①「震災後10年間の東北における観光復興の取組とコロナ後の観光振興の方向性」

1.はじめに

 2020年は東京オリンピック・パラリンピックが開催され、東北もその機会を活用して世界に向けてプロモーションを行い、東日本大震災からの復興をアピールするはずであった。しかし、新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延が東北の観光に震災を上回ると言ってもいいほどの大きな影響を及ぼし、観光は一からの出直しを迫られている。では、震災後10年間の観光復興への努力は水泡に帰したのかというと、決してそうではない。東北観光関係者の10年間の努力が地盤となるからこそ、コロナ後の観光の未来図が描けるのだと思う。本稿は、10年間の取組(主として東北運輸局が行ってきたインバウンド振興の取組)を振り返るとともに、コロナ後の東北観光の方向性について考えるものである。

2.コロナ前までの着実な観光復興

 2019年、東北観光は一つの大きな目標を達成した。年間の外国人延べ宿泊者数150万人泊である。これは2016年に2020年の目標として掲げたものであるが、1年前倒しで達成された。震災前の2010年に51万人だったことを考えると大きな進展である(図1)。

 東北運輸局は東北観光推進機構、東北6県、日本政府観光局(JNTO)等と連携して、各市場における広告宣伝、旅行博への参加、メディア招請を通じた露出、旅行会社招請を通じたツアー造成等、東北全体としてのインバウンドプロモーションを実施してきた。2011年7月からは、FacebookやYouTube等のSNSや動画を通じて、東北への潜在的旅行者に向けて直接情報発信を行っている。
 具体的には、主に国内向けであるが、2012年3月から2013年3月まで、東北全体を博覧会会場に見立てて、東北の観光振興を盛り上げる国民運動の促進を目的とする東北観光博を開催した。続いて2013年7月から2014年3月には被災3県を中心として情報発信と送客強化に取り組む東北物語事業を実施した。2014年12月には震災復旧に際して多くの支援を頂いた台湾の台北で日本東北六県感謝祭を開催し、東北から観光関係者150名が訪台して来場者4万人に対してプロモーションを実施した。東北にとって最大のインバウンド市場である台湾ではこの後も2019年まで毎年「日本東北遊楽日」を開催している。更に、復興庁が東北観光復興元年と位置づけた2016年には、6県知事と東北観光推進機構によるトップセールスが開始され、2016年台北、2017年香港、2018年大連、2019年バンコクで実施された。2019年12月には、米国からSociety of American Travel Writers(全米旅行記者協会)に所属する40名を招請して、東北各地の自然と文化を体験取材してもらい、様々な露出につなげた。
 従来、東北のインバウンドプロモーションは、各県等がそれぞれに行うことが多かったが、「東北」という地域名やブランドの認知度向上を目的として、東北運輸局と東北観光推進機構が中心となって、各自治体やDMO(観光地域づくり法人)と連携し、東北を一体的にプロモーションするよう努めるとともに、東北域内を周遊するルートや旅行商品の開発を行ってきた。
 これらの積極的なプロモーションは、観光客誘致とともに、誘客に必要な東北とアジアを結ぶ国際航空路線の充実や国際クルーズ船の寄港の増加にもつながった。台北とは仙台、花巻、青森が結ばれたほか、仙台は大連とも結ばれ、仙台-バンコク線も2019年10月に5年7か月ぶりに運航が再開された。クルーズ船も青森、秋田を中心に着実に寄港回数が増えるとともに、大船渡や宮古にも寄港するようになった(表1、図2)。

