❻株式会社有田まちづくり公社
利益の追求なしに観光事業はできない。
町には判断、負担、リスクを負う当事者が必要だ。
1 器(うつわ)のまち、有田の観光まちづくり
佐賀県有田町は、陶磁器の原材料となる「陶石」がこの地で見つかった1616年以来、朝鮮半島から渡来した陶工「李参平」がその礎を築いた「有
田焼」をあまたの職人が受け継ぎ、世界ブランドの陶磁器として発展させてきたまちである。
400年の歴史と伝統、生活の文化は、職人による手作業が行われる工房やトンバイ塀、石畳といった街並みに溶け込み、現在にも継承されている。
重要伝統的建造物群保存地区に指定(1991年)されている内山地区の通りを歩けば、窯業とともに発展してきた窯元や卸問屋が有田焼のショーウィンドウのような街並みを形成している。
有田町の観光は、やはり有田焼が町のブランド力となっており、その代表例ともいえるのが毎年春の「有田陶器市」と、「秋の陶磁器まつり」である。
有田町の年間観光客数約250万人のうち、陶器市が開催される4・5・11月の合計が年間の7割超を占める(2017年)。有田焼は今でも高いブランド力を誇る一方、町の観光は特定のイベントを中心とした一時的な誘客に頼ってきた。
また、有田町は、窯業で発展した他のまちと同様に、まちを支えてきた窯業が近年では厳しい局面を迎えている。
有田焼は高級飲食店や旅館・ホテルなどへの直販を主軸に取引額を伸ばしてきた。しかし、日本人の生活様式の変化による大口需要の減少や海外からの安価な商品の流入によって、窯業は低迷の時代となっており、担い手の不足や事業の廃止などにより、有田が培ってきた高い技術や文化が継承されない危機感も高まっている。
こうした観光面の課題と産業界の危機感を背景に、「器のまち有田を人々の受け皿へと変革させる」というビジョンを持った、株式会社有田まちづくり公社が設立される。
2 株式会社有田まちづくり公社の設立
移住者が町の人々に支えられながら有田の変革に挑む
株式会社有田まちづくり公社(以下、有田まちづくり公社)は2015年4月に設立された(表1)。設立には、有田まちづくり公社の現取締役会長である高田氏が深く関わっている。高田氏は大学卒業後、建設会社で長年財務を担当し、米国勤務中には国際開発や国際投資といった事業に携わってきた。転職後には、10社の中小企業再生を担った経歴を持ち、財務や事業再生の分野における造詣が深い。
2011年、高田氏は退職後、妻が陶芸をする有田町に移住した後、世界的にも有名な老舗窯元「香蘭社」の社長で有田商工会議所の深川祐次会頭との出会いがきっかけとなり2013年には商工会議所の専務理事に就任する。
商工会議所では町内の窯元や商社の現状を直接見聞きする機会が多く、高田氏は有田町の現状と課題に関する商工会議所等での議論を通じて、観光まちづくりによる有田焼ブランドの再生の必要性に対する意識を強めていった。
2014年、陶器市のスポンサー募集のため上京した際に「地域経済活性化支援機構(以下、REVC)」と出会ったことから有田町の観光まちづくりの動きが急速に加速し、会社設立に至る。
現在も商工会議所副会頭、観光協会副会頭、有田まちづくり公社取締役会長と、有田町の観光まちづくりに関連する地域団体の中心にいる高田氏は、有田まちづくり公社の取り組みを「よそ者・ばか者・若者の混入と地域との化学変化、民間の意識と目線での取り組み、日本百選が12もあるような足元の宝さがしと磨き上げ、お隣の波佐見町との交流による学び」と語る。
株式会社は自己判断、自己負担、自己リスク
観光地域づくり法人(DMO)は、観光協会などの看板替えによる非営利の法人格を選択することが多い(特集1)。一方、有田まちづくり公社は株式会社としてスタートした。事業展開を進める中で高田氏が気づいたのは、公的組織による観光事業の限界であったという。「公的資金の入った組織では公平性の担保が先立ってしまい利益が追及できない。しかし、競争と利益の追及なしに観光事業はできないという矛盾をはらんでいる。」と高田氏は語る。これまでの観光分野における公共性と事業性のジレンマを解消できる力や、競争・利益の追求という「推進力」が、株式会社に期待される。
また、有田まちづくり公社では、行政の計画や補助金等に基づく大上段に構えたまちづくりではなく、「人」をベースにしたまちづくりを大切にしている。この考えの原点には、有田の隣町である長崎県波佐見町の存在がある。
有田町と同じく陶磁器をルーツに持つ波佐見町では、地場の窯業経営者がスポンサーとなり、やる気と実行力のある若者の様々な活動をバックアップしている。その代表例が西海陶器株式会社が運営する「西の原」である。西の原はかつて窯業を営んでいた福幸製陶所跡地で、現在は国の有形文化財に指定されている。広大な敷地内に工房・蔵等として使用されていた建物、スペースを保存しつつ低賃料で貸し出し、波佐見町にこれまでなかった若者
