【参考事例】一般社団法人BOOT(ぶっと)
「志と行動」によって人を集め、生業を生み出す組織の挑戦

社団法人、財団法人、NPO法人といった非営利法人も収益事業に取り組む例はある。ここでは、一般社団法人として宿泊事業をはじめ、様々な事業に取り組む、福島県西会津町の一般社団法人BOOT(ぶっと)の取り組みを紹介し、株式会社型DMOとの相違について考えたい。

1 「未来ある過疎」をつくる
福島県西会津町は、福島県と新潟県、山形県の県境に位置する飯豊山のふもと、人口6300人の町である。町を横断する阿賀川に沿って旧越後街道(現:国道49号線)が走り、かつて宿場町として栄えた街並みも残る。
BOOTは、人口減少社会の中にあっても、持続できる「未来ある過疎」をつくることをミッションに、2017年に3名の地元の有志によって設立された。
代表である矢部佳宏氏は1978年の西会津町生まれ。ランドスケープアーキテクトとしてカナダ、上海等で活躍した異色の経歴を持つ。ランドスケープを学ぶ中で、多様性が叫ばれつつも過疎地がネガティブに捉えられることに違和感を持ち、「10年後にはなくなると言われる集落がどうすれば生き残ることができるか」を考え続けてきたという。矢部氏はもともと「50歳になったら故郷に戻る」と考えていたが、東日本大震災、福島原発事故、
その後の復興の様子を見て、「今戻らなければ故郷が無くなってしまう」という思いが募って、2012年に父祖の地である楢山集落に戻り、約360年続く土地と古民家を継承した。

2 一般社団法人BOOTの取り組み
BOOTは様々な地域振興事業に取り組んでいるが、その代表的な取り組みは、「西会津国際芸術村」の運営と古民家ホテル「NIPPONIA楢山集落」である。

 

交流と創造の拠点、西会津国際芸術村
西会津国際芸術村は2002年に廃校となった新郷中学校をリニューアルし、アーティスト・イン・レジデンス事業の拠点施設として2004年に開村した。2012年、西会津に戻った矢部氏がコーディネーターに就任、2018年からBOOTが西会津町からの指定管理を受け、運営を担っている。
アーティスト・イン・レジデンスとは、芸術家を招聘し、滞在や創作活動を支援する事業であるが、BOOTは西会津国際芸術村を「未来ある過疎」をつくるための創造拠点・クリエイティブセンターとして位置づけ、年間を通したイベント、コンサート、ワークショップを開催している。
そのミッション・ビジョンは①クリエイティブな人が集まり、アイデアを生み出す(西会津という商品を創る・磨く・売り込む等)、②西会津の地域文化DNAを発展継承させる(歴史・民俗の知恵・環境を活かしたツーリズム産業の研究・実施等)、③新しい働き方・暮らし方をつくる(過疎地型起業の種を育てる「土」としての役割等)としている。
このミッション・ビジョンは、西会津国際芸術村に関わる地域内外の人、特にクリエイティブな人材や地域のプレーヤーが集う機会をつくり、交流を通して地域との関わりを徐々に深め、西会津で働く場をつくり出し、住まうまでを一連の流れとして捉え、一つ一つのステップに対してBOOTが働きかけを行うといった、戦略的な取り組みにつながっている。
BOOTでは定住移住相談支援センター運営、町内空き家発掘(ニシアイヅ不動産)といった移住・定住のための窓口も担っており、2015年度から現在に至るまで移住者数30人という実績を残している。

 

古民家ホテル「NIPPONIA楢山集落」
BOOTが目指す「未来ある過疎」のモデルとして、西会津町と連携しながら取り組んだのが、2019年9月に開業した古民家ホテル「NIPPONIA楢山集落」である。
「暮らすように泊まる」をコンセプトに、前述の一般社団法人ノオトとの協働のもと、矢部氏の自宅の築130年の蔵、納屋をリノベーションしたもので、3部屋を用意。
費用は、1棟(1部屋)、人数に関わらず(最大5〜6名程度)4万5000円〜としている。これは計画の段階からインバウンドモニターツアーを実施するなど、これまで西会津町にはなかったグローバルな顧客も想定した高価格帯ホテルとしての挑戦でもある。
自ら設計・建築にも関わった矢部氏は「伝統的な集落、古民家は、未来をつくるための教科書」と言う。
数百年の長さで磨かれてきた集落や古民家は、自然、里山、集落の共生の知恵や機能の全てが詰まっている。そうした「教科書」を、学べる状態で継続すること、現代に合った文化としてつなぐこと、それを自立的に運営することが、限界集落の再生に寄与する事業であり、BOOTの目指す「未来ある過疎」のモデルとなる。
こうしたコンセプトは内装にも色濃く反映されている。130年の歴史を持つ土壁や建具の再活用、地元アーティストによる古民家の素材や地元の風土を取り入れた作品が随所に用いられ、集落の知恵や魅力を現代に取り入れたものとなっている。また、地域住民との連携による新たな郷土食レシピの開発等にも取り組み、地元農家の手作り料理のケータリングを頼むこともできる等、地域住民の協力のもとで運営される施設となっている。

