③ ハワイ州における 再生型観光
「Malama Hawaii」

ハワイ州立大学
がん研究センター
疫学専門家
岡田悠偉人

はじめに

 アメリカ合衆国ハワイ州は人類が最後に到達した太平洋に浮かぶ島嶼群である。交通や軍事の拠点として開発された後に、官民が連携して観光への産業展開が行われ、現在は高付加価値な旅行先として認知されている。新型コロナウイルス感染症(COVID‐19)が拡大する前の2019年には、人口140万人のハワイに国内外から約1000万人の旅行者が訪れ、23.3兆円($17.75 billion、$1=130円)の経済効果と21万6千人の雇用を生み出していた(Hawaii TourismAuthority, 2021)。この観光客数の増加は、常に右肩上がりだった訳ではなく、日本のバブル崩壊、911の発生、アジアリゾートの競争力向上と、何回もの観光客減少を体験しており、その度に新たな観光政策を導入して、レジリエンスを高めてきた結果である。
 日本人にとってハワイは最も重要な旅行先のひとつであり、2019年には年間155万人以上の日本人がハワイを訪れた。日本人観光客はハワイへの旅行者総数の15%を占める最大の海外マーケットであり、ハワイ州にとっても重要な市場である。2020年に始まったCOVID‐ 19の流行においても、ハワイ州にて最初に陽性が確認されたのは日本人観光客であり、3月26日からは14日間の検疫が始まり、続くロックダウンにより観光の完全停止となった。早くも約7ヶ月後の10月15日にはアメリカ国内旅行者、11月6日には日本旅行者の渡航前72時間以内のPCR検査陰性にて検疫が免除になり、事実上の観光再開となった。東京オリンピックが原則無観客にて開催された2021年7月には、ハワイ州への旅行者数が2019年度比で平均89・1%(主にアメリカ国内旅行者)まで回復し、夏のハイシーズンは120%を超える日もあった。
 本稿では、COVID‐19前後においてハワイ州の観光政策がどのように変化したのかを記述し、再生型観光(Regenerative tourism)の理論と実装を解説し、日本の観光政策の展開に寄与し、日本人の海外旅行に対する雰囲気醸成に貢献したい。

オーバーツーリズム

 著者は2016年からハワイ州立大学のがん研究センターにて研究職として働いているが、ハワイへの年間観光客数が初めて900万人を超えた頃であり、生活の中でオーバーツーリズムを体感することが多かった。サーフィンをしているアラモアナビーチでは日本人によるウェディングフォトが7組同時並列で撮影され、子供の誕生日で訪れたレストランでは、インスタグラムに投稿するために夢中で撮影する日本人観光客に強い違和感を感じた。
2017年にはハワイ大学がある静かでローカルなマノア地区にも日本人観光客が多く訪れるようになり、日常生活が脅かされると感じた。他の地域でもオーバーツーリズムが顕在化するようになり、ハワイ州観光局(HawaiiTourism Authority)やハワイ州議会へ強い批判が向けられることになった。2018年に年間の観光客数が約1000万人に達すると、日本人の顧客満足度が75・3%まで低下し(図1)、さらに住民の41%が観光は弊害の方が大きいと感じる過去最低の状況になり(図2)、ハワイ州における観光政策の転換が不可欠となった。
 オーバーツーリズムは、貨幣価値を中心としてきた観光資本と、それをガバナンスする観光政策のバランス崩壊であり、ハワイの観光客数を伸ばし続ける観光政策は限界に達し、持続可能ではなかった。2020年に観光政策の転換を模索している状況でCOVID‐19による観光の停止となり、ハワイの観光産業は過去最大の経済的ダメージを受けた。しかし、逆説であるが、この期間に地域と観光に対する対話を行うことが可能となり、また観光が停止したことで新しい観光政策を打ち出す絶好の機会となり、2021年のハワイの再生型観光Malama Hawaii へのリブランディングにつながっていく。

