④ 奄美・沖縄におけるサステナブルツーリズムの到達点と課題〜主にアドベンチャーツーリズムの社会実装を例として〜
2021年7月に奄美・沖縄(奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島)が国内では五件目となる世界自然遺産に登録された。私は、2018年7月から2021年3月まで環境省沖縄美自然環境事務所の担当官として遺産登録の作業に関わっていたが、当時、遺産登録に伴う観光客数の増加が見込まれる中で、遺産の保護と利用をどのように両立させるのか、そのための仕組み作りや概念はどうあるべきかを模索していた。そこで出会った概念が持続可能で高付加価値な自然文化体験ツーリズムであるアドベンチャーツーリズムである。
本稿では、サステナブルツーリズムとも親和性の高いアドベンチャーツーリズムに着目し、主に沖縄におけるアドベンチャーツーリズムの社会実装を例に、奄美・沖縄におけるサステナブルツーリズムの到達点と課題について論じたい。
1.アドベンチャーツーリズムとの出会い
奄美・沖縄の遺産登録前から登録後の課題として指摘されていたのがオーバーツーリズムの問題である。遺産登録の科学的審査を行う国際自然保護連合(IUCN)からの2021年5月の評価結果においても、第一に観光管理の徹底が要請された。
例えば、コロナ前の2019年の沖縄県への入域観光客数は1016万人(沖縄県調査)と七年連続で過去最高を更新、暦年で初の1000万人台を記録した。また同年の那覇港のクルーズ船寄港回数は260回(国土交通省調査)であり、六年連続の増加で初の日本一の回数となっていた。筆者自身も那覇に住んでいたのでよく覚えているが、慢性的な大渋滞、国際通りをはじめ観光地は常にどこも超満員の状態であり、地域のインフラ面からも明らかにキャパシティオーバーであった。このまま世界遺産に登録された場合、オーバーツーリズムによる自然環境への悪影響を強く危惧していた。観光客が多すぎると自然が壊れ、観光客を減らそうとすると人口減少で疲弊する地域の経済効果が減るジレンマをどうやって解消するか。ちょうどそのような時期に出会った概念がアドベンチャーツーリズムである。
2.アドベンチャーツーリズムとは何か
アドベンチャーツーリズム(AT)とは、Adventure Travel Trade Association(ATTA)の定義では、「自然とのふれあい」「フィジカルなアクティビティ」「文化交流」の三つの要素のうち、二つ以上が主目的である旅行とされる。従来の旅行産業の概念にとどまらない地域の中小事業者と地域住民に、経済・社会的な観点でのサステナブルな効果を残せること、同時にこの効果が地域の自然や文化を保護・活性化することに貢献していることが重要な要素であるとされる。筆者がこれまでの自然環境行政やアドベンチャーツーリズムの社会実装の経験から考えたATの概念を図1にまとめた(岩浅、2022)。
なお、今回世界遺産に登録された奄美地域においては、奄美群島国立公園のコンセプトとして、自然と共生してきた暮らしの中で培われた地域の伝統文化として「環境文化」を謳っている。また、沖縄において人と自然の関わりについて研究している当山も生きものと人との間に生み出された文化を「生物文化」と表現しており(当山、2015)、自然と文化を一体的に取り扱っている。このため、日本においては「自然」「文化」「体験」のうち二つ以上がATという国際的な定義よりは、ストレートに「自然文化」を「体験」することがATであるとする方が馴染みやすい。
3.沖縄におけるATの取組と今後の社会実装に向けた課題
沖縄におけるATに関する主な取組を表1にまとめた。コロナ前の2018年度の観光庁事業が沖縄におけるAT社会実装の嚆矢となっている。具体的なモデル地域として、これまで沖縄本島の金武町や国頭村等においてATの社会実装を進めている。
沖縄における事業を通じて筆者が考えた、今後のAT実装に向けた視点や課題を挙げる。なお、以下の「AT」の部分を「サステナブルツーリズム」や「エコツーリズム」に置き換えて読み進めていただいても差し支えない。
(1)AT理念の地域内共有
まず、ATの有する理念やATが目指すところ、加えて、そもそもなぜATをやるのかを地域で共有することである。ここの部分がある程度地域内で議論・共有されていないと点の取組にしかならず、地域ぐるみのATの社会実装が困難となり、広域周遊の議論もおぼつかない。
(2)観光客数をKPIとしない
