視座
観光の「バージョンチェック」と「更新(アップデート)」への期待

観光政策研究部
社会・マネジメント室長/上席主任研究員 菅野正洋

1.はじめに

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的にまん延したことで、観光が前提としている人の移動・接触、交流は大きな制限を受け、我が国のインバウンドを含む観光全般の活動も停止状態に陥った。
 当誌では、この未曾有の危機とも言える状況下での観光地や観光産業の現状や対応を、いわばアーカイブとして記録しておくことに意義があるとの認識のもと、過去3号(246〜248号)にわたって特集を組んだ。
 3号のうち最後の248号(2021年2月)の発刊から約1年半が経過した現在、巻頭言で門川氏が言及するように、インバウンドやMICEの本格的な回復が期待される局面となっている。
 本特集は、そのような現時点において、主として2021年以降の観光の動向を、特に「海外旅行市場」「入国制限と緩和」「観光地」「観光政策」の各視点から俯瞰しつつ整理することで、過去3号に続く第4段のコロナ禍特集号として位置づけて企画したものである。
 本稿では、上記のような本特集の発案主旨にもとづき、各特集を概観し、またその他の情報にも触れながら、観光を取り巻く全般的な動向を振り返ってみたい。

2.COVID-19の状況

 2021年以降、COVID-19を取り巻く状況は大きく変化しており、その主たる要因は大きく次の2点に集約できよう。すなわち「世界的なワクチン接種の進展」と「重症化リスクが低いオミクロン株の出現」である。
 新型コロナウイルスに対するワクチンについては、各国で集中的なワクチン開発と迅速な治験が行われ、複数のワクチンが実用化された結果、2021年初頭頃から世界的に急ピッチで接種が進められた。
 その結果、2022年に入って若干頭打ちの傾向は見られるものの、アフリカ地域を除く各地域において、規定の回数を接種した人数の割合(2回の接種が必要なワクチンなら2回の接種を完了した人数の割合)は概ね60〜70%を達成している。
 また、日本については、2021年7月頃から年末にかけて、世界と比較してより速いペースで接種が進み、2022年に入ってからはやはり頭打ちの傾向は見られるものの、80%を超える高い接種率を実現している(図1)。

 開発されたワクチンは、当初流行していたアルファ株のほか、2021年3月ごろから流行が始まり、同年9月ごろにはほぼ置き換わる形となったデルタ株(特集2・図2上のグラフを参照)に対しても一定の効果があるとされている。
 その後、2021年の年末ごろから新たな変異株であるオミクロン株が出現し、2022年3月ごろまでにほぼ完全に置き換わって現在に至っている(特集2・図2下のグラフを参照)。
 このオミクロン株については、デルタ株と比較して相対的に感染力は高いものの、重症化するリスクは低いという特徴が指摘されている。
 この特徴は、100万人当たりの1日の新規感染者数と死者数の推移を7日間移動平均で比較したグラフで、2022年に入ってから、100万人当たり新規感染者数は増加しているものの、死者数はそれとは逆に2021年よりも低い水準で推移している様子からもうかがい知る事ができる(図2)。

3.海外旅行市場の状況

(1)諸外国の状況

 特集1では、当財団がこれまで海外12ヶ国を対象として継続的に実施してきた独自調査の経年データ等を通じて、各国の海外旅行の実施状況や旅行者の嗜好、消費環境等について考察している。
 主なポイントとしては次のようなものがあった。
● 2022年夏の海外旅行市場は欧米豪を中心に回復傾向。
● 欧米豪の行き先は「近場」「訪問経験有」が選択される一方、アジアでは本格的な海外旅行の意向回復には至らず。
● 海外旅行再開について、アジアでは未だ「興味・関心段階」にある一方で、欧米豪ではより具体的な内容に考えを巡らす「計画段階」に移行。
● 海外旅行で想定する「予算」や「滞在日数」は、欧米豪では「計画段階」にあることを反映してやや現実的な傾向。

(2)(目的地としての)日本の状況

 同様に、特集1では、海外旅行の目的地としての日本に関しても整理している。主なポイントとして次のような
ものがあった。
● 日本は、「次の海外旅行で行きたい国・地域」の1位。
● ただし、欧米豪では前回調査から順位を下げて2位。要因としては、欧米豪の「近場」志向や、日本の厳格な〝水際対策〞による手間やコストの忌避などが想定される。
● その一方で、東アジアを中心に、現地でeコマース等を利用して日本のモノやサービスを消費するニーズが発生。