COVID‐19の影響下における観光への再評価

 COVID‐19にて観光が停止されると、その影響の大きさを地域でも共有するようになり、意外にも、新しい形の観光という条件付きで、観光の早期再開が世論として支持されていく。
COVID‐19感染拡大初期には観光産業に関わるスタッフが解雇され、ハワイの観光における失業率は40%と世界で最も高くなった。自分が住んでいる地域でも近所の人が次々に解雇される姿は見るに堪えず、学生から親が解雇されたり、アルバイトがなくなったりして学費が払えないという相談が殺到し、個人的にもハワイにおける観光産業の意味と向き合う必要に迫られた。
 COVID‐19後半では、観光客がいないハワイを家族で楽しむことが可能となり、ワイキキビーチには絶滅危惧種のアザラシが戻り、ダイヤモンドヘッドは人が少なく子供も楽しく登れ、ハナウマベイには魚影とサンゴが復活し、ハワイ固有種の美しさを感じると共に、観光が大きな環境負荷を与えていた事実を認識した。ハワイにおける観光経済の大きさから観光再開に同意しつつ、自分たちのライフスタイルや環境に影響を与えない形で、新しい観光を提案することが地域でも合意された。
 日本人がハワイに移住して150周年でもあり、日本との絆を取り戻すために、ハワイ州知事や副知事から日本との渡航を再開したい意向があった。
保健局長からも感染対策を遵守する日本人は評価が高く、観光局からも消費が多く地域と環境に優しい日本人を優先とすることで合意し、海外マーケットとして最初に日本を開いた。

ハワイ州における観光政策

 ハワイにおける観光は2次的な要因も含めると対GDPの約25%を占めている。
基幹産業として、ハワイ州観光局は民族や業種が多様である理事会にて統治され、統計データを使った透明性のある意思決
定が行われており、ハワイ大学も中立機関として政策の評価やモニタリングを行っている。ハワイの観光政策基盤となるのが、2020年から2025年までの戦略計画(Strategic Plan 2020-2025)であり、データによる政策決定(evidence-based policy)や持続可能な観光(sustainable tourism)、地域中心の原則(community-centered)などの考え方が統合されている。学術的な意味でも最先端な概念であり、日本の地域にも展開可能なフォーマットであることから、関係者にはこの資料の一読を期待したい。この中から再生型観光(Regenerative tourism)であるマラマハワイ(Malama Hawaii)というプログラムが展開されるまでの流れを確認する。

(1)新しい観光政策の方向性

 2018年からは観光客数が約1000万人となり観光客の受け入れが限界を迎え、地域と観光客の満足度が低下し、さらに1人当たりの消費額が停滞また減少した。この状況では、オーバーツーリズムを避けるために観光客数を制限して、地域と環境に負荷をかけずに、総合的な消費を促進する政策が必要となる。観光局はプロモーション予算を、ハワイの文化や自然、地域の支援にリバランスして、観光地マネジメントに特化すると明記された(Hawaii Tourism Authority,2020)。ハワイ州観光局の歴史的な役割である、旅行先として統合されたブランディングを築くことで、認知度を上げて観光客数を増加させるプ
ロモーション活動から地域マネジメントへの移行という非常に大きな変化であった。

(2)新しい展開の要素

 このレポートが公表された時点では、再生型観光という用語としては記述されていないが、関連する要素はMalamaというハワイ語にて統合され、持続可能な観光(sustainable tourism)
と責任ある観光(responsible tourism)
が併記されている。新しい展開における
4つの要素(図3)は以下の通りである。
●自然環境(Natural resource)
 ハワイの自然と文化を守り、ハワイに住む人々の生活の質を改善する。観光客の訪問が多い地域で積極的な資源管理と教育を行い、ハワイ固有種を保護する。ハワイ最大の観光資源である自然の復興が、住民と観光客の良い生活を生み出す。
●ハワイアン文化(Hawaiian culture)
 ネイティブハワイアンの文化と知恵を、地域を通して住民と観光客に啓蒙する。ハワイ語を使用して、また正確なハワイアン文化に関する教育を行うことで、旅行者をゲストではなくて、ハワイを守ることを共通価値とする家族と捉える。
●地域(Community)
 地域や住民が観光産業からの利益を享受できるように、地域の価値観をブランドイメージと統合していく。住民とコミュニケーションを密にして、住民と旅行者が関係を強化できる機会を増やし、多様な旅行体験を提供する。
●ブランドマーケティング
(Brand marketing)
 ハワイの世界的に競争力のあるブランドを守りつつ、ハワイ固有の環境や文化に焦点を当てて、負担が少なく消費の大きな旅行客層を取り込み、ハワイ経済に貢献する。住民と旅行客の双方に対して教育を行い、価値を共有していく。

