❷大雪山ツアーズ株式会社

公・民・業界の垣根を越え、地域の課題を考える「協議会」が株式会社をつくった

1 北の山岳リゾートを目指して
層雲峡温泉は、北海道大雪山系の北端、黒岳のふもとに位置し、100年を超える歴史を有する、北海道の中でも有数の温泉観光地である。
旭川空港から車で約1時間半、5件の大型旅館を中心に旅館やペンション、カナダの山岳リゾートに範をとってつくられた商店街「キャニオンモール」が並ぶ温泉街、日本一早い紅葉や美しい雲海、約100種類の高山植物が花を咲かせることで有名な大雪山・黒岳、銀河・流星の滝や柱状節理の渓谷美を有する層雲峡が地域のシンボルとなっている。また、毎年氷像をライトアップした「氷瀑まつり(1〜3月)」や秋の紅葉をライトアップした「奇跡のイルミネート」など、夜の層雲峡を楽しむ催しも開催されている。
層雲峡温泉は、ピークの1991年には年間約300万人が訪れていたが、ほかの団体向け温泉観光地と同様に客足は低迷し、近年の入込客数は約200万人(宿泊客はそのうち59万人)にまで落ち込んでいる。一方では訪日外国人の増加が続いており、現在では宿泊客のうち約3〜4割を東アジアからの旅行者が占め、観光客層の変化が起こっている。

 

また、層雲峡温泉には、2014年の「大雪森のガーデン」開業、2017年北海道で戦後初となる新酒造「緑丘蔵」開業、2018年「カムイと共に生きる上川アイヌ〜大雪山のふところに伝承される神々の世界〜」の日本遺産認定、2019年廃校を改築した体験型交流施設「大雪かみかわヌクモ」開業といった、上川町の自然、歴史、農産品、人々との交流を楽しむハード・ソフトが次々と整備されている

 

2 観光協会、旅館組合、温泉観光事業組合、商工会、JA、行政による株式会社設立
上川町には、観光協会や旅館組合、温泉観光事業組合、商工会、JA、行政のメンバーが年に2回、定期的に集まり、地域の課題について議論をする協議会がある。この「上川町まちづくりイノベーション推進協議会」はこれまで10年間、継続して開催されている。
上川町にとって観光産業は、関連する産業を含めて雇用や税収の大きな割合を占め、また農業、畜産業との連携による効果も高く、商工業にとっても収入に直結する重要な産業、との共通認識があるからだ。
この協議会での議論を踏まえ、層雲峡温泉は「北の山岳リゾート」を目指すという地域のビジョンを定めた。このビジョンの実現をどのように推進するか、具体的には個人客にも対応した滞在型観光地として必要な施設や観光コンテンツの開発・運営を誰がどのように推進するか、地域の雇用や経済の活性化にどのように貢献するかを課題とした。
そこで設立されたのが「大雪山ツアーズ株式会社」である。層雲峡観光協会を中心に上川町、商工会、JA、温泉観光事業組合が出資者となった。人材は、大手旅行会社からの派遣や、地元採用のほか、地域おこし協力隊の活用などにより確保し、上川町の地域づ
くり法人(DMO)として、地域の情報発信やプロモーションなどのマーケティングを担うほか、収益事業として観光施設の運営や体験型ツアーの造成・販売などを行っている。
運営している観光施設は「大雪森のガーデン」と「大雪かみかわヌクモ」の2施設であり、それぞれ層雲峡温泉周辺の新たな滞在拠点として機能する。
また体験型ツアーは、ラフティングなどを中心に実施体制の構築を行っている段階だが、個人客の滞在時間を延ばす新たな魅力として期待される。