次に、観光客数を目標としないことである。オーバーツーリズムとなったシンガポールやバルセロナでは観光客数を目標とすることをやめた。今後のATの概念に沿うKPIとしては、地域に落ちる消費額、自然や文化の保護・再生状況、住民の幸福度、ツーリストの満足度・再訪意向などが挙げられる。
(3)ATを手段とした地域観光ビジョンの策定
次にATを手段としてどのような地域でありたいのか地域主導でボトムアップの観光ビジョンの策定が必要であるということである。行政計画は危機や課題に始まり、フォアキャストの視点で具体的施策を記載することが多い。ここでいう地域主導でボトムアップの観光ビジョンとはもちろん行政の関与やオーソリティも必要であるが、地域の多様な主体の熟議を通じて未来志向のビジョンを定め、バックキャストの視点で具体的な取組を記載することを意味する。観光ビジョン策定の対象エリアは市町村単位だけではなく、必要に応じて複数の市町村にまたがる広域エリアでの策定も検討する。加えて、「とにかく誰でもいいからたくさん観光客に来て欲しい」ではなく、前述の観光ビジョンを実現するために、「こんな人に来てほしい」と対外的に発信する必要がある。ATは高付加価値観光の一形態とも言えるが、お金を持っている富裕層なら地域は誰でも歓迎なのか。少なくとも「地域の自然、文化、コミュニティを尊重し、地域の有する価値を認め、そのポテンシャルに共感してくれる人(文化人)」に来て欲しいはずだ。
(4)利用のゾーニング
次に、利用のゾーニングや利用方法を明確にする必要があるということである。例えば、人の立ち入りを一切排し、厳正に自然環境を保護するエリア、ATによる利用など一日当たりや一グループ当たりの上限人数等のルール設定の下に少人数の立ち入りが認められるエリア、マスツーリズムに対応するエリアといった大きく三つくらいの利用のゾーニングを描く必要がある。これは生業が関係するため、観光業者などの利害関係者はもちろんのこと、広く地域の多様な主体の参画による議論が求められる。できれば自主ルールが望ましいが必要に応じて法令による規制を検討する。
(5)ATコーディネーターの育成
次に現場のスポットガイドの育成はもちろんだが、スポットガイド同士をつなぐ、全体のATツアーを企画するなど、いわゆるATコーディネーターの育成が急務であるということである。手法としては行政の支援も得ながら研修会を開催し、一点集中で人材育成し、各地のネットワーキングによりノウハウを広域に展開するアプローチが考えられる。
(6)観光と自然保護が連動した基金の創設
次に観光と自然保護が連動した基金にする必要があるということである。宿泊税が各地で議論されつつあるが、観光関係の基金と自然保護の基金が別々ではなく一体となって、あるいは両者が連携しながら運用していくことが重要である。地域の環境、社会、経済の持続可能性を考えると、このような基金を通じて、観光が進めば進むほど自然保護が進むという好循環を目指すべきである。また、自然や文化などの観光資本はタダでは守れないし、再生できない。必要に応じて利用者負担として入域料の検討も必要となる。
(7)AT推進母体の設置
最後に、多様な関係者からなるAT推進母体の設置である。ATの全国的な組織としては一般社団法人日本アドベンチャーツーリズム協議会(JATO)が2019年に設立されている。地域別にはATの先行地域でもある北海道では北海道アドベンチャートラベル協議会(HATA)が2017年に組織化されているが、沖縄には同様の組織はまだ存在しない。ATの理解促進と普及啓発、国内外からの問い合わせへの対応や宣伝誘致、情報や知見の共有、人材育成のための研修や相互交流、施策の立案やその実施など多岐にわたる役割が期待される。関係者もガイド、コーディネーター、宿泊事業者、観光協会、DMO、専門家、行政等多岐にわたると想定される。上記の推進母体構築に当たっては一定程度の行政の支援の下、民間の意思決定の速さと創意工夫が発揮できる民主導、官サポートの組織づくりと継続的な資金・人材確保の仕組みづくりが求められるであろう。
以上、七点を挙げたが、いずれにしても地域の主体性や熱意の下に実装を繰り返しながらATコンテンツだけではなく、地域全体の環境、社会、経済の質を高めていく好循環モデルの実現が持続可能な地域創生につながっていく。
今後の奄美・沖縄におけるATの社会実装であるが、現在の沖縄におけるAT社会実装は沖縄島が中心ではあるが、ATはロングステイを基本とすることから、より広域の視点も必要である。このため、沖縄島以外にも慶良間諸島、大東諸島、宮古諸島、八重山諸島などの沖縄県内の離島をはじめ、今回の奄美・沖縄の世界自然遺産を機に、沖縄と奄美群島の更なる連携や、奄美群島と屋久島の世界自然遺産を通じた連携など、広く南西諸島におけるATの緩やかなネットワーキングにより、コースの開発や人材育成、情報共有なども今後図っていきたいと考えている。