 一方、観光地づくり、観光コンテンツづくりには、各地のDMOが大きな役割を果たした。東北では、広域連携DMOである東北観光推進機構をはじめ、地域連携DMO、地域DMOあわせて35(うち候補法人5)が観光庁に登録されており、東北運輸局は、これらのDMOの人材育成(マーケティング研修の実施、専門家派遣等)、DMOが行うインバウンド向け観光コンテンツづくり(アウトドア、ナイトタイム等)や受入環境整備(多言語対応、バリアフリー、観光案内所等)を支援してきた。
 震災前の東北のインバウンドは、秋の紅葉がピークシーズンとなっていたが、2016年4月に出された「東北観光アドバイザー会議提言」も踏まえて、雪を積極的に活用することとし、中国、台湾や東南アジア向けには雪を体験するアクティビティや雪景色そのもの(雪遊び、樹氷、雪見温泉、雪の下のイチゴ狩り等)を、欧米豪向けには上質なスキーリゾートを売り込むことにより、冬季のインバウンド客も順調に増加した。また、東北の特色ある魅力として、各地の桜、サクランボやリンゴ等の果物狩り、夏祭り等も積極的にPRした(図3)。

 東北の観光関係者が連携したこれらの取組により、今だに風評が残り震災前水準を回復していない韓国を除く多くの市場では、観光地としての東北の認知度が向上し、着実に訪問者数も増加した。取組の成果は、欧米の有力な旅行雑誌において東北が注目されたことにも現れている。Lonely PlanetのBest in Travel 2020、National Geographicの2020 Best Tripsに東北がリストアップされたほか、英国Guardian紙では2020年に行くべき20の場所の一つとして福島県が選出された。British Travel Writers Guildは国際ツーリズム賞の欧州域外部門の一つとしてみちのく潮風トレイルを選んでいる。(風評は科学的根拠ではなく感情的・精神的な部分が大きいが、払拭のための努力を地道に続けていく必要がある)。
 こうした取組は、通常の観光庁・東北運輸局予算、各自治体やDMOの予算に加え、観光庁の東北観光復興対策交付金(5年間で146億円)、復興庁の「新しい東北」交流拡大モデル事業(5年間で20億円)、JNTOの東北プロモーション特別予算(年10億円)等により行われてきたが、震災後10年を経過する2020年度をもって、観光庁の福島県観光関連復興支援事業(年3億円)を除き、これらの特別措置は終了することになっており、東北もその他の地域とイコールフッティングでの観光振興を目指さなければならな
い。まさに、その矢先に新型コロナウイルス感染症が襲ってきたのであった。

