事例❸ 倶知安町(くっちゃんちょう)

住民の信頼を重視した各種事業を展開

—コロナ禍も3年目を迎え、段階的にインバウンドの解禁が少しずつ進んでいる中ですが、コロナ禍以前に訪日外国人旅行者の主要な目的地となっていたニセコ地域(倶知安町)におけるDMO(観光推進組織)のお立場から、コロナ禍の中で取り組んだ事項等についてお伺いできればと思います。

 まずは私自身の話をさせていただきますと、2021年の6月に倶知安観光協会の事務局長に就任する前は、10年間、JTBハワイで勤務していました。最初の5年はMICEの誘致・受入事業に従事し、その後、地域のコミュニティーに関わる地域交流ビジネスの役割を担い、最後の3年間は、ホノルルフェスティバル財団に出向し、イベントの企画・運営を担いました。2021年の帰国後にご縁をいただき、現在のポストにいる状況です。
 2021年6月1日に着任し、最初に取り組んだことは、観光協会によるワクチンの職域接種でした。会員向けに接種希望者のアンケートをとったところ、当初は1500人が接種を希望しましたが、接種直前のアンケートでは希望者は2600人程度まで増加しました。すでにワクチンは発注済みであったため、厚労省とやりとりを行い、何とか追加分のワクチンを確保することができ、1回目の接種が終わるまで9月頃までかかりました。
 この間、他の業務は一切できない状況でしたが、住民から観光関連事業者への信頼を得るという面で、ニセコの観光関連事業者全体がワクチンを接種することは非常に重要でした。当時、ニセコでは居住の外国人を含めたクラスターが発生していたこともあり、最終的には観光協会の会員でなくとも、家族や取引先、また、町内在住または勤務であれば外国人も接種可能とし、地域一体での安心・安全の確保に注力しました。観光政策の最も重要な根幹は住民の理解であるということもふまえ、その土台づくりを進めた形です。

—住民の目線に寄り添うといった視点は、ハワイでの経験に基づいたものでしょうか。

 そうです。レスポンシブルツーリズムの逆の視点ですね。レスポンシブルツーリズムは旅行者視点によるハワイの住民に対しての責任という考えですが、今回のニセコでは、同じ地域に存在する住民に対して観光事業者が責任を果たすことが、住民との共存には必要という考えです。これをないがしろにして観光事業を実施すると、「こんな時期に何をやっているんだ」と住民から批判されてしまいます。
 また、職域接種の会場に行けば地域内の住民や観光のキーパーソンと会えますので、ここで関係性を強化していきました。なお、職域接種会場では、非常に多くの方に感謝の言葉をいただきました。特に外国人は言葉の障害もありワクチン接種の機会が乏しく、有難いといったご様子でした。外国人を含めた職域接種を観光協会で実施したことは先駆的であり、その後、定山渓や登別、洞爺すすきの等、といった道内の観光地でも同様の取り組みが始まりました。
 このような土台づくりをふまえ、昨年10月からは、令和4年度の補助金獲得に向けた準備を行いました。観光協会の活動原資である倶知安町の宿泊税が減ることは確実でしたので、活用可能な補助金をすべてリストアップし、公示が出る前の事業を含め、早々に情報を収集し申請書を書き始めました。特に重視したのは、①二次交通、②倶知安町とニセコ町の圏域をまたがる連携事業、③MICEです。①二次交通は、ひらふエリアの循環車両をスキーシーズンに運行しました。それから①と②にまたがりますが、北海道観光振興機構のDMO向けの補助メニューを用い、令和4年度の夏場に倶知安町とニセコ町を循環するオープントップバス(スカイバス)を運行しました。スカイバスは、屋根のないバスで移動をしながら、GPSと連動した自動音声と地元のアテンダントの案内を行いながら運行するもので、自動音声は日本語と英語を用意し、合間で地域のトピックをアテンダントが話す形態の二次交通兼、ニセコを楽しめるコンテンツです。赤色の車両で運行しており、運行前はニセコの景色に合うか不透明でしたが、運行開始後は、「街が明るくなり、わかりやすくシンボルになる」と地域や観光客から非常に評判が良かったです。スカイバスはいずれ宿泊税を原資にして運行することを視野に入れています。宿泊事業者からすれば、税を代理徴収させられている中で、このようなシンボルの存在は、税が何に使われているかがわかりやすく可視化されます。また、今回の運行では住民の利用比率が3割程度ありました。観光事業の実施や宿泊税の徴収の結果、公共交通を担う住民の移動の足としても貢献するといった仕組みづくりにもなり得ると考えています。
 また、③MICEですが、水際対策によって昨年の私の就任当初の時期から、企業等からのインセンティブ訪問の問い合わせが非常に多くありました。しかし、ニセコには特にグリーンシーズンのMICE商材がないことに気づきました。ニセコはパークハイアット等、最近オープンしたホテルが多々ある中で、コロナ禍のためにオープニングセレモニーが大々的にできておらず、レセプションパーティーの様子といった、人が賑わっている「絵」がない状況でした。商材化のためにはこれが必要なため、コンドミニアムやホテル、ヴィラを活用したインセンティブコンテンツやミーティングコンテンツを造成するとともに、これらを売り出すための画像や映像のアーカイブ化に取り組んでいます。これらを商材とし、来年の誘客に向けたプロモーションに活用していきたいと考えています。

