わたしの1冊
第27回

『劣化国家』
ニーアル・ファーガソン 著、櫻井祐子 翻訳
東洋経済新報社

『クレイジーパワー』
ジョン・エルキントン 著、パメラ・ハーティガン 著、関根智美 翻訳
英治出版

導かれる書物

鶴田浩一郎
ホテルニューツルタ代表取締役社長NPO法人ハットウ・オンパク理事一般社団法人オンパク相談役

 趣味が読書という人は、私の世代には多かった。私もその濫読者の一人で月10冊ほど購入する。ただ、書籍により読み方が変わる。さっさと済ますのは新書で200ページ程度のもので、2時間ぐらいで雑に読む。楽しみのためにじっくりと読むのは、主に海外ミステリーで現在フォローしている著者は7人。ほぼ毎年新しい著作を1冊以上は読むことができる。
 10代後半から20代にかけて精神的な成長期の読書は、人格形成や思想のありかたに影響を与える。寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』(1975年)には、タイトルを見ただけでも共感して、本を売り払って旅にでてしまう。また、エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』(1952年)を読むと社会構造への猜疑心が確信へと変わっていくように。
 多種多様な活字を読んでいき、脳内が思考で溢れて収拾がつかなくなったころから、書籍は「ある種の毒性」を持っているから、「読んだらその場で忘れる」ことを心がけるようになった。今でもその習慣が身に付いている。書庫が一杯になりどうしようかと思っていたころ、古書が売りやすくなった。最近はほぼネットで売ってしまい、できるだけ側におかないことを心がける。最近、読了した本は庭の石と同じ価値しかないと思ったりする。石と同程度に重いからに他ならない。
 思考を自由にするには「記憶」よりも「忘却」の能力を発揮するのが最良の方法で、現物がなければその証拠さえ消える。現在、長く手元にあるのは『菜根譚』(中国の明時代 洪自誠がのこした随筆集)程度。
 このような本に対する考え方を持っていても脳裏に残る言葉がある。「マーフィーの言葉」に忘れられないものがあるように。
 90年代中盤、地域の疲弊からまちづくり事業を始めた。21世紀に入り、NPOや社団法人を立ち上げ、運動体も法人化していった。法人化すると、その目指すところと社会や政治構造がぶつかり合うことが多くなり、考え方や組織の理論武装をしていないと「情理」だけで動くことになる。この場合の「情理」は地域情理で、濃い人間関係や私益など人間が持つ本来の欲求のようなものである。
 このようなときに出会った本が『クレイジーパワー』(ジョン・エルキントン、パメラ・ハーティガン著)(2008年)や『劣化国家』(ニーアル・ファーガソン著)(2013年)である。
 前者の原題は「THE POWER OF UNREASONABLE PEOPLE」で翻訳とかなりかけ離れているが、社会起業家を描いたもの。このとき初めて「ソーシャル・キャピタル」が社会の発展にいかに重要かを確認でき、NPO等で行う社会的事業の理屈を組み立てることができるようになった。
 ただ、ここは出発点にしかすぎないことも分かっていたが、その後、日本におけるNPOや社会起業家などの研究が大学等においても進まず、迷走しているようにも思える。
 後者は扉をあけると、次の言葉が待っている。「常識のある人は、自分を世間に合わせようとする。非常識な人は、世間を自分に合わせようとする。ゆえに非常識の人がいなければ、この世の進歩はあり得ない」(ジョージ・バーナード・ショー)。これだけでも迷いが吹っ切れた。『劣化国家』は政治、経済、法、社会の4つの制度を概説したもので、自分の現在のポジションを俯瞰し確認するための整理方法を教えてくれた。
 民間のまちづくりは政治や行政からみると、それを補完するものとしか考えない人達もいるが、実際、成功する確率の高い事業は民間の組織活動から新しいシーズが産まれてくるものだ。いずれにしろ成功する確率は2割程度で、10事業ほどチャレンジしていかないと継続事業とはなりえず、組織の維持もできない。

鶴田浩一郎(つるた・こういちろう)
大分県別府市生まれ。成蹊大学卒業後、日本貿易振興会を経て1981年に帰郷。1990年、(株)鶴田ホテル代表取締役社長に就任し現在に至る。ホテル経営のかたわら大型温泉地別府の地域づくりに参画。2001年より地域資源を活用し参加交流型商品を作り出し地域を元気にするイベント「ハットウ・オンパク(別府八湯温泉泊覧会)」を立ち上げる。2010年、地域活性化の手法として全国約80箇所に普及したオンパクの仲間達と、(社)ジャパン・オンパクを設立(2020年(社)オンパクに名称変更)し、さらなる普及をはかっている。