コロナ禍を経て取り組む、先行的研究…❸
次世代観光地
〜「Z世代」「ミレニアル世代」が求める「経験価値」への対応

観光政策研究部 社会・マネジメント室 上席主任研究員 相澤美穂子

1.課題意識

 GDPや労働者の大半がサービス業に従事する「サービス経済社会」における観光の特徴として、観光地や産業=供給側ではなく、顧客となる旅行者=需要側が求める「経験価値」に応じて、サービスの価格等が決定されることが挙げられる。
 一方、我が国では少子高齢化による人口減少が続いているが、世界的に見ると、「Z世代」「ミレニアル世代」と呼ばれる10代から30代の世代がボリュームゾーンとなっている。この世代は生まれながら情報技術に囲まれて育った、いわばデジタルネイティブであることが特徴であり、近年その旅行行動のモデル化やセグメンテーションを目的とした研究が行われている(Cavagnaro&Postma,2018;Robinson&Schänzel,2019;Liu他,2019; Ketter,2020など)。
 また、国内においても、これまでは団塊世代およびその子の団塊ジュニア世代が旅行市場を牽引してきたが、団塊世代が高齢化するに従ってこの10年間で旅行量が減少したのに対して20代の旅行量は増加(図1)、2019年の観光・レク目的の国内宿泊旅行の延べ泊数では年代別でトップに立ち、市場の主役交代が起こった(図2)。今後ますますこの傾向が進むことは明確であり、この「Z世代」「ミレニアル世代」に特有の情報技術等を背景とした「価値観」や「ライフスタイル」あるいは、求める「経験価値」に対応して、観光地のあり方を適宜変容させていくことは、選好される観光地としての競争力を獲得する観光地マネジメントの視点からも不可欠と言える。

前述を踏まえ、今年度は左記について明らかにすることを目的として本研究を立ち上げた。

○ これからの旅行市場を牽引する我が国の「Z世代」「ミレニアル世代」が観光(観光地)に求める「経験価値」は、その他の世代と比較してどのような特徴があるのか。
○ 我が国の「Z世代」「ミレニアル世代」が観光に求める「経験価値」に対応するこれからの観光地のあり方とはどのようなものか。

 本研究では、右記の「観光地のあり方」を検討するにあたり、求められる「経験価値」に対応しうる要素として特に「地域内の交通」に着目し、切り口として設定する。その背景には以下の点が挙げられる。
−観光地の競争力を規定する要素として「現地での交通手段」の重要性が高いことが示唆されている(Enright&Newton,2004:2005)。
−自動運転やMaaSを始めとして、地域での交通に関係する様々な技術開発が進展しており、観光地における交通に当該技術等を積極的に導入し、いわば「ショウケース化」することによって、訪問・滞在の誘因としても位置づけうる性質を有している。

2.研究フレームと研究活動

 研究を開始するにあたってはまず、Z世代、ミレニアル世代についての定義を定めることから行った。両世代の定義については統一されたものはないことから、本研究においてはPew Research Centerの世代区分とJTB総合研究所「旅と生活の未来地図2019」の定義を用いることとした(図3)。

 研究のフレームについては、主に図4のとおり3つのステップで進めていく。最初のステップは国内のZ世代とミレニアル世代が観光地に求める「経験価値」を把握することを目的とし、両世代のライフスタイルや価値観を把握し、それを踏まえて両世代が将来の観光地に求める経験価値、特に交通・移動体験の要件を仮説設定する。これらについては、既存の文献資料の整理や専門家等へのヒアリングを行って整理する。次に、両世代へのインタビュー調査やアンケート調査等を行い、仮説を検証し、両世代が観光地に求める「経験価値」を把握する。

 2つ目のステップとしては、将来の交通のあり方について「供給」側の動向の整理を行う。近年は自動運転化やMaaSなど、交通に関する技術開発が進展している。これらの最新動向を把握し、地域への導入についての可能性を検討する。
 そして3つ目のステップとしては、Z世代とミレニアル世代のニーズと、最新の交通システムの動向を踏まえてサービス経済社会における将来の観光地、特に交通のあり方について、全体のイメージを描き、実現に当たっての財源や関係主体の役割、ロードマップについて具体的な地域を対象に取りまとめることを目指す。

3.現時点で見えてきたこと

(1)既存資料の整理、分析

 研究フレームに沿ってまずはZ世代、ミレニアル世代のライフスタイルや価値観に関して国内外の既存資料を収集し、カテゴリ別に整理・分類を行った。
 まずはライフスタイルや価値観についてまとめたのが図5である。まず自分自身に関しては、ミレニアル世代とZ世代で共通していたのは「日々の生活の充実度が高い」ことを大切にする点であった。一方で、ミレニアル世代が「現在」に重きを置いているのに対してZ世代は「将来」を重視するといった、世代による違いも見られた。

