学びの秋を迎え、当財団がお手伝いしている研修事業も本格化してきました。
最近、私がよく取り入れる研修スタイルとして、観光振興を題材にした「物語」を読み解くケーススタディがあります。日頃、異なる職場や立場で働いている人々が一堂に会する集合型の研修会において、限られた時間に一定の研修効果を上げる手法として、その可能性を感じています。
■「物語」研修とは
これまでこのスタイルで、地域振興を学ぶ大学の講座や行政担当者向けの研修会、観光協会主催の会員向けの研修会など、様々な受講者を対象に研修を行いましたが、いずれの会でも研修時間いっぱいグループでの議論が盛り上がり、事後アンケートの結果をみ ても、各自なりの解答を持ち帰り、一定の研修効果があったようです。
具体的な進め方をご紹介すると、まず、教材である「物語」を事前に、もしくはその場で各自が読み込み、設問の答えを考えます。
私自身が取材をもとに書き起こしたこの「物語」は、すでに知れ渡っているような先進事例ではなく、ある地方都市で起きた(そして現在進行中の)着地型旅行商品づくりがテーマです。研修効果を高めるために、部分的にフィクションにしていますが、多くは実話です。
設問は、「物語」の背景にある、その地域が抱える課題、主人公たちが編み出した解決策(=造成した着地型旅行商品の内容)、そしてその成功要因を尋ねるものなどです。
次に受講者は、グループに分かれて設問の答えについて意見を述べ合います。
設問を設けることで、重要な論点に絞って話し合うことになり、議論が拡散することも防げます。グループは、わざと業種や性・年代をバラバラにすることもあれば、同じ業種で固めることもあります。前者の場合は、研修の目的が商品案など多様なアイデアを引き出す場合に 、後者は、推進態勢のあり方など誰がどのような役割を担うべきかをはっきりさせる時などに有効です。
重要なことは、受講者各自が「物語」の登場人物それぞれの立場・気持ちになって、課題を捉え、解決策を考えようとすることです。そのために、「物語」には多様な人々を登場させ、受講者が自分の立場を想起しやすくすることが大切だと感じています。そうでないと、研 修中、「誰かが意見を言ってくれる」という気持ちが抜けきれず、そうした受身の姿勢で研修を受けていても、いつまでも実際のアクションにつながらないからです。
ある地域でこの「物語」研修で推進態勢について議論した際、初回は「観光協会が中心になってやればよい」と言っていた宿泊事業者が、2回目に業種別に分かれて議論したところ、「各ホテルのフロントが、宿泊客へ着地型旅行商品を告知する」といった主体的・具体 的な意見を発言しました。この研修によって、こうした意識の変化が起こることを期待しているのです。
グループ議論の後は、設問の解答を発表します。多くの場合、グループによって議論の幅や深さに差が生じますが、この発表会で多様な考え方・着眼点を全員で共有し、ここに講師による解説を加えることで、全体として研修成果の水準が揃うように努めます。
こうした「物語」研修を受講した人からは、「主人公が自分と同じ立場だったので、とても参考になった」「このようにして地域資源を見つけたらいいのか。自分の地域でもできそうだ」といった感想が聞かれます。これはこの「物語」が、手が届かないような先進的な事例を取り上 げているのではなく、受講者が本当に学びたい現実的な手法、「身の丈の手法」を教える教材だからでしょう。
■「物語」研修のススメ
現在、多くの地域が観光による地域振興に取り組み、それを推し進める人材の育成がカギであると、各地で各種研修会が行われています。その一つの方法として、先進事例研究や現地視察がよく行われています。実際に数々の困難を克服し、成果を上げている人や 組織の話を聞くと、有益な知識を得、視察時は勇気づけられてやる気が出るものです。
しかし、視察参加者全員で、まず自らの地域の課題を認識・共有していなくては、その先進事例から学ぶべきポイントもぼやけますし、地域に戻ってから同じ知識や情熱を共有できる仲間がいない場合、その研修成果を今後に活かすことは難しいものです。
地域の多様な人々(様々な職種や立場の人々)が、共通の課題認識を持ち、今後の方向性について〝同じ言語〟で議論し、合意形成していけるようになるための研修が、まず必要ではないでしょうか。なぜなら、観光業界についてのどんなに最新のトレンドや知識な どを得ても、それを踏まえた今後の方向性についての議論を地域内で幅広く行えるような〝共通言語〟がなくては、それら知識や情熱はいつまでも個人レベルで蓄積されるに留まるからです。
こうした状況を打破するために、まずは「物語」研修から始めてみませんか。
教材として地域課題や学ぶべきポイントが盛り込まれた「物語」を介すると、業種・年代を越えて議論を始めることができます。多様な人々の参画が求められる観光まちづくりの取っ掛かりとなるよう、私どもではこれから「物語」のラインナップを充実させていきたいと考えています。