“観光を学ぶ”ということ ゼミを通して見る大学の今

第14回 和歌山大学・観光学部
サステナビリティゼミ
サステナビリティをクリティカルに考え、クリエイティブに表現し、伝える

1.和歌山大学:観光学部地域とのつながりを大切に

 和歌山大学観光学部は2007年に経済学部観光学科としてスタート、2008年から独立した学部となった。2011年大学院修士課程、2014年には博士後期課程が設置され、国立大学では唯一「学部、博士前・後期課程」が揃う独立した観光学部として、現在常勤教員20名、学生約590名で成り立っている。
 学部は当初「地域再生、観光経営」の2学科からなり、現在は観光学科の中に「地域再生、観光経営、観光文化」コースが設置されている。観光立国宣言や観光庁設置などの一連の流れで観光に期待される「地域再生、活性化」は和歌山県としても大きなミッションであったことが観光学部設置の経緯でもある。2023年度の開設を目指して新たな修士課程「観光地域マネジメント専攻(専門職大学院)」の設置を申請しており、地域フォーカスがより強化されることになる。

地域とのつながり

 観光による地域の再生、活性化は、多くの学生が本学部を選ぶ大きな理由の一つとなっている。地元で働きたい、地元をもっと元気にしたい、などの課題意識を持って全国から来てくれる。地域からのご協力に基づく活動は、多くの授業やゼミ活動の一部となっている。地域の課題を学生が地域と共に検討する活動は、LIP(地域インターンシッププログラム)として行ってきたが、今年度からはLPP(地域連携プログラム)として19のプログラムを展開している。国際活動も地域活動の海外版と考えられ、GIP(Global Intensive Project)として、交換留学などとは異なる、多様な短期プログラムがある。GIPは英語を使って「観光」を学び、グローバルな視点で課題解決に導くための知識・思考を磨くことを目指す学部の任意プログラムGP(Global Program)とも連動している。

 私の授業やゼミでは、県内では熊野古道(紀伊山地の霊場と参詣道)沿いの田辺市各地域など地域の方々、参詣道連携のあるスペインのサンティアゴ・デ・コンポステラ、そして復興支援で今も交流を続ける福島の浜通り地域など、多方面で連携、また学生の教育や研究にご協力いただいている。私の前任校は豪州クイーンズランド大学、グリフィス大学だったが、日本のような深い「地域との関わり」を持つことはなかったが、地域との連携を通じて良い学生が育ち、地域フォーカスの研究を行うことで還元できればと思う。

 これら、多様な学びの中で、学生それぞれが専門性を高め、卒業条件である卒業論文としてまとめることを目標とするのが「ゼミ」だ。学生の所属ゼミは2年次後半に決まり、実際の活動は3年生から卒論を仕上げるまで(4年生の1月)となる。

2.サステナビリティゼミ

 SDGsや脱炭素などへの取り組みが加速する今、「サステナビリティ」は今日のキーワードとなりつつある。観光もその例外ではない。コロナ前の議論はオーバーツーリズムと気候変動への対応が二大トピックであったが、この2年のブランクは観光にとって打撃であったと同時に大きな反省の時期でもあった。より安心安全への取り組みがサステナビリティをも推進することが期待されている。
 サステナブルツーリズム研究は、1993年創刊の学術誌Journal of Sustainable Tourismを中心に多様な議論が進められてきている。サステナビリティは環境、社会、経済面のバランスを前提とし、その対象分野も「環境保全、動物保護」から「伝統産業や関連文化の継承」、「地域のエンパワメント」「途上支援、被災地復興、貧困軽減」など多様、広範囲に及ぶ。

 よりサステナブルな観光は復興や回復、地域のエンパワメントやアイデンティティの強化に寄与できる(リジェネラティブ)可能性がある。一方で、観光は資源の枯渇、自然破壊、格差や不平等に繋がる可能性もある。楽しい、美しい、美味しい経験が他の人や環境を犠牲の上に成り立つものでないよう、そのような視点を育てるのはサステナビリティゼミの目指すものだ。