3.コロナ後の観光振興の方向性

 2020年の新型コロナウイルス感染症の蔓延は東北のみならず日本全国、世界全体の観光をストップさせた。いずれコロナが収束すれば確実に観光は戻るであろうが、それがいつになるのかは現段階では定かではない。また、観光の姿は前と同じではないだろう。東北は東日本大震災のハンディを乗り越えるべく頑張ってきた訳であるが、今やコロナによって全ての観光地が改めてスタートラインに立ったも同然であり、東北にとっては、そこからいかに一歩先んじることができるかが重要である。その点で、東北にはアドバンテージがある。それはコロナ後の観光の姿が東北に合っているということである。
 コロナによって、観光トレンドは大きく変わった。衛生対策・感染予防対策がいの一番に挙げられ、三密を避けることが重要になり、団体旅行から個人旅行への動きが一層強まり、アウトドアや健康・ウェルネス、持続可能性への関心が高まっている。そうした中で、上述した雪を含む東北の自然とその中でのアクティビティは大きな武器になる。雪については、中国は2022年の北京オリンピックに向けてスノースポーツの普及に努めており、スキーを目的とした訪日が大きなトレンドになると予想されている。ハイキングやトレッキングは難易度に応じて老若男女が楽しめ、かつ地域の自然や文化を深く知ることができるため世界中で人気が高まっているが、東北にはみちのく潮風トレイルや宮城オルレを筆頭に、沢山の素晴らしいルートがある。エコツーリズムも大きな可能性を秘めており、環境省が取り組んでいる国立公園満喫プロジェクトにおいて、十和田八幡平国立公園が全国8つの対象地域の一つに選ばれ、景観向上、利用施設の改善、上質な宿泊施設の誘致、多言語による観光コンテンツの開発等が進められている。アクティビティ、自然、文化のうち2つ以上の内容を含むものとされているアドベンチャーツーリズムも今後の拡大が予想されているが、東北はまさにそれらの宝庫である。
 しかし、単に自然がある、ハイキングルートがある、文化がある、というだけでは、旅行者にアピールするには十分ではなく、かつ地域に経済効果があるとも限らない。従って、東北の有望な観光資源に付加価値を付け、商品として消費者に提示するとともに、地域にお金を落としてもらうことを念頭に置く必要がある。例えば、自然や文化のストーリーで旅行者の知的好奇心を満足させることができるガイドがハイキングに同行する、農産物や工芸品等の地域産品を積極的に観光コンテンツに取り入れる、地域住民との交流の機会を設ける等、自らの持つ観光素材に一味二味足すことで、旅行者はより深く地域を知ることができ、満足度が高まり、地域には経済効果が生まれる。更には、そこに旅行者と住民の関係性が生まれ、口コミやリピーターにつながる。
 このような地域への経済効果を生み出す観光、地域・住民あっての観光、住民と旅行者の交流を促す観光が、持続可能な観光につながるはずである。観光庁は2008年の発足時から「住んでよし、訪れてよしの国づくり」というビジョンを掲げているが、まさに持続可能な観光という方向性と軌を一にするものである。
 持続可能な観光というと日本では環境面だけがクローズアップされがちであるが、環境、社会文化、経済の3つの側面から考える必要がある。環境面では地域の自然環境を守るとともに、廃プラスチックの削減、CO2対策や再生エネルギー等の地球環境問題への対応も重要である。社会文化の側面では、地域文化が観光によって変質することを防ぎつつ、暮らしや生活文化を上手く旅行者に提示するとともに、オーバーツーリズム等による住民生活への悪影響を防ぐことが必要である。そして経済面では、雇用や旅行消費を通じて地域が裨益することが重要である。いずれも地域・住民あっての観光、地域・住民のための観光を目指すものであり、こうした方向性を東北の方々と共有し、それに資する取組を支援していきたい。また、持続可能な開発目標(SDGs)の一つの核であるインクルージョン(包摂性)推進の観点から、バリアフリー、文化や宗教、LGBT等への配慮も重要である。これらの取組は社会的にも重要であるが、観光においては誘客の観点からも有意になり得る。
 持続可能な観光に対する関心度は日本でまだ高まっているとは言えない状況にあるが、世界では旅行先や宿泊施設を選ぶ重要な基準の一つになりつつある。Responsible Travellerという言葉もあるように、旅行者自身が旅行先を楽しみつつも、そこにネガティブな影響を与えない、あるいはポジティブな影響を与えるという意識を持つようになっており、今後旅行先として選ばれるためには持続可能な観光地づくりへの努力とアピールも重要である。一方、地域として持続可能な観光を目指す上では、個人旅行化が進む中、地域が目指す方向性に共鳴する旅行者を選んでプロモーションするという視点があってもよい。
 観光による経済効果を持続させるためには、商品化したコンテンツにしかるべく値付けをし、販売ルートにしっかり載せることも必要である。世界の旅行者は質の高い、満足度の高い体験に相応の価格を払うことは当然と考えているので、日本的感覚に縛られず、世界の同種のコンテンツと比較しながら適切な価格を検討したい。地域に根ざした観光商品がきちんとした値段で売れることは、地域経済への利益の還流と観光への再投資、観光関係者や住民の自信と喜びにつながり、ひいては持続可能な観光にも資するものである。
 一方、東日本大震災を経験した東北の太平洋沿岸部においては、復興・伝承ツーリズムを盛り上げていきたい。三陸から福島県沿岸にかけては震災遺構や伝承施設が連なる。震災伝承ネットワーク協議会は271か所を震災伝承施設として登録し、(一財)3・11伝承ロード推進機構がそのネットワーク化に取り組んでいるほか、三陸鉄道、被災した宿泊施設、地域NPO等も伝承ツーリズムに取り組んでいる。復興・伝承ツーリズムは、震災の記憶を風化させることなく、語り部やガイドを通じて震災の経験を学び、防災意識を向上させることを一つの目的としており、教育旅行や企業研修にも適しているため、今後の東北観光の一つの核となり得ると考える。
 新型コロナウイルス感染症によりインバウンドがストップした中で、国内旅行の重要性が改めて認識された。特に、観光庁のGoToトラベル事業や各県等による住民向けの旅行費用補助を契機として、居住地域の近くを旅行し、身近な観光魅力を再発見する、いわゆるマイクロツーリズムが拡大した。このことは新たな観光需要を創出するとともに、地域の価値の認識による住民のシビックプライド醸成にも効果があったと思われる。この市場はこれまで余り重視されていなかったが、東京を中心とする大都市圏やインバウンドに加えて、継続して取り組む価値があると考える。
 コロナ禍は働き方が見直されるきっかけとなり、ワーケーションやブレジャーが真剣に検討される時代になった。東北は関東からのアクセスがよく、自然環境にも恵まれており、ワーケーションの地としてのポテンシャルが高い。既に、東北各地でワーケーション協議会が立ち上げられ、施設整備やコンテンツ開発が進められている。とはいえ、フリーランスや先進的なIT企業の社員ではない、一般の会社員が自由にワーケーションできるようになるには、少し時間がかかるであろう。まずは企業のニーズを吟味した上で、企業合宿や研修を念頭に置きつつ、地域が提供できる価値を明確にしてプロモーションを行っていくことが重要である。
 コロナ禍はキャッシュレス、タッチレスの動きも加速させた。観光においても観光客受入の場面でこれらを促進するともに、観光コンテンツ開発における新しい技術の活用、マーケティング、プロモーションや予約におけるデジタル化、オンライン化とデータ活用による効果最大化等を一層推進していく必要がある。