 また、ミレニアル世代は自分自身(=Me)を重視する傾向があるが、Z世代は自分自身に加えて自分〝たち〞(=We)を重視するというように、ミレニアル世代とZ世代で共通している部分と異なる点がミックスしている傾向も見られた。
 社会問題に関しては、両世代はそれより上の世代と比べて多様性を重視し、個性を尊重する考え方を持つほか、ジェンダーや社会問題全般に関しても高い関心を持つ傾向が見られた。
 また前述のとおり、両世代はデジタルネイティブであることから、日常でSNSやYouTubeなどに接する時間は長く、消費活動においてもSNSの情報をもとに買い物をする傾向が顕著に見て取れる。
 消費行動や体験活動においてもう一点特徴的なのは、コストパフォーマンス(コスパ)やタイムパフォーマンス(タムパ)を重視するという点である。上の世代が消費行動においてブランドを重視する傾向が強いのに対し、ミレニアル世代やZ世代は自分自身にとって価値があるかどうかをより重視する傾向があり、その価値基準においてコスパやタムパといったものを重視しているようである。
 次に、旅行に関しても同様に既存の資料から傾向を取りまとめたのが図6である。前述のライフスタイルや価値観が旅行に反映されていることから、例えば環境への影響を考慮したり、コストパフォーマンスを重視したりといった傾向は旅行においてもあるとされている。

 また、自分自身の価値観を重視するという傾向は、自分の関心ごとをテーマとした旅行を好むということに反映されているようである。そのため、画一的な観光ではなく、パーソナライズされた経験を好む傾向にある。
 旅行の情報収集はデジタルネイティブらしく、オンラインが主な手段であり、特にZ世代はインスタグラムを活用する傾向がある。
 交通に関しては、ミレニアル世代では電車やバスを好む傾向があるほか、環境に配慮した交通手段を優先して選ぶという記述も確認された。

(2)Z世代、ミレニアル世代に対するインタビュー調査

 既存の資料をもとに、Z世代、ミレニアル世代のライフスタイルや価値観、旅行に対する意識について、おおよその傾向を把握することができた。
 次に、実際にこれらの整理結果が正しいかどうかを検証するため、また既存資料だけではわからない、交通に対する意識や旅行に対する意識についてさらに掘り下げを行うために、両世代から2名ずつを選定し、オンラインでの個別インタビュー調査を2021年9月に行った。
 インタビュー調査から見えてきたのはまず4名とも非常にエシカル(倫理的)な価値観を持っているという点であった。前述のとおりインタビュー調査はオンラインで実施したが、4名全員が予定開始時刻の10分前にログインしてきたことが印象的であった。インタビューにおいては、環境問題や多様性についても意識の高さがうかがえた。具体的には、環境問題について意識しているかを尋ねたところ、明確に意識していると回答したのは1名のみであったが、それ以外の3名についても日頃の行動について詳しく掘り下げてみると、ゴミの分別やマイバッグの持参等は当たり前のこととして定着していることがわかり、それより上の世代とは意識しているというレベルが明確に異なると感じられた。
 次に感じたのは「実利追及」という点であった。仕事への意欲については4名で回答が分かれたが、仕事への意欲があると回答した人は、やりがい自体を求めていて会社での地位を求めていないことが明確であった。この考え方は購買行動にも通じており、既存資料の整理の項で触れたように、ブランド品であればいいわけではなく、自分にとって価値があるかどうかを独自の価値基準に照らして判断する価値観がうかがえた。
 3つ目と4つ目は「応援消費、ストーリーマーケティング、メリハリ消費」と「間違えたくない消費」である。「実利追求」とも通じるところがあるが、4名とも自分の中で価値を感じるものにはしっかりお金をかけている点が共通していた。
 一方で「間違えたくない消費」を行いたいという意識も共通して見られており、自分の中で明確な価値を見出す消費以外については、慎重に情報収集を行った上で行動している傾向が見られた。特にSNSや口コミを重視しており、行動に大きく影響を与えていることが改めて確認できた。

4.今後の展開

 既存資料の整理・分析およびインタビュー調査をもとに改めて仮説を設定し、2021年10月にはZ世代、ミレニアル世代とそれより上の世代を対象としてインターネット調査を実施した。結果については現在取りまとめを行っている。また、並行してZ世代およびミレニアル世代を対象としたマーケティングや事業を展開している専門家にもヒアリングを行い、未来の観光地像を取りまとめるための示唆をいただいた。
 一方で、最新の交通システム・技術については、既存資料の整理を進めているほか、取り組んでいる企業にヒアリングを実施しているところである。
 今年度は上記の結果について取りまとめた上で、当財団のホームページ等やこちらの「観光文化」等での発信を行っていく予定である。一方で、地域でのケーススタディについてはコロナ禍の影響で地域との議論が予定通り進んでいない状況であることから、来年度以降改めて行っていきたいと考えている。
 Z世代、ミレニアル世代の台頭と、それに伴い観光地がどのように変わるべきかについては、今年度様々な方と意見を交わす中で非常に高い関心分野であることが改めて確認できた。本研究がそうした方々への参考になるような知見を発出できるよう、引き続き取り組んでいく所存である。