前作のVol.50では、キャリング・キャパシティ(Carrying Capacity)には、観光利用が資源にもたらすダメージをもとに適正人数を考える生態的収容力(Ecological Carrying Capacity)と、利用者の混雑感から適正人数を求めようとする社会的収容力(Social Carrying Capacity)の考え方を概説しました。そして、今回は資源の観光経済価値のコントロールという概念を核とした社会モデルの提示にチャレンジしたいと書いたのですが、もう少し回り道しようと思います。
■キャリング・キャパシティは決めるもの
そもそも、地球温暖化のように観光とはまったく無関係の諸要因によっても、資源の状態は徐々に変化します。台風などの突発的な自然現象や、道路整備のような人為的開発などによって、資源の様子が短期間に大変容することもあります。観光利用圧より、むしろこちらの方が資源にもたらす影響度合いが大きいくらいです。観光利用圧と資源の状態は、単純な相関だけでは捉えられず、資源の状態は複雑系によって変化していることを認識しなければなりません。
加えて、例えば、木道が架設された登山道と地肌がむき出しになった登山道では、観光利用1回あたりの山肌に対する利用圧は大きく異なるように、資源に施された整備の如何によって、観光利用の影響の度合いは大きく異なります。
混雑感についても同様で、安全策が巡らされた快適なデッキ上で登頂の感慨にふけるのと、ガレ場の上でくつろぐのでは、そこが仮に同じ場所であっても、人の気配の感じ方は異なるでしょう。やはり整備具合によって混雑感は変わります。
わたしは、観光のための整備具合によってキャリング・キャパシティを変動させることができると考えています。
「資源がどのような状態であるべきか」、そのエリアでは「どのような観光を楽しんでもらいたいか」ということを、観光客を受け入れる土台となっている「地域」の考え、そのエリアに関与する「ステーキホルダー」の意向、そこを含めて包括的に観光振興を管理・推進する行政の政策をもとに決めます。その上で、そのような状態を達成するための、観光整備の方向性とあわせて、”キャリング・キャパシティは決めるもの”だと思います。
■スペクトルという概念
自然資源の状況は、手つかずの原生的なものから、利便性の象徴である都市的なものにまで段階的にわけられます。米国で開発され、国有林野の計画管理手法として活用されているROS(Recreation Opportunity Spectrum)理論は、レクリエーションの場は、「環境」「施設」「管理」3要素により構成され、自然的要素、人為的要素の多少により多様な環境が作り出される、利用者が求める多様なレクリエーション体験に応じて利用の場は決まる、といっています。つまり、原生自然から都市的な自然までの段階に応じて施設整備を行い、管理にも強弱をつけることによって、山奥の原生的な自然の中でひとりぼっちで過ごしたいというニーズから、多少は賑やかなところであっても手軽に自然を堪能したいというニーズにも応じるということです。
少し斜めから解釈すると、原生的な自然の中を巡るには、不便さや危険はつきもので、この不便さを受入れ、危険を回避する技術のある人が原生的な自然を楽しむことができるということ、また一方で、足場の悪いところを歩くのは苦手、迷子にならないように案内標識がいたるところにないと不安、清潔なトイレがないとだめ、だけど自然が好きというニーズに応える整備の行き届いたところも作りましょうということです。
多様な観光客がいるのだから、多様な利用体験の場をつくるということが基本コンセプトです。
■実践にむけて
わたしたちは、今、とある県から委託を受けて、県内の全ての観光拠点ごとにキャリング・キャパシティを試算するということにチャレンジしています。ROS理論を拝借し、「資源」と「利用」と「整備」の状況をもとにして、多量で多様な観光活用に相応する「大衆」的なところから、その反対に少量で限定的な観光利用に相応する「特定」的なところまで、各観光拠点を段階的に5つにクラス分けました。さらに各クラスに応じた掛け率(この数値を求める大がかりな調査を行いました)を用いて、参考的な適正人数を観光拠点ごとにはじこうとしています。
県下全域に点在する観光拠点を統一的な基準によって「資源」と「利用」と「整備」の状況を把握する調査はとても大規模なものでした。ROS理論によると、この3つの状況は、一つの拠点内では同クラスであることが理想です。しかし、実際の調査結果をみると、この3つの状況が、ふぞろいな観光拠点が数多くありました。
また、観光拠点は、海水浴、カヌー、景勝地めぐり、遺産めぐりなど、観光活動タイプによって分けられます。同じ活動タイプとなる観光拠点を集めて、5つのクラスのうちのどこにそれぞれが区分されているのかを一覧にして見比べます。積極的に観光利用をすすめるところ、抑え気味に行くところというように、県全域を見据えて、観光拠点ごとにメリハリのある方向性がたてられるとよいと思います。
あわせて、観光拠点ごとに理想的なキャリング・キャパシティを決めて、観光利用の「量」と「行動内容」をうまく誘導していくような方法を考えていきたいと思います。
(さらに次回につづきます)
ROS理論の概念図 |
資料:山岳レクリエーション研究会2005 |