②…❸ 分散型ホテル〜コロナ禍が高めた、分散型ホテルの認知度とその本来的な価値
吉澤清良(観光文化情報センター長)

はじめに〜分散型ホテル登場の背景

 少子高齢・人口減少社会の我が国では、空き家問題への対応が喫緊の課題となっている。総務省統計局の「平成30年住宅・土地統計調査」によると、平成30(2018)年10月1日現在の総住宅数は6242万戸、うち空き家は846万戸、空き家の割合は13.6%と、過去最高であった。その中には、文化財としての価値を有する建物も少なくない。
 一方で観光・旅行分野においては、消費者の旅行ニーズが多様化・深化(進化)し、「長崎さるく」(2006(平成18)年)の登場以降、全国に定着したまち歩き人気からも分かるように、自分の好みの街・馴染みの街をよりじっくりと楽しみたいという旅行者も増えてきた。そうしたニーズにも支えられ、空き家対策、ひいては地域活性化策の一つとして期待されている「分散型ホテル」が、3密(密集・密接・密閉)の回避が求められたコロナ禍にあって、より注目を集めることとなった。
 本稿では「分散型ホテル」を取り上げて、その事例をもとに、コロナ禍における利用者の意識・行動の変化等について整理するとともに、今後の展望を考察していく。

分散型ホテルの起源・定義と我が国の現状

 分散型ホテルは、イタリアを起源とする。過疎化した地域における空き家対策として発展し、2006(平成18)年には、分散型ホテルの全国的な普及啓発を目的とした「アルベルゴ・ディフーゾ協会」が設立された。イタリア語で「アルベルゴ」は「宿」、「ディフーゾ」は「分散した」を意味する。
 分散型ホテルとは、「地域の廃屋や空き店舗をリノベーションし、レセプション、客室、食堂などの機能をそれぞれの棟に分散させ、町をまるごと一つのホテルにすることで、宿泊した人たちが自ずと町を回遊し、地域そのものに活力をもたらす仕組み」と定義されている。
 我が国では、岡山県小田郡矢掛町にある200年を超える古民家を改装した宿泊施設「矢掛屋INN&SUITES」とその周辺一帯が、2018(平成30)年6月、アジア初のアルベルゴ・ディフィーゾとしての認定を受けた。2019(令和元)年6月には、イタリア以外で初めての協会支部となる「(一社)アルベルゴ・ディフーゾ・ジャパン」(ADJ)が、岡山県岡山市に発足している。
 2020(令和2)年12月現在、我が国でも「分散型ホテル」と称する宿泊施設が少なからず見られるようになってきた。
例えば、分散型ホテルと比較的近い概念で、「まちを一つの宿と見立て宿泊施設と地域の日常をネットワークさせ、まちぐるみで宿泊客をもてなすことで地域価値を向上していく事業」に取り組む宿泊施設は、(一社)日本まちやど協会のホームページ上に21施設(地域)が掲載されている(12月18日現在)。なお、各施設で、宿泊棟のタイプ(分散タイプ、一棟貸切タイプ)、立地(都市、市場・商店街、郊外、山のまち、田園風景、海のまち、島)、その他の特徴(城下町、歴史的町並、文化財級の建物、産業遺産)は様々であり、その形態は多様であることが分かる。