4.沖縄におけるリゾート宿泊施設のサステナビリティに関する現況
本稿執筆にあたり2022年6月1日から3日にかけて、最新のリゾート宿泊施設のサステナビリティに関する現況を把握する目的で沖縄における3軒の国内資本のリゾート宿泊施設への取材及び沖縄県内の状況に詳しい大学有識者にヒアリングを実施した。
客室数としてはそれぞれ200室程度、100室程度、1室(一棟貸し)と規模はさまざまで宿泊料金も2万円程度から15万円程度と異なるが(繁忙期である7月、8月は2倍以上の価格)、これらの施設に共通するコンセプトとしては、沖縄の本物の自然と文化を感じられることであり、随所に工夫が見られた。
景観としては、沖縄特有の目の覚めるようなエメラルドグリーンの海を遠景に、手前には自然海岸や自然植生を風景として楽しむことを旨として極力改変を行わず(写真1)、ありのままの素晴らしい自然を残す工夫がなされていた。庭にはシークワーサーやアセロラなど沖縄で生産されている果樹なども植えられている。
資源循環としては、脱プラの取組が当たり前に行われていた。まずペットボトルの水が客室には置かれていない。これに対する対応としては、エレベーター前にウォーターサーバーを置いておき、客室備え付けのピッチャーでセルフ給水を行う方法(写真2)や、客室の冷蔵庫に給水されたピッチャーを格納しておく方法が採られていた。導入前にはコスト高につながるのではないかという組織内の意見もあったようだが実際に試算したところ導入した方がコスト安につながるということでまさに環境と経済の統合が図られた形となっている。
また、プラスチック製の歯ブラシやヘアブラシなどのアメニティグッズは客室には置かず、フロント近くにアメニティコーナーを設けて必要に応じて持っていくか、フロントに連絡して必要分を持ってきてもらう方法が採られていた。高価格帯の宿泊施設に宿泊する客は環境への意識が高い人も一定程度見られ、このような取組は以前からある程度の理解を得られていたとのことであるが、2022年4月に施行された「プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律」に基づく特定プラスチック使用製品の使用の合理化もあり、宿泊者の理解や納得がより得られやすくなったとのことである。その他、資源循環としては、食べ残しの食材を堆肥化して農場で利用する工夫も見られた。
食としては、地産地消と旬を意識し、農薬や化学肥料を極力使用しないで作られた沖縄の伝統野菜や伝統料理を提供するコンセプトを全面に打ち出し、更に洋食へのアレンジによる高付加価値化の工夫も見られた。地産地消は輸送コスト削減や輸送にかかる二酸化炭素排出削減の観点でも有効である。また食器はプラスチック製を極力使わず、沖縄を感じられる伝統的な焼物である「やちむん」も使われていた。
脱炭素に関しては電動カートの利用が見られたが、単に電気であるから良いというだけではなく、その電気が化石燃料による発電か、再生可能エネルギーによる発電か、発電方法も重要である。沖縄は現在ほぼ化石燃料による発電であるため、世界から選ばれるサステナブル・ラグジュアリーリゾートとなるためには今後の再生可能エネルギーの導入やその拡大は必須事項であろう。
これまで沖縄のリゾートはヨーロッパ風、ハワイ風、東南アジア風が多く、本物の沖縄を感じられるラグジュアリーリゾートはあまりなかった。クラシックラグジュアリーからモダンラグジュアリーへの転換が進む中で、リゾート滞在中に本物の沖縄を感じられることは新たな高付加価値につながっていく可能性が高い。
上述した脱炭素、資源循環、生物多様性の3要素からなる環境のサステナビリティの視点は、今後の沖縄のリゾートにとって極めて重要である。現在のSDGsやESG投資の世界的な潮流を考えると、サステナビリティの視点はむしろ必須要素になっていくものと考えられ、取り組まない場合は世界から選ばれないリゾートとしてリスクとなる可能性がある。例えば資源循環に注目してみると単に脱プラを謳うだけではなく、観光事業を通じて排出される生ごみ、廃棄物、汚水といったこれまではエネルギーを投じて処理を行っていたものを新たな技術を通じて新たな資源として循環させることで、観光が進めば進むほど地域や環境がより良くなっていく好循環サイクルを地域単位で具体的に作り出していく必要がある。全てを民間事業者に任せるのではなく、行政の施策として進めることも重要である。
