後の学年である13期生は、現在3年生となりゼミを履修しております。一方、観光地域デザインプログラムの1期生はまだ、ゼミ配属されておりません。そこで本稿では、観光科学科のゼミについてご紹介致したいと思います。
観光科学科の学生(正確にはその9期以降の学生)は、2年後期からゼミに配属されます。本格的なゼミは3年生から開始するのに対し、2年後期ゼミはプレゼミと呼称し、ゼミ活動の基礎を学ぶ期間としております。ゼミは各教員が独立して1つずつ担っており、その活動内容はもちろん担当教員の専門ごとに異なっております。4年ゼミは学科カリキュラムの集大成科目として位置づけておりますが、学生に求める成果物もまたゼミごとに異なっております。以下、私の担当するゼミのケースについてご紹介致します。
2 観光社会学ゼミのテーマと進め方
❶ゼミのテーマ
観光科学科は、持続可能な観光のコンセプトを共通基盤とした上で、提供専門科目をツーリズム・ビジネス、ツーリズム・デベロップメント、ツーリズム・リソースマネジメントの3領域に分類しております。このうちリソースマネジメントに位置づけられている観光社会学ゼミは、観光を通じた地域振興(あるいは地域振興のための観光)の考究、およびそのための社会調査をテーマとしております。ここにおいて当ゼミが主眼を置いているのは、観光サイドというより地域社会サイドです。つまり、観光と地域との関係性を考えるにおいて、あくまで地域の側に立脚し、その視点から見て観光はいかなる選択肢として存在するのかを検討しています。これはおそらく、本連載でこれまでにご紹介になったゼミや、観光系と称して一般的に想像される専門領域のイメージとは、いささか異なるものかも知れません。
ただ――これは私の個人的経験によるものですのでどこまで一般化できるかはわかりませんが――観光系の学科と言っても学生の中には、観光産業というより地域にこそ関心のある者も少なくはありません。ある学生は、「高校生の頃から地域貢献になることがしたくて、地域貢献になると言ったら観光だろうと思ったので、この学科に入学した」との旨を語っておりました。加えて、このような意思を持つ者たちにとって、「地域貢献になると言ったら観光」という考えは、観光産業従事者を目指すということに直結するものでもありません。進路の志望は多岐にわたっております。事実、私のゼミの卒業生(現在までで6学年)のうち、観光関連産業に就いている者は17・9%です。
観光系の学科におけるこうした実態については、好ましからざるものとして見る向きも世にはあります。ですがまず、観光よりも地域貢献に主眼を置く高校生においても観光学が進路先たり得ていることは、これもまた観光立国・観光立県振興の成果の1つであるでしょう。そもそも1980年代以降、人々が観光に抱いてきた希望は、経済的な希望、政治的な希望、社会的な希望など、多様な観点からのものでした。それがいつしか統合された挙げ句、ある希望が他の希望の上位概念かのように僭称し、下位に位置づけられたものを不可視化してしまう。現にそうした傾向は世に見られます。この傾向に抵抗することは、観光のもつ可能性を矮小化しないために重要であると考えます。その抵抗とは、一塊で扱われがちな観光の希望について、いったいどの部分が誰にとってのどのような希望なのかを冷静に見つめ直し、丁寧に解きほぐして再提示することです。地域貢献を志向して観光学へと進んだ学生には、このことを学んで欲しいと思っています。そしてそのようにして観光への理解を深めた学生たちが、卒業後に多様な分野で活躍していくことは、観光立国・観光立県の条件をさらに正しく整えていくことに繋がるのではないでしょうか。
❷ゼミの進め方
さて、地域という語は非常に曖昧にも使われる言葉ですが、社会学として見る時には多少正確な捉え方が求められます。地域社会学の基礎的な定義で言いますと、地域社会・地域空間として認められるのは最大でも市町村レベルであり、最小は単位自治会とされます。当ゼミでも実際の調査活動では、単位自治会レベルを対象とすることが多いです。ただしその対象は、担当教員である私が設定したり準備したりするものではありません。以下、プレゼミから4年後期ゼミに至る、当ゼミの進め方をご紹介致します。
まず2年後期( 10〜1月)は先述のようにプレゼミと呼称し、3〜4年ゼミ活動を行うための基礎を学ぶ期間としています。と言っても重視しているのは、学的概念や方法論の学習ではなく、問題意識の涵養です。まずもってこれが無ければ学ぶ準備が整わず、これが整わなければあらゆる学習の効果は低いというのが私の考えです。そのためプレゼミではまず、様々な着地型観光現場を訪れてみたり、市町村やコンサルタントと共に実践的活動に参画したりします。後者の例としては、粟国島という小離島で、村事業の空き家利活用調査を一部受け持たせていただいたり、沖縄本島南部の八重瀬町で、観光プロモーション事業の一環たる広報イベントの企画・準備・催行を、コンサルタントと協働で行わせていただくなどして参りました。ここにおいて、ゼミ生には一定の達成感を覚えて欲しいのももちろんですが、それ以上に私が求めるのは、「やはりまず自らの知見を高めてからでないと、いきなり地域貢献しようとしても出来ることは知れている」と感じてくれることです。それが、次のステップへの入り口となります。
冬休みになるとプレゼミは、3年ゼミへの直接的な準備に入ります。各自、それぞれに興味のある学会誌論文を1本選び、その内容をパワーポイントに端的にまとめます。パワーポイントを使う理由は、論文の論理構造を的確に把握して情報縮約する上で、スライド構造が良い補助機能を果たすからです。冬休みの宿題としてまとめたこれを、1月のプレゼミで順次発表します。発表に際しては、自身がその論文のどのようなところに関心を持ったかについても語ることを課しています。こうして、現場と関わる学術論文の論理に触れ、また他のゼミ生らの問題関心も共有した上で、春休みの宿題に取りかかります。すなわち、3年ゼミでグループ調査したいテーマを各自それぞれに考え、やはりパワーポイントでプレゼン資料を作成することです。
