概要
第十七話 2011年の国際観光と訪日中国人市場の動向(その2)
前回に引き続き、訪日中国人市場の中期的展望について述べることとします。
◇ 10%超える伸びと消費単価の漸減がトレンドに ◇
09年の中国の旅行収支の支払額は$437億で、人口当りでは$32.9まで増加してきています(図6)。国外旅行を実施するのは富裕層・中間層にほぼ限定されることから、その伸びに着目して将来予測を行うと、15年までに人口当り$58まで増加すると見込まれます(年率約10%)。それでも、人口当り支払額が$300前後に上る台湾や韓国に比べるとだいぶ低い水準です。しかし、富裕層比率の低さと大卒者の就職内定率の低さや、中国国内にも多くの有力観光地が存在する点からみて、もう一段の上昇には相応の時間がかかるでしょう。
訪日旅行の今後10年間のトレンドは、恐らく継続的な新規観光客の増加と来訪頻度の高いリピーター層が増えることで客数は年率10%を超える伸びとなる一方、高水準にある消費単価は買物代を中心に漸減傾向に入るでしょう。
今後の中国人の消費単価を占う上で、日本人の海外旅行支出の歴史をみますと、バブル絶頂期の1989年の海外での買物代は実に14.4万円に上りましたが、00年には7.5万円、09年には4.2万円まで段階的に下がって来ています(図2)。現在の中国人の買物代は「訪日外国人消費動向調査」の第2回調査から試算すると9.1万円で、他国に比べて非常に高い水準にあります。
これには、海外旅行初期ならではの周囲へのお土産のまとめ買いや、ブランド品の内外価格差や国内に偽物が多いことを背景とした大量購入、日本で無ければ手に入らない商品の存在等、幾つかの要因が重なっているものと思われます。しかし、2010年に入ってブランド品の内外価格差も縮小傾向にあり、日本発や欧米発のブランド直営店の進出も増えるなど、中国国内でも着実に「本物」が手に入る環境作りが進んでいます。数年の内には、新規観光客の比率の低下が進行する中で、リピーター層における買物代の縮小が始まることが想定されます。
図7 買物費用の低下が続いた我が国の海外旅行市場
◇ 訪問先は地方へと分散 ◇
訪問地の構成はどう変化するでしょうか。観光庁の「宿泊旅行統計」から中国人客の宿泊先の地域構成をみると、関東が52.3%を占め、近畿、中部を加えたゴールデンルートだけで85%を占めています(図8)。
これに対して、リピーターが81%を占める成熟市場である台湾では、この3地域のシェアは57%に留まっています。台湾での北海道人気の高さは別格として、東北、北信越でも約5%の宿泊数があり、訪問先が分散しています。もっとも、台湾であっても、日本人の3泊以上の観光旅行先と比較してみると、中四国が低いなど、今後のプロモーションや受入態勢改善による開拓余地が未だあるとも言えるでしょう。
もう1つの成熟市場である香港は、中国よりは分散していますが、台湾ほどではありません。北海道人気の高さと、中国に次ぐ買物ニーズの高さを反映した首都圏への集中が目立ちます。実際、10年秋以降の香港観光客の減少は尖閣問題よりも円高の影響による買物旅行の縮小の方が大きいと思われます。
今後中国人のリピーター数が増加し、買物ブームが沈静化するに従って、旅行先が多様化していく可能性が高いでしょう。但し、大都市での買物を重視する観光客とそれ以外の観光客とを分けた上で訪問先の分散傾向を予測していく必要がありそうです。
図8 09年中国人・台湾人・香港人延泊数と国内観光旅行(3泊以上)の地域別構成比
◇ 地域経済効果の拡大に向けて ◇
中国人観光客の経済効果を地域に留める為には、最大の消費装置でもある宿泊施設の付加価値向上が重要です。中国人の温泉利用率は高い水準にありますので、我が国独自の文化でもある温泉旅館の品質をどう伝達できるかに知恵を絞る必要があるでしょう。
また、国内旅行会社催行による訪日ツアーが活性化することも地産地消型観光を推進する上で有効となるでしょう。尖閣問題で頓挫している中国における日系企業の海外旅行業務解禁の進展が待たれるところです。
訪問客の増加に伴い中国系資本の施設が進出することに地域行政がどう向き合っていくかも喫緊のテーマです。客層が富裕層から格安ツアーやLCCを使う大衆消費市場に変化する過程では、無秩序な供給過剰が進んで地域ブランドを毀損する可能性もあります。数を追うのではなく、地域に来て欲しい客層を明確にしたマーケティングを展開いすることが大切であり、それに相応しい外資のパートナーを見極める必要があるでしょう。オピニオンリーダー層調査では、「お気に入りの外資系ホテル」と「その外資系ホテルが優れている点」についても質問していますので、次の機会に紹介します。
最後に、日本ほど外国人が土地を容易に取得でき、私権が強い国は他に無いようです。都市計画法、景観法、環境法、観光税制等の総合的な運用によって優良外資との共存を推進するよりクレバーな政策が求められてくるでしょう。
(塩谷英生)
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発注者 | 公益財団法人日本交通公社 |
プロジェクトメンバー | 塩谷英生 |
実施年度 | 2010年度 |