3 起業プログラム「Next Commons Lab西会津」
BOOTは、自ら古民家ホテルを立ち上げたり、中心市街地の町家リノベーションを通して、これまでになかった過疎地での新しい事業創出モデルを生み出してきた。また、こうした実績により、西会津の人々、地元のプレーヤーや企業、行政との協力・連携体制も整いつつある。
しかし、今後、こうした事業をさらに展開していくためには、事業を起こす人材、西会津の価値や課題に自ら気づき、自立的な事業を生み出す人材(BOOTでは「走りながら考えることができる人材」という)が欠かせない。
そこで、西会津町とBOOTは、こうした意欲を持つ人材を地域外から集め、一緒にプロジェクトを起こす(起業する)仕組みとして、地域おこし協
力隊制度を活用した起業プログラム「Next Commons Lab西会津(以下、NCL西会津)」を2018年度より導入した。
NCL西会津では、西会津町をフィールドに価値を探し出し、起業を目指すことなどを要件に、10名の地域おこし協力隊員を募集する。BOOTは国際芸術村を中心としたこれまでの蓄積をベースに、事務局兼メンターとしてプログラム立案や、地元のプレーヤー、住民、行政、企業等とのコーディネート、サポートを担うのである。
矢部氏は「起業はすぐにできるものではない。
しかし、そうした意欲を持つ人たちが独立し、自立していくプロセスを何年かかけてもやることが重要」と語る。新しい事業が生まれ、安定した運営が可能になるには5〜6年の期間が必要かもしれない。しかし「若い人材が西会津で地域の活性化につながる事業を生み出し、その事業を担うことが西会津で暮らす意味となれば、地域自体が大きく変わる」と、NCL西会津の取り組みに矢部氏は強い意欲を見せる。

 

4 パブリックな目的を持つ株式会社の可能性
BOOTは、「未来ある過疎」を実現するという志を等しくする3名によって設立された。起業という「種」を育てる「土」としての役割を担い、自らも新しい生業を生み出し、西会津を牽引してきた。「志」をもとにした「行動」が、人々の共感を得て、観光、農業、商工業、行政等の枠組みを超え、また地域の内と外という枠を超え、人々を集め、現在では「西会津が何か動いている」と注目を集めている。
「営利事業」を中心に人と資金を集める株式会社に比べ、こうした「志と行動」によって人を集めるBOOTの性格は、非営利法人が適している。また、BOOTの場合には、観光協会に代表される同業者組合がしばしば指摘される経営判断のスピード・機動性の弱さ、単年度主義、会員利益優先といった弊害からも無縁であり、株式会社の良い面を併せ持った運営が可能となっている。
資金面でも、古民家ホテル「NIPPONIA楢山集落」の場合には、初期費用として農山漁村振興交付金の他、金融機関からの融資にも成功する等、地域行政に頼らない自立した運営を実現している(その際の事業計画は他の地域での展開も進められるほど、高く評価されたという)。
一方で、BOOTは「パブリックな目的を達成する手段が、株式会社であることが当たり前になることはとても重要」とも指摘する。実際に、起業プログラム「NCL 西会津」では、パブリックな目的を達成するための自立的な事業を生み出す「企業家」を育成しようとしている。BOOTの取り組みをベースに、志を等しくする株式会社を生み出す仕組みによって「未来ある過疎」の実現を、拡大・加速していこうという考えである。
また、そうした「人」が育つ段階で必要になるのが、プロジェクトの実現を資金面で支える仕組みである。地域活性化、観光活性化のファンドを有する地域もあるが、福島県、西会津町ではそうした仕組みが整っているわけではない。
パブリックな目的を持つ株式会社が西会津町に生まれるためには、「行政、金融機関、あるいは地域企業、住民が「未来への投資」という考え方をどこまでできるかがポイント」とNCL西会津コーディネーターの横山裕氏は指摘する。投資には、当然リスクもある。しかし、何もしなければ過疎は進み、地域も行政も力を失っていく。しかし西会津町には、近い将来、自立的な事業を起こそうとする若者が現れる。
その時、そのリスクを共に負える地域であることが、「未来ある過疎」の実現に不可欠なのではないだろうか。

取材・文:中野文彦

●西会津町プロフィール
人口………………………6198人(2019年10月1日現在)
面積………………………298k㎡
年間延入込客数…………77万3669人
※出典:福島県観光入込状況(平成30年分)
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/
attachment/350273.pdf

●一般社団法人BOOTプロフィール
代表理事…………………矢部佳宏(やべよしひろ)
設立………………………2017年6月
所在地……………………福島県耶麻郡西会津町奥川大文字高陽根字百目巻
社員数……………………社員2名 契約社員2名、インターン生1名

〈取材協力〉 一般社団法人BOOT 代表理事矢部佳宏氏
Next Commons Lab 西会津コーディネーター 横山裕氏