ガイドという仕事…❷青森・奥入瀬
自然の中に踏み込む「扉」を探して
川村祐一(NPO法人 奥入瀬自然観光資源研究会(おいけん) 理事・事務局長/株式会社ESARIOエコツアーガイド)
「この美しさを誰かに伝えたい」から「この面白さを伝えたい」へ
40代も終盤の2006年夏―、地元青森県・十和田湖畔にある宇樽部(うたるべ)キャンプ場で、私は仲間から初めてカナディアンカヌーの操作を教わると、翌朝、習い立てのパドリング技術を試そうと、まだ夜の明けきらない湖にひとりでカヌーを滑らせました。
無風、べた凪…まるで油を流したような、ねっとりとした藍色の湖面を進む。水を切るパドルが心地よい音を奏でる。まるで時間が止まったように 〝自分〞の存在感だけが際立つ。遠くでつがいの水鳥が朝もやをついて飛び立ち、やがてモノトーンだった外輪山のシルエットが、やわらかな朝の光をあびて頂から少しずつ濃い緑色を帯びてくる…。
「こんな感動的なシーンに遭遇させてくれる自然があったんだ…」
「この美しさを誰かに伝えたい…。いや伝えなくちゃいけない…」
それは、私の中のどこかで何かが弾けた瞬間でした。
翌年の秋、私は父親から受け継いで経営していた運送会社をたたみ、十和田湖でのカヌーツアー、奥入瀬渓流でのネイチャーランブリングツアーという、地域では初めての本格的なエコツアープログラムを実現する会社を設立しました。
しかし、まったく未知の分野でのゼロからの船出は、運営の面白さとは裏腹に経営の荒波は厳しく、さらに追い打ちをかけるように開業から5年目に「東日本大震災」に遭遇。
結果、余力のなかった私の会社は震災の影響を乗り切れずに解散を余儀なくされ、あえなく撃沈…。しかしそれまで育った大切な財産であるガイドたちをなんとかこの地に留めたいと、地元アウトドア事業者へお願いをして雇用先を確保。一方で、そのガイドや支援者たちと再び活動する場として、いっしょに立ち上げたのが、現在の「おいけん」です。
このような経歴の中での私のガイド経験はというと。最初は単なる経営者であって、ほぼガイドをしたことが無く、そのスキルもほとんどありませんでした。自然は大好きなのですが、どうやって自然を観ればいいのか分からない。植物や野鳥の名前などはチンプンカンプンというありさまでした。
ただ、名前を覚えるのは苦手でしたが生態に関しては少し興味があり、そんな私の自然への扉を開けてくれたのが〝植物進化〞というジャンルでした。『コケはどうして栄養分のない岩の上でも生きていられるのだろう?』から始まり、ひとつの答えが見つかると、そこからまた新たな疑問が湧いてくる。
『なるほど… でも、これはなぜだろう?』と、決して学術的ではないのですが、自分なりに〝植物進化〞を軸として答えを見つけていくにしたがって、それまではジャングルのようにしか見えていなかった森の植物が、面白いように整然として見えてくるようになりました。
「すごい!この面白さを伝えたい…。いや伝えなくちゃいけない…」 早朝の十和田湖でのカヌー以来、再び、私の中で何かが弾けました。
50代半ば、〝遅咲きエコツアーガイド人生〞がこうして始まりました。
現在の活動状況の概要
活動で最も重要視しているのが、毎年、県からの受託で行っている「モニタリング調査」です。主に「おいけん」が担当しています。「どこにどんな木が生えていて、どんな花がいつごろどこに咲き、どんな動物がいるのか」など、奥入瀬渓流14㎞全線の自然を記録し、その価値を分析していく作業といえるものです。そこで得られた知見は、書籍の発行や(株)ESARIO で実施しているエコツアーなど、多くの事業を支える重要な情報基盤となっています。
ツアーを構築する上で基本的に2つのコンセプトがあります。
●大きな自然は小さな自然があつまってできている。
●立ち止まるから見えてくる。
自然景観を大きな絵画を眺めるように「きれいだなぁ〜」といってただ見流していくのではなく、『〝なぜきれいなのか?〞、その理由を〝立ち止まって探る〞ことを楽しむ。』そんなツアースタイルを目指しています。
象徴的なツアーは『コケさんぽ』です。奥入瀬の自然形成に大きな役割を果たしているコケ植物を〝入り口〞にして自然を覗いてみるというツアーです。ルーペを片手に目の前にある小さなものを丹念に見ていくことで、しだいに自然の大きさや、奥深さを感じ取ってもらうことも目的にしています。
最近は、一般の観光客の方がルーペを持参して、いろいろなものを覗き込んでいる姿を見かけることがあり、少しずつですが『立ち止まるから見えてくる』スタイルが広がっているのを感じます。
ガイドは「エコツーリスト・メーカー」
私のガイド経験からですが、自然好きなお客様のほとんどは、自然の中へ一歩踏み込むための、自分なりの『扉』を無意識に探しています。エコツアーガイドの仕事は、お客様がその『扉』を見つけられるようにお手伝いをしてあげることだと思っています。ガイドが持っている知見、知識をお客様と共有しながら、探している『扉』へ少しずつ近づいていく。そのプロセスをいかに楽しませるか、そしてその『扉』を見つけてもらえるかです。
実は、私のガイディング手法は、かつて自然の観方がチンプンカンプンだった私自身が、どうやってその面白さに気付き、どうやって自分の『扉』を見つけたのか。正にそのプロセスをなぞっています。
初めてお会いしたお客様が、ツアー終了後には、まるで宝物でも見つけたかのように目を輝かせて帰っていく。(〝扉〞見つけたな…)。そんなお客様の多くは、翌年、見つけたその『扉』を携えて、また奥入瀬を訪れてくれます。それは、ガイドとしての自分が、ほんの一瞬でもそのお客様の人生の中に存在し得たのだという証であり、何とも言えない喜びを感じる瞬間です。
「エコツーリズム」という世界は、一般にはまだまだ知られていない分野です。
・自分だけの自然への『扉』を探す。
・見つけた『扉』を開け、自然に一歩踏み込む。
そのような旅行者をあえて「エコツーリスト」と呼ぶのであれば、我々ガイドは、さしずめ「エコツーリスト・メーカー」であるべきだと思っています。