座談会…開催日:2021年1月20日
③ 白馬村、オールシーズン・山岳リゾートへの挑戦
吉澤 コロナ禍でグランピング、分散型ホテル、ワーケーションなどが注目を集めています。今回の『観光文化』では、コロナ禍に話題を集めた旅行スタイルを特集テーマに取り上げています。この座談会では、こうした旅行スタイルにコロナ禍以前より着目し、その具体化に取り組んでこられた白馬村の、観光の現状と課題、今後の展望などについてお伺いしていきたいと思います。
では、まずは、白馬村の観光について、白馬村観光局の福島さん、お話しいただけますでしょうか。
福島 白馬村の観光は、山登りがレジャー化し、お客様を自宅に泊めてガイドするという民宿から始まります。さらにスキー場が近代化し、高度経済成長もあって、スキーで発展してきました。その帰結として1998年の長野オリンピックがありました。しかし、その頃には全国でバブル経済の崩壊が始まっていて、オリンピックでの過大投資が不良債権化してしまい、長い不況を抜け出せずにいました。
その後、インバウンドブームで、オーストラリアをはじめたくさんのお客様がいらっしゃるようになり、日本を代表するスキーリゾートとなりました。スノーリゾートとしての白馬は世界中に認知されていますが、オールシーズンのマウンテンリゾートとしての白馬を目指して、他の季節の魅力づくりに力を入れています。
八方尾根開発のグランピング施設「Snow Peak FIELD SUITE HAKUBA KITAONE KOGEN(2019年7月開業)」(以下、グランピング)や、白馬岩岳マウンテンリゾートが整備した北アルプスの絶景を一望できる山頂テラス「HAKUBA MOUNTAIN HARBOR(2018年10月開業)」(以下、マウンテンハーバー)など、冬以外の季節に楽しめるコンテンツが充実してきたところで、コロナ禍になってしまいました。
コロナ以前の白馬の現状、ポテンシャル、課題
吉澤 皆さんは、コロナ禍以前、白馬村の観光のポテンシャルや現状と課題を、どのようにみていらっしゃったのでしょうか。
倉田 私は15年くらい前に白馬村に来ました。冬はもちろん、田植えの頃は新緑も美しくて気持ちいい。でも宿の状況はオンシーズンの冬もそれ以外の季節も非常に厳しいものでした。なぜなのかと考えて「人」の問題に行き着きました。悪気なくお客様目線を持ち合わせていないという、この地域では〝普通〞の感覚、このことへの気づき、意識改革の必要性を感じました。
白馬村のポテンシャルはオールシーズン楽しめること、ヨーロッパのツェルマットに匹敵するようなものではないかと。八方地域は、民宿発祥の地で、100年間、登山家とスキーヤーに愛され続けてきた。その大きなブランドは先輩達が作ったもので、素晴らしいものだと思います。オールシーズンのマウンテンリゾート化は、我々後陣の責任でやるべきことでしょう。弊社のグランピング施設や、和田さんの「マウンテンハーバー」が注目を集めましたが、天が与えたこの地域の素材を、さらにどう活かしていくかですね。
和田 白馬村は観光がメインの経済圏で、人口9000人で従業者数は約6000人。このうち宿泊や観光客向けの物販、策道など直接的に観光に関わる方が約半分、それ以外の建設や不動産なども、観光があって成立していることを考えると、7〜8割は観光で生計を立てているといっても過言ではないかなと。
山岳リゾートやオールシーズンリゾートとして、白馬村は日本で一番ポテンシャルがあると思っています。冬はスキー場としてサイズ感やコースバリエーションなど、国内でも最高クラスであることはもちろんですが、夏の頃も素晴らしい。快適な非日常空間を作ることがリゾート地の定義だとすれば、里と山の隣接性があって適切な開発が行われるポテンシャルのある山岳リゾート地は日本でも白馬エリアが一番。白馬村は春夏秋冬を通じて非常に恵まれたロケーションにあると思います。
課題は、国内のスキー・スノーボードの中心的な世代の人口が減っていき、マーケットとして厳しいこと。あとは春から秋にかけて施設があまり稼働せず、いろんな歪みを生じさせています。通年で雇える人が少なく、サービスレベルや生産性を上げようにも大きな課題となっています。通年稼働していないので、施設整備やリノベーションの資金も苦労してやり繰りしないといけません。
スキー場や宿などのインフラもかなり老朽化していて、1990年代よりも前に作られたものが主力。例えばリフトは八方尾根で平均35〜40歳、海外と比べて相当見劣りすると思います。宿もリノベーションするとこの会場(haluta hakuba)くらいきれいにはなりますが、おそらく未だに六畳一間、バストイレ共同の宿が半数以上でしょう。国内のお客様が減少するなか、インバウンド客を誘客する努力は必要ですが、彼らにとって快適に泊まれる宿が少ないのが現状です。
