訪日客にも売れる?!日本の生活サービス [コラムvol.291]

 近年、インバウンド市場の話題がメディアを賑わしています。今年(2016年)の春節時期も報道が活発でしたが、その内容にはある変化が。「モノからコトへ」「爆買いから体験へ」といったフレーズが示すように、これまで話題の中心だった「物を買う」行為に加えて「何かを体験する」行為に注目が集まりました。経済用語でいえば、前者は「財」、そして後者は「サービス」です。そこで今回のコラムでは我が国のサービス業に着目し、将来的にインバウンド消費が伸びる可能性を秘めたサービス業に迫ります。

インバウンド消費拡大の視点は財からサービスへ、美容院など生活サービスに商機あり

 先日、近所の美容院の立て看板で外国語の案内を見かけました。鉄道駅構内や大型小売店では外国語案内が定着していますが、美容院で見たのは初めて。筆者の行きつけの美容院でも「銀座店などでは外国人の利用が増えている」という話を耳にします。

 美容院情報を発信するフリーペーパー・ウェブサイト「ホットペッパービューティ」(リクルート)が今年のトレンドワードとして「美ンバウンド」を掲げるほどに、日本の美容業界ではインバウンド市場への関心度が高まっています。同社の資料(注1)によると、“アジアの女性にとって、日本は「美容で憧れる国」NO.1”であり、“彼女たちが行きたい理由にあげるのは、「おもてなし」「技術力」「清潔感」”とのこと。

 国内旅行では1泊2日の短期滞在が主流の日本では、長期滞在中心の海外観光地にあるような、目的地で現地販売される観光客向けサービスの充実が望みにくい状況にあります。一方で、およそ1億2,000万人の人口を有する我が国では、居住者向けの生活サービスが量、質ともに充実しています。美容院はまさにその代表例。観光客向けサービスが少ない日本では、美容院のように国際競争力の強い生活サービスを売ることも、インバウンド消費を促進する上で効果的な方策です。

 日本には、美容院のほかにも、わざわざ外国から足を運んでくれる旅行者にも喜んでもらえるような生活サービスがあるかもしれません。まずは、データを用いて「日本の生活サービス」の“棚卸し”をしてみましょう。

美容業や理容業に次いで多い生活サービスは、療術や歯科など医療業

 我が国すべての事業所を対象とした統計調査「経済センサス」(総務省)をみると、生活サービス業に相当する産業中分類としては「生活関連サービス業」「娯楽業」「学習支援業」「医療業」があります(筆者注:文章上の読みやすさを考え、経済センサスの分類名称から表現を若干変えています)。これらの分類毎に、より詳細な産業分類(小分類)で事業所数の多い業種を【図表】に示しました。表の中には、駅前や商店街でよくみかける業種がズラリと並んでいます。

 コンビニよりも多いといわれる美容院ですが、データでみると確かに日本でもっとも事業所数の多い生活サービス業であることがわかります。「理容業」も含めると30万近くに上り、他の生活サービスに比べてその数の大きさは圧倒的です。

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 美容業に次いで事業所数の多い生活サービスは「医療業」です。この中で、訪日外国人の利用が想定される業種としてはマッサージ・鍼灸(しんきゅう)などの「療術業」や「歯科診療所」があげられます。マッサージはリゾートホテルなどで提供されているサービスとして世界で定着していますので、旅行との親和性は高いといえますが、世界に多数の競合相手が存在するために、日本ならではの差別化が求められるところ。鍼灸については「中国伝統医学の鍼灸術」としてユネスコの世界無形文化遺産に登録されており、日本ならではの生活サービスとしてアピールすることは難しいかもしれませんが、やはり差別化を図ることで勝負できる余地があるかもしれません。

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 筆者がもっとも注目する生活サービスは「歯科診療所」です。短期滞在者は保険診療を受けることはできませんが、インプラントや審美歯科といった自由診療を受けることは可能。日本学術会議の資料(注2)をみると、日本の歯科医療の臨床水準は欧米に比べるとやや低い分野もあるものの、アジアの中ではトップクラス。訪日外国人全体のおよそ8割を占めるアジア市場での競争力は強いものと考えられます。

 いずれの業種においても、美容院の先例に学べば、訪日外国人への販売を促進する上では「おもてなし」「技術力」「清潔感」の3つの要素で差別化を図ることが有効な方策と言えるでしょう。

 【図表】日本の主な生活サービス業(全国事業所数によるランキング)

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訪日外国人に生活サービスを売るメリット2つ

 インバウンド消費拡大の観点から、訪日外国人に生活サービスを販売するメリットは2つあります。

 1つは「訪日リピーターの拡大」です。生活サービス業では、美容院や歯科診療所のように利用者が同じ施設を定期的に利用する傾向がみられます。LCC就航などで移動コストが下がった今、年に数回程度の頻度であれば外国居住者が日本に通うことも不可能ではありません。日本の美容院に通う習慣がつき、そのついでに観光やショッピングも…となれば、インバウンド消費の安定的な拡大が期待できます。ちなみに、韓国や台湾、香港から訪れる外国人では、訪日経験回数が10回以上というヘビーリピーターが2割を占めます。「外国人は一度しか来店しないのでは?」という思い込みを捨て、ポイントカードなどの顧客囲い込み戦術が訪日外国人にも適用されるようになることが望まれます。

 もう1つは「全国の幅広い地域での販売が可能」という点です。現代日本においては、居住者がいる地域には必ず生活サービス事業者が存在するといっても過言ではありません。特に、事業所数の多い美容院や歯科診療所などはどこの地域にもあります。実は、訪日外国人が日本の美容院を訪れる動きは、韓国人の往来の多い福岡で数年前からすでに指摘されていました。移動の利便性を考えると、国際線LCC路線や定期航路のある都市に適したインバウンド消費拡大策と言えるでしょう。

人口減少社会での生活サービス業の存続にも貢献

 人口減少時代に生活サービス業が存続するためには、マーケットの新規開拓が求められます。近年拡大傾向にあるインバウンド市場はその有力候補です。訪日外国人に我が国の生活サービスを販売することは、日本居住者の生活に不可欠なサービス業を維持することにもつながります。今のところ、日本の生活サービス業では外国人対応のハードルが高いと考える事業者が多数派かもしれませんが、人口減少という現実を見据えて、インバウンド市場に照準を合わせる生活サービス事業者も今後は増えていくでしょう。

注1)リクルート「美容領域における2016年予測」(2015年12月)

注2)日本学術会議歯学委員会「我が国における歯科医学の現状と国際比較2013」(2013年9月)