③…❺ 静岡県立大学
静岡県立大学における観光教育への取組み

1.静岡県立大学における観光教育開始の経緯

 静岡県は製造品出荷額等が全国シェア5.3%、同順位4位(2018年)と長らく「ものづくり県」として発展してきたが、人口減少、少子高齢化や製造業の海外移転展開等により、先行き「ものづくり」に次ぐ基幹産業の整備が迫られていた。そうした中で、本県の行政・経済界からは、観光を柱とした産業振興に注力する方針が示され、静岡県立大学(以下、「本学」という。)ではこれに呼応する形で、将来の静岡県観光を担う高度な人材育成の拠点として2019年4月経営情報学部に観光分野を新設した。

 本学は公立大学であるがゆえに、本県経済の振興・発展に資するような教育研究活動が求められることは言うまでもないが、観光を通じた地域貢献活動、産学官連携活動を行うにあたり、教員単位で活動することには限界があることや、行政、観光DMO等から対応窓口の設置を求められたこともあり、翌2020年4月に「ツーリズム研究センター」(以下、「本センター」という。)を開設、本学において観光教育を担当する教員(5名)はすべて本センターの研究員となる等、組織として活動する体制を整えた。

 本センターの機能は、観光に関する調査研究部署であることはもとより、①同研究に関する外部関係機関との連携窓口、②地域連携協定を締結している本県賀茂地域(下田市ほか伊豆半島南端の5町)をはじめとする地域貢献活動の推進部署、③本県観光に関する情報発信拠点、④将来の本県観光の担い手の育成機関、としている。

2.観光教育の現状

 本学経営情報学部は経営・政策・データサイエンス・観光の4つのメジャー制に基づくカリキュラムで構成されており、学生には卒業時までに最低1分野のメジャー認定を課している。本学部は上記の通り経営・政策を研究の柱とする文系と、情報やデータサイエンスに関する研究を柱とする数理系が同居している文理融合セクションであり、1年次からデータサイエンス科目を必修科目とし、データ分析に長けた人材を育成する中で、そこで習得したスキルをマーケティングや消費者心理、経営戦略・政策策定に反映させている。観光においても、協力先の宿泊施設等で観光客向けの満足度評価、観光行動調査を実施、回収した当該データを学生がR言語やpython言語を利用してクロス分析、コレスポンデンス分析などの科学的な分析を行い、その結果をもとに観光事業者等と意見交換を行い、同事業者に従来の経験則や勘に頼った経営からマーケティング等を重視した戦略的な経営へのシフトを提起している。



 ゼミ演習においてはフィールドワーク活動を主軸に据えている。これは同活動を通じ、デスクワークに偏ることなく現場を見ることの大切さ、現場観察を通じてのネットや文献等では得られない「気づき」を学生に体感させ、こうした経験を社会人となった際にも活かしてもらうことが目的である。もちろん、フィールドワークは事前のデータ分析等により構築された仮設の検証の場として位置づけ、事前準備に相応の時間を投入していることは言うまでもない。

 2021年4月より本学経営情報イノベーション研究科博士前期課程(以下、「本研究科」という。)において観光分野を開設、3名の社会人学生が学んでいる。授業は、社会人であることを考慮し、平日夜間、土曜昼間に開講しているが、履修科目は観光関連に止まらず、マーケティング、データサイエンス、ソーシャルイノベーションなど学際的なアプローチができるよう幅広く受講させている。土曜日を中心に自身の研究テーマに基づくフィールドワーク活動も指導教員とともに行っている。こうした取り組みの背景には、修士課程修了時に提出する学術論文が単なる観光論文に止まらないよう付加価値ある知見を産み出し、地域に還元できる成果に繋げていく必要があるとの考えに基づくものである。まもなく、2023年度入学希望者の募集が始まるが、幸い本研究科の取組みに対する関心も高く、大学院教育も順調な船出となったと考えている。

3.地域連携

 本学では、2018年12月に静岡大学、静岡文化芸術大学とともに本県下田市を中心とする伊豆半島賀茂地域の1市5町と地域連携協定を締結し、現在本学においては本センターがその中核となって積極的な活動を行っている。主たる活動を挙げれば、①地域の観光調査研究に関する情報発信、②リカレント教育の推進、③同地域所在高校における観光教育への取組み等である。
 同地域の観光調査研究に関する情報発信のひとつとして、本センターでは、2020年4月から賀茂地域の観光協会、商工会議所、商工会(計12先)を通じた傘下観光事業者の景気動向調査を毎月実施し、その結果をマスコミを通じて対外公表している。下表のとおり、景況感の推移をみると、コロナの感染長期化とgo toトラベルキャンペーンの実施により観光事業者の景況感が翻弄されていることが明らかになっている。