将来の目標はオールシーズンのマウンテンリゾートで、「リゾート」という言葉にも意味を込めて使った方がよいのかなと。「スキー場」と「スノーリゾート」って同じようだけど違うと思います。1990年代くらいの白馬はスキー場のイメージで売ってきて、要は、スキーやらせてやってるんだから他のサービスは要らないでしょと。何もしなくもお客様がいらっしゃるので胡坐をかいていた部分もあったかと思います。でもマーケットの変化を考えると、施設もアップグレードして、サービスも増やさないと。それには通年でキャッシュフローを出せるようにしないといけない。
白馬村がお客様に非日常的な空間を提供できるポテンシャルが一番高いなら、それを生かす整備をやっていかないと。白馬村全体を面としてアップグレードしていかなければいけませんが、いきなりは難しいので、キャッチーなポイントをいくつか作っていくのが今のステージかなと。
これまでの取り組みで表に出始めたものもあります。スキー場が連携して面的に滑ってもらうのが最初だと思います。インバウンドが端緒になって、新しく投資してもなんとかキャッシュフローが回る施設が増えてきたというのが、大きなポイントです。今は苦しいですが、やがて需要は戻ってくるので、これまでやってきたことは本質的にはなんら変えなくていい。ただキャッシュフローの出し方を、以前よりタイトにコントロールしないといけませんが。
吉澤 本質的には変えなくていいというのは力強いメッセージになりますね。それは将来をはっきりと見据えた上で取り組んできたから言えることかなと。
和田 「オールシーズンリゾート」という言葉は、みんなに浸透している気がします。もう一つの枕詞をつけるなら「世界水準の」もしくは「世界で10本の指に入る」ですね。白馬村はこれから成長が期待できるアジア市場にとって、欧米よりも近くて、その分安く・早く来られますし、ポテンシャルもずば抜けています。アジアの人たちに「ウィスラーじゃないよね」、「ヨーロッパ・アルプスじゃないよね」とアピールするなら、インフラも、アクティビティも、サービスも世界水準のものにアップデートしなきゃいけない。
福島 車で東京から4時間くらい、1泊するにはちょっと遠いという距離感が逆にメリットだったりするのかな。
和田 「2泊3日、3泊4日なら白馬が楽しいよね、色々あるし」と思ってもらえるコンテンツを、夏を含めて作っていかないと。冬はスキーという強いコンテンツがあって、3日くらいは同じスキー場でも余裕で楽しめますし、1日くらいは違うスキー場も滑りたいというお客様であっても白馬村でなら気軽に楽しめます。白馬村では、夜の楽しみも含めてお客様の滞在環境が比較的揃っているので、そこは強みだと思います。課題もありますが、進むべき方向は見えているのかなと。
ポテンシャルとターゲット
吉澤 福島さんは観光局というお立場上、いろんな方とお話しする機会があると思いますが、和田さんのお話はすっと納得できる感じでしょうか。
福島 そうですね。長いこと白馬は「ポテンシャルはある」と言われ続けていますが、完成されているエリアと言われるにはどうしたらよいのかを考えながら、少しずつ手直ししていくようなところがありますね。
今は、特に町並みをきれいにしたい。ジオグラフィカルに見ていくと、標高が高いところほど完成されていて、低いところほど何かしら手を加えなければいけない。白馬村観光局ではなく広域の「一般社団法人HAKUBAVALLEY TOURISM」では、街並みの看板を統一するとか、街灯をきれいにする取り組みをしていますが、この山岳景観の美しさに合わせて、まずは住民や観光客が歩いて気持ちのいい環境を、麓でも作らなきゃいけないですね。
吉澤 皆さん、口を揃えて、世界水準のオールシーズンリゾートを目指すとおっしゃいますが、その実現に向けた観光局の取り組みにはどういうものがあるのでしょうか。
福島 冬はスキー・スノーボードという核になるものがあって、シンプルでやりやすいですよね。夏はコンテンツが多すぎて、どうユーザーに提供していくのかは課題だと思います。白馬村には山も川も、隣の大町市にはなりますが湖もあります。リゾートとしてパッケージングして売っていくことが大事になってくると思います。
自転車にパラグライダー、ラフティングにキャニオニング、SUP等、基本的に海のコンテンツ以外は全部あって、遊び倒せるところなんです。そういったリゾート感をきちんと打ち出していくこと。それからライトユーザー層に向けたもの、「グランピング」や「マウンテンハーバー」など、あまりアクティブじゃなくてもリゾート感を得られるものができ始めているので、そういうものをトータルに発信していくことをやっています。
