もう既に20年以上前になる。オーストラリア全土の優れたガイドやツアーを1年半ほどかけて見て回ったことがある。200以上のツアーに参加して多くのガイド達と出会った。すぐれたガイドとは?という問いに対して答えを出すための旅であった。約半年くらいの時が過ぎた頃、今でも忘れられないくらいの衝撃的な体験をした。
あれは、北QLDのデインツリー国立公園内のリバークルーズでの出来事だった。ガイドの名前は覚えていない。10名ちょっとの客がリバークルーズのため小さなボートに乗り込んだ。最初は安全確認のために救命胴衣の付け方などの説明があってほどなくクルーズは出発。うっそうと茂る熱帯雨林の際をボートは緩やかに進んでいく。黄色の房が垂れ下がる植物や、様々な野鳥、そして水際には少し目を出したワニも見える。まさに動物園のような様子が目の前に広がり興奮を抑えきれないほどだった。
しかし、ガイドは一言も言葉を発しない。見るべきものはたくさんあるし、それが何なのか聞きたい好奇心もうずうず。ガイドが何も話をしないことに少し不安と不満を感じ始めていた時に、客の中の一人の男性がガイドに向かって質問した。内容は良く覚えていないが確かワニはどれほどいるのか?みたいな話だったと思う。まるで仏像のように表情も変えずにだまっていたガイドがその瞬間、別人のように話し始めたのだ。一瞬にして客の雰囲気が一転した。熱心に語るガイドの話を聞き漏らすまいと好奇心いっぱいの目でみんな懸命に話に聞き入った。その時の情熱いっぱいに語るガイドの表情と客の満足げな表情はあれから20年以上もたった今も忘れられない。
この時、はじめてすぐれたガイドの本質を見た気がしたのだ。たくさんの知識と経験を持ち、客へのホスピタリティーやリスクマネジメント、そしてエンターテナーとしての楽しませる能力や、環境保全に対する意識の高さも半端でないオーストラリアのガイド達はどの人も確かに素晴らしい。ただ、デインツリーのガイドに衝撃を受けたのは、客のニーズに的確に答えるそんなインタープリテーションを目の前で聞くことが出来たからだと思う。
ガイドはともすれば知識を披露したくなる。知ってることを全部話さないと気が済まないガイドも少なくない。それに付き合わされる客にとっては退屈な時間だ。同じ場所でツアーをやっても客は毎回違う。客のニーズもそれぞれ違うわけだ。客が知りたいことを最高のタイミングでわかりやすく、しかも楽しく伝えてくれることでツアーの印象も満足感も大きく変わる。
私たちはガイドが情熱を持って伝えたいその土地の魅力を限られた時間の中で追体験させてもらっている。その濃密な時間の中で何をどう伝えるのか?ガイドの一言が客のその後の人生を大きく変えるかもしれない。そんなガイドという素晴らしい職業がもっともっと社会的な地位を得て憧れの職業になること、ガイドこそが地域の宝であり、魅力的な商品となることを切に願っている。
すぐれたガイドとは?
~ガイドの人生を追体験する濃密な時間の中で~
小林寛子
(こばやし・ひろこ)
東海大学文理融合学部地域社会学科教授。日・豪でのエコツーリズムコンサルタントを経て、2013年より現職、地域振興につながるイベント・新商品開発・環境ボランティアプログラム開発など、実践的なフィールドワークに取り組んでいる。著書に「エコツーリズムってなに?~フレーザー島からはじまった挑戦~」(河出書房新社、2002年)等。ほか熊本県観光審議会委員、阿蘇エコツーリズム協会理事、公益財団法人地方経済総合研究所理事等。