3 地域の滞在拠点となる2つの施設を運営
「大雪山ツアーズ株式会社」が運営している2つの観光施設について紹介していこう。
「大雪森のガーデン」は、大雪山系で最も美しいとされる旭ヶ丘地区の高原に位置する観光施設である。庭園を中心にカフェやレストラン、ショップ、ヴィラを併設しており、約800品種の草花が植栽された「森の花園」エリア、地域の樹木や草花を活かした「森の迎賓館」エリア、テラスやアート作品、交流体験施設がある「遊びの森」エリアの3つのエリアから成る。5月から10月にかけて色とりどりの季節の
花が咲き、「北海道ガーデン街道」と呼ばれる8つのガーデンのひとつでもある。
併設しているカフェ「緑丘茶房」は地元の酒造「上川大雪酒造」が運営するカフェで、酒粕を使った軽食メニューなどがある。レストランは三國清三氏が手掛ける「フラテッロ・ディ・ミクニ」で、高原の雄大な景色を眺めながら北海道料理を楽しむことができる。
開園は2014年。上川町が所有しており、2018年から大雪山ツアーズに管理運営が委託されている。
2つ目の「大雪かみかわヌクモ」は、チームラボによる子供向けデジタルアートプログラムの体験ができる施設である。「あそぶ!天才プログラミング」と名付けられたプログラムは、子供たちが紙に描いた絵を〝ピープル〞として取り込み、スクリーンに映された草原上で動かすもの。〝ピープル〞はタブレットからプログラムを組むことで、走ったり、踊ったり、ほかの〝ピープル〞とコミュニケーションをとったりする。こうした体験を通じて、子供たちはプログラミングについて直感的に学ぶことができる。

このほか、もとは体育館であった空間を改装したフリースペースには、子供たちが体を動かしながら遊べる遊具やブックコーナーがあるほか、大人も楽しめるカフェなどを併設している。
施設は閉校した小学校の校舎を改装して2019年7月にオープンした。上川町が整備を行い、大雪山ツアーズへ管理業務を委託している。

 

4 層雲峡でしかできない体験コンテンツの開発に取り組む
旅行商品の造成・販売事業はまだ始まったばかりで、現在は事業化の準備をしている段階だが、注目すべき取り組みがある。
層雲峡と言えば温泉と大雪山・黒岳が有名だが、温泉から少し上流にある層雲峡渓谷も観光資源としての大きな魅力を持つ。その層雲峡渓谷のハイライトが断崖絶壁の大函・小函エリアであるが、1987年の層雲峡崩落事故がきっかけで、川沿いの車道が通行止
めになり、遊歩道も2003年以降通行止めとなっている。そこを観光資源として復活させようと、陸ではなく川から小函エリアにアプローチする方法としてラフティングというアイディアが生まれた。
陸路では近づくことのできないという不利な条件は、逆にラフティングでしか立ち入ることのできない秘境という特別感を生み、個人客向けのコンテンツとして期待ができるのだ。
現在は地質調査やラフティングの試走を進めており、今後実施体制を整えたうえで、2020年からのツアー催行を目指している。

 

5 必要な原資は入湯税で賄う
以上が大雪山ツアーズによる事業であるが、どの事業も単独で採算性を確保するのは難しいのが現状である。そこで運営に必要となる原資をどう賄うかが課題となる。
大雪山ツアーズでは、事業収入と指定管理収入のほか、上川町からの補助金で財源を確保している。この補助金の原資は、入湯税のかさ上げ分である。
入湯税のかさ上げは2017年に導入された。層雲峡温泉の5つのホテルにおいて150円から250円への改定が行われ、上川町としては4〜5千万円程度の増収となっている。この増収分を、大雪山ツアーズの各事業における財源としている。そのため、大雪山ツアーズの設立と各施設の運営資金は入湯税のかさ上げとセットで構築された。施設単体での収入とともに、観光産業への波及、農業や商工業などへの波及、地元の人材の雇用といった、売り上げ以外の効果も含めて、施設の存在意義として位置づけられている。
入湯税の改定に当たっては、地域の観光事業者はもちろんのこと、関連する団体や行政と協議をしながら、最終的には議会での承認を得る必要がある。
上川町の入湯税かさ上げは、地域活性化のために必要な原資を賄うという目的があり、温泉観光事業組合が合意・協力することで実現に至った。これは、10年に及ぶ地域の協議会の存在が大きかった。観光産業が地域にとって重要な産業であることの共通認識が基盤にあったからこそ、地域の課題や目標について関係者間で共有がなされており、入湯税の改定においても、大雪山ツアーズの立ち上げにおいても、スムーズに進めることができた。
このように、大雪山ツアーズは民間組織でありながらも、地域の産業界との連携や行政を中心としたバックアップ体制が確立している。
こうした体制は人材確保の点でもメリットがある。地域が一体となった組織である点が、設立して日が浅い株式会社であっても大きな信用力につながり、現在は大手旅行会社から専門人材2名の派遣を受けるなど、地域外からの連携・協力体制にも寄与している。