去年は「白馬村は長期滞在しないと楽しめませんよ」ということを如何に知ってもらうかということで、「白馬村のアクティビティ多彩な魅力をご紹介!!」というムービーを作ったりもしました。
※動画URL https://www.youtube.com/watch?v=AO00LTzWs8s
吉澤 オールシーズンリゾートを目指す時に、ターゲットはどこを狙っていますか。
福島 コンテンツの量があまりにも多いのでターゲットを絞ることは難しいですね。もちろん山登りだったら誰を狙ってとか、コンテンツごとに絞ってはいます。でも日本人の登山人口って、スキーよりもずっと速いスピードで減っているんですよね。登山の中心は昭和10年代、20年代生まれの人たちで、20年代の人達がギリギリ行くか行かないかで、そこからどんどん下がっています。
なので日本人ではなく、登山人口が増えている台湾とか香港をターゲットにして、Facebookで山好きな人たちのページを運営している方を招聘したり。台湾には富士山より高い山はあっても山小屋がないし、縦走できる山もありません。山に泊まって温かいものを食べたり、生ビールを飲んだり、縦走して白馬岳から唐松岳まで行くとか、その体験をページでシェアしてもらうだけでなく、現地でセミナーを開催してもらうんです。そこに我々が説明に行くというのを一昨年から始めています。去年は本格的にやろうと思ったら、コロナで開催できなくて。
和田 ターゲットを広めにとる、というのは僕らも同じ発想で、マーケティングの論理から言えば絞った方がいいと言われそうですが、ある程度の広さのある観光地・リゾート地でターゲットを絞るのって意外と向いてないんじゃないかと思っています。ハワイは、若者、高齢者、ファミリー、誰が行っても楽しいですよね。リゾートという以上、この層だけを狙うというのはないんじゃないかと。一方で、施設を作るときはちょっとだけ細分化して考えていて、白馬岩岳の山頂エリアだったら「普段スポーツをしない20代・30代の若い女の子達に来てもらって、SNSにアップしたくなるものを作る」みたいなのは考えています。
倉田 白馬村ほどインバウンド客が来ていて、スノーピークをはじめアウトドアショップがたくさんあるところは、日本では他にはないと思います。そういった方々も白馬村のポテンシャルを感じているという証でしょうし、地元の方も驚いていました。
ターゲットは、私も「0歳から100歳までオールターゲットで」と社員にも言っています。白馬村は限られた何かだけを楽しむところではないし、季節によっていろんな楽しみ方ができますから。
オールシーズン山岳リゾートに向けた取り組み
吉澤 世界水準のオールシーズン・リゾートに向けた民間の取り組みが、「グランピング」や「マウンテンハーバー」なのだと思いますが、そういった特徴的な取り組みについてお話しいただけますか。
倉田 「グランピング」の話をすると、お客様で圧倒的に多いのは40代、50代で、50%以上が東京都からです。そうしたお客様の中には3泊する方もいらっしゃる。一人一泊約10万円なのでご夫妻で50数万円を払っているわけです。彼らの過ごし方を見ていると、ずっとそこにいらっしゃるんです。かつての観光とは歴然と違うニーズを見た気がします。
一番嬉しいのは、お客様から「皆さんここが好きなのですね、熱い気持ちを感じました。ありがとうございます。」という言葉を頂くことです。スキー場ではお客様からスタッフが褒められることはまずありません。実はその状況からどう脱却するかが最大のテーマでもあったのです。コンシェルジュからは「社長、10万も取るなんてできないよ。絶対無理」とも言われましたが、それに見合う価値を認めていただけたと思っています。山が凄いということだけではなくて、「超一流ホテルとは違う、本当に皆さんの温かい気持ちを感じました。ありがとう、感動しました。」なんてことが、アンケートに結構書いてあるんです。
スキー場には1日約1万人のスキーヤーが来られますが、レストランでは「食べたらすぐ帰ってください。」なんてことをやってきたわけです。今度は最高16人のお客様に、約30人のスタッフがその対極を目指したわけです。「とにかくそこを目指してやろうじゃないか、それが成長だぞ。」と言って。布石はスタッフが周囲に花を植えるところから始まっています。自分たちが手を掛けたというものをスキー場以外で作りたかった。今そうなりつつあります。
「キャンセルが出たら連絡ください。」と、4ヶ月の間に5回来られた方もいらっしゃいます。来年の予約を既にされている方も。海外旅行に行けないから、コロナだからということだけではないなと。特化した施設なので少し経たないと評価はできませんが、プレミアムというニュアンスも込めているので、白馬村のブランドの一つになり得るのかなと。