我が国における分散型ホテル拡大の背景〜(一社)ノオト/(株)NOTEの取り組み

我が国で「分散型ホテル」が知られるようになったのは、(一社)ノオトの取り組みによるところが大きい。ノオトは、2009(平成21)年2月に兵庫県丹波篠山市で設立され、丸山集落の空き家再生事業にはじまり、全国各地で数多くの古民家の再生・活用を手掛けてきた。「なつかしくて、あたらしい、日本の暮らしをつくる」をコンセプトに、その土地に根ざした暮らしや生業を尊重しながら、歴史的建築物と地域文化、そして産業の一体的な再生に取り組んでいる。
 日本における分散型ホテルのはしりとなる「篠山城下町ホテルNIPPONIA」は、2009(平成21)年、城下町全体をホテルに見立てて、ホテル機能を町に分散配置する「城下町ホテル構想」に始まる。当初は、空き家となった町家を改修して、ギャラリーやカフェ、レストラン、雑貨店、工房などの整備を進めていたが、分散型ホテルの実現に向けて、政府に建築基準法、旅館業法、消防法の一体的な緩和や改正を提案した。2013(平成25)年、国家戦略特区として特例措置を提案し、2014(平成26)年に特区事業者の認定を受け、2015(平成27)年10月に念願の開業に到る。
 その後、2017(平成29)年12月に旅館業法が改正され、客室数や面積、トイレ・洗面設備数等に関する数値基準などが撤廃または緩和されたこと、加えて玄関帳場等の基準の緩和により、地域に分散する複数の建物でも一つのホテルとして営業許可を取得できるようになった。これが契機となって、分散型ホテルが全国各地で広がりをみせることになる。
 国家戦略特区による規制緩和と旅館業法の改正は、ノオトが実現したといっても過言ではない。
 なお、(一社)ノオトは、2016(平成28)年5月に、歴史的建築物の活用を起点にしたエリアマネジメントと持続可能なビジネスを実践する「NIPPONIA」の理念に沿ってグループ全体の事業化領域を担い、持続可能なビジネスとエリアマネジメントを実践する組織として(株)NOTEを設立。(一社)ノオト/(株)NOTEは、明確なビジョンと、明確な民と公の役割分担という体制により、全国にNIPPONIAを広め、2020(令和2)年11月現在、全国で23施設を展開中である。

分散型ホテルの運営〜バリューマネジメント株式会社

(一社)ノオト/(株)NOTEのNIPPONIAの取り組みに賛同し、「篠山城下町ホテルNIPPONIA」をはじめ、NIPPONIAの23施設中10施設(奈良ならまち/篠山城下町/福住宿場町/竹田城城下町/伊賀上野城下町/豊岡1925/佐原商家町/竹原製塩町/大洲城下町/八女福島商家町)の運営マネジメントを担っているのが、バリューマネジメント(株)である。
 同社は元々「日本の文化を紡ぐ」をテーマに掲げ、歴史的建造物に特化し、宿泊施設やレストラン、結婚式場として利活用する事業を展開しており、その高い運営力と個別化をキーワードにしたオリジナルのプランニング、きめ細かな対応を強みとしている。
 同社は、事業の柱の一つとして「歴史地区観光まちづくりサポート事業」に取り組み、全国に117地区ある重要伝統的建造物群保存地区を中心に200エリアで、歴史的資源を活用した観光まちづくりの推進を目指している。2021(令和3)年春には、函館市の金森赤レンガ倉庫をリノベートしたホテルも開業予定である。
 同社の展開するブランド「VMG HOTELS & UNIQUE VENUES」の「VMG HOTELS」は、歴史的まち並みに点在する商家や蔵をリノベートした分散型ブティックホテルを意味しているが、「NIPPONIA(ホテル)」はこの一つの形態として位置づけられている。
 同社の宿泊事業の責任者である松尾諒介氏に、分散型ホテルの取り組み、そして、コロナ禍での利用者の変化等について伺った。
 松尾氏は、分散型ホテルの事業方針として、「私どもの分散型ホテルは、スモールラグジュアリーホテルとして町全体をホテルとしてどう創り上げるかに大きなこだわりを持っている」、「お客様には、ここがどういう町か、町の歴史や文化、地域のストーリーを感じていただきたい。そこを強く意識してサービスを提供している」、「利用者にまちなかの回遊を促すことで、地域にとっても観光まちづくりという点では、非常に効果がある」などと語られた(図1)。


 ターゲットは、「アッパーミドルクラスで、文化や歴史をリスペクトする、本物・本質志向の方々。中でも、その土地らしさを楽しみ、特別な建物での滞在、食事を好む方々」とのこと。
 そして、同社の特長と強みについては、「私どもが大事にしている機能の一つに「コンシェルジュ機能」がある。シティホテルのような豪華な設備はないが、一組一組にパーソナライズされた、個別化したサービスを提供することができる」などと語る。
 コロナ禍にあっての利用状況については、早くから「3密を回避できる小規模分散型ホテルの特徴、ホテルのコロナ対策等」を明文化、動画なども用いて可視化し、他社に先駆けて一早く訴えた結果、コロナ禍にあっても、好調を維持したとのことである(表1)。その上で、コロナ禍におけるお客様の変化等について、次のようにお話しになられた。