のアイディアによるカフェやレストラン、セレクトショップ、イベントスペース等が生まれ、現在では波佐見町を代表する観光客や地元住民が集う場となっている。
企業側からすれば、成功するかどうかの保証がない経験も実績も少ない若者の新規出店を支援することはリスクともいえる。しかし波佐見町のこうした取り組みについて高田氏は「若い人を受け入れ、自由にさせ、リスクを小さな投資で徐々に始めることで抑えるような、寛容さを持つタニマチの当事者がいることが、人をひきつけ、波佐見町が地域活性化の成功例として全国的にも有名になった要因であり、有田町にも寛容でリスクを負うタニマチが必要」と指摘する。
波佐見町からのこうした学びは、有田まちづくり公社が立脚する「自己判断、自己負担、自己リスク」の原則にも表れている。
3 株式会社有田まちづくり公社による事業展開
外部資金の獲得と稼ぐ仕組みづくり
有田まちづくり公社は有田商工会議所を株主とする100万円の資本金でスタートし、2回の増資を経て現在の資本金額は1300万円となっている(図1)。最大の割合を占めるのは佐賀観光活性化ファンドによる出資である。佐賀観光活性化ファンドとは、REVICや佐賀銀行をはじめとする佐賀県内全金融機関が出資して総額5億円のファンドとして2015年7月に設立。有田まちづくり公社は同ファンドの第1 号案件として2015年10月に1000万円の出資を受けた。
設立後、有田まちづくり公社は初事業として町からの委託を受け、日本磁器誕生・有田焼創業400年祭の前年事業の一環として、観光の事業化と賑わいづくりに向けて「有田陶器市」の活性化に取り組んだ。当時、有田町では町の賑わいづくりや通年観光化に向けて「有田まちなかフェスティバル(通称:ありフェス)」の計画が進んでおり、有田まちづくり公社を実施主体として事業がスタートした。
ありフェスではろくろ・絵付け体験や窯元の見学といった複数の着地型体験プログラムが用意されており、課題であった陶器市など特定イベント時の観
光客集中の解決に向け、2018年からは通年での開催・予約・参加可能な仕組みを構築している。
ありフェスに続き2015年8月に開始した事業が、有田町より商工会議所経由で受託した「ふるさと納税の管理業務」である。この事業は有田町のふるさと納税サイトの運営や返礼品の仕入れなどを行うものであった。事業を開始してから7ヵ月後には3億3200万円の寄付を獲得し、2016年度には7億3000万円、2017年度には8億2000万円の寄付を集めるなど事業は成功をおさめた。この受託事業の成功により、株式会社として安定的な収益源が生まれ、その後の観光事業に取り組む重要な原資となった。
町の回遊を生み出す事業
有田商工会議所と佐賀観光活性化ファンドが共同で策定した観光地域づくりの戦略の目標は、株式会社有田まちづくり公社を実施主体として、有田町の交通機関のエントランスとなっている有田駅前、上有田駅前等に、人々が立ち寄って有田の人と言葉を交わしながら、有田をより深く知ることができる拠点施設を立ち上げ、収益をあげながら継続して運営することによって、町中を観光客が回遊する流れを生み出すことであった(図2)。
2016年10月には有田市街地の賑わいづくりを目的として、JR有田駅前に観光拠点施設「KILN(キルン)」をオープンさせた。有田まちづくり公社はKILN内のカフェ運営を担っており、この事業では開業資金として内閣府まち・ひと・しごと創生本部の地方創生加速化交付金と銀行からの借入金を活用している。また、観光・周遊拠点づくりの一環として、2018年4月には事務所の1階にセレクトショップ「bowl(ボウル)」が開業。この店舗では観光客向けの有田焼関連商品はほとんど扱わず、生活用品や服飾品を数多く取り扱うことで、競合もせず地元客の取り込みにも成功している。bowlは基本的に借入による事業であるが、2017年に資金の一部を全国からクラウドファンディングで募り、目標の200万円を超える約225万円の支援を受けた。
町の賑わいを生み出す事業
最近は独自の観光商品や着地型コンテンツの造成にも取り組んでいる。
2018年3月には社内メンバーで取材・編集を行い有田町のガイドブック「器旅map」を発行した。器旅mapでは町内の窯元や商社のギャラリーがその歴史や魅力とともに丹念に紹介されており、2019年4月には第二版が刊行された。2019年10月からは同ガイドブックの編集者が町のみどころを案内するバスツアーの販売を開始し、同年11〜12月に合計3回の催行が予定され、好評を得ている。