3年がかりで立ち上げて、いろんな批判も受けましたが、何かのきっかけになってほしい。今シーズン、お客様は少ないですが、そのグランピングのメンバーがお客様と接点を持とうと、キッズゲレンデに出ています。
スキー場では季節従業員を200人くらい採っていますが、一見さんのアルバイトも多くて、窓口のスタッフが栂池スキー場の存在を知らないこともあります。これはサービス以前の問題で、こうした状況を続ける限りお客様にお金を払って来ていただけない。まだまだ十分ではありませんが、そういう意識を地域のみんなが持てるようになれば。
弊社の株主には宿が多いのですが、グランピングでは「お前は客を盗るのか」に始まり、「俺たちの会社で宿泊施設をやるなんてふざけるな」という人もいました。でも、今は皆さん見に来られますし、それはそれで一石を投じられたかなと。大きなきっかけ作りになってほしい。
吉澤 グランピングは2019年7月の開業から2シーズンが終わり、コロナ禍にあっても比較的好調に推移したと。
倉田 そうですね。一定の商品力は持っているのかなと。スノーピークの冠は背負っていますが、キャンパーではなくて、海外旅行に行く感覚で来られている方がほとんど。高齢の方が来るかと思ったらそうでないとか、我々が予想してなかったこともたくさんありました。今はお子さんやペットを受け入れていないので、まだまだ需要はあるはずです。私は「お客さまは最大の営業マン」と言い続けていますが、実際にお客様のご紹介で来られる方もいらっしゃいますし、幸先はよいのかなと。
最初は幹部も相当不安視していましたが、私は一切ブレずにやってきました。時には私もスタッフもお客様と一緒に涙を流すこともありますが、そういうことが新しい動きを作っていくのではと期待しています。
吉澤 グランピングがキャンプをしていなかった層に新しい魅力を提供していると。
倉田 そういう環境で3日間を過ごす方が、実はたくさんいるということ。色々なアクティビティもありますが、ただここに居たいと。我々の若い頃の観光とは違った感覚が、日本人にもすごく出てきている気がします。
吉澤 素晴らしい環境の中でゆっくり滞在して楽しむ、あるいはアクティブに動く、その両方を提供できるというか、お客様がこれまで体験したことがないようなものを皆さんが提供していることがすごいなと。
倉田 観光局の会員(約500会員)はほとんど宿ですが、かなりのボリュームですから、流れが少しずつ変わってくれば、表に出る印象も相当変わってくると思います。
吉澤 和田さんも「マウンテンハーバー」など、さまざまな楽しみ方の提案をされていますが、オールシーズンリゾートに向けた白馬観光開発、あるいは岩岳リゾートの取り組みを教えてください。
和田 オールシーズンとリゾートの2つに分けて考えています。オールシーズンという意味では、冬はともかく、グリーンシーズンのアトラクションを増やすことが圧倒的に必要です。2017年くらいからマウンテンバイクに力を入れ、2018年には岩岳に「マウンテンハーバー」を、栂池には絶叫アドベンチャー「白馬つがいけWOW!(8月開業)」を作りました。2019年にはスノーピークと組んで岩岳にマウンテンリゾート施設「Iwatake Green Park(7月開業)」を作り、八方尾根には「HAKUBA MOUNTAIN BEACH(7月開業)」を作っています。
このまちの魅力はオールシーズン楽しめるだけの素材があることですよね。自然にだけ依拠してしまうのではなく、町もきれいで楽しいことが必要だろうと、「Snow Peak LAND STATION HAKUBA(2020年7月開業)」を誘致したりしています。まだ十分ではありませんが、この会場(haluta hakuba)のある地区にも飲食や物販を増やしたい。地元の観光協会や宿と協力しながら進めていますが、スキー場がその動きのハブになればいいなと。
リゾートという意味では、グリーン期のアトラクションの充実ともかぶりますが、ノンスキーヤーや登山をしない人が遊びに来られる場所を作っていくことが必要。マウンテンハーバーもそうですが、昨年はフェスをやったりしました。スポーツをしないお客様に白馬に慣れ親しんでもらいたい。
施設をアップグレードしてリゾートっぽい雰囲気を作っていく、その時にはできるだけおしゃれな人というか、外部ブランドと組んでやっていこうと。例えば八方尾根ではコロナビールと組んで「コロナエスケープテラス」を作ったり、マウンテンハーバーにニューヨーク生まれの「THE CITY BAKERY」に出店してもらったのもそういうことです。
リゾートだから長期滞在してもらいたい。宿であれば従来の部屋を改装してアップグレードして、バストイレ、キッチン、洗濯機を備えたり、あとは外で食事がしやすいように泊食分離を進めたり、長期滞在にはテレワークの環境づくりも大切なので、そういうことを進めています。我々ばかりではなく、近隣の宿ともタイアップしながら、その辺りの取り組みを進めて、オールシーズンリゾートを作っています。
