特集3 インタビュー 専門家からみた株式会社型DMO
地域経済の活性化を目指す「株式会社」には、「稼ぐ」ための人材、組織、資金が欠かせない。
地域はそれらをどのように得ていくべきか。
株式会社型DMOの現状と課題、さらに今後について、金融と人材育成の専門家3人にお話を伺った。
NECキャピタルソリューション・執行役員・新事業推進部担当
藤田直人氏
2017年より「おもてなし山形株式会社」取締役。 2014年に立ち上げた「観光活性化マザーファンド」を通して、また2017年「株式会社くまもと未来
創生キャピタル」を通じて「株式会社くまもとDMC」の設立や「一般社団法人ノオト」の開発融資等に関わる。 資本参加と共に、事業への直接参加を通じた地域活性化のサポートに取り組む。
―「おもてなし山形株式会社」はなぜ、株式会社型DMOとして設立したのでしょうか
「おもてなし山形株式会社(以下、おもてなし山形)」は山形市、天童市、上山市の地域連携DMOです。DMOとしては山形市を事務局とした3市の
協議会がデータ分析や戦略立案を担当し、その協議会の実働部隊として、独立採算が可能な株式会社をつくりました。
観光協会を2つ作るつもりは当初からありませんでした。観光協会の業務は公共性が高い分、独立採算は難しい。
そうした組織をもう一つ作ってもしかたがありません。
自走できる組織をつくり、そこで稼いだお金を使って3市の観光に貢献できる事業に再投資ができる会社づくりを目指しました。
―独立採算の株式会社としてどのような事業に取り組んでいるのでしょうか
まず、安定的な収益事業をつくる必要がありました。収益がなければ地域活性化を担う人材を雇用することもできません。
マーケティング調査やインフラ整備といった行政からの受託事業を収益源とする選択肢もありますが、こうした事業は単年度決算になり、事業の中心にしてしまうと資金繰りが難しく、安定的な収益とは言えません。また、着地型旅行販売にも取り組みますが、収益性は低く独立した組織を維持する財源としては向いていません。
そこで「おもてなし山形」では、観光とは異なる分野を安定財源として考えました。それが売電事業とふるさと納税を扱う地域商社です。
売電事業は、既存創電会社との大口契約を通じて、DMO事業組合加盟企業や山形市の小中学校に割安で電気を供給するものです。地域にとっても電気代が下がり、DMOとしても手数料が得られる仕組みです。
もうひとつは地域商社事業で、具体的にはふるさと納税の運営です。この地域のふるさと納税の返礼品には、さくらんぼに代表されるフルーツ、牛肉、米等の評価が高く、2019年度には約20億円の申し込みがあります。運営を通して寄付額の数パーセントが業務委託料として収入になる仕組みです。
この2つの事業を中心に、会社設立から3年かけてようやく事業として落ち着き、臨時雇用も含まれますが10人程を雇用できる基盤が整いました。
順番としては逆かもしれませんが、おもてなし山形の場合は、事業としての基盤事業をまずつくり、体制を整え、やっとこれからDMOとして自主財源での取り組みを開始することができます。これからが真価が問われると思っています。
―地域活性化に向けて、地域にとって必要な組織とはどのようなものでしょうか
おもてなし山形もそうですが、公益性と収益性の2層構造が良いと思っています。
公益性の部分を担う観光協会も必要です。公益性が高く、収益性が低い事業は観光協会や行政が適正に実施する必要があります。また、単年度予算の形式は事業を継続的に拡大するという発想は弱いため、株式会社には向いていません。
一方、株式会社も、儲かる事業だけを担うという訳には行きません。地域が潤ったら、結果として株式会社の収益も増えるという、「実業として稼ぎながら地域に貢献する」という発想が必要です。
継続できる事業を描き、頑張ったらその分報われるような組織が地域にないと、人も定着しません。
―最後に、今後どのように地域に関わっていかれるのか、お教えください
おもてなし山形ではDMOの全体像を設計しながら、その中で実業の部分を構築しました。しかし、逆に、実業からDMOにアプローチする方法もあるのではないかと考えています。つまり、実業を担う株式会社を地域に起こすことからはじめたいと考えています。
株式会社として、周辺の地域全体に影響する事業を行い、結果としてその会社も地域も潤う。宿泊、飲食、アクティビティ等、地域が持っている事業があれば、リスクも低く、事業として再生できる可能性がある地域も多いのではと考えています。これはDMOというよりも、地域商社、あるいはまちづくり会社と呼ぶのかもしれませんが。