4.終わりに

 2013年6月、私が観光庁でインバウンドの復興を担当している時、東北支援の一環として、日ASEAN観光当局者会議をいわき市で開催し、その後会津、山形、宮城を視察してもらった。ASEANからの参加者は、被災者のストーリーとともに、私たちには当たり前に存在している緑の山々が続く景色がいちばん印象的だったと言っていた。外の目で改めて自らの地域を見てみることの重要性を再認識させられた。コロナ禍のマイクロツーリズムにより、東北の人々も東北の魅力を再発見したのではないだろうか。日本では田舎に行けば行くほど謙遜もあって「うちには何もない」と言う傾向がある気がする。一方、私が2019年まで3年間赴任していたスペインでは、どんな小さな村の人も「私の村のオリーブやハムは最高で、景色がきれいで、空気も水も美味しいから遊びに来ないと損だ」と言う。世界の旅行メディアは既に東北に注目している。私たちも持続可能な観光地づくりを行い、自信と誇りを持って「東北に来て」と言っていきたい。
 東北の観光は東日本大震災で大きな影響を受け、新型コロナウイルス感染症で更に大きな打撃を受けた。しかし、遠くない将来にコロナは収束し、観光は戻ってくる。今はコロナに耐えつつ、コロナ後を見据えた取組を着実に進める時期である。幸いなことに、今年4月から9月までの6か月にわたって、JRグループ、自治体、東北観光推進機構等の協働による東北デスティネーションキャンペーンが実施される。同キャンペーンは震災後10年を念頭にコロナ前から計画されていたものであるが、結果的にコロナ後の観光復活の狼煙を上げるにふさわしい機会になるものと期待される。東北運輸局としても、東北の皆さんとともに引き続き観光振興に取り組んでいく。東北の観光は東日本大震災そして新型コロナウイルス感染症からきっと立ち上がる。東北観光のロゴ(2016年制定)にあるフェニックスのように。


亀山秀一(かめやま・しゅういち)
国土交通省東北運輸局長。東京大学法学部卒業後、1988年運輸省(現国土交通省)入省。国土交通省総合政策局総務課企画官、日本政府観光局(JNTO)ニューヨーク事務所長、観光庁国際交流推進課長、JNTO事業連携推進部長、同・海外マーケティング部長、国連世界観光機関(UNWTO)スペイン本部事務局長アドバイザー、JNTO理事長代理等を経て2020年7月から現職。他University of Bath(U.K.),Master of Science in Development Studies、New York University(U.S.A.),Master of Science in Tourism and Travel Management