“観光を学ぶ”ということ ゼミを通して見る大学の今

第16回 東洋大学国際観光学部国際観光学科
内田ゼミ
過去と現在の対話を通して観光の未来を紐解く
–観光を研究する楽しさを伝えたい–

 ゼミとは何か。私自身、学部では史料・文献から歴史学を学んでいたため、大学院で観光学に転学した際、ゼミ活動の多様性に驚かされた。一方、異なる学問分野においてもゼミで共通して得たことは「研究する楽しさ」であった。以後、史料・文献と現地調査という両輪が、自らの研究においても、ゼミ指導においても、「当たり前」に存在していた。
 しかし、コロナ禍で、この両輪の一つが動かなくなり、様々な代替えを模索しながら、新たに得たもの、そして失ったものの大きさを感じた日々であった。2022年は、ゆっくりではあるが再び両輪がそろい動き出した一年であり、また、改めてゼミ活動を再考する一年ともなった。

1.東洋大学国際観光学部におけるゼミの位置づけ

 本学部は観光基本法が制定された1963年に文部科学省に認可された。2001年に4年制の「国際地域学部 国際観光学科」へと発展、17年には「国際観光学部」に改組、18年には大学院に国際観光学研究科国際観光学専攻(博士前期課程、博士後期課程)を開設した。
 学部には1学年370名程度の学生が在籍し、1年次に観光学に関する基礎的な理論を身に付けたうえで、2年次からより専門的な二つの学問領域(観光政策・ツーリズム系領域、ホスピタリティ系領域)に分かれるが、ゼミに関してはどの領域からでも参加可能である。ゼミは2年次秋学期から必修科目として位置づけられており、年度により異なるが、20数名の教員に1学年17名前後の学生が在籍する。学際的な学部の特色として、指導教員の専門性に基づく教育活動を行っている。

2.ゼミの特徴とテーマ

温泉地の温故知新過去から地域と宿泊業の未来を紐解く

 本学部は観光系学部のため、観光に関連する多様な専門性を持つ教員が在籍しており、各ゼミは、指導教員の専門性を色濃く反映させることができる。本ゼミは、主に温泉地を対象に、地域の形成過程及び宿泊業の展開を調査することを通して、温泉地の現状と課題について学ぶ場と位置づけて、募集・選抜を行っている。そのため、就職希望も含め温泉地・リゾートでの宿泊業に興味を持つ学生が多い特徴がある。ゼミの雰囲気は、学生から「ほのぼのゼミ」と名づけられるように、ゼミで切磋琢磨して何かを成し遂げたいという学生より、観光を通して視野を広げ、ゼミ活動で成長したいという学生が多い印象がある。
 ゼミは座学と現地調査に分けられ、座学では、社会現象としての観光を資料から読み解く方法を文献輪読・資料調査などから、理解したうえで、各グループに分かれて、地域、宿泊業の歴史、現状、課題を学び、4年間の集大成として卒論を執筆することを目的に指導を行っている。現地調査は、後述するように各学年によりテーマを持ちながら取り組んでいる。

3.ゼミの活動現地に行くからこそ出会える世界がある

「人は持っている知識からしかモノ・コトが見えない」からこそ、現地へ

 私自身、大学・大学院を通して、印象に残っているのは、「人は持っている知識からしかモノが見えない。だからこそ、観光にとどまらず、様々な世界に触れることが重要である」、「何のために学び、どこに返していくのかを考えて研究する必要がある」、「歴史から観光の現状と課題を読み解いてみる」という言葉であったと思う。
 現在では、IT環境が整備され、研究関連の資料・文献のデータベースは飛躍的に進歩した。学生たちは、パソコンの前で、ボタンを操作するだけで、過去、現在の情報を瞬く間に得ることができる。特に図書館へも入場制限があったコロナ禍において、ゼミでもデータベースの利用、オンライン会議は必要不可欠となった。しかし、ボタン一つで動かない世界があること、そして現地に行かなければ理解できない歴史・文化があることがあり、それを伝えるのが、本ゼミのテーマではないかと強く感じるようになった。