(3)新しいKPI

 観光客数から満足度や消費額へ移行しており、以下の4つが主なKPIである。
住民の満足度…観光に対する肯定的な合意
観光客の満足度…観光体験の満足度やリピート希望率
1日平均の消費…1日1人当たりの消費の維持または向上
合計消費…直接消費を維持または向上

(4)再生型観光(Regenerative tourism)

 再生型観光は2005年から複数の地域で提唱されていたが、COVID‐19後の観光を考える上で、
2019年から学術的にリードしているのはオーストラリアであり、ニュージーランドやハワイなどの太平洋諸島にその概念が波及している。先住民族であるオーストラリア先住民(Indigenous Australians)、マオリ(Maori)、ハワイアン(Native Hawaiian)などの文化が重要な観光資源であるにもかかわらず、観光における経済成長から取り残されていた。2007年の先住民族の権利に関する国際連合宣言(UNDRIP)により政治的な立場を確立したことから先住民族の知恵を取り入れた観光政策が取り入れられるようになり、COVID‐ 19前後の持続可能な観光の流れと合流して「再生型観光」と呼ばれるようになった。同宣言にアイヌ(Ainu)も参加しており、2019年のアイヌ施策推進法の施行につながり、公式に先住民族の文化として北海道の観光資源となった。

 再生型観光に関する明確な定義は存在しないが、①自然と調和した世界観、②有機的なシステム思考、③地域の新しい可能性の発見、④観光と生活システムの改革促進、⑤先住民族固有の土地、文化、知恵による癒し、⑥自然と地域の再生、⑦再生型観光の協力的実装、が要素として抽出されている。先住民族保護に関する意味合いが強く、環境負荷を最小限にする持続可能な観光を推し進めたもので、滞在前より良い場所にして帰る(再生)という考え方である(Bellato, 2022)。観光産業がグローバル資本に寡占されつつあり、ニュージーランドでは行政や地元との資本のリバランスも再生型観光のスキームで行われている(Cave,2020)。

(5)Malama Hawaiiの概念

 ハワイ州では、前述のハワイ州観光局の2020年から2025年までの戦略計画の内容が、COVID‐19感染拡大期の太平洋地域にて「再生型観光」として言語化され、ハワイのブランドに適合し、ハワイ州観光局長がハワイアンになったことから、2021年7月に再生型観光「Malama Hawaii」を公表して、州全体のプログラムとして展開している。2005年前後よりヨーロッパでは持続可能な観光(Sustainable tourism)が、アメリカでは責任ある旅行(Responsible tourism)が新しい観光の概念として提唱され、ハワイでは2つの概念を統合し、さらに踏み込んだ内容である再生型観光をブランディングとして進めている。
 ハワイで再生型観光とは、新しい持続可能な観光(new sustainable tourism)と定義され、①滞在地を滞在する前よりも良くして離れる、②旅行者が地域に入り込むことで意義深く豊かな観光体験を得る、③住民と旅行者が良い関係を築く機会となる、という3つの要素から構成される。この概念の裏側には、Malama Hawaii によって①概念に共感する質の高い顧客層にターゲットを移行する(長期滞在、高付加価値、負担の少ない)、②新しいプログラムにてリピート率を維持する、③地域プログラムにて消費を促進させて地域還元させる、という観光者数から観光消費額への移行という新しいマーケティングが隠れている(図4)。

