新型コロナウイルス感染症の流行以後、広がりを見せているのが「オンラインツアー」です。欧米ではバーチャルツアー(Virtual Tour)とも呼ばれ、自由に旅行ができないコロナ禍における新たな観光のスタイルとして注目されています。とりわけ、海外旅行については入国制限や入国後の行動制限などにより、現実的にほぼ不可能な状況が続いています。これまで30ヵ国以上を訪問してきた筆者もかれこれ1年以上日本から出国していません。そろそろ海外が恋しくなってきた……ということで、今回はオンラインツアーで海外旅行に出掛けることにしました。
オンラインツアーの目玉は「アイガーグレッチャー」のライブ配信
今回参加したオンラインツアーは、日本の旅行代理店が催行しているスイスの列車旅がテーマのコースです。日時は土曜日の17:30~18:30と平日に仕事がある筆者でも参加しやすい設定になっており、参加者はパソコンやスマートフォンから「Zoom」を使って参加します。筆者はクーポンを使って申し込んだため参加費は無料でしたが、通常は1,000~2,500円の価格帯で販売されているようです。
ツアーの旅程はというと、大きく3部で構成されています【図表1】。まず第1部では、スイスにおける鉄道の歴史や路線網、列車旅の魅力などについて写真や動画を交えたプレゼンテーションがありました。続く第2部はツアー最大の目玉であり、世界遺産に登録されているスイスの氷河「アイガーグレッチャー」と日本を生中継したライブ配信です。2020年12月、同地には新たな路線として高速ゴンドラ「アイガー・エクスプレス」が開通しました。このゴンドラを運営するユングフラウ鉄道の営業部長さんが現地のカメラマン兼案内人となり、実際にゴンドラに乗車してスイスの雪山景色をリアルタイムで紹介してくれました。このオンラインツアーは「Zoomビデオウェビナー」を使って実施されたため、第3部ではコメント形式で募集された参加者からの質問を主催者が2つほど選択・回答してツアーは終了となりました。
オンラインツアーで感じた高揚感と物足りなさ
さて、人生初のオンラインでの海外旅行はどうだったかというと、スイスのアイガーグレッチャーに行きたい気持ちは確実に高まりました。まず、今回のツアーで最も高揚感を感じたシーンは、動くゴンドラの中から生中継で現地の景色が映し出された場面です【図表2】。アイガー・エクスプレスはコロナ禍に開通した路線ということもあり、「日本からの観光客はまだ訪れていない」という触れ込みに特別感を感じていた筆者。当日は天気に恵まれ、スイスの美しい山々をはっきりと眺めることができました。また、スタビライザーと広角レンズを使った安定かつダイナミックな映像で、まるで本当にゴンドラに乗っているような感覚がありました。現地は海抜2,000mを超える高地ですが、映像や音声の遅延や乱れはほぼゼロだったことも、没入感を高める要因の一つだったように思います。
一方で、オンラインならではの物足りなさを感じる部分もありました。例えば、今回のオンラインツアーは「スイス列車旅」を前面に押し出して募集されていたのですが、鉄道にフォーカスされたのは第1部のみで、目玉のライブ配信では停車している鉄道がごく数分映し出されるにとどまりました。また、実際のツアーではガイドさんに直接話しかけたり質問をしたりすることが可能ですが、今回のツアーで参加者に許されていたのはコメントを書き込むことのみで、時間や言語の制限から双方向のコミュニケーションを取ることはできませんでした。また、視点の移動もカメラマンに委ねられていたため、主体的な参加というよりは「傍観」に近い状況がもどかしく感じられました。
【図表2】アイガー・エクスプレスからの風景
出典:ユングフラウ鉄道公式ウェブサイト
https://www.jungfrau.ch/en-gb/eiger-express/
オンラインツアーは「コンテンツ」なのか「プロモーション」なのか
オンラインツアーに参加して物足りなさを感じたと書きましたが、その根本的な理由を筆者なりに考えてみると、消費者ニーズと企画側の意図の不一致が思い当たりました。消費者目線でみると、有料オンラインツアーを購入する場合、他にはない満足度の高い「コンテンツ」を期待します。一方、今回のツアーの企画側には送客につなげたいといった「プロモーション」の意図が見て取れました。オンラインツアーにコンテンツ性を求めてくる消費者にプロモーション機能を優先したツアーを提供しても、消費者としては「有料級のコンテンツを期待して申し込んだのに内容は宣伝がメインだった」とがっかりしますし、企画側は消費者の満足度が低いために「望む効果を得られなかった」となりかねません。実際に筆者もスイスからのライブ配信には感動しつつ、「有料ツアーなのに旅行代理店と鉄道会社の宣伝では……?」とやや違和感を覚えたことは否めません。
しかも、オンラインツアーを映像コンテンツの1つとして捉えると、市場は競合だらけです。『世界の車窓から』といった従前からある地上波の番組や衛星放送のほか、近年広がったVOD(Video On Demand)まで旅行意欲を高めてくれるような質の高いコンテンツは世の中に溢れています。さらに最近ではYouTubeを開けばクオリティの高い動画が競い合うように投稿され、無料で美しい映像を観ることができますし、国内外からのライブ配信も頻繁に行われています。筆者にもお気に入りのYouTubeチャンネルがあり、毎週のように国内外の動画を眺めては旅行意欲を高めていて、年に1回のオンラインツアーと日々のYouTubeのどちらが筆者を旅行へ向かわせているかと聞かれれば、それはYouTubeというのが正直なところです。
オンラインツアーの可能性
では、オンラインツアーに可能性はないのかというと、そうではないと考えます。一つの可能性として考えられるのが、オンラインツアーを有料級のコンテンツとして磨いていく方向性です。ここでいうコンテンツとは、映像のみならずオンラインツアーの内容全体を含めた「参加体験」を指します。例えば、既に一部の事業者が実施している、参加者と主催者が対話できる双方向性のオンラインツアーや地域の特産品を事前に送付して当日一緒に楽しむといった企画が参考になるでしょう。将来的にはVRヘッドセットを提供して、よりリアルな環境で能動的にツアーに参加してもらう、といったことも可能かもしれません。
もう一つの可能性が、エンゲージメントの高いプロモーション手段としての活用です。オンラインツアー単体での収益性よりも、プロダクトプレイスメント(注1)により自然な形で地域の魅力や事業者の商品、サービスを参加者に認知してもらうことを重視する方向性です。筆者が参加したツアーのように、観光資源やサービスを「体験」してもらえるので、通常の広告よりもエンゲージメントが高まることが期待できます。オンラインツアーに登場させるスポンサー企業から広告費を受け取って、オンラインツアーの企画・催行コストに充てるということも可能でしょう。
もちろん、上記2つの可能性は同時に成立し得ないものではなく、オンラインツアーが成熟していくにつれコンテンツとして満足度の高いオンラインツアーがプロモーション効果を発揮することは想像に難くありません。ただし、黎明期にあるオンラインツアーを消費者に受け入れてもらい市場に定着させるには、まずはオンラインツアーを「コンテンツ」として売り出すのか、「プロモーション」の手段として打ち出すのかを定め、消費者ニーズとのミスマッチを防ぐことが必要ではないでしょうか。
注
※1:映画やドラマなどの映像に実際の商品を紛れ込ませ、その存在を消費者に自然に認知させる広告手法。