 サステナブルツーリズムでは国際的共通課題としてのグローバルな視点、また、よりよいオプションを常に考えるためのクリティカルな視点、それを多様な方法で伝え、また実行するクリエイティブな視点、が必要とされる。サステナビリティゼミでは、この「サステナビリティをクリティカルに考え、クリエイティブに、表現、行動する」をテーマに、「観光の視点を通してのよりサステナブルな地域づくり」を共通目標としている。ゼミでは、講読・ディスカッションの週と、「興味(後に卒論)プロジェクト」を隔週で行っている。講読は「環境社会学」関連の文献が多く、開発と保全の歴史、歴史的景観、負の遺産、過疎化と活性化、南北問題、貧困、ジェンダーなど多岐にわたる。観光庁「持続可能な観光ガイドライン(JSTS‐D)」も持続可能な地域づくりの参考書とし、地域がバランスある観光推進はどうあるべきかを検討する機会も設けている。
 卒論に向けては、興味の定義づけ、関連データ・事例収集、SDGsとの関連づけ、などを通じて次第に「サステナビリティの課題」を構築していく。その後ミニ調査でアンケートや聞き取りを行ったのち、研究として深めていく。ゼミのルールはただ一つ、「全員必ず意見・感想を言うこと」だ。それぞれ取り組んでいることが違うため、異なる視点を得る、また、多様な意見を尊重し、対応することになる。3年生の初めから数ヶ月で、皆即意見が言えるようになる。

 地域活動は、野外での活動も多く、農園や古民家ステイ、地域のお祭り支援なども行っている。今年の3年生は「京都SDGs旅」の企画を行っており、フードロスへの対応などが中心テーマになりそうだ。

3.研究プロジェクト

 「自分が最も興味のあること」の中にサステナビリティの課題を見つけることからスタートするため、各自が選択する課題やアプローチは多種多様だ。これにより、サステナビリティは日々の生活のあらゆる場面に見つけることができ、多様なアプローチで取り組むことができることが示される。今年の4年生のテーマを、それぞれが説明する。