6 使命は「継続」
以上が大雪山ツアーズによる事業であるが、どの事業も単独で採算性を確保するのは難しいのが現状である。そこで運営に必要とな 前述したように、大雪山ツアーズの出資者には商工会やJA、上川町が含まれており、必ずしも観光に直接関係のある組織ばかりではない。これは、観光を通じた様々な波及効果に期待をしているためである。観光客数や滞在時間の増加は、結果的に農産物の消費やお土産などの売り上げ増加につながる。
更に、地元の人材の雇用も目標のひとつで、地域の若者が誇りを持って働ける魅力的な職を用意することが期待されている。目指すは、地元高校の就職希望ランキングベスト3だ。
繰り返しになるが、個別の事業で利益を上げることは、設立間もない現段階ではまだまだ難しい。しかし、大雪山ツアーズと大雪山ツアーズが管理する施設を持続させることが、地域の産業の活性化、雇用の場となるのである。
出資に対する還元は観光を通じた地域の活性化であり、大雪山ツアーズは地域からの使命を負う立場にある。
こうしたモチベーションに加えて、組織のビジョンがはっきりとしている点も重要である。「北の山岳リゾート」の実現に向けた事業を展開するという組織目標がある点は、外部から入った人材にとって、何をすべきかについて考えるうえでの指針となる。また、こうした民間企業を行政が支援する場合も、地域の目標に寄与しているか否かといった点が、予算執行の判断材料になりえる。

7 広がる新しい動き
上川町ではほかにも興味深い動きがみられる。
「大雪森のガーデン」のカフェ「緑丘茶房」を運営する「上川大雪酒造」は、北海道で戦後はじめて設立された酒蔵として有名である。酒蔵の新設は法規制によるハードルが高いため、三重県に存在した酒造会社を譲り受け、北海道上川町の地に引越しをして立ち上げた。
2017年より本格醸造を開始したばかりだが、フランスで開催された日本酒コンクール「Kura Master」2019で純米酒部門プラチナ賞を受賞するなど高い評価を得ている。「大雪森のガーデン」とともに、地域における魅力のひとつになりつつある。
また2019年春には、ラフティングガイド経験のある人材が層雲峡の魅力に惹かれて移住してきた。すでに「アルパインリバーガイド」社を立ち上げ、層雲峡渓谷においてラフティングツアーの提供を開始している。今後、大雪山ツアーズが商品の造成を行ううえで大きな強みを得ることとなった。
大雪山ツアーズは設立間もない組織であるため、取材時点(2019年9月)ではまだ、地域でこれまで進めてきた事業の継続と、これから実施する事業の種まきをしている段階である。
どちらも、必ず軌道に乗るという保証はない中での挑戦であるが、地域で広がりつつある新しい動きと協力し合いながら、会社のミッションを実現すべく奮闘している。

8 上川町を支える株式会社を目指して
現在の上川町は、町長を筆頭に町の職員の意識も高く、率先して全国の先端企業や若い起業家を訪問し、上川町との連携を呼び掛けている。そうした行政の姿勢は、「町の活性化に貢献する」といった住民の意識にもつながり、「大雪森のガーデン」の運営やイベントの際のボランティア、駅とガーデンを結ぶシャトルバスの運行などへの積極的な協力を得ている。大雪山ツアーズもそうした住民の活動の場を提供しているという自負がある。
上川町の行政、住民の一体となったバックアップの一方で、「現状に甘えず、早く大雪山ツアーズという事業者として地域に影響を与えられるようになりたい」と、社長の西野目氏は語る。
地域への貢献と、株式会社として利益にこだわった経営の2つの柱の実現が、大雪山ツアーズの今後の大きな目標である。

取材・文:観光経済研究部
副主任研究員 川村竜之介

 

●北海道上川町プロフィール
人口………………………3581人(2019年1月現在)
面積………………………1049・47 k㎡
年間延入込客数…………171万人※
年間延宿泊客数…………59万人泊※
年間延外国人宿泊客数…21万人泊※
※出典:平成30年度北海道観光入込客数調査報告書

●大雪山ツアーズ株式会社の概要
会社名……………………大雪山ツアーズ株式会社
代表者……………………取締役社長 西野目信雄
資本金……………………250万円
設立………………………2018年2月21日
所在地……………………〒078-1741 北海道上川郡上川町中央605番地
事業内容…………………観光施設の運営、旅行商品の造成・販売、二次交通商品の販売

〈取材協力〉
大雪山ツアーズ株式会社・取締役社長 西野目信雄氏
ホテル大雪グループ・社長 西野目智弘氏
大雪山ツアーズ株式会社・事務局長 瀬川耕一氏