はじめまして。4月で入社2年目となりました、観光政策研究部の川村竜之介と申します。今回から研究員コラムを書かせて頂くことになりました。よろしくお願い致します。
学生時代、交通心理学の研究室で「電車内におけるマナー」の研究をしていました。今回は訪日外国人旅行者の「マナー」について、私の研究テーマと絡めて考えてみたいと思います。
旅行者はなぜマナー違反をするのか
「旅の恥はかき捨て」という日本の諺にもあるように、見知らぬ土地でつい羽目を外してマナー違反をしてしまうことは、昔からよくあることです。特に、日本への外国人旅行者が急増している最近は、マナーを守らない一部の外国人旅行者のふるまいが話題になり、大きく取り上げられることが多くなりました。日本人が国内・海外を旅行する際も例外ではありません。多かれ少なかれ、旅先で何らかの場違いな行動をとってしまった経験のある方も多いのではないでしょうか。
このように旅先でマナー違反をしてしまう原因としては、まず、単純にマナーであることを知らないだけ、ということが考えられます。その場合、日本における一般的なマナーを知ってもらえさえすれば、私たち日本人に違和感なく行動してもらえるはずですが、ことはそれほど単純な問題ではないようです。街を歩いていて、マナー順守を呼び掛けている(と思われる)外国語のポスターを見かけるようになりましたが、マナーがよくなったという話はあまり聞こえてきません。禁止事項を掲げているだけでは、無視されてしまうことが多いのではないでしょうか。
「社会規範」という考え方を通して考えてみる
さて、このような現象について、私の研究テーマである「社会規範」という概念を通して考えてみたいと思います。
「マナーを守らなきゃ!」ということで、ある行動に対して「○○をすべき(すべきではない)」とか、「○○をしてもよい(してはいけない)」と認識することを規範意識と呼びます。この規範意識はほとんどの場合、その行動が「適切」かどうかの外部的な基準となる、「社会規範」によって形成されると言われています1)。この社会規範は集団や状況によって異なり、日本と他国・地域との違いはもちろん、同じ日本人でも、家族や友人、職場や学校、地域など、所属する集団それぞれで異なった社会規範が存在します。自分が所属している集団や現在の状況に合わせ、基準とする社会規範を変えることで、様々な集団の中でも軋轢を生むことなく、適切にふるまうことができます。
この社会規範は2種類に分けられるとされています2)。ひとつは「多くの人々が望ましいと考えるかどうか」ということを基準にした「命令的規範」、もうひとつは「多くの人々が実際にどう行動しているか」ということを基準にした「記述的規範」です。
分かりやすくするため、「ポイ捨て禁止」という張り紙があるにもかかわらず、実際にはゴミがポイ捨てされている状況を例として思い浮かべてみます。「ポイ捨て禁止」の張り紙からは「『ポイ捨て』をしてはいけない」という命令的規範を読み取ることが出来ます。一方、実際にゴミがポイ捨てされている状況からは「みんなポイ捨てをしているから、ここでポイ捨てをしても構わない」という記述的規範も、同時に読み取ることが出来ます。この、相反する二つの社会規範のうち、どちらを基準とするかによって、ポイ捨てをするかしないか、その人の行動が変わってきます。
マナーを守ってもらうために
こうした社会規範という概念を踏まえて、マナーを守ってもらうという行動について考えてみると、次のような工夫が見えてきます。
まず、マナーを守る人とそうでない人とでは、基準としている社会規範が異なる可能性があります。マナーを守らない一部の訪日外国人旅行者が基準としているのは、日本人の社会規範ではなく、日本に来訪している自国民の社会規範であると思われます。
そこでまずは、日本人に関心を持ってもらうことが必要です。特にツアーで訪れている方は、日本人とほとんど接することなく帰国してしまいます。「マナー」と直接は関係ないようなことでも、日本人とのちょっとしたコミュニケーションなど、何らかのリアルな接点が経験としてあれば、それがきっかけとなって日本人の社会規範に注意を向けてくれる可能性があります。例えば、日本人と接する機会のある文化体験プログラムや、地元住民によるガイドツアーなどもそのひとつです。また私たちも、例えば困っている外国人がいたら、物怖じせずに話しかけてみる姿勢が必要なのかもしれません。
次に、記述的規範(多くの人々が実際にどう行動しているか)からのアプローチも考えられます。例えば、トイレでよく見る「いつもトイレを綺麗にご利用頂きありがとうございます。」という掲示は、トイレを利用する私たちに「多くの人々はトイレを綺麗に使っている」という記述的規範を認知させる効果があります。過去の研究では、見知らぬ土地を初めて訪れるときは、周囲の行動である「記述的規範」を基準にする傾向があるとされています3)。外国人旅行者が日本を訪れている自国民の社会規範を基準としている場合でも、「日本を訪れている多くの自国民は、きちんとマナーを守った行動をとってきている」と思ってもらえれば、そのような行動につながる可能性が高くなります。
おわりに
日本を訪れた外国人旅行者にとっても、マナーを守ることは、より心地よい・楽しい旅の時間を過ごすことにつながるはずです。そのためには、闇雲に「これが日本のマナーですよ!守ってください!」と押しつけるのではなく、ご紹介したような方法で工夫してみることが効果的だと思います。
参考文献
- Schwartz,S.H., Normativeinfluences on altruism,Advances in Experimental Social Psychology 10, pp.221-279,1977.
- Robert B. Cialdini and Raymond R. Reno,Carl A. Kallgren, A Focus Theory of Normative Conduct: Recycling the Concept of Norms to Reduce Littering in Public Places, Journal of Personality and Social Psychology1990, Vol. 58, No. 6,pp.1015-1026,1990.
- 北折充隆,吉田俊和, 記述的規範が歩行者の信号無視行動に及ぼす影響,社会心理学研究第16号第2号pp.73-82,2000.