既にいくつかの地域と協働で動き出していますが、こうした会社がやがて、地域全体のディスティネーション・マネジメントを担う組織へとエスカレーションするのが理想ではないかと考えています。
DMOでも株式会社でも、最初にリスクを負う人が必要なのは同じです。
そして実績を積むことで周囲が付いてくるということも同様ではないでしょうか。
ビジョンや戦略とともに、今の地域には一歩でも二歩でも実行し、実績をつくる組織が必要なのではないかと考えています。
肥後銀行・地域振興部・地方創生室長
竹下省吾氏
略歴:1997年入行。 2016年「株式会社くまもとDMC」の設立を含め、熊
本県の地方創生案件に関わる。
―株式会社くまもとDMC(以下、くまもとDMC)を創設した経緯をお教えください
熊本県の観光は2016年4月の熊本地震によって事態は大きく変わりました。熊本城が壊れ、阿蘇に通じる道がなくなり、熊本の観光どう立て直すのか、然るべき方向性を出して、熊本県の特徴的な観光資源を見出し、かつスピーディに観光振興を実践する組織がなかったのです。熊本県全体の観光を統括する熊本県観光連盟はありますが、観光に関する統括的な企画は行うものの、自ら事業を担う性格ではありませんでした。
熊本地震から復興するために大至急観光を立て直さないといけない。
DMOについての議論は熊本地震の以前から開始されていましたが、自らが主体的に事業を担う部隊となるDMOが必要ではないかという議論が再燃しました。
まず、スピード感が求められるため、株式会社は有望でした。また、事業の持続可能性を考えたとき、補助金に頼った組織ではいずれ立ち行かなくなりますし、補助金に縛られるということもあります。中長期的に考えればやはり自ら稼いだ資金で運営する、再投資
するという独立採算の組織が必要です。
こうした議論を経て、設立資金として「くまもと未来創生ファンド」、熊本県、肥後銀行が出資し、かつ、地方創交付金を活用し、2016年12月に「株式会社くまもとDMC」として設立しました。
―現在、くまもとDMCの運営に、肥後銀行はどのように関わっているのでしょうか
くまもとDMCではいろいろな事業に挑戦しましたし、うまくいかないことも多くありました。例えばウェブでの物販、旅行予約は、実績はあがっても手数料ビジネスの世界なので、組織を支えるまでの収益には至りません。
他のDMOも同様かと思いますが、手数料ビジネスだけでは補助金などに頼らざるを得ないのが実情でしょう。
現在、力を入れているのはコンサルティング事業です。肥後銀行の各支店や我々本部が地域の課題を伺い、その課題に応じた解決策をくまもとDMCが提案するというビジネスモデルに転換しようとしています。
DMC単独ではありませんが、くまもとDMCと肥後銀行が一体的に動くことで、地域の課題解決、観光の活性化につなげたいと考えています。
他の地域でも、DMOが独立して運営できるわけではないと思います。行政や地域住民の協力はもちろんですが、金融機関を含めて地域の力のある企業がしっかりバックアップすることは欠かせないと思っています。
―肥後銀行、くまもとDMCが一緒に取り組んだ具体例についてお教えください
阿蘇と久住高原の中間に、瀬の本高原のドライブイン「瀬の本レストハウス」と宿泊施設「瀬の本高原ホテル」があります。瀬の本地区は阿蘇の象徴的な場所で、やまなみハイウェイの休憩所はここにしかありません。
この施設の元の所有者が譲り渡したいとの意向を示された際、非常に魅力的で、阿蘇の観光における重要な施設でしたので、多くの方が興味を示されたとお聞きしております。ただ、瀬の本は阿蘇と久住を結び付ける重要な拠点であるとともに、阿蘇の景観を象徴するような場所でありますので、外部の者ではなく、やはり地元がしっかりと運営し、支えていかなければならないと考えました。そこで、地域の金融機関として阿蘇の拠点を地元と一緒にしっかり再生させていくために「くまもと未来創生ファンド」にてお引き受けさせていただきました。
施設は、事業として当然ながら収益を出していかなければなりませんが、まずは、ここを一つの拠点として、阿蘇全体に人が来てもらえるようなモデル、ハブ的な機能作りを行っていきたいと考えております。
一例ですが、肥後銀行とくまもとDMCが連携して、阿蘇地域振興フェアというものを企画し、開催しました。
阿蘇の7市町村がタッグを組み、各自治体の食や観光のPRに加え、乗馬等のアクティビティの体験、阿蘇の絶景を望むサイクルルートの設定等、阿蘇のおいしいものを食べて、体感してもらう仕掛けを行いました。
もう一つ、地域観光の活性化に結び付ける事例としては、株式会社NOTEと連携した無人駅のリノベーション、ホテル化です。
