富士登山のススメ(初級)[コラムvol.255]
吉田口6合目付近‐ご来光を迎える(2014年8月)

富士山が好きだ

 思えば子供の頃から、富士山が好きでした。それは今も変わらず、毎朝、通勤電車の車窓から眺める先には富士山。その雄姿の見え方によって面白いほどその日のやる気に影響が出ています。

 といった、ごく個人的な話から始めてしまい申し訳ありませんが、ただ多かれ少なかれ、富士山に対しては誰しも似たような親愛の情を持っているのではないでしょうか。富士山の姿が見えると何だか嬉しくなる。そんな「眺める対象」としての富士山の圧倒的な魅力、それは時代を越えて、また国境を越えて共有できるものだと思っています。

 一方、「登る対象」としての富士山も魅力的です。「一度は日本一の山に登ってみたい」そんな理由で富士山に登った経験のある人も多いのではないでしょうか。近年では外国人の登山者も着々と増えており、昨年(2014年)の夏山期における登山者数は4ルート合わせて約28.5万人に上りました。

 今回は、そんな「登る対象」としての富士山の話です。

頂上で迎えるご来光がスバラシイ

 富士山好きを自称するにも関わらず、昨年夏が私の初めての富士登山でした。頂上で迎える朝、徐々に下界の景色の輪郭が現れ始め、東の空に橙色の光が一筋差した瞬間、冷たく張り詰めた空気が一気に緩んでいく感覚。同じ場所で同じ光景を待ちわびていた何百人の口から一斉に漏れるため息。それは、頂上に登った人だけが味わうことのできる、特別な体験でした。

 その上で、お伝えしておいた方がフェアだと思うのが、ご来光に至るまでの過程について。私が選んだのは、山小屋を利用して1泊2日をかけて頂上で日の出を望む、いわゆる「ご来光登山」と呼ばれる、現在の富士登山でもっとも人気がある登り方です。なかでも私の登った吉田ルートは特に人気があり、ピーク期ともなれば1日に5,000人もの登山者が集中します。ご来光を見るためには、真夜中に長蛇の行列を成して、ヘッドライトの明かりのみで1歩1歩頂上を目指すこととなります。これ、ほとんど修行です。「ご来光があるから頑張れる」、それ以外の表現が私には思い浮かびません。

 でも、そこまでしてでも登る価値が頂上で迎えるご来光にはある、と私は思っています。

頂上からのご来光以外がスバラシイ

 一方、頂上でのご来光以外にも知ってほしい富士山があります。富士山にはさまざま魅力があり、それこそ人それぞれ気に入るポイントは異なるとは思うのですが、今回私のお薦めとして、「ひとりで迎えるご来光」と「5合目以下の歴史感じる登山道」を挙げました。

 昨夏、業務にて、富士山の頂上へ登る以外に5合目から7合目付近を何度も往復する機会がありました。それがたまたま朝日の昇るタイミングが多かったのですが、その時間そんな中途半端な区間にいる登山者はほとんどいませんので、何度もご来光を独り占めする体験に恵まれました。

 完全な静寂の中、麓に見える町が徐々に赤く染まっていくのを眺め、全身で太陽の光を受け止める。頂上でのご来光が皆で共有する感動体験だとすれば、こちらはただひとりでご来光と対峙する感動体験です。私にとって心に深く刻まれた印象深い体験となりました。

 特に普段まちなかで暮らしている人にとっては、見渡す限り自分しかいないという状況はほとんどないかと思いますので、より新鮮な感覚が得られるかと思います。5合目登山口や山小屋から少し移動するだけで意外と簡単にひとりの空間が確保できますので、気軽に体験してみてください。

 そしてもう一つは5合目以下の登山道。今でこそほとんどの登山者が5合目までは車でアクセスするのが通常となっていますが、当然昔の人たちは麓から登っていました。その痕跡・雰囲気が残り、往時の様子を想像しながら、過去とのつながりを感じられるのが5合目以下の登山道のよいところです。

 夏時期であれば、緑深い森の中、神社や茶屋の跡などの文化財や史跡が点在している道を辿り歩くことができます。また、植物や鳥の好きな人ならば、季節ごとに表情を変えるその姿を楽しむことができるでしょう。麓から山頂までを通して歩こうと思うと、かなりの時間と体力が必要になりますが、ゆっくり時間をかけて山頂を目指すのも、無理に頂上まで登らず5合目以下だけで楽しむのも富士山の楽しみ方のうちです。

富士山へ行こう

 以上、ただの富士山PRになってしまった感も否めませんが、是非皆さんもそれぞれの富士山の楽しみ方を見つけていただければと思います。山頂に登って達成感を得られるのも富士山。山頂に登らなくても、自分自身を見つめ直せる、あるいは昔の人たちとのつながりを改めて感じることのできる富士山。そんな懐の深さ・多様性が「世界文化遺産」富士山の魅力だと改めて感じています。

 今年(2015年)の山開きは、静岡県側で7月10日、山梨県側で7月1日。皆さん、富士山でお会いしましょう。

吉田口1合目付近‐新緑に包まれる(2015年5月)

吉田口1合目付近‐新緑に包まれる(2015年5月)


吉田口1合目付近‐点在する史跡(2015年5月)

吉田口1合目付近‐点在する史跡(2015年5月)