今回は限られたサンプル数ではあったが沖縄のリゾート宿泊施設におけるサステナビリティの取組の現況を把握した。今後は個々のリゾート宿泊施設におけるサステナビリティの取組に加えて、地域全体でサステナビリティの取組を行うことも重要である。参考となる概念や施策として、地域循環共生圏とゼロカーボンパークが挙げられる。
「地域循環共生圏」とは、各地域が美しい自然景観等の地域資源を最大限活用しながら自立・分散型の社会を形成しつつ、地域の特性に応じて資源を補完し支え合うことにより、地域の活力が最大限に発揮されることを目指す考え方であり、ローカルSDGsとも言われる。「ゼロカーボンパーク」とは、国立公園における電気自動車等の活用、国立公園に立地する利用施設における再生可能エネルギーの活用、地産地消等の取組を進めることで、国立公園の脱炭素化を目指すとともに、脱プラスチックも含めてサステナブルな観光地づくりを実現していくエリアである。地域循環共生圏の概念ともほぼ同義であり、現在7つの国立公園が登録されている。これらの概念や施策も活用しながら具体的なサステナビリティ地域を構築していくことはサステナブルツーリズムだけではなく既存産業の高付加価値化や新たなイノベーションなど更なる波及効果を生む可能性がある。
5.サステナブルツーリズムをはじめとした新しい観光の構築に向けて
特に戦後の高度経済成長以降、道路等の観光インフラの整備により自然が破壊され、自然保護を進めようとすれば観光開発ができないと関係者の不満が噴出するなど自然保護と観光は常に二項対立の関係にあった。その後、1990年頃から自然保護と持続可能な観光振興を両立するエコツーリズムの動きが屋久島など各地で見られるようになった。
その後の観光政策としては、2008年に観光庁が設置され、2013年に訪日外国人旅行客数が1000万人を突破し、2016年には政府の「明日の日本を支える観光ビジョン」が策定され、訪日外国人旅行客数が2000万人を突破した。また、国立公園の魅力向上や外国人観光客数の倍増を目指す国立公園満喫プロジェクトが開始された。その後、2018年には訪日外国人旅行客数が3000万人を突破し、地域への経済効果を含めてポジティブな効果もあったが、いわゆる観光公害などネガティブな側面も顕在化した。上述したように沖縄はオーバーツーリズムの状況となり、また、世界遺産登録前の奄美大島の瀬戸内町ではクルーズ船の受け入れにあたって地域の自然保護か観光かの二項対立が起こり、最終的には受け入れ計画は撤回された。特に自然環境に恵まれた地域は環境やインフラのキャパシティが限られており、大量送客による消費型の観光形態では地域の環境、社会、経済を持続可能な形で守り、育てていくことが難しい。このような地域こそ自然保護と観光を両立させるアドベンチャーツーリズムやエコツーリズムなどのサステナブルツーリズムが適している。
今年2022年は、国連の持続可能な観光国際年から5年、国際エコツーリズム年から20年、沖縄の本土復帰50年の節目の年であるが、我が国初の世界自然遺産である屋久島において「共生と循環」の理念が提唱されてからちょうど30年でもある。「共生と循環」はサステナブルツーリズムをはじめとした新しい観光を推進する上で重要な指針となるであろう。コロナ禍を経た新しい観光とは何か。サステナブルツーリズムを社会実装する現場から引き続き新しい観光について考えていきたい。
大正大学准教授
岩浅有記(いわさ・ゆうき)
大正大学准教授。環境省、国土交通省勤務を経て現職。観光庁アドバイザー(広域周遊観光促進のための専門家派遣事業登録専門家)、佐渡市総合戦略アドバイザー、北本市地域循環共生圏アドバイザー。専門は環境政策、自然活用地域創生。環境とのシナジーによる農業や観光の高付加価値化や、アドベンチャーツーリズムやウェルネスツーリズム等の持続可能で高付加価値な自然文化体験観光の社会実装に各地で取り組む。令和3年度沖縄におけるサステナブルツアーの造成検討会委員長(内閣府沖縄総合事務局)
参考文献
1)地域人第73号(特集奄美大島、徳之島、沖縄島北部、西表島世界自然遺産の保全と地域の活性化)(大正大学地域構想研究所)
2)地域人第83号(特集アドベンチャーツーリズム)(大正大学地域構想研究所)
3)当山昌直(2015)第3節 島に生きる.pp.39-51.沖縄県教育庁文化財課史料編集班編、沖縄県史各論編1自然環境.沖縄県教育委員会.