4.国レベルの入国制限と緩和の状況

(1)諸外国の状況

 特集2では、英国オックスフォード大学が公開している、COVID-19 に対する各国の政策対応を記録したプロジェクト(OxCGRT)の公開データを通じて、諸外国の「国外からの入国に関する規制」の動向とその背景となる要因について考察している。
 主なポイントとしては次のようなものがあった。
● コロナ禍以前の〝観光立国〞の間でも、「国外からの入国に関する規制」の程度や導入・緩和時期には国によって差が見られる。
● 「欧州」では、早期から規制の緩和・撤廃に踏み切る国が多い一方、「アジア・太平洋」はより厳格に対応する傾向がある。
● 一方、タイのように、「アジア・太平洋」に属しながら「経済面での観光の重要性」や「ワクチン接種の進展」を背景として、早い段階から制限の緩和・撤廃に踏み切った国も見られる。
 なお、欧州連合(EU)では、「EUDigital COVID Certificate」と呼ばれる、ワクチン接種証明や陰性証明をデジタル情報として保存・活用する、いわゆる「ワクチンパスポート」が先行運用されており、2021年7月からはEU加盟国のほぼすべてで利用可能となった。
 特集2で指摘されたような、「欧州」における早い段階での規制の緩和・撤廃には、このような要因も一定程度影
響していると思われる。

(2)日本の状況

 特集2では、OxCGRT の公開データから次のような点が把握された。
● 日本は、2021年初頭から直近の6月までのほぼすべての期間、最も厳格な入国禁止とも言える措置を取った。
 また特集4では、齊藤氏が特に2022年5月以降の我が国の観光政策の動向について整理している。
 主なポイントとしては次のようなものがあった。
● 2020年3月以降、インバウンド観光は実質的には停止。
● 2022年5月に、旅行会社が添乗員同行により行動を管理するパッケージツアー形式でのインバウンド観光の再開に向けて、実証事業を実施。
● 実証事業の結果も踏まえ、同年6月10日より添乗員付きパッケージツアー形式での受け入れを開始。併せて、外国人観光客の受け入れ対応に関するガイドラインを策定・公表。
● また同年5月には、「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくりに向けたアクションプラン」を取りまとめ。

5.観光地・地方自治体の状況

(1)諸外国の状況

 海外の観光地レベルの取り組みとしては、特集3で行ったタイ国政府観光庁(TAT)へのインタビューで言及があった、「プーケット・サンドボックス」の例が参考になる。これは海外の観光客に限定する形で、地域を限定して行動制限を緩和・撤廃する取り組みである。
 この取り組みの成果も参考に、タイでは全国の地域を、旅行者の受け入れ可能性の程度でランク分け(色分け)して、制限緩和を行っている。インタビューでは、このことは各地域が規制緩和に向けた対策を講じるモチベーションの向上につながる効果を創出したとの話があった。
 右記の例は地域を限定した段階的な制限緩和の例だが、時期を区切って段階的な制限緩和を行った事例も見られる。
 例えば、米国・ハワイ州では、ワクチンの1回接種率が55%となったことを理由として、州内の離島間移動の制限を2021年6月に解除し、さらにその後の7月からは、ワクチン接種を終了した旅行者について、事前の検査や隔離なしで米国本土からの渡航を可能とする措置を取っている。地域内のワクチン接種率を指標として、このように時期を区切って段階的に制限を緩和する措置は、カナダのブリティッシュコロンビア州やオーストラリアのニューサウスウェールズ州などでも見られる。

(2)日本の状況

 特集3では、コロナ禍以前に訪日外国人旅行者の代表的な目的地となっていた国内観光地である、沖縄県、京都市、倶知安町(ニセコ地区)の観光推進組織(DMO)を対象として、観光需要が消失していた中で取り組んだ事項等について整理した。
 主なポイントとしては次のようなものがあった。

(沖縄県)

● コロナ禍の中で自然と文化を重要視する観光地としての本来の基本方針に立ち戻り、環境と地域を意識した「エシカルトラベル」を掲げ、質と量の両立を志向。
● 国内居住の外国人へのアプローチや、各国に配置している駐在員ネットワークを活用したイベントへのオンラインも併用しての参加などにより、海外向けプロモーションに取り組んできた。
● 県内市町村と連携して、国際クルーズの受け入れ再開に向けた活動も開始。

(京都市)

● 従前から必要とされていた、事前予約制の導入による利用分散化や、観光客向けにマナー啓発を行う「京都観光モラル」の普及に取り組む。(いずれも、たまたまコロナ禍と時期が重なったと認識)
● これまで明確にされていなかった「サステナブルツーリズム」のコンセプトをより鮮明に打ち出し、それを前提とした商品づくりにも取り組んでいる。
● 海外レップとの連携による現地メディアへの対応を継続しつつ、インバウンド向けの観光コンテンツ造成プログラムの運用を開始するなど、発信する情報の充実にも取り組む。

