ガイドという仕事…❺富山・上市町
この価値を、伝えたい、守りたい、もっと高めたい

澤井俊哉(上市町観光協会 事務局長)

 もうずいぶん前のことだが、マリアナ諸島のサイパンへよく旅した時期があった。
 スキューバダイビングのスキルアップのために訪れたのがきっかけで、何度も出かけた。ダイビングが目当てだったが、仲良くなったダイビングガイドと一緒に過ごすのが楽しみだった。ゲストへのホスピタリティに加え、サイパンへの想い、海・環境に対する畏敬の念が言動の端々から伝わってきた。それが心地よくて、一緒に海に潜り、アフターダイブを楽しんだ。

「地域と向き合う」ことを学んだ

 私が初めてガイドをしたのは、東京・目黒の街歩きツアーだ。秩父十三仏霊場や江戸三十三観音巡礼の体験を活かし、「幸運と感動を求めて街歩き〜普段着の街が垣間見せる歴史と文化の香りに感動」をテーマに据えた。目黒駅から不動前駅界隈を巡り、江戸時代の名残や地図から窺える昔の街の面影、そこかしこに見出せる様々な祈りの形態を訪ね歩いた。
 ガイドを終えた後、一人の参加者に声をかけられた。
「いいツアーだったよ。参加してよかった。ガイドさんが話していた仏像との向き合い方。あんな気持ちで向き合ったことはなかった。仏像と向き合いながら、自分自身と向き合っていたよ」
 その参加者は、訪れた寺院で感動し、秘かに泣いたのだという。私は小さな自信をもらい、ガイドを続ける大きな励みとなった。
 これを皮切りに、駒場・笹塚界隈、城北中央公園界隈、練馬氷川台・北町界隈、板橋赤塚界隈、上野公園・鶯谷界隈、御茶ノ水界隈を巡る街歩きツアーをつくり、ガイドをした。重ねていくうちに、私のガイドのテーマは、人の暮らしの面影や心模様の痕跡を見つけたり、人間の様々な祈りや願いに思いを馳せたりする、そんな瞬間を共有することへと向いていった。
 こうしたことに真剣に取り組むようになったきっかけは、日本エコツーリズム協会によるエコツアーガイドとプロデューサーの養成講習である。長年暮らしてきた東京や、生まれ故郷の富山でツアーをつくれないかと漠然と考え始めていた時期に受講した。そこで私は「地域と向き合う」ことを学んだ。
 現在私は、富山県東部にある上市町の観光協会に勤めている。東日本大震災の翌年に富山県へUターンし、上市町でエコツーリズム推進員を3年務めた後、観光協会に移り、今に至っている。上市町は母の生まれ故郷ではあったが、私自身は隣接する魚津市の出身で、上市町からすれば、いわゆる「よそ者」だ。
 「よそ者」が見た上市町は想像以上に魅力的な資源がたくさんある町だった。長い歴史を有する名刹、信仰の対象となっているいくつもの霊水、〝市〞の街として栄えた賑わいの歴史、バラエティに富んだトレッキングルート、世界的なアニメ監督の出身地、圧倒的な存在感を示す北アルプスの名峰剱岳などなど。

時間を共有するプログラムを目指して

 山岳信仰にゆかりのある古刹、真言密宗の大本山大岩山日石寺は、今も観光スポットとして賑わっている。西暦725年にこの地を訪れた行基が彫ったと伝わる磨崖仏は、巨大な凝灰岩の一枚岩に彫られた5躯の仏像からなり、国の史跡と重要文化財に指定されている。中央には不動明王が高さ約3.5mの迫力ある姿で鎮座している。約5.5mの高さにある6つの竜頭から流れ落ちる六本滝での滝行、不動明王を描き写す写仏、四国八十八箇所お砂踏み巡礼など、最近は修行体験ができる寺院としても知られている。
 見学や視察、体験プランなどで、この日石寺を案内する機会が多く、そのたびに、この寺院のもつ価値は、広く知られているよりはるかに高いと感じた。その価値に相応しい伝え方をしたい、いまよりもっと価値を高めたい。この思いは寺院関係者の理解を得られ、住職のお母さんの協力により、私ならではのガイダンスづくりがスタートした。

 これまでにも増して寺院関係者の話に耳を傾け、門前で旅館を営む女将の篤い信仰を胸に刻み、専門家から学び、書籍を読み漁った。何より、とにかく現場へ足を運んだ。足を運んでいるうちに「よそ者」から「ハイブリッド」への歩みを意識するようになったと思う。
 そんな取り組みと重なるようにして始まったのが、東京の旅行会社「風の旅行社」とのツアーづくりである。風の旅行社との楽しく、かつ刺激的な協働により、やがて、祈りをテーマにしたプログラムが出来上がった。関係者の想いに寄り添いながら、「古くから続く人々の様々な祈りや願いに想いを馳せる」「一心に祈り願いを込める」そんな時間を現代の人と共有するプログラムである。
 そのうちの一つに、「御持仏を彫る」というツアーがある。元禄時代からの系譜を継ぐ仏師が日石寺の門前に工房を構えており、そこで、仏師の指導の下、二泊三日にわたって仏像を彫るというプログラムである。ひたすら彫に打ち込む工房での作業の合間を見て、私のガイドで境内を案内するのだが、それが終わるのを待っていたかのように、住職のお母さんにもてなされるのが恒例のようになっている。参加者のほとんどが、初めて訪れた富山県がこのプログラムでの上市町だった。そして、2度、3度とリピートしてくれたり、上市町以外の富山のツアーに参加したり、別のツアーの帰りにお寺や工房に立ち寄ってくれた。上市町が好きになってふるさと納税をしたという人もいる。

価値ある資源がここにはたくさんある

 こうした風の旅行社との協働関係の中で、気づいたことがある。それは、自分たちの商品を、どこで誰に売りたいか。「私たちの商品は、安売り合戦には耐えられない。百貨店に並べても、手に取ってもらうのは難しい」「では、どこで売ればよいのだろう」「こだわりの客が訪ねる専門店はどうだろう」客の好みと私たちの商品がマッチする。そんなこだわりの専門店に並べたい。そんな専門店に並べて、恥ずかしくない商品を作りたい。そして、そんな商品をつくる価値のある資源がここにはたくさんある。
 話は変わるが、ALT(外国語指導助手)をしている娘に会うためにアメリカから来日したお父さんを連れて、町を案内したことがある。拙い英語しか話せない私のガイドで、果たして楽しめるだろうか。不安を感じながら、予定の時間を終えたとき、お父さんが私に話しかけてきた。
「いいガイドだった。ありがとう。ところで、お前はこの町のことが好きか。愛しているか」
「もちろん、大好きだ。この町を愛しているよ」
「そうだ、それでいい。俺にはそれがよくわかったよ。いつかお前がアメリカに来ることがあったら、今度は俺がお前を案内してやろう。俺の町もいいところだぞ」
 これからも上市にある資源の価値を伝えたい、守りたい、もっと高めたい。そして上市への思いを伝えていきたい。