学部4年生の卒論紹介

*「花」:元々祖母や母がガーデニング好きで、昔から花に囲まれていた。さらにコロナ禍で散歩をし、花を愛でる機会が増えた。自分の生活を振り返ると、いつも身近に花が存在していると気づいた。その中でも、まだ咲いているのに余剰分や規格外の花が捨てられる、花の廃棄ロスに興味がある。花は食品と同じく、鮮度や日持ちが重視されるのにも関わらず、嗜好品であるため人々が花を買う頻度や消費額は高くない。そのため余剰在庫や廃棄が増えるが、それらの維持費やコストも変わらずかかるため、花の小売価格が高騰するという悪循環が発生する。花の廃棄は生産から小売まであらゆる段階で発生するが、特に小売での花の廃棄に着目し、改善策を探ることで、花の「もったいない」を減らしたい。 (山口奈々)
*「年中行事の持続可能性」:近年、希薄化している年中行事を後世へ継続させるために、現代・これからの年中行事の意義やあり方を発見したいと考えている。テーマを選んだ理由は、幼少期から年中行事が好きだった、また、アメリカの友人との文化交流の中で、年中行事が日本特有の誇らしい文化であることを実感し、継承されるべきものだという気持ちが芽生えたからだ。年中行事は「一番身近に感じることのできる非日常」であり、この非日常こそが現代社会の問題を意識づけさせてくれる契機となると考える。例えば、核家族化や地域の衰退において求められる「家族や地域の絆やつながり」を創造する契機、食料の大量廃棄に意識を向ける契機などがあげられる。非日常体験である観光ともつなげ、持続可能なライフスタイルに合わせた年中行事も提案していきたい。 (杉村奈央)
「服の持続的な活用:サブスクリプションの提案」:数多ある社会課題のうち、特に注視しているのは以下の3点だ。
●1年に約33億着もの服が捨てられる一方で、服を手に入れることができない人もいる。
●ボランティア活動をしたい人は多数いる一方で、ボランティア活動が普及していない。
●途上国に井戸を作る、学校を作るなどの援助は必ずしも弱い立場の解消につながらない。
 この状況を改善するべく、服のサブスクリプションの仕組みをつくろうと考えた。不要な服を必要な人に届ける、社会課題に対して何かしたいと考える人がもっと簡単にはやく安く行動できる、などの仕組みだ。苦しむ人が自分自身の力で生きていけるようにサポートできる方法〜そんなサブスクリプションをつくることで世界を平等にしたいと考えている。 (宮下純和)
「富士山の自然の癒しの力」:コロナ禍の自粛で誰とも会えず、どこにも行けない苦しさや辛さを感じる日々が続いていたとき、自然に触れたことで、心が少し和らぎ、日々の喧騒や辛さを忘れ癒された。疲れたときに自然に触れるとなぜこんなにも癒されるのだろうと思ったことが、研究のきっかけとなった。しかし自然となると対象があまりにも広大すぎるため、すぐ近くで生まれ育ち、常にその存在を感じていた富士山をフィールドに研究することとした。雄大な自然が広がる富士山だが、一方でごみ問題、オーバーツーリズムなど課題も多く存在する。「富士山の自然の癒しの力」を十分に受けられるだけでなく、自然と人、人と人をつなぐことで富士山が抱える課題解決にアプローチできる機能を備えた施設の構想を検討している。 (井上綾乃)
*「サウナ」:2016年頃から近年にかけての「第3次サウナブーム」で、サウナの在り方は大きく広がった。地域に訪れ自然の中で建てるテントサウナや、仕事の合間に入れるサウナ施設など、これまでの銭湯にあるような日常的なサウナとは少し違う。さらにはサウナとアートが融合したイベント型のサウナも登場するなど、サウナは日常的なものから観光・集客コンテンツになりつつある。そこで「サウナが観光・集客コンテンツとしての役割を果たすのか、それは今後も持続できるのか」を焦点に、研究を進めている。一時的なブームが生み出す地域や観光地の環境変化や、施設の一時的な設置を課題と捉え、地域や観光地、施設の持続的活性化のヒントになる研究をしたい。 (竹中杏由紀)

博士課程研究

 博士課程は前期(修士)2年、後期3年が履修年数となっている。本ゼミで取り組まれてきているテーマは災害復興、宗教的聖地のマネジメント、少数民族のエンパワメント、伝統芸能の継承、サイクリングによる地域活性化、観光における女性、などがある。これらの研究に共通するのは「観光の視点により地域に力や正義をもたらす視点」だと言え、近年注目されるリジェネラティブツーリズムのアプローチにも通じる。以下、博士前期課程の研究をゼミ生が紹介する。
*《持続可能なモビリティの研究》
 観光とサステイナビリティに関する多くの先行研究において、移動、特に観光客の移動は、近年持続可能性に関する問題となっている。観光客による移動手段の選択は、地域住民の日常生活の環境、社会、経済的側面に影響を与える可能性があるとされ、持続可能なモビリティが主要なキーワードとなっている。観光地における持続可能なモビリティの研究は数多く行われてきているが、日本の小さな島々における研究はまだ少ない。日本では高齢化や若い世代の都市部への移住などで過疎化が進み、地域交通も変化している。地域交通と観光の交通手段は相互に影響を与える可能性がある。ここでは、観光客の移動が小さな島の地域に与える影響について、環境的・社会的側面から検討し、地域交通が観光客の移動と観光体験にどのような影響を与えるかについても調査していく。 (博士前期課程1年マリヤム・サブリナ・ビンティ・イジハン)
*《場所感覚の研究》
 場所感覚(Sense of Place)の概念から、持続可能な地域コミュニティを形成する観光マネジメントについて研究している。場所感覚とは、場所と人の心理的繋がりを表す総括的な用語で、「場所アイデンティティ」「場所愛着」「場所依存」を下位概念とする。現代の日本では、少子高齢化や人口流出から、地域社会の担い手不足が深刻化している。一方、2020年に観光庁が「持続可能な観光ガイドライン」を発刊したように、観光地マネジメントの変革が求められている。そうした中で、住民による内からの視点:「場所感覚」(住んでよし)と観光客による外からの視点:「観光」(訪れてよし)の融合が必要だ。
 場所感覚は地理学や環境心理学などの領域で活発に研究が進められてきた。その構成要素として「物理的環境、人間の活動、場所への意味づけ」があるが、この「場所への意味づけ」が地域の持続性を考える上で重要だ。それが地域社会の本質を示すもので、時代の変化の中での場所やコミュニティのあり方について深く理解することができるからだ。この意味づけはその地域コミュニティでの個人的経験(住む、写真を撮るなど)や集団的経験(地域行事への参加、清掃活動など)、また歴史的な流れの中で形成されていく。本研究では特に場所感覚を継承する手段としての地域行事の役割に注目し、和歌山市和歌浦地区の「和歌祭」への地域住民参加について調査している。研究結果は持続可能な観光マネジメントへの提案に活かしていくことをめざしている。 (博士前期課程2年 寺澤舞花)

