宿泊税の支払い意思を高める一つの視点 [コラムvol.417]
Mobility Ticket(裏面には氏名や利用可能な期間などが記載されている)

ザンクト・ガレン(スイス)の公共交通機関乗り放題カード

 2019年の9月末から10月初旬にかけて、スイスとイタリアに1週間ほど出張した際、スイス東部にある地方都市ザンクト・ガレン(St.Gallen)に宿泊する機会がありました。
 ホテルに宿泊した際、レセプションの方から「Mobility Ticket」と記された名刺大のカードを渡されました。
 聞けば、以下のようなことでした。

  • このカードを提示することで、ザンクト・ガレンから近隣の観光地であるボーデン湖に至る周辺エリアのバスや路面電車、鉄道といった公共交通機関が乗り放題になる。
  • カードシステムの運営には宿泊客から徴収する宿泊税の一部が使われている。このため、ザンクト・ガレンに1泊以上宿泊するすべての宿泊客はこのカードを受け取れる。

 出張中はレンタカーで移動していた上に、ザンクト・ガレンでの滞在時間も短く、私自身は残念ながら実際にそのカードを使う機会はなかったのですが、自分の交通手段を持たない個人旅行者にとっては、この公共交通機関乗り放題という条件は、支払う宿泊税の金額(1泊4スイスフラン:CHF。1CHF=110円として440円)と比較して大きなメリットを感じるように思います。

ザンクト・ガレン市内を走る路面電車

観光地ボーデン湖畔の鉄道駅

ザンクト・ガレンの宿泊税の導入経緯・仕組み

 調べてみると、ザンクト・ガレンの宿泊税には以下のような導入経緯・仕組みがあるようです。

  • もともと宿泊税は1泊1人あたり2.5CHFであったが、地域の観光推進組織とホテル協会がザンクト・ガレン市に対し、Mobility Ticket導入を目的として1.5CHFを「かさ上げ」して4CHFとすることを要望した。
  • 増税はいったん市議会で否決されたものの、観光推進組織が市内の宿泊施設に対して独自にアンケートを行ったところ、過半数の支持を得た。その結果をもとに再度要望し、2017年に宿泊税の増税とカードシステムの導入が実現した。
  • かさ上げ分の1.5CHFのうち、1.48CHFはカードシステムの運営会社へ、0.02CHFは観光推進組織の運営費に充当される。カードシステム運営会社は1.48CHFのうち1.32CHFを地域のバスや鉄道、船舶を運行する企業で構成される協同組合に支払い、残る0.16CHFを支部の運営やマーケティング、その他の活動に使う。

 ちなみに、ザンクト・ガレンの宿泊客数は年間約20万人泊とのことなので、ざっと計算してみると、宿泊税の税収約8,800万円からカードシステムの運営に約3,300万円が充当されていることになります。

 このような、交通機関や観光施設のチケットをすべて込みにしたカードシステムの例はスイス国内の他の観光地やオーストリアなどでも例があるようですが、その原資に宿泊税を充当している例は珍しいようです。

宿泊税の「支払い意思」を高める要因とは

 当財団の池知研究員は、沖縄県・恩納村において実施した宿泊施設の宿泊客に対するアンケートをもとに、宿泊税の支払い意思がどのような要因によって影響を受けるかを分析しています(2019年6月に開催されたTravel and Tourism Research Association:TTRAの年次国際カンファレンスにて発表済み)。
 その研究では、宿泊客の「当該地域に対するロイヤルティ」と「過去の宿泊税の支払い経験」が「知覚される公平性」を介して支払い意思に有意に影響する一方で、支払った宿泊税が何に使われるかという「使途の提示」の影響は有意ではない、という結果だったようです。
 ただ、もし今回のザンクト・ガレンの例のように、宿泊税を支払おうとする宿泊客が「使途」(例:公共交通機関乗り放題カードシステムの運営)を提示され、なおかつ「その場」で「メリット」(乗り放題カードを受け取ること)を享受できたとすれば、支払い意思への影響は上記の研究結果とはまた異なるものになるのではないかと思います。

 現在、我が国でも「デスティネーション・マネジメント」のための独自財源として宿泊税が着目されており、導入に向けた検討を行う自治体の動きが盛んです。
 ただ、地域の関係者の中には、宿泊客の負担が増すことで、その満足度などに影響が生じることを懸念する向きも多く、それが導入に向けた地域での合意形成を難しくしている要因の一つであると思われます。
 今回のMobility Ticketの例を参考にすれば、宿泊税の「使途」を示した上で、その「メリット」が「その場」で宿泊客に還元されるような仕組みを取り入れることで、支払い意思の向上が期待できるのではないでしょうか。
 なお、その際には、観光地としてどのような姿(ザンクト・ガレンの例で言えば、観光客が自由に地域内を移動できる利便性の高い観光地)を目指すのかというビジョンがまず先にあるべきであり、宿泊税はあくまでそれを実現するための手段として捉えるべきことは言うまでもありません。

(付記)

 今回のスイスとイタリアへの出張の目的は、2018年度から科学研究費を活用して取り組んでいる「観光地のガバナンス」に関する研究の一環として、観光地の関係者へのインタビューや現地調査、また同テーマに取り組む研究者との意見交換を行うことにありました。この「観光地のガバナンス」については2020年4月発刊の「観光文化」245号でも特集を予定しています。ご期待ください。

参考