何のために学び、どこに返していくのか

 研究活動を行ううえで、研究の意義、そして研究成果の社会還元は重要なことである。その意味では、学生の現地調査もまた、単なる視察、観光に終わらない位置づけが必要となろう。
 2020年度、2021年度は現地調査がすべて中止になったため、本年度は、改めて現地調査の意義を問い直し、3つに分類して再構築した。

① 温泉資源を学ぶ

 秋田県湯沢市のゆざわジオパークカレッジを訪れ、地域資源の視察(写真①)、産業体験(実習)を済ませたうえで、ジオガイドの皆さんとグループディスカッションを行った(写真②)。本ゼミは別名「温泉ゼミ」ともいわれるが、温泉が地中から湧く限りある自然資源であり、それが人々の営みの中で、観光資源化して利用されていくことを文献から知っても、実感としてそれを学ぶことは難しい側面がある。湯沢は温泉資源を生かしたジオパークカレッジを運営しているため、ゼミの趣旨を理解してもらいながら、温泉という自然資源の特徴、そして温泉を取り巻く産業を体験することで、温泉地とは何かを学ぶことを目的としている。


② 地域の課題を学び、課題解決に取り組む

 地域の課題を文献・現地調査で発見し、それを解決するためのアイディアを創造し、企画化するために、学内外でのコンテストなどに取り組んでいる。本年度は東洋大学観光ビジネスプランコンテストで優秀賞を受賞したが(写真③)、「ほのぼのゼミ」なので、結果は求めていない。学生自身が各テーマにあわせた課題を見つけ、それを解決するために何が必要なのか、各自がアイディアを出しながら、グループで取り組むことが中心である。事前に地域の文献などを調べたうえで案を考えても、実際に現地に行くと、自分たちが「知らなかった」ことを知る(写真④)。これを通して現地調査と文献調査の両方が必要であること、そして、地域・施設に何を返せるのかを考えて研究に取り組みことの重要性を学ぶことを目的としている。


③ 卒論に取り組む

 卒業論文を執筆する際には、対象について詳細に調査するとともに、俯瞰で自らの研究を見ることも必要である。その2つを学ぶことを目的として、2022年度から新たな活動を取り入れた。3年次に旅の図書館を訪問し(写真⑤)、観光に関するテーマの多様性、多彩な研究方法、そしてガイドブックなどの古書を調査資料にできることを理解するとともに、観光研究の楽しさを学ぶことが目的であった。

 また、4年生はゼミの特徴として、温泉地・リゾート、宿泊業を卒論のテーマにする学生が多いため、希望者のみで草津温泉、都内のホテルなどに行き、調査を行った(写真⑥)。3年次までに現地調査に行くことのできなかったこの学年は、狭い世界から特定の課題にだけネットからアプローチしようとする傾向があり、例年になく、指導の難しさを感じる日々だった。しかし、この調査を通して、学生の視野の広がりと成長過程を見られたことは、改めて現地調査の重要性を感じるできごとだった。

4.まとめ交流の場として

 卒業式で「また会いましょう。いつでも訪ねてきてください」といわれたとき、学生が大学で戻る場所、戻りたくなる場所はどこになるか。その一つが「ゼミで過ごした時間であり、その思いを共有できる人であり、また常にそこにある場」なのではないかと思う。ゼミは、彼らが卒業したあとも、共通のプラットフォームになる。特に本ゼミのように宿泊業を目指し、その分野に就職する学生が一定数存在するゼミは、将来にわたり関係性が持続するだろう。
 教員の専門性のもとで、独自の教育を少人数で長期間にわたり行うゼミは、変化を恐れず挑戦すること、広い視野で多様な交流を持ち、観光を学ぶ方法と姿勢を学べる場でもある。そこに学生たちの「観光を研究することの楽しさ」があるよう、今後もゼミ指導を模索していきたいと思う。


内田 彩(うちだ・あや)
東洋大学国際観光学部国際観光学科 准教授。専門分野 観光歴史学、観光行動論。温泉地の歴史・文化などを研究。立教大学大学院観光学研究科博士課程後期課程修了。博士(観光学)。大阪観光大学、千葉商科大学を経て2019年より現職。おもな著書に、共著「滞在型観光」(橋本俊哉編『観光学全集観光行動論』)、「宿泊産業」(飯嶋好彦編『ホスピタリティ産業論』)など。日本観光研究学会理事、日本温泉地域学会常務理事などを歴任。