4.ゼミ+の活動

 研究室を中心に、ゼミ以外の学生も参加しての活動もある。「持続可能な観光評価指標」の開発と活用推進に関しては、今年のツーリズムEXPO SDGsゾーンにてSTARs(Sustainable Tourism Assessment & Review system。法政大学デザイン工学部川久保研究室との共同開発)として出展する。他にはUNWTO Tourism Highlightsなど出版物の日本語訳、Dark tourism研究会、また、「放射線と社会:福島浜通り研修(大阪大学核物理研究センター主催)にも毎年参加している。コロナ禍で、観光を学ぶ際には「現場」、人と人とのコミュニケーションや共同活動により地域を知ることの重要さが改めて身にしみた。これらの活動をさらに重視していきたい。


5.おわりに

 「サステナビリティ」は社会全体の多様な参画を得ずしては進めることは難しい。が、この「必ずもっと良いオプションがある」終わりのない旅は、ポジティブ思考を生み、あらゆる場面で、より良い社会・地域づくりに貢献できる可能性は、学生たちもプロジェクトを通じて感じている。地域循環共生圏、SDGs未来都市、ゼロカーボンシティーなど、サステナビリティ推進の多くの事業が展開する今日、サステナブルな地域づくりを学んだ学生たちの将来の活躍の場も広がっている。
 卒業生は観光・旅行関係だけでなく多方面に就職していくが、これは「観光学」の守備範囲が広く、観光で学ぶことは社会の多方面で活用することができる、ということでもある。サステナビリティに関する知識、経験、熱意をもつリーダーたちが観光分野から育っていくことを期待しながら、学生たちと日々議論を続けていきたい。


加藤久美(かとう・くみ)
和歌山大学観光学部・大学院観光学研究科 教授/武蔵野大学しあわせ研究所 教授
豪クイーンズランド大学客員准教授 GSTC理事。クイーンズランド大学卒(PhD)。観光庁持続可能な観光ガイドライン策定委員会座長(2019)、観光庁持続可能な観光推進事業アドバイザー(2020‒2022)、WTTC Tourism for Tomorrow審査員、京都観光振興計画2025マネジメント会議委員(2021‒2022)など、多方面で持続可能な観光推進に関わる。福島県飯舘村狼天井絵復元(三井物産環境基金2013‒16; 2016‒19)、南相馬、大熊町などの復興支援、東北お遍路プロジェクト、熊野古道やサンティアゴの巡礼道の連携を通しての持続可能な地域づくり支援などを行う。著書:Sharpley, R., & Kato, K. (Eds)(2020). Tourism development in Japan. Routledge; Kato, K.(2019). Gender and Sustainability ‒ exploring ways of knowing:an ecohumanities perspective, Journal of Sustainable Tourism,Vol. 27(7), 939-956; Kato, K. (2007). Waiting for the tide: ama divers sea whistle. ABC National Radio “Radio Eye” (ラジオドキュメンタリー)など