吉澤 このhaluta hakubaのある地区は雰囲気がよく、昨晩は旅籠丸八に宿泊しましたが、すごくスタイリッシュで機能的、今のニーズや外国のお客様にすごくマッチしているんだろうなと。
和田 ここ新田の街並みは、地元の人がずっと何十年もかけて水路を整備したり、水車小屋を作ったりして非常にきれいな街並みを作ってきてくれていましたが、一方で民宿がどんどん元気をなくしています。町の方々とどうやってもう一度作り直しますかという話を、4、5年前から進めています。適切なお金をかけてやっていかなきゃいけない。それには僕らよそ者が、外から資本を持ってこないと進まない部分もあります。
福永 デザインは大事ですよね。ここ最近は、何もしなくてもここにいたいと思える、デザイン性の高い空間や場所が増えてきたなと思います。
和田 ここは「haluta」というブランドですし、あとはスノーピークだったり。山の上の「THE CITY BAKERY」はお店のスタイルが好きだったので、「うちでお金を出すので、好きにデザインしてください」とお任せしました。外と中の融合というんですかね。資金面でもそうだし、デザインやオペレーション、ブランドなど使えるものはうまく使って、関わった外の人にも白馬でやるメリットがあるように努力していく。「THE CITY BAKERY」も「来てよかった。自分たちのブランドにもプラスになった。」と言ってくれますね。
倉田 長野県の白馬村・小谷村・大町市にまたがる広域の「HAKUBAVALLEY TOURISM」は県が重点的に支援する広域型DMOになっています。色々やっていますが、わかりやすいのはデザインコードを基にしたサインの統一。広域地域でもやっと町並みをきれいにするための予算が付くようになってきました。
地域のコンセンサスは必要か
吉澤 白馬村観光局には500もの会員がいらっしゃいますが、どのように情報や意識の共有をされていらっしゃるのでしょうか。そのような場があるのでしょうか。
倉田 情報共有などの場というと、私も理事をしていますが、白馬村観光局はその最たるものですよね。とは言え実態は、組織力やマンパワーは索道事業者の方が圧倒的にありますから、「HAKUBAVALLEY TOURISM」も索道事業者で始まりました。ただ、意識の醸成には間違いなく繋がっていると思います。ここ何年もいろんな事を白馬村や白馬村観光局、「HAKUBAVALLEY TOURISM」が主催していますが、関わるメンバーはほとんど一緒ですから。それに各テーマごとに集まるなど、他の地域よりも先進的かもしれないですね。
吉澤 メンバーが重なっているし、結果的にいろんな集まりの中で、情報が共有されて、連携ができていると。
福島 他所がどうかわからないので、自分たちがきちんとできているのかもわからないですね。グチャグチャなところってどこにでもあるはずで、果たしてコンセンサスが取れているエリアが、日本全国でどれだけあるのかと(笑)。
例えば、民宿とグランピングが同じ観光戦略なのかと言えば、まったく違うわけじゃないですか。そこで落としどころの話になりますが、落としどころを見つけた瞬間、つまらない戦略になるんじゃないのかと。コンセンサスは取れてなくても、突っ走ってものすごくいい結果になる場合もあるじゃないですか。あまりそういうところにこだわっていると、すごくつまらない観光地に、他のエリアの単なるコピーになってしまう可能性も否定できないですよね。
吉澤 ある完成に向けて、未完成のままずっと突っ走っている感じなんですね。
福島 そうですね。顧客の声を聞きすぎて、要は世論の後追いしているだけの観光地になってしまうケースはすごくあると思います。でもそれってまったく面白くない。そういう意味でもベースとしては、住民がそこの観光アセットや自然資産をどのように楽しんでいるかに、一番注目していかないとと思っています。
吉澤 今、住民の方々はそれができていますか。
福島 すごく楽しんでますね。むしろ冬だと八方池山荘に行くと普段会わない人にすごく出会ったりします。夏は青木湖やマウンテンハーバーに行くと必ず誰かに会ったり。
コロナ禍の状況
吉澤 話は変わりますが、福島さんはかなり思い入れを持ってテレワーク、ワーケーションの事業に取り組まれていますね。