○ マイクロツーリズムが注目されたことで、近隣の方の利用が非常に増えた。一時期はほぼ全ホテルで県内利用者の比率がトップとなった。
○ 元々、客層は40代50代のご夫婦等が中心だが、Go Toトラベルキャンペーンの実施(7/22〜)により、若い方やアクティブシニアなど、客層の幅が広がった。
○ 旅マエでは「東京からですが、本当に行ってもいいんですか」、旅ナカでは「夕食のダイニングが、一番空いている時間はいつですか」など、コロナ感染を気にされるお客様も多くいらっしゃった。
○ 過ごし方は、遠方からのお客様と近隣からのお客様とでは、地域にもよるが多少異なる。ただ、コロナ禍ということもあり、客室でゆっくりされる方が増えた印象。「コロナ禍のストレスから解放されたい、いい所でゆっくりしたい」という声が多かった。
 多くのお客様にご支持いただけた理由については、「お客様はコロナ禍でも旅行に行きたいというお気持ちは持っていらっしゃる。そこに対して、様々なご相談への対応なども含めて、どうやって安心感を持っていただけるかという点を非常に重視した。ハード面ばかりではなく、コンシェルジュをはじめとしたソフト面で、不安を解消できたことが大きなポイントだと思っている」とのことである。

商家町に立地する分散型ホテル〜「佐原商家町ホテルNIPPONIA」

 さらに具体的な利用者の動向を知るために、同社の運営する、分散型ホテルより、江戸の風情が色濃く残る佐原の街に、2018(平成30)年に開業した「佐原商家町ホテルNIPPONIA」を取り上げて、同ホテルの開業準備から関わり、立ち上げと同時に赴任した、支配人の吉田覚氏にお話を伺った(表2)。


 吉田氏によると、コロナ禍、5月の実績は壊滅的で、上向き出したのは緊急事態宣言の解除後だと言う。その後のお客様の変化等は、次の通りである。
○ マイクロツーリズムが注目され、近場でかつ少し贅沢な旅行がトレンドとなり、Go Toトラベルキャンペーンの開始までは、千葉県内のお客様が多かった。
○ キャンペーンの開始後(7/22〜)は、千葉県内と東京を除く関東圏(埼玉、神奈川等)、東京がキャンペーンの対象となった10月1日以降は、東京からのお客様がかなりの割合を占めている。
○ 佐原のまちなかでの過ごし方は、千葉県と東京のお客様で顕著な差は見られないが、東京のお客様には「佐原ののんびりとした時間の流れの中で、日頃の疲れを癒やしたい」などとおっしゃる方が比較的多かった。
○ コロナ禍でお客様の求めるものに、そこまで大きな変化はなかった。ただ、ホテルのアクティビティに参加されるお客様は少し減った印象。ご自分のペースでよいものを求め、味わうお客様が多かった。
○ キャンペーンが始まり、以前はあまりお見掛けしなかった20代の増加、平日のお子様連れ家族旅行の増加など、客層が変わった部分もある。
○ お子様連れのご家族には、「1棟貸しなので安心、他のお客様に気を使わなくてもよい」とお考えの方が多かった。
○ 食事は、他のお客様との接触を気にされる方もおり、部屋食の希望もたくさん頂いた。
 こうしたお客様の変化や様々な要望にも、持ち前のコンシェルジュ機能をいかんなく発揮して迅速かつ丁寧に対応してきた吉田氏は、今後の展開について、「類似する他の施設と、私どものホテルが決定的に違うのは、「町がホテル、町に泊まってもらう」ということ。そのためには、町の皆さんのご理解と、町の皆さんとの連携・協力は欠かせない。まずは宿泊のお客様に喜んでいただくことで、より多くの人(=宿泊客+町の人)にホテルを応援したいと思っていただけるように努力したい。」と語られた。

 

