桜も花開き、いよいよ春の到来!そこで、新たな年度を迎えての最初のコラムは「春」らしい話題から。筆者が先日出かけた「春スキー」に端を発するお話である。
3月下旬に家族でスキー旅行に出かけた。随分と前から計画を立て始めたものの、スキーの季節はまさに業務の繁忙期と丸かぶり。何度か先送りした結果、シーズンギリギリの「春スキー」と相成った。
1泊2日の初日はまさに春の陽気。雲一つない青空で、スキーウェアの下が汗ばむほどの暖かさだった。そして、現代日本の春の風物詩と言えば「花粉症」。スキー場の大気は東京以上に花粉満載で、コンビニでティッシュが売り切れてしまうほど。しかし、2日目は打って変わっての大雪。気温もぐっと下がり、山の気候変化の激しさを感じさせた。そんなスキーの後の楽しみはやはり「温泉」。冷え切った身体と、そして普段使わない筋肉を酷使した身体には最高のご褒美であった。
■慣れないスキーも家族のサポートがあれば楽しめる
実は、私は運動音痴である。子どもの頃、体育の授業がある日は憂鬱になるようなタイプ。そんな私が初めてスキーを体験したのは大学1年生のときだった。知り合ったばかりの同級生15人くらいでのグループ旅行だったが、何の予備知識もなくついていったのが運の尽き。いちおう友人から基本の「き」を教わり、導かれるままになぜかリフトには乗ることができたものの…その後が地獄。下界に降りるまでに、いったい何十回転倒したことか。足元が自分の意に反して動き出す恐怖心と、そしてスキーを楽しみに来ていた同級生たちの足手まといになってしまったのが本当に申し訳なく思ったことを、今でもよく覚えている。そんな気持ちが尾を引いてか、その後は長いことスキーに行くことはなかった。
そんな私が、人生2回目のスキーに出かけたのが昨年の2月。子どもも大分大きくなったこともあって「久々にスキーがしたい」と言い出した夫の要望に応え、一大決心をしてスキー旅行に出かけることにした。家族の手袋やゴーグルなどの小物を買いそろえていると何となく気持ちが高揚してくるが、それでもいざスキー場に到着すると不安な気持ちの方が勝ってくる。スキーに不慣れな私は、転んで怪我をするかもしれないという恐怖心のみならず、暗黙の了解で決まっているマナーを知らないことに不安に感じてしまうのだ。そんな自分には、スキーが比較的得意な夫のサポートが非常に心強かった。スキー用品を借りるのも、スキー板を付けるのも、リフトに乗るのも、隣のサポーターと同じように振る舞えばよいのである。気が置けない家族であれば、わからないこともその場で気兼ねなく尋ねられる。そんなこんなで、人生2回目のスキーは、「また来年も行きたいね」と家族と話せるほどに楽しむことができた。
■外国人にとって温泉入浴はスキーよりハードルが高い?
昨今、日本のスキー場が外国人にも人気という話をしばしば耳にする。この3月に私たちが出かけたスキー場でも、外国からのお客さまが昨年より目立って増えた印象。スキー用品のレンタルショップにも英語表記の張り紙があって、外国人客の多さを感じさせる。言葉も勝手もわからない異国でスキーをするなんて、スキーに不慣れな私には全く想像できないが、国は異なれどそのマナーが変わらないのであれば、スキーに慣れている人ならそれほど問題ないのだろう。
英語表記といえば、今回宿泊した温泉旅館の大浴場の脱衣場でも、英語の張り紙が目についた。そう、「温泉の入り方」である。じっくり読んでみると、温泉に入る手順とともに「あれしちゃダメ」「これしちゃダメ」と様々な注意書きが並ぶ。日本人にとっては当たり前のマナーだが、それを知らない外国人にとっては必要な情報。とはいえ、もし自分が外国での旅行中にこんな張り紙を見たら、不用意に入らない方が良いかもしれない、と思ってしまいそうである。旅行中の活動は義務ではないのだから、イヤな思いをすることを無理にやる必要もない。日本の温泉入浴習慣をご存じない外国の方々には、温泉の大浴場で入浴することはスキーよりも心理的なハードルが高いのではないだろうか、としばし考えてしまった。
■外国人の温泉入浴率はそれほど高くない