今、有田まちづくり公社は外国人旅行者の誘致にも力を入れている。特に注目されているのが、専門のコンシェルジュが町の魅力を案内する少人数制のプライベートツアーである。ツアーでは有田焼のみならず町の歴史・自然・食を組み合わせたコンテンツで、これまで観光との接点が少なかった陶磁器職人や農業者など地域の様々な主体を巻き込んだ取り組みが進んでいる。
観光まちづくりには「人」が必要
有田まちづくり公社で特筆すべき点は外部資金を活用しながら、自立・自走する組織運営を実現しているところにある。その柱となっているのが、先
に紹介した「ふるさと納税事業」である。観光まちづくりを目指す株式会社として自立・自走していくために必要な原資を確保できたのは、ふるさと納税事業によるところが大きい。
また、高田氏は観光まちづくりにおいて、原資を確保して人を雇えることが重要と強調する。補助金や資本金があっても、事業収益で人件費をまかな
うことができなければ、まちづくりを続けることはできず、計画倒れに終わってしまう。
人材の確保にはREVICと佐賀銀行からの人的支援が経済的支援以上に恩恵が大きいという。REVICでは専門人材を投資先の企業に派遣しており、有田まちづくり公社では社長に緒方氏、常務に中村氏、社外取締役に井出氏などを迎えている。一般的に企業経営や地域経済に精通した専門人材を地域で確保することは難しく、有田まちづくり公社では地域外から必要な人材を引き入れることで、継続的な観光まちづくり事業を実現している。
また「観光まちづくり」という観点においては、特定企業のみならず地域における複数の主体が協働していくことが望まれる。そのために必要な「つながり」を生み出す場として、高田氏は波佐見町での取り組みを手本に、「朝飯会」という自主的な集会を有田町で開いている。朝飯会には商社や窯元を経営する企業人から農家や自営業など老若男女までが参加しており、誰でも自由に発言できる場となっている。
この風通しの良さから、朝飯会はネットワーク形成や意見・情報交換の場として機能しており、地域の様々な主体が持つノウハウや知見が共有される機会の創出につながっている。
朝飯会とは?
波佐見町で17年間160回にわたり自主的に実施されてきた「朝飯会」を参考に、高田氏が2015年3月より有田町で開始した取り組み。現在、毎月1回土曜日の午前6〜10時に開催している。参加者に毎回参加の義務はなく、議題の設定や採決の取り決めもない。参加も話題も自由にすることで、風通しの良い集まりを目指している。参加者が日頃感じていることや率直な意見が語られることで、本音にもとづく共通意識が醸成されている。波佐見町の朝飯会との相互参加も行われており、自治体の枠に囚われず観光まちづくりに関わる多様なプレイヤーがつながる場となっている。
4 おわりに
有田まちづくり公社の自立的な事業展開が可能となった背景には、設立初期に取り組んだ事業によって雇用を支える原資を創出できたことがある。
「人を雇えてはじめてまちづくりができる」という高田氏の言葉のとおり、原資や人材といった組織基盤を整えられたことが、その後の出資・融資につながり、KILNやbowlといった具体的な個別事業をはじめとする賑わいのあるまちづくりに向けたソフト・ハードの実現へとつながった。
観光まちづくりをめぐる動きは、有田まちづくり公社のみならず、有田町の様々な主体で活発化している。例えば、150年以上の歴史を持つ老舗窯元では、アーティスト・イン・レジデンスでやってきたブラジル人の陶芸家が考案した、陶芸や古い器の山から宝探しをするなどのユニークな体験プログラムを実施。国内外からの旅行者が年間を通して訪れる人気スポットとなった。今後は、朝飯会のような機会を通じて地域主体同士がつながることで、様々な活動を連鎖的に引き起こし、地域全体の活性化に波及していくことが期待される。
取材・文:観光経済研究部 研究員
武智玖海人
※ⅰ 登り窯を築くために用いた耐火レンガの廃材や使い捨ての窯道具、陶片を赤土で塗り固め作った塀
※ⅱ 2019年10月当時
※ⅲ 2019年10月当時
※ⅳ 国内外からアーティストを一定期間招へいして、滞在中の制作活動を支援する取り組み。
●佐賀県有田町プロフィール
人口………………………20091人(2019年1月1日現在)
面積………………………65・85k㎡
年間延入込客数…………254万人
※出典:平成29年観光客動態調査(佐賀県)
●株式会社有田町づくり公社の概要
会社名……………………株式会社有田まちづくり公社
代表者……………………代表取締役社長 緒方恵介
資本金……………………1300万円
設立………………………2015年4月1日
所在地……………………〒844-0018 佐賀県西松浦郡有田町本町丙1054番地
社員数……………………常勤社員8名 非常勤社員4名 監査役3名
〈取材協力〉 株式会社有田まちづくり公社 取締役会長 高田亨二氏