福島 コロナとは関係なく、東京オリンピック・パラリンピックの時期には都内が慌ただしくなるので、リモートワークを推奨したという話です。でもただリモートワークしに来てくださいだけでは白馬村まで来てはいただけない。何か一つ白馬村らしいテーマをと思った時に、白馬村では2016年頃からずっと雪不足が続いていて、環境に対する意識が非常に高まっていたんです。我々自身、自然の資産を活用して経済活動を行っているので、自然環境を守ることに責任ある立場でもあります。そういったものをフックにしてリモートワークに来ていただこうと。その旗印としてのイベントですね。ヨーロッパでは「サーキュラーエコノミー」といって、経済の仕組みを丸々変えよう、廃棄物を出さないシステムで経済を回すことができるのではと、実践している企業もたくさんあって。そういう会社が経済的利益を享受しながら環境に対する負荷軽減を実践できる、日本でもそういったことを早めに取り入れたいなと思って始めました。本当は7月末の予定でしたが9月に開催しました。今年の3月初めにも第2弾を予定しています。
吉澤 コロナ禍によってではなく、それ以前の問題意識をもとに開催されたということですね。参加者の反応はいかがでしたか。
福島 非常によかったですね。今回、会場が岩岳のマウンテンハーバーの手前にある「森のテラス」でしたが、テーマも素晴らしいし、そういった環境でみんなでアイデアを出し合うのは非常に効率もよかったという声を聞きました。ワークショップを始める前に、マウンテンハーバーに行って景色を見たりもできますし、非常に有意義で「また次回も参加したい。」という方がほぼ100%でしたね。
吉澤 今回のコロナ禍がもし効果的に作用したとするなら、テレワークやリゾートオフィスといった働き方の多様化を後押ししたことなのかなと。
福島 そうですね。「テレワークをやってください。」と箱モノを用意しても、箱根などの東京に近いところにお客様は行くに決まっているので、それではない価値をきちんと作らないといけないのかなと。例えば、住民がカフェなどで仕事をしていると、外から来た人も入りやすいと思います。インバウンド客がたくさんいらしたこともあり、白馬村はWi-Fiの整備が進んでいます。どこでも仕事ができる環境がありますから、「こういうところで仕事をすれば生産性も上がりますよ。」とか、ストレスなく仕事ができることを、まず我々が示せれば、人が増えてくるのかなと思っています。
福永 以前は見ることがなかった、パソコンで仕事をしているような人たちをあちこちで見かけるようになりましたね。装置というか場所を作ると、それを求めている人は集まるんだなと感じました。
倉田 まだまだそうじゃない方もいらっしゃるけれど、そうした方々がよい雰囲気を作ってますよね。
福島 コロナ禍だからと言って、新しくワーケーションを始める方をターゲットにするのは難しいですが、デジタルノマドは一定数いるので、そういった方に選ばれる場所になれればいいのかなと。そういう方は仕事の環境ばかりではなく、その後にどれだけ楽しめるかも重視しますから。
倉田 去年も何社かから「研修をしたいので、グランピングの8テントを貸切で売ってくれ。」との引き合いがありました。まったく異なる環境で行うことに価値を見出している企業があるんだなと。既に予約が入っていたので実現しませんでしたが、次のシーズンはやってみたいと思っています。
あとグランピングは冬もやるつもりでいます。インバウンド客は1泊50万円でも泊まる方がいらっしゃるので、需要があるだろうと。グランピング施設で、私もたまたま朝日を見たのですが、素晴らしい、一生ものだなと。可能性を秘めていると思います。
吉澤 自然環境の大切さを感じている会社も増えて来ているのでしょうから、そういう需要をぜひ白馬村が受けとめたいですよね。さて、先ほど倉田さんにはコロナ禍でのグランピングを中心としたお話をいただきましたが、コロナ禍、営業的にはかなり厳しかったのでしょうか。
倉田 そうですね。ただゼロ密のところに行ってのんびりと過ごしたい、思いっきり深呼吸をしたいと、来られたという方も多いと思います。しかし、お客様の中には「東京の人間ですが、行ってもいいんですか。」とか、「ウイルスは持っていないと思うけれど、東京に住んでいるので迷惑かけちゃいけないから。」とキャンセルされる方も何人かいました。
福永 コロナ禍だからこそ、この白馬村の空気の良さや山々の景観が改めて価値として認識していただけるということはありますよね。
和田 そもそもアウトドアで遊ぶことの価値が、コロナで高まる可能性もあるかなと。夏はキャンプとゴルフの利用者が伸びたというニュースがありました。スキーもそうあってほしいのですが、白馬村でのスキーは多くが宿泊を伴うので、先にもお話したような困難を伴っています。グループ会社のスキー場を見ていると、日帰りのお客様は結構入っていますね。他社では日帰り客が過去最高を記録したところもあると聞きます。夏も含めて外で遊ぶ、滞在する価値は絶対上がっていくと思います。