—補助金を非常に効果的に、戦略的に活用しているのだ、とお聞きして実感するところですが、補助金の情報というのは、どのように入手されているのでしょうか。

 今年に入ってから補助金の申請を7〜8本出していますが、すべて採択されています。補助金の情報ですが、行政から入ってくることが多いのと、このエリアが重点支援DMOに選ばれていることから、観光庁や北海道運輸局から頻繁に情報が入ってきます。個人として人的ネットワークも広げているので、この筋からも情報を得ることがありますね。
 一方、地域や観光協会の収入の仕組み構築も考えています。倶知安町では宿泊税を導入していますが、これとは別に旅先納税の取り組みを始めました。旅先納税とは、倶知安町に訪れた際にその場で「ふるさと納税」を行える仕組みで、現地を訪れることなく返礼品がもらえる従来のふるさと納税とは異なり、倶知安町に訪れたタイミングで納税ができ、その場ですぐに使える電子クーポンを発行することができます。これはいわゆるコト消費であり外貨の獲得にもあたるため、DMOとして着手しがいのある事業です。このように収入源を増やしていくことで、できる事業を増やしていき、DMO職員のスキルアップも併せて強化していきたいと考えています。
 また、倶知安町には全国から視察にお越しいただきますが、ニセコエリアのゲストスピーカーが視察時に登壇する際の有料プログラム化を進めています。不動産投資や観光地開発等といったジャンル別でスピーカーを揃え、各スピーカーを商材化しテンプレートにまとめています。スピーカーと顧客のマッチングをDMOが行い、講演料を折半し観光協会はマネジメントを担います。別途、会場費や資料費等も用意してもらうことも考えており、これも観光協会の収益の柱にできると考えています。
 観光協会の事業収入は職員の待遇改善にもつながります。北海道には暖房手当の仕組みがありますが、町役場や役場に準じた地域おこし協力隊と観光協会のプロパー職員では、手当の額に差がありました。これは仕事のモチベーションや採用面にも影響が出ますので、観光協会のプロパー職員の待遇の改善に向けた財源としても、「地域で稼ぐDMO」の仕組みを構築することは重要と考えています。

—各事業は観光協会内でどのように決定し、実行されていくのでしょうか。

 観光協会内の事業体制(図①)として、7つの部会を組成しており、各部会に業務執行理事を配置し、部会ごとに事業を動かしています。事業の企画も各部会で検討し、年間約10回程度開催する業務執行理事会に諮っています。なお、現在の事業はすべて、令和元年度に策定した倶知安町観光地マスタープラン(2020〜2031)に紐づけています。部会ごとに事業計画・評価シートを作成し、マスタープランの位置づけとの関係を明確にするとともに、目的や概要、実施方法、年度ごとの予算、用いる財源を見える化することで、事業の評価をわかりやすくしています。このように、策定したマスタープランに紐づけて事業を行うことは非常に重要です。各年のトレンドを追うばかりでは、DMOとしての役割がぶれてしまいますし、事業も絵に描いた餅になりかねないからです。また、観光協会内部のマネジメントが入れ替わっても、組織としてしっかり機能するうえでも重要となります。