(6)Malama Hawaiiの実装

 Malama Hawaiiは、旅行前のオンラインメディアや動画による教育的コミュニケーションを軸としながら、ハワイ州全体では170個程度のプログラムが運用されている。英語版だと宿施設が主体であり、ホテルや地域NPOが用意したボランティアに参加すると、宿泊代金が割引されたり、朝食が無料になるインセンティブが用意されている。ビーチクリーンなどの簡単に参加できるものから、植林やタロイモ畑、伝統的生け簀の管理など特別な地域体験ができるものまで用意されている。複数の宿泊施設に、ハワイ文化継承者(cultural stewardship)が常駐しており、ハワイ語やハワイの文化を正しく学ぶことが可能となり、地域の合意を維持しつつ、多様な観光体験を提供している。日本語に対応したプログラムも順次拡大しており、旅行会社などの民間事業者もプログラムを準備している。

(7)Malama Hawaiiの効果検証

 ハワイ大学の観光経営学部では、Malama Hawaiiが地域にどのような影響を与えるのかをカウアイ島の住民463名を対象に検証した。小さな島を対象とすることで観光が地域に与える影響を評価しやすく、質問紙を用いた構造化モデルにて因果関係の推論を行った。再生型観光は、旅行客に対する魅力の形成に強い影響を与え(β=0.644)、再生型観光によって選択された観光客によって、住民の観光に対する評価もポジティブなものになった(β=0.443)。再生型観光が直接、地域の評価をポジティブなものにするのではなく(β=0.177)、再生型観光により観光客の層や行動が選択的に地域のライフスタイルに近づいたことで、地域住民がオーバーツーリズムを感じにくくなり、間接的に評価が改善されたと考えられる。オアフ島における大きな集団での更なる検証も必要であるが、再生型観光は住民と旅行者の満足度向上に一定の効果がある(Zaman,2023)。

今後の展望と課題

 本稿では、ハワイにおける再生型観光が公表された背景を記述し、その理論と実装を解説した。日本語に対応したMalama Hawaii プログラムはまだ発展途上であり、日本人観光客への訴求力や実際の参加は未知な部分が多い。
これからは再生型観光を民間事業者が具体的な商品に落とし込み、持続可能な利益と非貨幣価値を生み出す新たな投資対象となることが鍵となる。
 ハワイへの日本人観光客数は、2019年と比較すると多いときで50%であり、円安やサーチャージの影響もあり、平均すると約30%の回復である。日本がハワイにとっての最大の海外マーケットであることには変わりないが、日本以外の国(韓国や台湾)からのハワイへの旅行者が90%以上戻っている現状を考慮すると、日系人コミュニティで生活する住民として強い危機感を覚えている。ハワイ州政府としてもアメリカの景気後退が近づく中で、早期に日本人観光客に戻ってもらうことは不可欠であり、日本の官民が一体となってハワイも含めた海外旅行に対する肯定的な雰囲気作りに注力してほしい旨を最後に明記したい。その中で、再生型観光Malama Hawaii が、新しい観光体験と地域の価値共有を両立できる機会を生み出すと信じている。

〈参考文献〉
○Bellato, L., Frantzeskaki, N., & Nygaard, C. A. (2022). Regenerative tourism: a conceptual
framework leveraging theory and practice. Tourism Geographies, 1-21.
○Cave, J., & Dredge, D. (2020). Regenerative tourism needs diverse economic practices.
Tourism Geographies, 22(3), 503-513.
○Hawaii Tourism Authority(2020). Strategic Plan 2020-2025. Retrieved from
https://www.hawaiitourismauthority.org/media/4286/hta-strategic-plan-2020-2025.pdf
○Hawaii Tourism Authority(2021). Historical visitor statistics. Retrieved from
https://www.hawaiitourismauthority.org/research/historical-visitor-statistics/
○Zaman, U., Aktan, M., Agrusa, J., & Khwaja, M. G. (2023). Linking regenerative travel and
residents’ support for tourism development in Kaua’i Island (Hawaii):
Moderating-mediating effects of travel-shaming and foreign tourist attractiveness.
Journal of Travel Research, 62(4), 782-801.

 

岡田悠偉人(おかだ・ゆいと)
○1984年生まれ。千葉県出身、ハワイ大学公衆衛生学修士(疫学)。
ハワイ州COVID‐19対策チーム、ハワイ州観光局日本支局アドバイザーを兼務し、専門は実地疫学とがん罹患リスクの人種間比較である。