年々ハイペースで増加する訪日外国人。彼らの訪日旅行中の楽しみとしては、消費税免税や春節の“爆買い“などで話題となっている「ショッピング」や、平成25年12月ユネスコ無形文化遺産に登録された「和食」(日本食)に大きな注目が集まっている。その一方で、我が国を代表する観光資源であり、日本人の国内旅行には欠かせない楽しみのひとつである「温泉」を楽しむ訪日外国人は、それほど多くないのが現状である。
このほど公表された観光庁「訪日外国人消費動向調査」(平成26年)の結果によると訪日外国人の温泉入浴率は32.7%。ざっくり言えば、日本滞在中に温泉に入浴した訪日外国人は10人のうち3人程度ということになる。一方、他の活動の実施率は「日本食を食べること」が92.5%、「ショッピング」が73.3%であり、「温泉入浴」との差は歴然である。【図1】
ところが、次に日本を訪れたらしたいこと(次回したいこと)を尋ねた結果をみると、「日本食を食べること」(56.1%)に次いで「温泉入浴」(44.9%)が2番目に高い選択率となっている。また、今回したことと次回したいことの選択率を比較すると、今回したことの上位6位までは今回した人の割合の方が次回したい人の割合よりも高いが、「温泉入浴」ではこれらの大小関係が逆転し、今回した人の割合よりも次回したい人の割合の方が高くなっているのである。これらの結果を解釈すると、現状としては温泉に入浴する訪日外国人はそれほど多くないものの、次に日本に来たらぜひ入りたいと考えている人が多いということで、「温泉」は訪日市場においても今後の伸び代の大きい観光資源なのである。
なお、「温泉入浴」は実施した人の満足度も高い。今回の日本滞在中にした人のうち満足した人の割合をみると、「日本食を食べること」(87.6%)に次いで「温泉入浴」(84.6%)が2番目に高くなっている。【図2】
ちなみに、国籍・地域別でみると、「温泉入浴」の実施率(今回したこと)の上位3位は中国、タイ、香港であるが、「温泉入浴」の実施率(今回したこと)よりも希望率(次回したいこと)の方が高いのは米国、英国、韓国となっている。
図1 訪日外国人の「今回したこと」と「次回したいこと」 | 図2 訪日外国人が今回したことの満足度 |
データ出所:観光庁「訪日外国人消費動向調査」(平成26年) |
■「慣れない」日本を外国人に楽しんでもらうには?
不慣れな私がスキーを楽しめた一番の理由は、マナーの「お手本」となってくれる「気が置けない」同行者の存在であった。それならば、温泉に不慣れな外国人でも、このような同行者が隣にいれば温泉入浴を楽しむことができるのではないだろうか。こうした観点から、温泉に限らず外国人にとって「慣れない」日本をもっと楽しんでもらうためにできることは何か、春スキーの帰り道に考えを巡らせた。
ひとつのアイディアは、訪日客誘致施策の中で「日本留学生や訪日旅行ヘビーリピーターが幹事役となる家族や親友等との旅行」という旅行スタイルを促進することである。日本のマナーや日本旅行の楽しみ方に詳しいと思われる日本留学生や訪日旅行ヘビーリピーターをターゲットに、訪日経験のない家族や親友など「気が置けない」間柄の人たちを訪日旅行に誘ってもらえるよう後押しするのである。彼らが日本に不慣れな同行者と一緒に温泉に入ったり、旅館の日本食を食べたり、買い物に行ったりしながら日本独特のマナーや楽しみ方の「お手本」となってくれれば、日本初来訪の外国人でも気兼ねなく日本を楽しんでもらえるだろう。
もうひとつは、こうした「お手本」役が同行する訪日ツアーを商品化してビジネスにできないか、ということである。いわゆるツアーガイドとは少し違った距離感で、一緒に旅行を楽しむ仲間でもあり、時には「お手本」となる人が同行してくれる。そんな演出が施されたツアーを企画することはできないか。家族のように気が置けない関係性を顧客との間に築く必要があるため、その準備に要する時間や手間を考えるとビジネスとしては難しい面があるかもしれないが、たとえばこんな突飛な思いつきから、日本の企業による訪日ビジネスにイノベーションが起こったら面白い。
最後に話をスキーに戻そう。もともとは欧米人を中心にスキーを楽しむ習慣のある外国人が、日本の雪質が良いということでその人気に火がついたと言われている。しかし、今後は雪に馴染みのない東南アジアなどからの来訪客の増加が見込まれる。したがって、これからはスキー場においてもこうした「慣れない」人々にスキーを楽しんでもらうための取り組みを強化する必要があるだろう。