一昨年度から昨年度にかけて、Wildlife Tourism に携わる機会を得た。Wildlife、すなわち野生動物の観光ということになる。本稿では業務の中で感じたことについて述べたい。
本稿のカバー写真はWildlife Tourismの代表的な目的地の一つ、南アフリカ国のKruger National Parkで、季節は雨季の終わり頃である。利用者は自家用車や乗合バスで園内を移動・散策するが、指定面積19,480km2の広大な敷地内で、野生動物に出逢えるかどうかは運次第である(比較として挙げると、日本の国立公園の総面積は21,949km2)。
Wildlife Tourism
野生環境にある自然資源、特に野生動物を対象とする観光活動は、国際的にはWildlife Tourismと称される。下図は世界的なWildlife Tourismの目的地と、自然保護地域の分布を示した模式図である。資源性が高く観光の対象となりやすい――率直に言えば、目玉商品となる――Wildlifeは、観光開発が行われる以前から各地で保護の対象となっていることが多い。そのため、Wildlife Tourismの実施地域は、大半が各地の自然保護地域と重複している。
「野生動物を対象とする観光活動」を字義通りに解釈すると、前世紀から行われてきたトロフィーハンティング(※2)のような活動も含まれることになるが、現代では一定の基準や要件を満たすものをWildlife Tourismと捉えるのが一般的である。その定義については文献や識者により差異がみられるが、ここでは世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)による解説を引用する。
Wildlife Tourism(※3)
- 野生動物観察の体験や交流が重要な動機となる観光。
- 動物園や動物園に準ずる公園、動物のパフォーマンスを伴うサーカスやテーマパーク等は含まれない。
- 狩猟や釣りといった消費型の体験は含まれない。言い換えれば、自然生息地における野生動物の鑑賞や滞在体験といった「非消費的な」活動に限定される。
- 関連する観光活動との区分は明確でない。ここではWildlife Tourismと関連する観光との関係を下図の通り整理するが、言うまでもなく、すべての既往研究がこの定義に従うものではない。
- 他のさまざまな旅行形態と同様に、個々の旅行者はサファリでの動物鑑賞だけでなく、その土地の料理や工芸品の購入、文化の探求など複数の目的を持ってWildlife Tourismに参加する。このような複雑性に留意する必要があるものの、Wildlife Tourismによる経済効果を評価することは、多くの国や関係者にとって重要であり、とりわけ野生動物が生息地の破壊、気候変動、密猟など多くの危機に晒されている環境下ではその重要性が高まる。
すなわち現代のWildlife Tourismは、野生動物等の自然生息地において非収奪的に行われることを前提とした上で、観光活動を通じた経済的な便益により、保護地域における資源保全のための方策を持続的に提供する一連の取組とみなされていると考えられる。
なお、上記の解説で言及されたWildlife Tourismによる経済効果については、2018年時点の全世界における推計値として、直接経済効果が1,201億ドル、関連産業への波及を含めた間接経済効果が3,436億ドルであり、2,180万人の雇用が維持されているとの報告がある。旅行観光産業全体の数値と比較すると、Wildlife Tourismは直接経済効果の4.4%、間接経済効果の3.9%を占め、雇用の6.8%を維持している(※4)。
※1:Twining-Ward et al. (2018): Supporting Sustainable Livelihoods through Wildlife Tourism: World Bank Group, pp16-17
※2:食料としてではなく、専らスポーツとして野生動物の狩猟を行うこと。通常、仕留めた動物は展示のため剥製にされ、あるいは身体の一部が保存される。※Society for the Prevention of Cruelty to Animalsによる定義(https://www.spcai.org/take-action/trophy-hunting/trophy-hunting-defined)
※3:World Travel & Tourism Council (WTTC) (2019): THE ECONOMIC IMPACT OF GLOBAL WILDLIFE TOURISM: p5 をもとに筆者作成。
※4:数値、割合ともにWorld Travel & Tourism Council (WTTC) (2019): THE ECONOMIC IMPACT OF GLOBAL WILDLIFE TOURISM: pp2-3 算出額はGDPベース
日本のWildlife
では本邦において、どのような資源が ”Wildlife” とみなされているのだろうか。
下図は、日本政府観光局(JNTO)が海外旅行者向けに観光案内を行うWebサイト Travel Japan において、”wildlife” で検索を行った結果の一部をキャプチャしたものである。