 リカレント教育について、本センターでは、2020年10月より、下田市において「社会人ための観光講座」を毎月開催している。これは当地で観光事業を営む方々を主たる対象として、最新の観光動向、他地域の観光振興への取組み事例紹介、本センターでの調査研究結果の発信、を通じて自身の観光関連知識の幅を広げて日々の事業の参考して頂くことを目的としたリカレント教育である。毎回、本学観光担当教員が交替で講師を務めるとともに、ゲストスピーカーとZOOMで接続し、政府や観光庁の動きについて解説して頂いている。回を重ねるにつれ、常連の受講者も増えつつあり、今後は観光事業者の関心事項等も聴取しつつ、ニーズにあった講義とし地域に根付かせていきたいと考えている。

 賀茂地域には大学の設置はなく、現地の中学生・高校生が体験授業も含め大学を知る機会は限定されている。そこで、地域の中・高校生に基幹産業である観光業の現状と課題を理解してもらうために出前形式での授業に取り組んでいるほか、試行的にそのうちの1つの高校で「高校生のための観光講座」と題し、年4回土曜日の午後の時間を利用して、課題研究やグループディスカッションを取り込んだ大学専門科目とほぼ同等の内容の授業を始めている。また、今夏には賀茂地域の3高校の希望者を対象としたフィールドワーク講習会を本学学生がサポートする形で計画しているほか、同地域の中学生希望者と若手の地域起こし隊と本学学生との間で地域の賑わい創出に向けた意見交換会を予定している。
 なお上記に示した賀茂地域での取組みはモデルケースであり、今後成果が確認できれば県内の他地域への展開も想定している。
 この間、地域連携は賀茂地域に限ったことではなく、本学教員やアサインする学生のキャパシティも勘案しつつ、徐々に間口を広げている。例えば、ニューノーマルな時代移行を念頭に関係自治体との間で自転車による観光振興や、本県観光のウィークポイントである若年層観光客の誘客策にも取り組んでいる。
 さて、昨年来の新型コロナウィルスの感染拡大・長期化は、3密回避や「新しい生活様式」の着実な浸透等もあり、団体旅行需要に依存してきた伊豆半島をはじめとした本県観光地では個人客の獲得に注力せざるを得ない状況となっている。一方で、本センターの調査によれば、県内でのワーケーションや長期滞在、移住の需要は着実に増えており、こうした需要を取り込むために行政や観光事業者がどのようなプロモーションをしたら良いのか、現在関係先と議論を重ねているところである。

4.今後の課題

 本学における観光教育の開始は、他地域の大学等と比べれば後発の部類であり、県内、就中、伊豆半島においては首都圏所在の大学等による地域貢献活動が活発に行われている。こうした中で本学の存在感を地域に浸透させていくためには並大抵の取組みでは先発校の牙城に立ち入ることはできないと考えており、県内の大学としての地の利を活かして、足しげく地域に出向き、地域に寄り添った形で地域に貢献していくことが必要と思われる。限られた人的・予算制約の中で、教育研究活動とこうした地域貢献活動を両立していくことはハードルが高いが、公立大学としての県民からの負託に応えていくためには乗り越えなければならないと考えている。
 あわせて、コロナによる観光業への深刻な影響は大学で観光を学ぶ意義や緊要性について、在学生、受験生ともに再考を余儀なくされており、折からの少子化もあって、観光分野で必要な学生を確保していけるのかも課題である。本センターでは、高校への出前授業により積極的に取組んでいるほか、高校の進路指導担当教員との意見交換会等を通じ将来の本県の観光を担う人材確保の必要性について粘り強く働きかけているところである。

5.おわりに

 冒頭に申し上げた通り、地方公立大学としての使命は調査研究を通じて獲得した知見の地域への還元を通じた地域振興・活性化と、将来の地域経済を支える人材の育成と考えている。本学における観光教育への取組み強化が本県に観光による経済効果をもたらし、潤いと賑わいを創出できるよう努めていく所存である。

八木健祥(やぎ・けんしょう)
大学院経営情報イノベーション研究科長/ツーリズム研究センター長。1981年学習院大学経済学部卒。日本銀行入行。静岡支店次長、一般社団法人CRD協会理事等を経て2019年から静岡県立大学。2020年から現職。専門は観光政策論、交通経済学、金融論。