JR肥薩線の大畑(おこば)駅、矢岳(やたけ)駅はどちらも無人駅なのですが、地元の方々がずっとメンテナンスをしてきました。1日に3、4回電車が止まりますが、地元のおじちゃんやおばちゃんが、自分たちでつけた漬物や梅干し、煮物とか栗とか売っていました。
地域の協議会の中で、この駅舎を活用したホテルやレストランをつくる計画がスタートしました。
肥後銀行と㈱NOTE、JR九州、人吉市が連携協定を締結し、それぞれが役割を担いながら、無人駅を人が訪れるような施設に転換する取組の後押しを行いました。そのような中で生まれた地元の人や専門家等で組成した株式会社にて、2018年9月にフレンチレストラン「囲炉裏キュイジーヌLOOP(ループ)」、2019年8月には明治期の駅長宿舎を再生したホテル「星岳 月岳」をオープンさせました。
現在では、この駅に月間600人以上が来ています。シェフや従業員といった雇用創出にもつながっています。
くまもとDMCは観光列車やツアーをつくる役割を果たしています。
―投資の可否については、どのような判断基準になるのでしょうか
我々は慈善団体ではありませんので、投資回収は必要です。ビジネスモデル、蓋然性など、本当に達成可能かどうかはしっかりと判断します。
また、行政の関与も重要な判断材料です。補助金等によってイニシャルコストを抑えられれば、事業としての継続性は高まります。
しかし、最も重要なのは、地元の方の主体性、強い意志、誰が責任持って取り組むのかが明確かどうかです。誰も責任を取らない事業は絶対にうまくいきません。逆に、地元の方の強い意志があれば、銀行としての人も知恵もネットワークも活きてきます。くまもとDMCによるPRや販売等に一緒に取り組むこともできます。
私たちの仕事は出資だけではなく、出資をし、その後も一緒に動くことであり、むしろ出資の後の方が、やることは多くあります。
―これからの地方金融機関の役割について、お聞かせください
当行では、地方創生における金融機関の役割は、資金だけではなく、そこに本当に人に来てもらえるよう、一緒にビジネスをつくり、かつ継続させることと考えています。
地域には、まだまだビジネスになる資源があります。
それがきちんとビジネス化できていないことが課題なのです。そうしたポテンシャルを、行政や地元の方々とのネットワークを活かして掘り起こし、くまもとDMCとともに出資を含めて持続的な事業化を考えます。
そこに金融機関としてのビジネスチャンスもあると考えています。
くまもとDMCの場合、採算性に合う段階まではまだ時間がかかると見ていますが、当行と一体的に動くことで、DMOとしての役割を効率的に果たすことができますし、地域にあたらしい事業を生み出し、その運営を支援することができます。
地方創生という観点から「まち・ひと・しごと」という言葉が出てきた際、当時の頭取は、順番が違うと言いました。「しごと・ひと・まち」だと。仕事があって人が来てまちが形成されると。その仕事を生み出すことが地域の金融機関の役割です。
(株)日本人材機構・創生事業本部・ディレクター
田蔵大地氏
略歴:日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)にて、人材事業やインターネットビジネス等を担当。 2008年、地元の栃木SCの取締役に就任。 プロ化と事業運営、営業を統括。 その後、観光業界へ。ホテル開発運営会社のCOOを経て、宿泊・飲食・農業・ICT領域などの投資やスタートアップ支援に携わる。 2017年より現職。
―全国にDMOは広がっていますが、どのような点が課題とお考えですか
DMOは地域経営のプラットフォームです。公益的な組織として、地域の産業分析やマーケティング分析、地域資源を活用した観光商品やコンテンツの開発、観光客の受け入れ環境整備、そして、地域事業者に対する情報提供や人材育成支援など様々な役割があります。中には投資機能を持つ場合もありますが、地域事業者のためのサポートを実行し、その結果、地域にお金が落ちるように導くのがDMOの本質的概念です。
DMOに対して年間1億円を使っても、最終的に地域事業者がリターンとして2億円の儲けを出す。本来、DMOはそういう経営を目指すものです。
しかし、現在のDMOは、組織や事業を作る以前の段階で、本質的な検討が十分になされているとは言い難い状況です。とりあえずDMOを作ろう、観光庁のガイドラインに沿って作ろうでは不十分なのです。
地域の産業を分析し、戦略を掲げ、有効な領域をある程度絞り込み、事業を設計し、事業に適した組織を作るという流れがあれば、おのずと「公益事業が中心だから社団法人が適する」とか、「収益事業が中心になるので株式会社の方が良い」となります。
―DMOの構築は、どのようなプロセスが必要なのでしょうか?