お客様に安心して来ていただけるかどうか。宿ならほぼ人と接触しないで済むグランピングやコンドミニアムは需要があるかなと。今は大変ですが、そうした中でも浮上するチャンスはまだまだあると思っています。
福永 そのあたりは、量から質への転換や単価を高める議論につながっているのでしょうか。
和田 量と質は両方ですね。意外と議論が乱暴で「量から質へ」とか旗を振りますけど、量がないと地域経済は支えられないんですよ。9000人の半分以上が観光産業で食べているので、1、2カ所儲かる施設を作っても全体としては利益が薄いので、数を呼べる施設もきちんと作ることは重要。両方やっていかないといけないですよね。その中で単価を上げることは、常に意識していかないと。
倉田 海外では日本のスキー場は単価が安いと言われています。スキーの市場規模が小さいというのもありますが、単価が半分になっても来場者は倍にはなりません。
和田 スキー場は安売りするところが一カ所でもあると、全体の価値を下げちゃうんですよね。
倉田 山や海では、何をやろうとしているのか、その商品力、そしてそれらをどこまでお客様に伝えることができるかにかかっています。
福島 最終的には平均単価を上げることが目標ですが、だからといって一律に値段を上げるのではなく、ちゃんとイールドマネジメント、レートを導入していく。海外のスキー場は土日で料金が違ったり、早割で買うと安くなったりします。そういうコントロールを丁寧にやっていけるとよいのかなと思います。
倉田 さっきお話したみたいに「栂池スキー場を知らない。」とか言っている限りは、私らも逡巡しますよね。やはり底辺をピシッと作って、ちゃんとした経営をできるようにしていかないと。
吉澤 和田さん、コロナがアウトドアの価値を高めるというお話で、昨年のグリーン期に白馬観光開発、岩岳リゾートとしてコロナ禍にあったからこそ取り組んだことはありますか。
和田 もともとやろうとしていた事がいくつかあり、ワーケーションもその一つ。僕らはリゾートという言葉の中には遊びばかりではなく、「暮らしながら働く、調子のいい時に遊ぶ」ということも含まれると思っていて、「森のオフィス」を作りました。昨日のような風の強い日は仕事をして、今日のように天気がよい日は午前中にスキーをして、みたいなライフスタイルができる方は増えてくると思うし、そういう方は金銭的、時間的な余裕のある方も多く、白馬エリアとは相性がいいだろうと思って準備しました。
そしたらコロナ禍になって、誰と話しても会社には出勤してないと。だったらなんでわざわざ東京の狭いマンションで仕事してるの、白馬に来た方がいいんじゃないと。長期滞在向きの宿もでき始めていたので、もともとある商品をリパックして提供したりしました。
BtoBのセールスもかけていて、ワンチームが2週間くらい、まさにこの施設(haluta hakuba)を使って、山の上にゴンドラで通勤するような会社も出てきています。お客様が森の中でzoomやってるシーンも結構見かけました。
他には、外の遊びは毎年増やしていこうと思っています。ブランコ(ヤッホー!スウィング)を作ったら、全国版のメディアで結構取り上げられて、9、10、11月は去年の倍までいかないものの、かなりのお客様がいらっしゃいました。
福島 長野県では白馬村と軽井沢が勝ち組と言われてましたね。ストレスの溜まった方のニーズに合った行き先だった。そこでのブランコ効果は大きかったですね。
和田 お客様が想像しやすい楽しさは伝わりやすい。そういう意味では、マウンテンバイクもイメージを変えようと、初心者・初級者がゴンドラの代わりに自転車で山を降りてみようみたいなノリのコースを作っています。
吉澤 先ほどのスキー場とスキーリゾートのイメージの違いに近いですよね。スキーをしない家族も楽しめるというか。
和田 岩岳の山頂はマウンテンハーバーというキーコンテンツがある割に、冬はスキー客しか来ないので、「ホワイトパーク」の名前で、冬もブランコを動かしたり、雪の上で遊ぶコンテンツを作ったりしています。ノンスキーヤーのウェイトは毎年高まっていて、去年は一昨年の倍くらい、今シーズンの年末年始もさらにそれを上回る数が来ているので、そういう需要を底上げしていきたい。
これまでのスキー場に行ったらスキー、スノーボードしかできない、というイメージをどう変えていくか。スキー人口の減少という前提に立てば、冬に人口の4〜5%しかやらないスポーツだけを相手にするよりも、95%を狙っていった方が、マーケットが広がる可能性は明らかに高く、そのポテンシャルが白馬エリアにはあると思っています。
倉田 マウンテンハーバーには、そういったお客様が確かにいらっしゃって、来てみたら「白馬ってすごいところじゃん。」と思われるはずなんですよ。スキー人口が減少する中で、「それがなければ来ない」という新しいお客様を呼ぶのは大変なことですから、この効果は計り知れない。お客様は最大の営業マンですから、すごくありがたいですね。