当ゼミでは、3年生は全員で1つのグループ調査を行います。ただし実査に入るのは夏休み以降であり、前期は丸々、調査計画の立案に費やします。まず全員が春休みの宿題について発表した後に、ディスカッションを行います。単純にどれか1つの案を選ぶというのではなく、各案で共通する関心事項を抽出して合併したり折衷したり、その過程でまた新たな案を着想したりします。いくつかの候補地の視察を経て案が1つに定まったら、計画の精緻化に入ります。私が求めるのは、大目的(一般的課題・研究背景)、中目的(対象事例への問題意識)、小目的(リサーチ・クエスチョン)、成果の予想(中目的・大目的と対応)、そして調査スケジュールを、明確に設計することです。そこにおいて特に重視するのは、遂行可能性と(他者から見ての)成果とのバランスです。この研究計画は前期末に、弊学科観光景観学ゼミとの合同報告会で発表し、他ゼミ生や他教員からのコメントを受けて微修正します。
調査はインタビューが主で、私も同席しますが、アポイント採りも含めて全て学生主導で行います。その最終成果は年末に、再び右記ゼミとの合同報告会で発表します。最終報告に際しては、パワーポイント資料と共にA1サイズのポスターも作成し、その縮刷版は必要に応じて調査協力者にお送りしています。もちろんそこで提示・提案できることには限界が大きいですが、ゼミ生ら自身が考えたテーマで、現実的に設計した計画を、ゼミ生ら自身が遂行することの意義は大きいと考えています。また私自身にとりましても、毎年いったいどのようなテーマが飛び出すのか蓋を開けてみないと分かりませんから、これが楽しみで仕方なくもあります。
1月になると3年生は、各自の卒論テーマ案のプレゼンに入ります。4年生では1人で1つの調査を行うわけです。ただし3年生と比して成果の要求レベルを上げるのではなく、3年生では全員でやったことを今度は1人でやってみる、というのが4年生の課題です。研究計画は計画書として明文化することが求められ、これに対して私がゴーサインを与えない限り、調査には着手できません。就活も忙しい4年前期はほぼこれに費やします。後期のゼミは、各自の進捗状況を報告してコメントし合う、言わばプロジェクト総本部会議のような様相を呈します。最終的に成果は卒業論文としてまとめますが、当ゼミではこれを敢えて6ページ程度にまとめることを求めています。
文系の卒論としては短いこの分量は、読者を意識して情報の取捨選択を厳密に行い、一言一句に責任を持ちながら自身の主張を精緻に立論する能力を涵養するために設定しているものです。
3 ゼミ活動の例
以上ご紹介した調査活動を、当ゼミでは「メインゼミ」と称しています。
これは前節で述べたような教育意図をもって遂行しているものですが、一方で学生にとりましては、実直な調査だけでなくより直接的な実践活動もやはり魅力的なものです。そこで、こうした実践的な活動を「サブゼミ」と称し、希望するゼミ生(一部他ゼミ生)が参加できるように設定しております。以下、紙幅の限りですがこれら2種類のゼミの具体例をご紹介致します。
❶メインゼミの例
当ゼミ生が案出するテーマは、観光産業が既に盛んな地域よりも、有形無形の地域資源を活かしてこれから観光振興していこうとする地域を対象とするものが多いです。3年ゼミで言いますと例えば、伝統工芸と観光を結びつけようとする南風原町での調査では、地域資源活用に向けた地域内連携がなぜ困難であるかが考察されました。また、うるま市の観光計画に組み入れられたある無人島に関する調査では、無人といえど蓄積されてきた社会関係が明らかになる一方、その不可視化や文化的真正性の希薄化の進展が問題として浮き彫りとなりました。
一方、既に観光地として認知されている地域においても、特徴的な調査が行われました。例えば有名なアメリカンビレッジを沿岸部に擁する北谷町では、同地の事業者と近隣自治会だけでなく、そこからわずか1km内陸部ながら高齢化の進む地区も調査することで、観光政策が回避できていない意思齟齬と不均衡が指摘されました。
4年生の卒論につきましては、当研究室ホームページにて要約集を公開しておりますので、宜しければご笑覧いただけますと幸いです。
❷サブゼミの例
メインゼミが基礎調査を重視する一方で、サブゼミは主にニーズプル型の活動を志向しています。例えば、宮古島の教育旅行民泊団体への事業協力として、実地体験しながら意見提示を行いました。また、ある企業と協力し、沖縄世界遺産関係の情報コンテンツ作りを行ったこともあります。さらに学生の希望があった時には、観光関連のコンテストに参加したこともありました。その他、ニーズプル型の活動はプレゼミの中に組み込むことも多いのですが(先述の粟国島などの例)、3〜4年生も希望する場合にはサブゼミとしての参加を可能としています。
4 今後に向けて
こうしたゼミ運営の仕方については、ご承知のとおり、教科書や教育マニュアルがあるわけではありません。全て、歴代のゼミ生らの声を聞き反応を見つつ、彼ら彼女らと共に作り上げてきたものです。当然それは完璧なものとは言えません。ですが、ゼミ生らが観光学に求めるところのフィードバックを日々感じ取り試行錯誤できることは、私の勉強でもあり喜びとするところでもあります。
冒頭に述べましたように、次年度からは新学部の1期生をゼミ生として迎えます。新学部ではゼミは2年後期末からとなり大きな変化が求められるのですが、引き続きゼミ生と共に「観光と地域」を考え続け、ゼミを作り上げていきたいと思います。(おち・まさき)