一緒に「面白がり」ながら、参加者の理解を助ける
私が風の旅行社のツアーにガイドとして同行するようになって約20年になります。私の拠点は北海道ですが、これまで年に2、3回ペースで国内・海外のいろいろなところを旅しました。
行った先では、私が面白いと思ったものを皆さんと見ます。国内なら、必ず行くのが道の駅で、品物を見たり買ったりした後に野外へ出て「さっき売ってた野菜は、ここで作ってるよ」など、人々がどういう自然環境の中でどう工夫しながら生活してきたか、地域の風土をみんなで確かめながら「知る楽しみを満たす旅」を心がけています。
私の旅では、鳥や植物の名前はあまり重要ではありません。いろんなものをたくさん見たいなら動物園に行った方が早いので、自分の見たことのない鳥や植物を見て、ライフリスト(自然観察家が一生の間で最初に出会った動物を記録したもの。特に野鳥が多い)を増やしたい人たちの旅はやらないことにしています。
大事なのは「風景を読む」ことです。この緯度と植生帯ならこういう植物が生えているとか、ここはこういう地質だからこういう現象が起きるとか、どの土地にも共通したものがあります。地質は大地の形であり、それを覆う植物は大地の表現形です。そうした地質や植物から生まれる風景は、地域の歴史を全部背負っています。
例えば山口では戦時中に小学生だった爺さんが「よく丸太担ぎをさせられた」と言います。当時はアカマツが生えていて、炭鉱の坑木として小学生に担がせていたんですね。マツ材線虫が増えたので、今はほとんど植林したヒノキ山になっている。そういう人々の営みと、風景の歴史の変遷も語る材料です。
ツアー初日に生まれた疑問を、旅をしながら解いていく
ガイドが担う第一の役目は、ツアーをなごやかに終わらせることだと思います。そして大事なのは、お客様がいろいろなものを見て、理解したり考えたりする場と材料を提供すること。ガイドの役目は理解を助けることですから、自分が知ってることをペラペラ喋っても、面白くない。知識をたくさん話すガイドが大好きなお客様もいますが、そういう人は私のツアーには次第に来なくなりますね。
礼文島で花のガイドをした時、それまで礼文島に何回も来ていた人に「今までのガイドさんは花の名前ばかり言うて何にも覚えられへんかったけども、三木さんはどこにどういう植物が生えてるかを教えてくれるので、自分でわかるようになった」
と言われました。
とは言えバス1台を任されたときは、花の名前ばかり言うしかない面もあります。ガイドには、マスツーリズム向けと私のようなパーソナルガイドがいて、それぞれやり方が違います。これからは、そうしたガイドの種類の整理も必要ではないでしょうか。
ただし、マス、パーソナルに共通するガイドの必要要件もあって、ガイド自身がさまざまな事象についてお客様と一緒に「面白がる」ことではないかと思います。それをお客様にどう伝えるか、どう面白がれるかがガイドの力量というものでしょう。
私が同行するのは催行人数が8人や12人などの少人数ツアーで、何日間も行動を共にしますから、非常にコミュニケーションがとりやすいです。参加者はリピーターが7割くらいで、すごく助けられています。安全管理はちゃんとしますが、私の旅は「ほっといてくれるからいい」と言う方もいます。
旅行会社には難しい注文だと思いますが、あまりタイトに行程を書かないようお願いしています。泊まるところと大まかな行き先だけを決め、あとは走り回りながら見ていくというスタイルで、ツアー初日に生まれた疑問を、旅をしながら謎解きをしていくような、みんなで旅を作っているという感覚です。
以前より、ガイドとしての私のミッションは「地球のことを、みんなでちょっと考えない?」というメッセージを伝えることだと思っています。もちろん、こうしたメッセージは表には出しませんが、周囲を見てもミッションを持ち、それを果たそうとしているガイドが生き残っていると感じます。訪れた土地をお客様と面白がりながら、自分のミッションを果たすことが大事だと思っています。
私がフリーのプロガイドを始めたのは1980年代、30代の頃です。大学時代に自然保護運動をしていて、一度会社勤めをしましたが10年たって、この会社の先行きは怪しいと判断して辞め、改めて運動を見直して「自然のことをわかっている人が少ないから、問題が起きてくる。ちゃんと自然を語る人がいないといけないのでは」と思ったのがきっかけです。しかし当時は、ガイドに対価を払うという発想はなく「宿と移動費はただ。その代わり何かお花の名前教えてあげてね」みたいなところから始まって、「自然を飯の材料にするのはけしからん」という非難を浴びながらやっていました。
その後、今80歳ぐらいの世代の人たちの子育てが終わった頃、カルチャークラブなどで自然について学びたいという時代のうねりが出てきて、ガイドという存在が必要であり、対価を払うものという社会的な認知が広まってきたと思います。
とにかく、今はガイドがもっと増えないといけないと思います。でないと業界として成り立っていきませんから。業界になれば、社会的にサポートされる存在になります。特に若者が働ける場所として、もっと促進したいと思っています。地域の産業をお邪魔せず、地域を活性化させる新しい業として、ガイド業は非常にいいと思います。
都市と地方の交流はとても大事ですが、ガイドには都市と地方の交流を増やす役割を担ってほしいですね。若い人たちには単に稼ぐ手段としてだけでなく、その自覚を持ってやってほしいと思いますし、そういうガイドが増えることを望んでいます。(談)
三木 昇氏(ネイチャーガイド 北ノ森自然伝習所主宰)
北海道江別市在住。北の森の自然ガイド。信州大学農学部林学科卒業後、道内の林業会社に就職。退職して、学生時代からかかわった自然保護運動と植生調査に従事する。振り返ると自然を語ることの必要性に気づき、北の森自然伝習所を設立。大地の歴史や息吹を感じさせるダイナミックでユーモアに溢れた熱心な解説が人気。北方の森を得意分野とし、海外ツアーでも自然ガイドを務める。