(倶知安町(ニセコ地区))

● コロナ後を見据え、住民と観光(事業者)の共存のために必要な信頼関係を構築するため、DMOが主体となって非会員も対象としたワクチン接種を推進。
● インバウンド再開も見据え、倶知安町とニセコ町の地域間連携のシンボルともなる地域内交通「スカイバスニセコ」の運行を開始。
● MICE需要に対応すべく、グリーン期も含めた情報発信コンテンツ(宣伝用素材等)を整備。
 これらの動向からは、コロナ禍以前に訪日外国人旅行者の主要な目的地となっていた国内観光地にとって、2021年以降が、
● 地域が目指していた本来の基本方針や取り組むべき事項に改めて向き合い、「エシカル」「サステナブル」といったキーワードに代表される方向性を改めて確認。
● インバウンド需要が消失していた中での海外ネットワークなどの活用による、プロモーションやメディア対応の推進。
● インバウンド向けの観光コンテンツや情報発信コンテンツの整備。
● 地域住民と観光事業者の間の信頼関係構築や、地域間連携も意図した地域内交通の整備など、コロナ後の観光地のマネジメントを意識した戦略的な事業の推進。
 といった内容に取り組んだ期間であったことがわかる。
 確認してきたような「海外旅行市場」「入国制限と緩和」「観光地」「観光政策」の各視点におけるポイントを、「諸外国」と「日本」のそれぞれについて整理すると表1のようになる。

6.おわりに

 今や我々の日常生活における必需品となったデジタルデバイス(パーソナルコンピュータ、スマートフォン、タブレット等)であるが、使用しているうちに時として不具合を生じ、動作が「停止(フリーズ)」することがある。
 その際にまず推奨されることは、機器の電源をいったん切って入れ直す「再起動(リブート)」である。一方、そのようなデジタルデバイスはある種のオペレーティングシステム(OS)によって作動していることがほとんどであり、通常再起動を行う際にはOSの「バージョンチェック」と、場合によっては自動的に「更新(アップデート)」が行われる。そして多くの場合、そのことでよりシステムが最適化され、新たな機能が付加されるとともに、安定して動作するようにもなる。
 様々な要素が複雑に絡み合う複雑系とも言える観光を、インプットとアウトプットが線形に対応するデジタルデバイスに例えるのはいささか乱暴ではあるが、コロナ禍の中で実質的に「停止(フリーズ)」状態にあった観光(特にインバウンド観光)を、「再起動(リブート)」させようとしているのが現在だと言える。
 同時に現在は、時期を同じくして様々な環境変化が生じているタイミングでもある。
 環境変化と一口に言っても、特集3で取り上げた、沖縄県が取り組むワーケーション等に代表される働き方の変化のような、コロナ禍の中で生じたものもあれば、特集1で触れた世代交代による価値観変化のように、中長期的に生じつつあるものもある。
 いずれにしても、そのような環境変化に対して観光・観光地として「最適化し、新たな機能(取り組み)を付加し、安定的に(持続的に)存続」していくためには、観光(観光地)側の「OS」を「バージョンチェック」し、必要に応じて「更新(アップデート)」する必要があるのではないだろうか。
 今回、特集3で事例として挙げた沖縄県、京都市、倶知安町(ニセコ地区)はいずれも、我が国を代表する観光地であると言えるだろう。それらの地域においてもコロナ禍の中で(むしろコロナ禍だからこそ)自地域の観光地として目指すあり方を「バージョンチェック」する取り組みを行っていることが把握されたが、同様のことが全国の観光地にも求められ、場合によっては「更新(アップデート)」まで行う必要があると思われる。
 当財団としても、そのような観光・観光地の取り組みに学術と実践の両面から貢献していきたいと考えている。
(かんの まさひろ)

参考資料
Mathieu, E., Ritchie, H., Ortiz-Ospina,E. et al. A global database of COVID-19 vaccinations.
Nat Hum Behav( 2021).

菅野正洋 & 池知貴大.(2021). 諸外国におけるワクチン普及と移動に関する制限の緩和に向けた動向(特集 ポストコロナ時代の観光). 運輸と経済= Transportation&economy, 81(8), 71-77.

厚生労働省ウェブサイト
「新型コロナワクチンQ&A」https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/0012.html

大分県資料
https://www.pref.oita.jp/uploaded/attachment/2133849.pdf