●フランス旅行をミシュラン風に振り返ってみました
我が国でも話題になる観光地の評価。ミシュラングリーンガイドは観光地や観光施設などの評価を行っていますが、我が国でも「高尾山が星3つ」「知床国立公園、摩周湖、阿寒湖が星3つ」など、出版される度に大変話題になりますね。
今回、機会があってミシュランの故郷であるフランスを訪れました。その旅の一日を紹介しながらミシュラングリーンガイドの考え方やその評価基準について考えてみたいと思います。
●Cite Internationale Universitaire du Paris(パリ国際大学都市)を訪れて
Maison Internationale国際大学の中心
施設。カフェや図書館、シアター、プー
ル、事務局など学生が集う施設がある。
あまり知られておりませんが、パリの南端、といってもパリ市街から電車で20分ほど、Luxembourg(リュクサンブール)より南へ 3 つ目のぐらいの距離感です。大学時代の恩師の一人がこの国際大学都市の日本館の館長として赴任していたこともあって訪れました。
「都市」と名付けられてはいますが、面積約34ha、東京ドーム7個分の広さに学生・研究者・芸術家向けの寮やサービス施設、図書館、シアターなど40の施設が建ち並ぶ学生寮街です。その歴史は古く、第一次世界大戦で荒廃したパリの復興の一環として計画され、1925年に最初の建物が建設されました。また建物の設計には当初から著名な建築家に設計を依頼しており、ル・コルビジェ(スイス館)、ルシオ・コスタ(ブラジル館)などの建築を目にすることができます。また日本館をはじめ、アルゼンチン、アルメニア、東南アジア、カンボジア、カナダ、デンマーク、スペイン、USA、ギリシア、インド、イタリア、レバノン、モロッコ、メキシコ、モナコ、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、チュニジアといった各国の寮が、それぞれのお国柄を意識した様式で建てられており、ちょっとした国際万博のような様相です。
Fondation Suisse(スイス館。ル・ コルビジェの設計。国立西洋美術館 (上野)と同じく世界遺産を目指して いるとのこと) |
Maison du japon(日本館。仏建築 家ピエール・サルドゥの設計。1929 年に6番目の館として開館) |
●“相互交流を目的とした生活の場”がパリ国際大学都市
公募展「クリシェを越えて」の作業風景。
出典:AU-DELA DES CLISHES
パリ国際大学都市を特徴付けているのは建築だけではありません。フランス人が世界で唯一と自慢するこの地区の理念は「様々な国、分野の学生や研究者、芸術家が生活の場を共にすることによって、国籍や文化の違いや専門領域を越えて相互理解を深める。そうした交流によってこそ、世界平和担い手を育てる」です。第一次世界大戦直後という当時のフランスの人々の願いが現れています。
また、各国の施設(寮)運営にもこの理念が現れています。例えば日本館の入居は全てが日本人というわけではありません。定員約70名の内30名程は他国の入居者となっています。これは大学都市が「居住者交換制度」を取っており、各国の施設居住者と日本人居住者を交換する事によって、まさに生活の場を共にすることによる相互交流を促進しているからです。さらに、日本館では施設や屋外の敷地を舞台にした美術展覧会「クリシェ(固定概念)を越えて」を開催しました。日本人、フランス人の新進気鋭のアーティストが、日本館を舞台に共に議論し、作業することによって、既成概念を越えたフランスから見た日本、日本から見たフランスを表現した作品が生み出されました。こうした日本館の取り組みは国際大学内でも話題となり、高く評価されたとのことでした。「キッチンカルチャー」という居住者が自国の料理を作り、劇場バーで互いに試食するという催しもあり、日本館からは巻き寿司や肉じゃがを作って参加し、盛りつけの美しさが好評だったそうです。
FONDATION SATSUMA 日本館を開設したのは明治・大正期の 実業家、薩摩治郎八。開館直後の世界 恐慌によって事業は破綻するも、日本 館を運営する薩摩財団として現在まで 受け継がれている。 |
当時パリで活躍していた藤田嗣治の絵 画。タイトルは「欧人日本への到来 の図」。世界恐慌、第二次世界大戦も 乗り越えて現在に至っている。 |
●ミシュラングリーンガイドの考え方と評価基準
ミシュラングリーンガイドでは、観光を「好奇心に満ちた旅行者が、訪れる土地をよりよく理解し、充実した旅を楽しむもの」としており、「その国や地域、土地をよりよく理解するための対象」を、その土地の地域性、時代性、象徴性、分かりやすさなど重視しながら掲載しています。また、「わざわざ訪れる価値がある(☆☆☆)」「寄り道する価値がある(☆☆)」「興味深い(☆)」といった評価を表記していますが、これは、心を動かす(第一印象、美観)、本物である、そこでしか見られない(固有価値、本物性)、有名である(知名度、公的評価)、見やすくまとまっている(充実度)、快適さ・整備(利便性、受入の質)などを基準としています。
●“Cite Internationale Universitaire du Paris” の☆はいくつ?
いうまでもなく、パリ国際大学都市はいわゆる観光地ではなく、観光客向けのサービスがあるわけではありません。しかし、国際大学都市を訪れたことによって、思いもよらなかったフランスの奥深さに気づく機会になりました。
私も最初は漫然と空間や建築物を感覚的に「良いなぁ」と“感じる”だけでした。しかし、その成り立ちのストーリーや、それを受け継ぎ体現する現在の活動を“知った”後には、各国の建物はそれぞれの特色を主張しつつも争わずに全体の調和があるかのように感じられました。道行く人々の豊かな、温かな生活を想起しながら学生寮街を歩き、この街を創った人々に想いを馳せておりました。ミシュラン風に言えば、パリ国際大学都市は、観光客のための整備やサービスはないけれども、見やすくまとまっていて(充実度)、心を動かす(第一印象、美観)、本物でそこでしか見られない(固有価値、本物性)ものであり、好奇心に満ちた(?)私は(思いもかけず)訪れた土地をよりよく理解し、充実した一日を過ごすことができたのです。
ミシュラングリーンガイドの考え方は、その国や地域、土地をよりよく理解するために、好奇心を満たす奥深いストーリーと、それを感覚的に認識できる美観や質の高い空間の双方が揃った時に「わざわざ訪れる値価値がある」としています。これはあくまでも観光に対する考え方の一つではありますが、我が国の観光まちづくりを振り返ると、ストーリーはあるけれど、美観・空間が伴っていない。あるいは美観・空間はあるけれどもストーリーが語られていないといったものも少なくないかもしれません。
観光客が「わざわざ訪れたい」と思う、あるいは地域の皆さんが「伝えたい」と思う地域の本質的な魅力を、どのように語り、どのように体現するのか。そうした取り組みを「磨く」と表現することがあります。知るだけ、見るだけで素晴らしさがわかるものなんてそうそうありません。ですので、観光に携わる皆さんが、観光客に語ったり、美しい地域の姿を大切に保存したり、体現して見せてくれること。つまり自然や文化そのものよりも、地域を磨いている地域の皆さんの活動こそが、実は観光客のこころを動かしている要素なのではないか思います。
日本館の応接室 |
鶏肉料理店ではワインもニワトリ!? |
(出典・参考文献)
地域開発2010.10~ パリ学生寮街からの手紙第1便~第6便 寺尾仁
Cite Internationale Universitaire du Paris パンフレット
※パリ滞在中、お忙しい中温かくおもてなししていただいた寺尾先生ご夫妻、そして毎回楽しい食事をご一緒いただいた瀧沢ご夫妻に、この場を借りまして、あらためて御礼申し上げます。