一般的にDMOの設立プロセスに、事業化や法人化が得意な人材が加わっている訳ではないため、機能毎にプロセスが分断されてしまっていることが多いと考えています。
例えば、事業企画・組織・運営は分離させず、統合して議論することが必要なのですが、それぞれバラバラに議論し、結論づけてしまっています。特にリーダーシップ発揮しながら引っ張っていく地域リーダーの存在は絶対に必要なのですが、そうした方が企画当初から関わっていない。そうした組織設計のプロセスから、本来は見直すべきだと思います。
―公益性と収益性を両立させる株式会社は実現可能なのでしょうか
当社では第三セクターの支援も多く行っています。第三セクターには株式会社以外にも、社団法人や財団法人の場合もあります。
これらの経験でいつも感じていることがあります。行政主導の組織の場合、予算主義で物事が決まり、必要な追加投資が思うようにできない場合が良くあります。行政の予算ルールや慣習の中で、本来なら毎年必要な設備や建物のメンテナンスも数年待ちになる等、民間では考えられないことが起きているのも事実です。事業の拡大や新たに事業を起こそうと思っても、投資ができなければ人員増強もできず、続けられない。投資が必要になる事業を行うには自治体主導型の組織は向いていません。
参考になるかわかりませんが、私が所属していたJリーグの組織は、当初から社団法人と株式会社に分けて運営をしていました。リーグ運営やマーケティング統括、人材育成等は社団法人、グッズなどの商品化事業、権利ビジネス等の収益事業の事業運営は株式会社が担当していました。
社団、財団などは公益性が強い事業に向いています。収益事業に取り組む必要がある地域であれば、事業内容次第で、社団・財団と株式会社を双方で作る選択肢は十分にあると思います。
ただし、繰り返しになりますが、地域にとって何が必要で、誰がやるか、何をやるかをきちんと検証して組織を作ることが重要です。
―株式会社型DMOをつくるために、地域側には何が必要でしょうか
地域を売る会社を作ることは地域で戦うチームを作るということだと思います。そのために、誰をメンバーに加えるかというのは非常に重要で、実際に戦えるメンバー、勝てるメンバーを選ぶ必要があります。
例えば、青年会議所で活躍している若手が「俺たちのまちだから、なんとかしなきゃいけない」と議論し、そのメンバーが責任を持って新会社を作る。
こうした動きを地域の中でまとめ、合意形成を図るために、地域の組織の長や有力者が集まる協議会が機能すべきです。
―地域の観光地経営に必要な人材は、どのような人材になりますか
観光地経営は、産業としては新しく、日本の新規事業と言えます。宿泊、物販、飲食、観光施設となんでも良いのですが、事業開発系の方々の経験、専門性は有効だと思います。また、資質については、地域の中に入り、動けるかどうかが重要です。弊社では、その必要条件を情熱・気合・根性/根気と呼んでいますが、地域に入って、汗をかき、事業をゼロからつくり、かつ実行できる人が求められています。
Jリーグの時、私が川淵チェアマン(当時)から言われたのは「人材育成は時間がかかる」ということです。観光地経営は、事業としては数年の歴史しかないベンチャー産業です。専門家はまだ誰もいません。Jリーグが長期間を掛けて草の根から選手育成に取り組んできたように、時間は掛かりますが、着実に経験値を積み上げていくことが一番の近道と考えています。
構成・聞き手:井上理江、中野文彦