八幡平、知床、比地大滝など代表的な自然資源や、釧路湿原のタンチョウ、コハクチョウの集団越冬地である米子水鳥公園に加えて、高尾山さる園や和歌山アドベンチャーワールドなどの施設、さらには地獄谷野猿公苑のSnow Monkey, 石巻市のネコの島こと田代島、ウサギの島として知られる大久野島など、訪日インバウンドにとっての「定番」が一通り押さえられていることがわかる。
※5:JNTO: https://www.japan.travel/ 表示言語を ”English (global) ” に設定し、トップページから検索。2021/02/03時点
成熟する観光者のまなざし
ここで、下記にリンクを示した記事を参照いただきたい。東京の訪日外国人や在住外国人をメインターゲットとする情報Webサイトに掲載された記事で、内容は日本で体験できる動物関係のアクティビティの紹介である。
7 Ethical Animal Experiences Around Japan – How To Encourage Responsible Animal Tourism
(https://savvytokyo.com/7-ethical-animal-experiences-around-japan/)
一部には東京都内の猫カフェなどを含むものの、屋久島のウミガメ、御蔵島のドルフィンスイムなど、大半はWildlife Tourism的なアクティビティが取り上げられている。記事タイトルにもある通り、全体を通じてethical, responsibleといった視点から、個々のアクティビティの内容が検討されていることがわかる。記事の結びには、同様の視点から「有名どころだが、この記事には載せなかったアクティビティと、その理由」が掲載されている。
上記リンク先記事の内容は、本コラム筆者の意見と完全に一致するものではないし、率直に言えば議論の余地が残ると思われる部分もある。しかしながら、リンク先記事の冒頭でも触れられているように、世界的なWildlife Tourismの成熟に伴って、娯楽や観光分野における動物の扱いについて、倫理性や真正性――野生動物であれば野生に近い状態が、飼育動物であればストレスの少ない環境などが、適切に保たれているか等――を批判的に検証する視点や、その動物の保護・保全に資するかどうかといった評価軸が導入されつつあるという点は、首肯できるところである。
立ち返って日本のWildlifeは、このような評価のまなざしに耐えるだろうか。
国内には世界に比肩し得る ”Wildな” 自然資源がいくつも存在すること、また動物園や水族館といった専門施設が果たしてきた(そして、現在も果たしている)役割の重要性については、いずれも論を俟たない。懸念されるのは、観光分野におけるWildlifeという若い概念の箱に、さまざまな背景や役割を有する資源が、未整理な状態で放り込まれつつあるのではないかという点である。
世界水準のWildlife Tourismに向けて
国連世界観光機関(UNWTO)は「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティーのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」を持続可能な観光として定義し、その実施にあたって求められる要素として、以下の三点を指摘している(※6)。
- 主要な生態学的過程を維持し、自然遺産や生物多様性の保全を図りつつ、観光開発において鍵となる環境資源を最適な形で活用する。
- 訪問客を受け入れるコミュニティーの社会文化面での真正性を尊重し、コミュニティーの建築文化遺産や生きた文化遺産、さらには伝統的な価値観を守り、異文化理解や異文化に対する寛容性に資する。
- 訪問客を受け入れるコミュニティーが安定した雇用、収入獲得の機会、社会サービスを享受できるようにする等、全てのステークホルダーに公平な形で社会経済的な利益を分配し、貧困緩和に貢献しつつ、実行可能かつ長期的な経済運用を実施する。
環境省は2019年度から2020年度にかけて、野生動物の保全活動を組み込んだツアーコンテンツの作成等に対する補助事業を実施しているが、ここではWildlife Tourismに対応する語彙として「野生動物観光」が用いられている。上記の持続可能な観光の実現に求められる要素のうち、特に一点目と三点目は、本邦における野生動物観光の検討にあたっても有用な視点といえるだろう。他のさまざまな観光領域と同様に、野生動物観光についても持続可能性の視点から検証し、その質を担保・維持することで、世界水準のWildlife Tourismに伍することができると考えられる。
それでは具体的にどのような方法論によって、質の担保と維持に取り組むべきか。
この点については本稿で参照した資料においても言及がなされており、また着目すべき国内外の事例もある。国内では、特に観光客や事業者の動態を把握しやすい島嶼部等においてケーススタディの蓄積がなされているが 、紙幅と期限の関係から、詳細については稿を改めることとしたい。
※6:国連世界観光機関(UNWTO): なぜ観光が重要なのか – 持続可能な観光の定義: https://unwto-ap.org/why/tourism-definition/, 2021/04/21最終閲覧
※7:例えば 財団法人海事産業研究所(2003): 離島航路事業の高度化及び離島におけるエコツーリズム振興に関する調査研究報告書: p20 など