自然豊かな地域に立地する分散型ホテル〜NIPPONIA 小菅 源流の村

 佐原とは立地環境が異なる施設としてもう一箇所、2019(令和2)年8月に、面積の95%が森林という豊かな自然に囲まれた小菅村に開業した「NIPPONIA 小菅 源流の村」(5棟6室)を取り上げた(表2)。村づくり会社の(株)源、「道の駅こすげ」をプロデュースした(株)さとゆめ、前述した(株)NOTEの3社で出資・設立した(株)EDGEが運営する施設で、「700人の村が一つのホテルに」をコンセプトに、地域全体をひとつの宿に見立てた分散型ホテルである。
 2019(平成31)年2月に、小菅村の豊かな自然、そして何よりも村の人の優しさに魅了されてご夫婦で移住し、現在、〝番頭(マネージャー)〞を務める谷口峻哉氏にお話を伺った。
 まず元々のターゲットについて、「ターゲットは首都圏在住の30〜40代のご夫婦もしくはカップル。世帯年収が800万円以上と経済的にも豊かで、2人で約6万円の宿に容易にご宿泊が可能な層。中でも、地方への移住や自然が豊かな場所での暮らしに関心はあるが、移住はハードルが高いので、生活の一部にそういう暮らしを定期的に取り入れたいと思っている層」、「食への意識も高く、オーガニックやフェアトレードにも関心を持ち、インテリアやデザインにも興味を示すような、感度が高い人」と
話された。そして、コロナ前には実際の利用者もほぼ想定通りだったと言う。
 コロナ禍、同施設は4月5月と休業することになるが、再開後はお客様の反応も良く、Go Toトラベルキャンペーン中(7/22〜)には客層の幅も拡大。谷口氏は、利用者の変化等について、次のようにお話しになられた。
○ キャンペーンの影響は正直大きかった。客層も20代前半、逆にシニアが増えたりと幅が出てきた。
○〝東京から離れたい、でもあまり遠くには行けない人たち〞には、2時間圏内でこれだけ自然が豊かな村に来られることは、一つの価値になる。
○ お客様の過ごし方に大きな変化はないが、コロナで強制的に人とのつながりが遮断されたことで、より村の人とのふれあいが求められているように感じた。
○「まさにこういう場所を求めていた」というお客様がいらっしゃった。コロナ禍で密を避けた新しい生活様式、自分の生活を見直している人たちだった。これを聞いたときに、このホテルの存在価値を再認識した。コロナがお客様がそう感じるきっかけとなった。
 谷口氏は、「キャンペーン終了後は、コロナ前よりもお客様の幅が少し広がるのではないか。キャンペーンでいらしたお客様の中にも、今回の体験がすごく印象的で、この暮らしがいいなと思ってくれた方がきっといらっしゃる。キャンペーンにより、特に若い人たちには生活の一部にこうしたホテルでの滞在という選択肢が増えたのではないかと信じている」とおっしゃった。

 

まとめ

 コロナ禍にあって、3密を避けるといった「分散型」という形態が注目を集め、実際、その点を重視してホテルを選択された利用者も多かったに違いない。
 しかし、今回の取材であらためて見えてきたのは、分散型ホテルは、利用者への歴史的建造物を活用した上質な宿泊滞在環境の提供はもとより、利用者がその地域の自然や歴史・文化、暮らしぶりなどを深く味わうための仲介役として大きな役割を果たしているということ。
 宿泊予約サイト(一休、楽天トラベル、じゃらんの佐原商家町ホテルNIPPONIA」の評価コメントをみても、ホテルのハード・ソフトの両面におけるクオリティの高さに加え、「分散型ホテル」の取り組み自体への共感が利用者を引きつけていることが窺える(表3)。


 バリューマネジメントの松尾氏は、「今回のコロナ禍によって、世の中のニーズや本質が抜本的に変わったというよりも、本来5年10年かけて少しずつ起こった変化が、コロナ禍によって早まったと思っている。分散型ホテルもその価値に気付いていただけるタイミングが早まったのではないかと感じている」、「コロナ禍での3密回避がお客様の入口であったとしても、分散型ホテルならではの特別な体験に気付いていただき、ファンになっていただく方が増えれば嬉しい」とお話しになられた。
 コロナ禍により、分散型ホテルの存在とその提供しているものの価値が、想定以上に早く、多くの方々に知られることになった。ポスト・コロナにおいても、分散型ホテルの需要は、〝地域の本物を嗜好し、暮らすように旅を楽しむ〞スタイルを好まれる方々を中心に、今後も拡がっていくのではないかと考えられる。
 全国各地で分散型ホテルによる誘客、地域活性化に取り組む地域が増えてくるかもしれない。しかし、「分散型」という形ばかりをまねするだけでは、全く意味をなさない。今回の取材で感じたのは、「分散型」という形態によるハードの整備以上に、明確なターゲットの設定や運営ノウハウ、地域が一体となった入念な受入態勢づくり、そして、何よりも関わる方々の想いの熱さ・強さの大切さであった。
(よしざわ・きよよし)

参考資料等
・観光文化244号(2020年1月)〜株式会社型DMOという挑戦
・NIPPONIA ホームページ(https://team.nipponia.or.jp/
・バリューマネジメント株式会社 ホームページ(https://www.vmc.co.jp/
・NIPPONIA小菅 源流の村 ホームページ(https://nipponia-kosuge.jp/
・取材協力(佐原商家町ホテルNIPPONIA):観光文化情報センター企画室 副主任研究員 門脇茉海