お客様に選ばれる何かきっかけを作らないと。500万、700万人のスキーヤーを追っかける一方で、1億数千万の方に響く何かを提供しないと。インバウンド客ばかりではなく、日本人のお客様に訪れていただかない限り、やっていけないですからね。
吉澤 コロナ禍で全国の観光地が苦しむ中、皆さんにお話を伺い、目標を明確に定めて、福島さんがおっしゃった完成形を求めて常に走ってる、そのすごさ、強さを感じました。コロナがあったから云々ではなく、やるべきことを真っ当にやってきた。アウトドアの価値の高まりについてはコロナ禍が後押ししたみたいなところもありますし、時代が白馬村に近づいてきた感じですね。
コロナに関する観光の全体的な課題など
福島 コロナの報道をみると、エビデンスも不確かなのに、パチンコ店、夜の街、GoToキャンペーンなどが次々にやり玉に挙がって、今度は飲食店。自戒を込めてではありますが、観光事業者は「我々はコロナ対策やってるから安全です、来てください。」としか言ってこなかった。観光業界の団体もエビデンスに基づいたメッセージを発信してこなかった。これらは非常に問題だったなと、僕は思っています。日本で初めて感染者が確認されてから1年経って、このCOVID-19がどこまで危険なのか、ここまで経済活動に規制をかける必要があるのかといった議論が全くなされていないまま、誰もが無自覚に世論に迎合しているだけにも映ります。文化的な活動で彩られてこそ人間が人間たる所以ですから、それを取り戻すためにもきちんとこの1年を顧みて、観光業が復興するにはどうしたらいいのかを考えていかないと。
倉田 ウィズコロナっていう状況もわかったようでわかっていない。何が正しいかもわからず暗中模索。それでも日々起こることには対峙しないとならず、非常に厳しい状況に立たされていますね。
和田 どの道、旅行に行くか行かないかは、感情が左右するものじゃないですか。不安にさせないように努力する、感染者を出さないように頑張る、万が一感染者が出たらきちんと告知して対応するとか、そういうこともやっていかざるを得ないと思うんですよね。
吉澤 そういう対応もしつつ、根幹的には皆さんが追い求めている世界水準のオールシーズンリゾート、ここ数年やってきたことをコロナ云々ではなく、真っ当にやっていくということですね。
倉田 目指していることは共通していると思います。コロナ禍で身動きは取りづらいですが、この現実を何かの糧にしないと。今こそ我々は試されている、我々の本質を一層試されていると思いたいですね。くじけちゃったらだめだと。
吉澤 本質があってそれが共有できている。やっぱり根っこがしっかりしている地域は発言が強いなと思いました。今日はありがとうございました。
福島洋次郎(ふくしま・ようじろう)
一般社団法人白馬村観光局事務局長。1975年長野県白馬村生。ブリティッシュコロンビア州立ランゲーラカレッジ人文科学部卒業後、白馬東急ホテルに入社。豪州、アジア各国、イギリス、フィンランド等へ赴き、自ホテルだけでなく白馬全体のインバウンド誘客に尽力。2016年から現職。スキー・スノーボードコンテスト「フリーライドワールドツアー」を誘致。2020年から環境に配慮した経済活動「サーキュラーエコノミー」推進を目的としたワーケーション&MICEイベント「Green Work Hakuba」を開催。
倉田保緒(くらた・やすお)
八方尾根開発株式会社代表取締役。早稲田大学法学部卒業後、株式会社ランドブレイン入社。都市計画・事業開発系コンサルタントに従事。1989年常磐興産株式会社にて常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)の再生事業に参画。2003年クラタプランニング設立。2007年から八方尾根開発株式会社で八方尾根スキー場および白馬地域の観光事業再生に取り組む。オールシーズンプレミアムマウンテンリゾートを標榜。
和田 寛(わだ・ゆたか)
株式会社岩岳リゾート代表取締役社長。1976年東京都生。2000年東京大学法学部卒業後、農林水産省入省。2006年米国Duke大学卒(MBA取得)。ベイン・アンド・カンパニーを経て2014年から日本スキー場開発に入社し、白馬観光開発へ。2017年同社代表取締役社長、2020年から現職。観光庁主催「スノーリゾートの投資環境整備に関する検討会」構成委員(2019年)、内閣官房長官主催「観光戦略実行推進会議」の識者として登壇など、日本全体の観光戦略についても考察を続けている。
コーディネーター
吉澤清良(公益財団法人日本交通公社 観光文化情報センター長)
福永香織(同・観光政策研究部 主任研究員)