—インバウンドについて、日本では徐々に水際対策を緩和し、近い将来、インバウンドが本格的に来客されることが想定されますが、このような来るべき時期に向けて、地域として取り組んでいることや意識されていることはあるでしょうか。

 今お話ししてきたスカイバスやMICEコンテンツの取り組みは国内向けに留まりません。実はインバウンド誘客に直結するものであると考えています。スカイバスでいえば、来年度は英語に加えてスペイン語やタイ語、中国語なども増やしていきます。グリーンシーズンのインバウンド対応はまだまだ伸びしろが大きいと考えています。MICEのインセンティブやミーティングのコンテンツも、インバウンド向けに焼き直しができるように造成を進めています。
 個人的には、インバウンドの受け入れは徐々に増やしていくことがいいように思います。急に大量の受け入れを行うと、供給側の人材確保が追い付かず、これが質の低下につながり、後々の観光客の満足度に大きく影響します。段階的にインバウンドを受け入れることで、供給を慣れさせていくことが重要だと考えています。

—観光協会にとって、このコロナ禍の昨年や今年の取り組みは、再びインバウンドを受け入れるにあたり、どのような位置づけになったでしょうか。コロナ禍だからこそできたこともあったのではと思います。

 就任してすぐに行った職域接種が、再起動に向けた「最初の準備」でした。そこから去年は色んな事業のタマを仕込み、現在はその「仕込み」が実り、様々な「事業」が動き出している状況です。仕込みについては、コロナ禍だからこそできたと思います。また、スカイバス事業でのニセコ町との地域連携もコロナ禍だからこそできたことです。それほど、地域連携というのは時間や労力を要するもので、通常であれば実施は困難なものです。実はこれまではニセコ町と倶知安町の連携はあまり多くなかったのですが、スカイバス事業の前段で今年3月に大阪で開催された日本観光ショーケースのブースに両町共同で出展を行い、Discover Nisekoという名前でブランディングしたことがきっかけであり、今回のスカイバス事業で、旅行者に見える形での連携も深まったと思います。

—インバウンドを意識している地域は、コロナ禍中も、旅行者との関係性をつなぎとめるために、プロモーションや情報発信に注力しがちのように思いますが、本日のお話を伺い、コンテンツをしっかりつくることを特に意識されているというのが印象的でした。お考えとしては、ニセコの特性として、開国した際にインバウンドはおのずと来客されるので、その際にしっかり楽しんでもらえるコンテンツを夏、冬含めて、今しっかり準備されているっていうご認識でしょうか。

 そうですね。いい意味で、旅行者視点でトレンドを捉えた企画をつくれば、どんな国籍や人種の方でも横展開できると思います。外国人が楽しむ風景もイメージに入れながら、コンテンツをどんどんつくっていければと考えています。

—職域接種という住民の信頼を意識した取り組みで土台を作り、コロナ禍だからこそ実施できた様々な取り組みを伺うことができました。本日は誠にありがとうございました
(取材日:2022年8月16日/聞き手:観光政策研究部・江﨑貴昭、菅野正洋)


一般社団法人倶知安観光協会 事務局長
鈴木紀彦氏
(略歴)1990年JTB北海道入社、岩見沢支店、滝川支店、苫小牧支店、釧路支店、北海道国内商品事業部、本社市場開発室に勤務する。2006年より2年間白老町観光戦略室長として行政出向し、観光振興、地域づくりに携わる。2012年にJTB Hawaii,Inc.へ転籍。MICE、Community Relations、ホノルルフェスティバル財団に従事。2021年5月に帰国し、現職。

付記:本稿(特集3)はJSPS科研費18K11862の助成を受けたものである。